CA1539 – デンマークの公共図書館における新たな有料サービス / 岡田悟

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カレントアウェアネス
No.282 2004.12.20

 

CA1539

 

デンマークの公共図書館における新たな有料サービス

 

 2000年5月,デンマーク議会で図書館法改正案が可決され,名称も「図書館サービス法」へと変更された(CA1390参照)。この改正では,一般的な図書館サービスの無料原則を再確認しつつも,一方では,すぐれた価値をもつ特別なサービスに対して,図書館が利用者に料金を請求できるという内容が加えられた。デンマークでは,すでに資料の延滞やビデオ貸し出し等に対しての課徴金は認められていたが,この改正により,公共図書館が新たに有料の特別サービスを提供することが認められたのである。

 この図書館サービス法は,公共図書館が新たな分野の様々な有料サービスを提供する道を開いた。本稿では,2003年にC. G. ヨハンセン(Carl Gustav Johannsen)氏によって行われた調査を参考に,デンマークの公共図書館で導入された有料サービスの内容とその成果を紹介する。

 

1. 有料サービスの概要

 新たに認められた有料の特別サービスに関して,新法の中では,具体例のようなものは特に提示されてはいない。そのため,この新たな有料サービスを導入する場合は,各々の図書館が市場のニーズに即した独自のサービスを考案する必要がある。

 こうした事情を反映して,デンマークの公共図書館で新たに想定・実施された有料サービスは多岐にわたる。提供されるサービスは,たとえば,コンサルタント,ウェブデザイン,データベース開発支援,ビジネス情報調査,ナレッジマネジメント,チェンジマネジメント,マーケティング,教育カリキュラムの開発,遠隔研修,施設の貸与,専門図書館機能の代行,貸出期限の早期お知らせサービス(期限が過ぎると延滞料金が発生する理由から),資料配達サービス,などである。いままで公共図書館で扱われてきたようなサービスと比べると,サービスの多様性や対象範囲の広さがうかがえ,また,必要とされるサービスレベルが高度なものも多い。

 また,これらの有料サービスの顧客層については,他の図書館や公的機関が主なターゲットとして浮上してきている点に新たな傾向がある。そして,今まで有料サービス業務の主要顧客と考えられてきた民間会社や個人利用者の比重は相対的に低下しているようである。

 その背景には,図書館が公的機関の事情や特殊なニーズに精通していることや,自らが調査,実施してきた経験を反映した実践的なコンサルタントができるという事情がある。これは,図書館の有料サービス業務におけるコアコンピタンスであり,したがって,図書館・公的機関の顧客層に対しての有料サービスは,民間コンサルタント会社が提供するようなサービスとは必ずしも競合しないとヨハンセン氏は指摘している。

 以上をまとめると,デンマークで導入された有料サービスは,各図書館が独自に考案できるためにサービスの内容が多岐にわたる,図書館・公的機関を主なターゲットとしている,という点に大きな特徴がある。

 

2. 有料サービス導入の成果

 2000年から2003年の間にデンマークの公共図書館で実際に行われた有料サービスの結果を見ると,財政的にはまだ目立った成果が現れていない。デンマーク王立図書館の推計によれば,2002年にデンマークの全公共図書館で有料サービスから生み出された収入の合計は,約300〜400万DKK(デンマーク・クローネ:約5,460万〜7,280万円)であった。これは,1999年から2003年の間に6千万DKK(約11億円)の図書館収入増加を目指すという国家方針から考えれば,期待はずれの結果といえる。

 また,新しい有料サービスを提供する図書館を支援する目的で設立された組織である有料図書館サービスセンター(Center for betalbare ydelser:CBY)が行ったアンケート調査(回答館:90)によれば,現実に有料サービスから収入を生み出しているのは,回答中のわずか3分の1であり,83パーセントもの回答館が,この有料サービスの市場を「困難」「見込みがない」と否定的にとらえている。

 財政結果から見ると,新しい有料サービスが図書館経営に有用な成果をもたらしているとはいいがたい。しかし,実際に有料サービスを提供している図書館員たちは,低迷する収支結果にも関わらず,有料サービスの提供を続けたいと主張する。彼らは,個人の能力開発,モチベーションの維持,やりがいなどの点から,有料サービスが図書館員にとって重要な意味を持つと認識しているのである。

 実際,コンサルタントやウェブデザイン,高度なビジネス情報調査といった業務が,従事する図書館員の能力を高め,モチベーションの増加や高い責任感の創出といった効果を生むことは十分理解できる。そして,図書館員個々の成長は,サービス品質の向上,人材開発,チェンジマネジメントの進展といった図書館組織全体の成長へとつながる。これは,有料サービス業務を行っていく上での,収入以外の大きな価値であるといえる。

 

3. 展望

 有料サービス導入による組織全体への好影響を考えると,デンマークでの試みはまずは一定の成果を上げているといえる。しかし一方では,課題も残されている。

 ヨハンセン氏の調査では,現在,公共図書館で有料サービスに従事している図書館員について,有料サービス業務に意欲的に取り組んでいる反面,コスト意識と利益指向が欠如している点が指摘されている。さらに,公共図書館の経営者の間では,有料サービス業務の推進は,必ずしも優先度が高い事業とはなっていない。こうした収入形成への無関心な態度は,有料サービスに関しての現在の乏しい財政結果にも結びついているといえよう。加えて,有料サービス事業の今後に関しては,民間企業のサービス参入による競合や,図書館同士の競合による図書館組織の盛衰といったネガティブな見通しも考えられる。

 新法では,有料サービス業務について,3年以上にわたって赤字を計上してはならないと規定されている。貧弱な収支報告が継続すれば,この種の有料サービスへの否定的な意見も生まれるだろう。組織力向上や図書館員のやりがいなどのためだけに有料サービスを継続させることに,世論のコンセンサスが得られるかは疑問が残る。そのため,今後は,収入向上のためのコスト意識改革,ニーズの適切な把握やサービス品質の向上等の経営努力を行い,財政的な成果を積み上げていくことも必要となる。

 とはいえ,デンマークにおける事例は,有料サービス業務がもたらす,収入確保以外の注目すべき効果を新たに示している。こうした効果から醸成されていく組織の人的資源の多様性は,図書館が通常のサービスを行う上でも有益であり,また,図書館が今後新たな戦略を生み出していく際の素地にもなりえる。有料サービスイコール収入目的という単純な構図は,今後変化していく可能性があり,そして将来,組織の発展を主眼とした戦略的な有料サービス,という新たな定義のサービスを図書館が導入していく光景も想像できるのではないだろうか。

収集部外国資料課:岡田 悟(おかだ さとる)

 

Ref.

Johannsen, Carl Gustav. “Money makes the world go around” – fee-based services in Danish public libraries 2000-2003. New Library World. (1196/1197), 2004, 21-32.

Johannsen, Carl Gustav. Managing fee-based public library services: values and practices. Library Management. 25(6/7), 2004, 307-315.

Centre for Marketable Library Services. (online), available from < http://www.cby.dk/marketablelibrary.htm >, (accessed 2004-09-17).

Nielsen, Lotte Duwe. Marketable Library Services (CBY). PULMAN Training Workshops, 2002.9. (online), available from < http://www.cby.dk/PULMANseptember2002.pdf >, (accessed 2004-09-17).

 


岡田悟. デンマークの公共図書館における新たな有料サービス. カレントアウェアネス. 2004, (282), p.4-5.
http://current.ndl.go.jp/ca1539