CA1929 – 慶應義塾大学「からだ館」10年間の歩み―図書館を拠点にした健康コミュニティへの総合的アプローチ― / 秋山美紀

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カレントアウェアネス
No.336 2018年6月20日

 

CA1929

 

 

慶應義塾大学「からだ館」10年間の歩み
―図書館を拠点にした健康コミュニティへの総合的アプローチ―

慶應義塾大学環境情報学部:秋山美紀(あきやま みき)

 

 山形県鶴岡市の鶴岡タウンキャンパスには、慶應義塾大学、東北公益文科大学、鶴岡市の三者が共同運営する図書館「致道ライブラリー」がある。運営する3組織が1:1:1の割合で知的資産を共有、共同管理・運営する図書館であり、生命科学を中心とした自然科学系の資料、公益学に関係する人文・社会科学系の資料など約3万5,000冊を所蔵し、3人の司書が日々の業務を担っている。この図書館の一角を拠点にして、住民の健康を情報面からサポートしているのが、慶應義塾大学先端生命科学研究所の研究プロジェクト「からだ館」(1)である。本稿では、「からだ館」の10年間の歩みから見えてきた、住民の健康づくりの拠点としての図書館の可能性を示す。

 

1. 「からだ館」の沿革とミッション

 からだ館は、住民のヘルスリテラシーの向上、健康行動の定着、そしてコミュニティづくりまでを視野にいれた地域貢献的な要素の強い研究プロジェクトである。住民が健康を増進するには、正しい意思決定に導く情報や知識が必要となる。その一方で「知識を行動に移し継続する」ためには、本人にとって適切な情報を適切なタイミングで入手できること、さらに動機付け理論や健康行動科学に裏付けされた学習の場やコミュニティ形成も重要である。地域住民の健康状態を向上させるために、病気や予防に関する情報提供とコミュニケーションはどうあるべきかを探るため、慶應義塾大学先端生命科学研究所の研究プロジェクトとして2006年に開始し、2007年にオープンしたのが、今日の「からだ館」のはじまりである。

 活動拠点に選んだ致道ライブラリーは、鶴岡市中心部の比較的アクセスのよい場所にあるものの、それまでは大学院生や研究者向けの学術書が蔵書の中心であった。この図書館内の小さな一角に一般住民向けの健康・医療情報を集めるにあたり、筆者らは国内外の患者図書館などにおいて先行する取り組みを視察し、蔵書構成や運営方法の検討を行った(2)。並行して、鶴岡市が所在する庄内地方の住民ニーズを調査したところ、住民は、治療法、予防法、検査データの見方、経済的支援、闘病の体験談まで多岐にわたる情報を求めていることがわかった。また医療や健康に関する主な情報源は、医療従事者、家族や知人、次いで新聞やテレビなどマスメディアであった(3)。また地域の医療従事者のヒアリングでは、患者や家族の心のケア、大切な家族を失った人の立ち直りを支えるグリーフケア、患者と医療従事者のコミュニケーションの円滑化を支援するための情報提供を求める声が多く聞かれた(4)

 これら一連の調査から、単に図書館に資料を揃えるだけでなく、地域の医療従事者や住民を巻き込んだ形で双方向に情報を伝える方法を考える必要があることが認識された。開設前に議論を重ね、活動のミッションを「地域住民の健康状態と生活の質(Quality of Life:QOL)を向上すること」とし、行政や医師会などからも協力を得ながら運営していくことにした。

 

2. 住民にとっての3つの機能

 開設以来、試行錯誤しながら活動する中で、筆者らが提供すべき機能の柱が固まっていった。からだ館が住民に対して提供してきた主な機能は3つ、「調べる・探す・相談する」「楽しく学ぶ」「出会う・分かち合う」である。

 

機能1:調べる・探す・相談する

 住民が学びたい時にいつでも利用でき、必要な時に相談できる場が地域にあることが重要との認識のもと、一般開放されている致道ライブラリーの一角に設置した「からだ館」情報ステーションでは、常駐するプロジェクトスタッフ達が利用者の情報探しのサポートを行っている(5)(6)。スタッフは慶應義塾大学先端生命科学研究所が、からだ館プロジェクトの運営要員として雇用しており、現在はフルタイム1人、パートタイム3人でシフトを組んでいる。歴代のスタッフには看護資格を持つ者もいたが、今日働いている者はいずれも採用後に、患者の話の傾聴、適切な図書や資料へのナビゲーション、地域の医療資源への接続、後述する患者サロン運営のノウハウなどを学んできた。これとは別に、がんと闘病中の者もピアサポートのスタッフとして採用している。

