レファレンス協同データベース新着事例

【クイックレファレンス】『しんぱいごむよう』という絵本はありますか(塩尻市立図書館)

とよたかずひこのおいしいともだちシリーズの『~さんがね』『くんがね』の本でした。主人公が「しんぱいごむよう!」と最後終わる本でした。 回答プロセス:2歳くらいの子に『しんぱいごむよう』ありますかと聞かれ『たまごさんがね』を持っていくと「この本!」とのことだったので、とよたかずひこの『おいしいともだち』シリーズを紹介しました。 参考資料:とよたかずひこ さく・え『いちごさんがね‥(おいしいともだち)』童心社, 2013. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I024796886-00, 9784494001897 参考資料:とよたかずひこ さく・え『おいもさんがね‥(おいしいともだち)』童心社, 2012. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I023635971-00, 9784494001880 参考資料:とよたかずひこ さく・え『おにぎりくんがね‥(おいしいともだち)』童心社, 2008. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000009593992-00, 9784494001828 参考資料:とよたかずひこ さく・え『すいかくんがね‥(おいしいともだち)』童心社, 2010. (おいしいともだち) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010865940-00, 9784494001866 参考資料:とよたかずひこ さく・え『たまごさんがね‥(おいしいともだち)』童心社, 2008. (おいしいともだち) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000009593995-00, 9784494001835 参考資料:とよたかずひこ さく・え『とうふさんがね‥(おいしいともだち)』童心社, 2009. (おいしいともだち) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010555329-00, 9784494001859 参考資料:とよたかずひこ さく・え『とうもろこしくんがね‥(おいしいともだち)』童心社, 2015. (おいしいともだち) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I026372938-00, 9784494003761 参考資料:とよたかずひこ さく・え『とまとさんがね‥(おいしいともだち)』童心社, 2014. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I025404377-00, 9784494001903 参考資料:とよたかずひこ さく・え『なっとうさんがね‥(おいしいともだち)』童心社, 2009. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010555323-00, 9784494001842 参考資料:とよたかずひこ さく・え『ばななくんがね‥(おいしいともだち)』童心社, 2016. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I027532660-00, 9784494003778 参考資料:とよたかずひこ さく・え『めろんさんがね‥(おいしいともだち)』童心社, 2018. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I028906139-00, 9784494003785 参考資料:とよたかずひこ さく・え『りんごくんがね‥(おいしいともだち)』童心社, 2011. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011196588-00, 9784494001873

【クイックレファレンス】フェルトで作れる小物の本はあるか。(塩尻市立図書館)

本のジャンルを示す「日本十進分類法(NDC)」で5類技術ジャンルの 手芸594で見出し「フェルト」の書架を案内。 回答プロセス:当館では5類技術の家政学「料理」「手芸」は細かく見出しを立てており、フェルト手芸にも見出しがあった。 参考資料:【資料1】フェルトで作るかわいいつるし飾り : お部屋をかわいく演出する、つるし飾りがいっぱい!. ブティック社, 2011. (レディブティックシリーズ ; no.3170) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011260944-00, 9784834731705 参考資料:【資料2】フェルトのままごとおもちゃ : ママと作って一緒にあそぼう. ブティック社, 2011. (レディブティックシリーズ ; 3254. クラフト) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I042327446-00, 978-4-8347-3254-2 参考資料:【資料3】タバサナオミ 著 , タバサ, ナオミ. キュートなフェルト手芸 : タバサナオミ手芸店 : 手縫いで作るかわいいぬいぐるみや小物たち80点. 世界文化社, 2011. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011258223-00, 9784418112241 参考資料:【資料4】福元淑子, 高崎陽子 著 , 福元, 淑子. フェルト一枚で作るおとぎの国のきせかえ人形 : 妖精のお裁縫・フェアリーソーイング. 幻冬舎ルネッサンス, 2011. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I023113783-00, 9784779007477 参考資料:【資料5】福元淑子, 高崎陽子 著 , 福元, 淑子. フェルト一枚で作るおとぎの国のきせかえ人形 : 妖精のお裁縫・フェアリーソーイング. 幻冬舎ルネッサンス, 2011. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I023113783-00, 9784779007477 参考資料:【資料6】PieniSieni 著 , PieniSieni. 切って!貼って!刺しゅうをするフェルトと遊ぶ : 大人かわいいアクセサリーと小物. マガジンランド, 2017. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I028069770-00, 9784865461442 参考資料:【資料7】須佐沙知子 著 , 須佐, 沙知子. ボンボンでつくるふわふわサンリオキャラクター = FUWA FUWA SANRIO CHARACTERS. 日本ヴォーグ社, 2017. ([Heart Warming Life Series]) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I028624588-00, 9784529057431

自動車のランドクルーザー60の写真が載っている資料が見たい。また、トヨタ ハイラックス・サーフの古い形の写真が載っている資料が見たい。(塩尻市立図書館)

下記の参考資料を見ていただいた。 参考資料①p293にトヨタ ランドクルーザーの通称60系の写真あり。p288にトヨタ ハイラックス・サーフの1986年に発売されたもの(ハイラックス・サーフ・ワゴンSSRリミテッド)の写真あり。 参考資料②のp28、52にランドクルーザー60系の写真あり。 参考資料③のp113にランドクルーザー60シリーズの写真(小さいもの)あり。 回答プロセス:書架で車の本を見る。参考資料①を見つける。 『月刊自家用車』に掲載されていないか見る。参考資料③を見つける。 図書館システムで目録検索をする。キーワード「ランドクルーザー」「ハイラックス サーフ」 参考資料②を見つける。 参考資料:①日本車大図鑑 = JAPANESE PASSENGER CARS 第2版. カーグラフィック, 2017. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I028610997-00, 9784907234171 参考資料:②mono 2017-3-2. ワールドフォトプレス, 2017., 参考資料:③月刊自家用車 2017-8. 内外出版社, 2017.,

富山県の井波町の町並みが載った写真集や著作物がみたい。テレビ放映された井波町を特集したテレビ番組を見損ねた為。(塩尻市立図書館)

以下の資料を紹介。 雑誌【資料1】 視聴覚資料 【資料2】 ガイドブック 【資料3】 ガイドブック 【資料4】 富山市観光センターの連絡先もお伝えした。 回答プロセス:図書館OPACで検索し、書架で資料をブラウジング。 事前調査事項:平成30年5月に日本遺産となった「宮大工の鑿一丁から生まれた木彫刻美術館・井波」が、BS-TBS2018『日本遺産』シーズン3で放送された。  番組名 2018『日本遺産』シーズン3 放送日 平成31年1月6日(日)午前9時~午前9時30分 ナレーター 高島礼子 参考資料:【資料1】住む。 NO.68(2019Winter). 泰文館, 2019-02., ISSN 13472577 http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I088369568-00, (特集 日々の暮らしはこの街で。p52木彫り職人の町で技能と暮らしに触れる。) 参考資料:【資料2】CD『音の風景 日本 中部篇 5』株式会社エニー, 200200. NDC:C771.5, (7曲目『井波の木彫りの音』) 参考資料:【資料3】富山近代史研究会歴史散歩部会 編『富山県の歴史散歩(歴史散歩 16)』山川出版社, 2008.NDC:291.4 http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000009251118-00, 9784634246164 参考資料:【資料4】竹島慎二 編著 , 竹島, 慎二, 1951-. 富山県謎解き散歩. 新人物往来社, 2013. (新人物文庫 ; た-9-1) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I024282596-00, 9784404042989

【クイックレファレンス】マラルメの詩集は図書館にあるか(塩尻市立図書館)

マラルメ(1842~1898)フランス象徴派の代表といわれる詩人。ポーやボードレールの影響を受け、独自の手法により純粋詩を追求。 代表作は詩「エロディアード」「半獣神の午後」「骰子一擲(とうしいってき)」など。 当館では著者「マラルメ」でヒットした、筑摩書房出版の 【資料1】『マラルメ全集 詩・イジチュール』 【資料2】『マラルメ 詩と散文』を案内。 回答プロセス:まずデータベース『ジャパンナレッジ』でマラルメを確認した。 次に図書館システムで「マラルメ」を検索。ヒットした資料をご案内した。 参考資料:【資料1】菅野昭正 ほか著『マラルメ全集 1 詩・イジチュール 別冊』 筑摩書房, 2010. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I077489396-00, 参考資料:【資料2】ステファヌ・マラルメ/著, 松室 三郎/訳『マラルメ 詩と散文(筑摩叢書 313)』筑摩書房, 1987. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I005643301-00, 448001313X 参考資料:【資料3】ジャパンナレッジLib https://japanknowledge.com/(最終確認 2020.12.28),