 約1,500冊の蔵書は、開設当初はがんに関する資料が中心だったが、徐々に対象領域を拡大し、現在は高血圧、心の健康、認知症、関節痛、障害を抱えながら生活するコツ、在宅介護に関するものまで多彩である。選書は、筆者が兼務する慶應義塾大学医学部および大学病院の教員やスタッフ、各地の病院図書館などからも情報を得ながら、利用者の購入依頼にも応えるようにしている。最新の診療ガイドラインや解説書といった科学的根拠を提供する図書のみならず、患者の体験や思いを綴った闘病記も力を入れて収集してきた。希少難病など当該地域で得にくい情報も届けられるよう、全国の患者会の会報などを取り揃えている点も特徴である。

 図書は、わかりやすい解説書と並んで、患者の手記や闘病記、体験談の貸出が多い。自らが病気と向き合うためには、科学的なエビデンスと同じぐらい、実際の体験者がどう生き抜いたのかを知ることも役に立つということが示されている。そうした闘病記と並んで、食生活に関する図書や雑誌の貸出件数も多い。利用者のニーズを聞きながら、生活習慣病予防の食事、がん治療後の食事といった日々の暮らしに役立つ図書を取り揃えている(7)

 

機能2:楽しく学ぶ

 高齢化が進む当該地域の住民は、健康寿命を延ばすことはもとより、たとえ病気になっても自分らしく生き続けられることを願っている。そうしたニーズに応えるために、地域の医療機関や山形県庄内保健所、市の健康課などとも協力しながら、特色ある勉強会や出張講座等を積極的に行ってきた。「知識を実践に移す」ためには、講義型よりも、参加型の学びのスタイルが有用であることも、活動を通じて実感している。情報の提供側となる専門家には、「啓発」「教育」といった指導的な目線ではなく、自発的な「学び」を支援するという姿勢が重要である。

 単なる知識習得で終わらせない学びの場づくりを模索する中で、2014年度からは「半学半教」をモットーにした「からだ館健康大学」をスタートした。「教える者と学ぶ者を分け隔てることなく、相互に教えあい学びあう」という意の「半学半教」は、慶應義塾の草創期からの精神である(8)。学んだ者が次には主体となりそれを社会に還元する、そんな知の循環をつくっていくことを目指している(9)。要は、「いかに「自分ごと」にしていくか」の仕掛けづくりであり、「楽しい」ことも不可欠だと考えている。勉強会では、からだ館スタッフや、勉強会の運営にサポーターとして参加する住民らが自作自演する庄内弁の寸劇、実験やグループワークなども交え、参加者が楽しく学びあえる工夫をしている。アクティブラーニングや、健康に関する行動変容のステージ(無関心期・関心期・準備期・実行期・維持期)に合わせたアプローチを心掛けている。

 

図1 からだ館健康大学での体験型の学びの様子

 

機能3:出会う・分かち合う

 深刻な病気と向き合う人が経験を共有できる場をつくることは、からだ館の開設当初からの重要な役割である。既に100回を超えた月例のがん患者サロン「にこにこ倶楽部」は、図書館と同じ建物内の一室にがんと向き合って生活している住民が20人前後集まり、和気あいあいとお茶を飲みながらおしゃべりをする場である。

 闘病中の体験を分かち合うことで支え合うピアサポートは、専門家によるサポートと相互補完的に当事者の回復や成長を助けることが知られている(10)。普段あまり口にできないような悩みも、当事者同士だと話しやすく、共感を持って聞いてもらえるという安心感がある。さらに人の話を聞くことによって自分の気づきも促され、各自の回復や成長へとつながっていくという点が、ピアサポートの特長である。最初は悲痛な気持ちでやってきた人も、他の参加者が「お芝居を見に行った」「旅行に行った」「コーラスで歌った」と近況を報告しているのを聞くと、自分もできることをやってみようと前向きになれたと言う。さらに、こうしてこころの元気を回復した人たちは、今度は「誰かの役に立ちたい」と考えるようになることも、活動を継続して見えてきた。