岩波其残 (いわなみきざん) とその周辺(俳人としての)についての概要。其残門下の「千尋」なる人物について略歴を知りたい。(塩尻市立図書館)

岩波其残 : 俳人。1815年(文化十二年)~1894年(明治二七)。諏訪郡文出村(現諏訪市)の山田家に生まれ、福島(現諏訪市)の岩波家を継いだ。通称は鉄三、雪散屋其残と号した。俳諧を久保島若人に学び、俳画もよくし、多芸多趣味の人であった。門人が多く、若人なき後の諏訪俳壇の中心だった。著書に『早合点連月千句集』『百千鳥』『草の餅』などがある。 「千尋」 : 『敷島廻 (しきしまめぐり) 』の著者 岩波千尋。 資料2 p577に以下の記述。 「塩尻市元洗馬上町の人。東漸寺住職。岩波其残と交遊。明治旧派。」 回答プロセス:長野県内の人物の事典類を調べ、資料1、2、3をあたった。 信濃毎日新聞データーベースではキーワード「千尋、岩波千尋」はヒットせず。 国会図書館デジタルコレクションに岩波千尋の著作物があることがわかる。資料4 関係する千葉の東漸寺のHPもご紹介した。 県立長野図書館に「千尋」なる人物が洗馬の東漸寺の住職だったか?その真偽を問い合わせた。 資料5~12は県立長野図書館から紹介された。 事前調査事項:其残門下生の「千尋」なる人物が洗馬の東漸寺の住職だったらしい。諏訪の人らしい。 参考資料:【資料1】 赤羽篤 [ほか]編 , 赤羽, 篤, 1920-2012. 長野県歴史人物大事典. 郷土出版社, 1989. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002021352-00, 4876631263(p.92 岩波其残について) 参考資料:【資料2】 矢羽勝幸 編著 , 矢羽, 勝幸, 1945-. 長野県俳人名大辞典. 郷土出版社, 1993. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002299391-00, 4876632308(p.208 岩波其残について p.577 千尋について) 参考資料:【資料3】 諏訪市史編纂委員会 編纂 , 諏訪市. 諏訪市史 中巻(近世). 諏訪市, 1988. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000008168187-00, (p.747~748 岩波其残について) 参考資料:【資料4】 岩波千尋 著 , 岩波, 千尋. しきしまめぐり. 岩波音之助, 1925. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000539515-00, (国立国会図書館デジタルコレクション) 参考資料:【資料5】 矢羽勝幸, 田子修一 編著 , 矢羽, 勝幸, 1945- , 田子, 修一, 1951-. 近世信濃俳人・俳句全集. 象山社, 2004. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007629042-00, 4879780170(p.141~143 岩波其残について) 参考資料:【資料6】岩波 其残/著 , 岩波 泰明/文 , 岩波 其残 , 岩波 泰明. 岩波其残戯筆. 岡谷日日新聞社. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I059196457-00, 参考資料:【資料7】山田昭彦, 山田貴子 著 , 山田, 昭彦, 1955- , 山田, 貴子, 1960-. 『其残翁伝』の世界 : 信陽新聞 (大正11年5月-11月) 『其残翁伝』復元の試み. 長野日報社, 2018. (『其残翁伝』研究 ; 1) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I029188132-00, 9784861251207 参考資料:【資料8】小尾 左牛/編著 , 小尾 左牛. 諏訪人物史. 諏訪タイムス社. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I059051324-00, (県立長野図書館より、古代篇p.22~23に岩波其山の記述ありと照会) 参考資料:【資料9】岩波其残 著,『諏訪土産 再摺本』 文化書局,1980, (県立長野図書館より照会あり) 参考資料:【資料10】『茅野 第32号』 茅野市郷土研究会,1992, (県立長野図書館より、p.1 『とびら 岩波其山の小皿』と照会) 参考資料:【資料11】『長野 第176号』 長野市郷土史研究会,1994, (県立長野図書館より、p.1~7 『岩波其山の北信・越後紀行 ―明治十八年の一茶遺宅訪問-』と照会) 参考資料:【資料12】小平雪人 編,『諏訪俳句古撰』 阿心庵出版部, (県立長野図書館より、其山に関する出典資料として、諏訪市図書館が所蔵と照会) 照会先:県立長野図書館