 

3. 自発的な活動・自己実現・エンパワーメントへ

 からだ館の勉強会や患者サロンで出会った仲間同士が、新しい活動を自主的に始めるようになっている。たとえば、がんを経験した者(サバイバー)の有志は、毎月の患者サロンに彩りを添えるための折り紙ボランティアを組織し、季節の花や果物を折り紙でつくったランチョンマットを作ってくれている。毎月1、2回、「ボケ防止よ」などと言って紙を折りながら、時には悩みなどをボソッとこぼし、その言葉を誰かが拾いさりげなく返答するといった、自然なピアサポートの場にもなっている。また、自分の得意なことで人の役に立ちたいと、編み物講座を開いてくれるサバイバーもいる。

 患者経験を人のために役立てたいと申し出てくれる人の輪も広がっている。学生や地域住民を前に、自らの闘病経験を語ってくれるがんサバイバーの言葉は、胸を打つことが多い。語り手たちにとっては、自分の経験を人に語ることで自分自身の生き方や考え方を振り返って整理することができるという。

 さらに健康大学の参加者も、食と農、死生観などを語り合う場を有志で立ち上げて活動をしている。地域文化を育む担い手として自分たちに何ができるかを考え、児童館に出向いて食育講座を開催する人たちも出てきた。

 

図2 自身の闘病経験を医療系学生に語るがん体験者

 

 こうした自発的な活動が次々と生まれている理由のひとつに、鶴岡タウンキャンパス内の図書館を拠点にしていることが挙げられる。集まりたい時に集まれる場所があり、そこで得たい情報も得られるという物理的な環境(ハード面)と、にこにこ倶楽部や健康大学などの企画、からだ館スタッフの支援といったソフト面との相乗効果によって、地域住民の主体的な活動が生まれ、育まれているのではないかと考えている。

 

おわりに

 健康社会の実現は、すなわち人づくり、地域づくりそのものである。それは行政だけ、医療機関だけ、大学だけでできるものではなく、情報を提供すれば実現するというものではない。住民がいかに「主体」となり、他の人とつながり、課題解決へ向けて具体的な行動を起こせるかにかかっている。自主的に学ぶ場である図書館はそうした「住民力」を醸成する場としての可能性を秘めていると考えている。「からだ館」は、地域を健康にするためのコミュニケーションをデザインするという視点で、これからも図書館を拠点に活動を発展させていきたいと考えている。

 

(1)からだ館.
http://karadakan.jp/, (参照 2018-04-18).

(2)剣持真弓, 秋山美紀. 致道ライブラリーのいま―鶴岡でのユニークな取り組み―. Media Net. 2009, 16, p. 45-47.
http://www.lib.keio.ac.jp/publication/medianet/article/pdf/01600450.pdf, (参照 2018-04-18).

(3)秋山美紀. 地域協働型のがん情報提供の試み:からだ館がん情報ステーション. 医学図書館. 2010, 57(2), p. 193-198.

(4)前掲.

(5)秋山美紀. コミュニティヘルスのある社会へ-「つながり」が生み出す「いのち」の輪. 岩波書店, 2013, 232p.

(6)秋山美紀. 地域協働型のがん情報提供の試み:からだ館がん情報ステーション. 医学図書館. 2010, 57(2), p. 193-198.

(7)前掲.

(8)“理念”. 慶應義塾大学.
https://www.keio.ac.jp/ja/about/philosophy/, (参照 2018-04-18).

(9)秋山美紀. コミュニティヘルスのある社会へ-「つながり」が生み出す「いのち」の輪. 岩波書店, 2013, 232p.

(10)前掲.

 

[受理:2018-05-11]

 


秋山美紀. 慶應義塾大学「からだ館」10年間の歩み―図書館を拠点にした健康コミュニティへの総合的アプローチ―. カレントアウェアネス. 2018, (336), CA1929, p. 17-20.
http://current.ndl.go.jp/ca1929

DOI:
https://doi.org/10.11501/11115318

Akiyama Miki
Ten Years of Keio University’s “Karada-kan”: A Comprehensive Approach for Community Health Promotion Utilizing a Library