尼崎の売春街(特殊飲食街、特飲街-とくいんがい-)の歴史について知りたい。(尼崎市立歴史博物館 地域研究史料室 “あまがさきアーカイブズ”)

〔尼崎の売春街の歴史〕 尼崎地域に売春街(特殊飲食街、特飲街)が形成されるのは、第二次世界大戦後の戦後復興期のことです。近世・近代の尼崎城下町には遊郭がなく、男性たちは大坂や西宮の遊郭に出かけたと言います。明治後期に遊郭を誘致する動きもありましたが、反対運動があり実現することはありませんでした。 第二次大戦後、阪神尼崎駅や出屋敷駅の北側を東西に走る阪神国道(現国道2号)付近に街娼と呼ばれる女性たちが見られるようになり、やがてこの付近に数か所の売春街が出現します。『図説尼崎の歴史』現代編第一節8「戦後復興期における地域の特徴と変化」掲載の囲み記事「都市の暗部-特飲街の形成-」が、その経緯をまとめています。 〔昭和20年代後期の特飲街〕 前掲の囲み記事が紹介する昭和26年(1951)10月4日付け神戸新聞阪神版記事は、尼崎市内に難波新天地(なにわしんてんち)、難波新地(なにわしんち)、パーク街・浮世小路といった売春街があり、千人もの女性が売春を行なっていると報じています。これらは「青線(あおせん)」と呼ばれる非公認の売春街で、繁華街など市街の中心部、住宅地や学校に近い場所などにありました。これらを問題視する世論が強くなり、昭和27年には尼﨑市が売春防止条例を施行、警察による取り締まりも強化されました。 〔昭和30年(1955)の集団移転〕 こうしたなか、地元との軋轢を避けるため、特飲街の郊外への集団移転案が浮上します。その結果、昭和30年に多くの業者が初島新地と神崎新地(戸ノ内)に移転しますが、元の場所で営業を続ける業者もありました。 〔売春防止法施行以後〕 売春防止法は、昭和31年(1956)5月に公布され翌昭和32年4月に施行された法律です。昭和33年4月には罰則が施行され、「赤線(あかせん)」(遊郭などの系譜を引く半ば認められていた売春街)も違法となります。これにより、従来から非公認の「青線」であった尼崎の特飲街への圧力も強まり、取り締まりも強化されていきました。 時代を経て、こういった特飲街の多くが廃業・消滅していきますが、近年の風俗誌等に、前記の「パーク街」(単に「パーク」とも呼ばれていた)の後身である「かんなみ」を紹介するものもあります。 回答プロセス:1 尼崎の特飲街の歴史を記録する文献 ◆「都市の暗部-特飲街の形成-」 『図説尼崎の歴史』下巻/Web版 現代編第一節8佐賀朝-さがあした-執筆「戦後復興期における地域の特徴と変化」掲載囲み記事 http://www.archives.city.amagasaki.hyogo.jp/chronicles/visual/05gendai/gendai1-8.html#gendai1-8-14 2 尼崎の特飲街の移転について報じた当時の雑誌 ◆『アサヒグラフ』昭和31年6月24日号 記事「伸びる尼崎特飲街」掲載、戸ノ内の神崎新地について写真入りでページを割いて紹介している。 3 尼崎の特飲街に関する証言等を記録する文献 ◆井上眞理子「聞き描き:ありし日のまちと暮らし(26)「繁栄に酔う町、その光と影(その2)-初島慕情「ハチュシマ、ドコデスカ?」-」 神戸史学会『歴史と神戸』46巻5号、通巻264号(2007年10月)掲載 4 明治・大正期の尼崎への遊郭設置の動きと反対運動について記録する文献 ◆「琴陽会と遊郭設置問題」 『図説尼崎の歴史』下巻/Web版 近代編第二節3山崎隆三・地域研究史料館執筆 http://www.archives.city.amagasaki.hyogo.jp/chronicles/visual/04kindai/kindai2-c1.html 参考資料:尼崎市立地域研究史料館/編集 , 尼崎市立地域研究史料館. 図説尼崎の歴史 : 尼崎市制九〇周年記念 下巻. 尼崎市, 2007. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I005908615-00, (当館請求記号 219/A/ア) 参考資料:アサヒグラフ通巻1661号/朝日新聞社,1956.6.24, (逐次刊行物) 参考資料:歴史と神戸45巻5号、通巻264号/神戸史学会,2007.10.1, (逐次刊行物)

長崎市にあった舞鶴座について知りたい。(長崎市立図書館)

■回答概要 舞鶴座は、かつて新大工町にあった大規模な芝居小屋です。1890年(明治23年)11月に、帯谷宗七ら瓊浦劇場株式会社が開場しました。以降、長崎劇場、さらに中島劇場へと名を変え、1936年(昭和11年)に区画整理のために解体されました。 詳しくは、下記の資料でご確認ください。 ■以下の資料を、項目ごとにご紹介します。 <本で調べる> ①『長崎県大百科事典』    【長崎新聞社 編集 長崎県大百科事典出版局 編集/長崎新聞社/1984/N291.93ナ】  「歌舞伎」の項に、明治以降にあった芝居小屋の一つとしてあげられている。(p.164)  また、「芝居小屋」の項に、場所や設備についての記載があり、舞鶴座外観の写真も掲載されている。(p.394) ②『長崎市史 風俗編 下』   【清文堂出版/1981/N219.3ナ】  「第拾五章 演劇」の「劇場」の項で、建坪や定員、変遷を記載。(p.274) ③『長崎市制五十年史』   【長崎市役所/1939/N219.3ナ】  「第二十九章 趣味娯楽 第二節 演劇」の項で、こけら落し公演について記載。(p.415-416) ④『明治維新以後の長崎』  【長崎市小学校職員会 編纂/臨川書店/1973/N291.93メ】  「第九章 風俗習慣演芸場 第二節 演芸場」の項に、中島会館(元舞鶴座)として、建てられた経緯や   変遷について記載。(p.351-352) ⑤『新長崎市史 第3巻』   【長崎市史編さん委員会 編集/長崎市/2014/N219.3シ】  「第4章 地域の社会と文化 第4節 近代長崎の文化 (5)芸能 芝居小屋と劇場」の項で、   建てられた経緯や設備、収容人数、来演した人物、変遷を記載。(p.431-432) ⑥『わかる!和華蘭』  【長崎市史編さん委員会 監修/長崎市 企画/長崎新聞社 編集/長崎新聞社/2016/N219.3 ワ】   「近代長崎の文化 人々の楽しみ 劇場・検番・ねずみ島」の項で、建てられた経緯や劇場入場者数、   明治中期に撮られた外観の写真を掲載。(p.152) ⑦『市制百年長崎年表』  【市制百年長崎年表編さん委員会 編集/長崎市役所/1989/N219.3シ】  1890年(明治23年)11月2日の箇所に、落成開場式があったとの記録あり。こけら落し公演についても   紹介されている。(p.117) ⑧『角川日本地名大辞典 42』  【「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編/角川書店/1987/N291カ】   「しんだいくまち 新大工町<長崎市>」の項目に、規模や収容人数、変遷を記載。(p.531) ⑨『長崎游学 12』  【長崎文献社/2017/N291.93 ナ】  「第5章 伊勢宮周辺 ④新大工町(本木昌造、帯谷宗七)」の項で、設備や収容人数、変遷を記載。(p.62-63) ⑩『桜馬場町今昔誌』  【長方 保雄 著/桜馬場町二組自治会 編/ [桜馬場町二組自治会] /1971/N219.93ナ】  「第二章 桜馬場町周辺について ◎舞鶴座(新大工)」の項で、規模や設備を記載。(p.81) ⑪『長崎郷土物語 上巻』   【歌川 竜平 著/歴史図書社/1979/N291.93ウ】  「東部の繁華街(新大工町) 舞鶴座のこと」の項で、建てられた経緯や収容人数、変遷を記載。(p.40) ⑫『長崎の史跡 南部編』  【長崎市立博物館 編/長崎市立博物館/2002/N291.93ナ】  「156.舞鶴座跡」の項で、建設にかかわった人物や設備、収容人数、変遷を記載。   また、建物や使用されていた瓦の写真も掲載されている。(p.32) ⑬『まちなかガイドブック 1』  【長崎史談会 編集 長崎市観光政策課 編集/原田 博二 監修/長崎史談会 長崎市観光政策課/2014/N291.93マ】  「7.西日本一の演劇場 舞鶴座跡(新大工町5番)」の項で、建てられた経緯や設備、収容人数、来演した人物、   変遷が記載されている。また、建物の写真も掲載。(p.13-14) ⑭『ながさき会議所NEWS 2012.12月号』  【長崎商工会議所/2012/Zナ】  「長崎歴史散歩」の項で、発起人である帯谷宗七の生涯を特集。   その中で、舞鶴座の設備や収容人数を紹介している。(p.27) ⑮『長崎町人誌 第3巻』  【嘉村 国男 編集/長崎文献社/1995/N219.3ナ】  「明治、大正のまちづくり 大劇場の風雲児」の項に、帯谷宗七の生涯を記載。   その中で、建てられた経緯や経営状況、設備や演目を紹介している。(p.18-25) ⑯『長崎の歌舞伎』  【若浦 重雄 著/若浦重雄/1980/N774ワ】  巻頭の口絵に、明治45年当時の興行の様子を収めた写真を掲載。   また、「長崎芝居概観 二 明治以降の芝居小屋」の項に、建てられた経緯や変遷、   来演した人物が記載されている。(p.18)  さらに「長崎の歌舞伎 二 「舞鶴座」興行関係」の項では、座組や演目などを年表形式で紹介している。   (p.67-91) ⑰『崎陽巷談』  【帯谷 重則 著/帯谷重則/2003/N914.6オ】  「長崎の芝居小屋と演劇について」の項で、建てられた経緯や設備、興行日数や入場料を記載。(p.297-306) ⑱『長崎談叢 第53輯』  【長崎史談会 編/藤木博英社/1972/N051ナ】  「舞鶴座―長崎演劇史の一齣―」の項で、舞鶴座の開場から取り壊されるまでを紹介している。   当時行われていた芝居の演目も記載。(p.78-91) <インターネットで調べる> ⑲「ナガジン!」(http://www.city.nagasaki.lg.jp/nagazine/)  長崎市の文化歴史観光の情報を発信するWEBサイト。   「町を賑わした!長崎の芝居小屋」のページでは、長崎にあった芝居小屋が取り上げられ、舞鶴座も紹介。  (http://www.city.nagasaki.lg.jp/nagazine/hakken14032/index1.html) インターネットの最終アクセス日は2020年12月18日です。

「織田がつき秀吉がこねりただ食うは家康」の文言の出典を知りたい。(岩手県立図書館)

問い合わせの文言は江戸時代の「織田がつき羽柴がこねし天下餅 ただらくらくと食ふは徳川」の落首(らくしゅ)の一部分と推測される。落首とは世相を風刺・揶揄した匿名の狂歌で、その成り立ちから出典元は不明とされる。この落首も同様に出典は不明であり、下の句は前述の句以外にも何通りかパターンがある。また、この落首を元に描かれた風刺画(錦絵)も存在する。以下、出典元不明につき参考資料を紹介。 ・『落首がえぐる江戸の世相』 秋道博一∥著 文芸社 2002年(911.19/アキ 1103676514) ⇒p.17 “ 織田がつき羽柴がこねし天下餅 座りしままに食うが徳川 これは後世に詠われた落首です。” ・『餅の博物誌』古川瑞昌∥著 東京書房社 1972年 ⇒p.15~18(特にp.15)  「天下餅」 ⇒p.20~25(特にp.22~25)「太閤餅と大仏餅」 →p.24 “「織田が搗き羽柴が捏ねし、天下餅」―この有名な落首の下の句に五通りがある。       骨を折らずに食ふは徳川、坐りしままに食ふは徳川、坐って食ふは徳川家康、       ただらくらくと食ふは徳川、うまうまひとり食ふは徳川”       ・『文芸春秋 第58巻第9号』文芸春秋 1980年 ⇒〔p.26〕「日本の男たち 織田信長」 “江戸時代の作者不明の狂歌に、織田がこね羽柴がつきし天下餅、寝ているままで食うが徳川―というのがある” ・『歴史と人物 第9巻第10号 通巻第98号』中央公論社 [1979] ⇒p.92「三人目の天下取り」 “有名な狂歌に、「織田が搗き、羽柴(秀吉)がこねし天下餅、坐って食うは徳川家康」というのがある。  この狂歌は、徳川の天下となった江戸時代の産物であり、当時の民衆の意識を反映しているが、(略)” ・『江戸時代をどう視るか 幕府・藩・天領』藤野保∥著 雄山閣出版 1997年 ⇒p.8~9「領国経営と行政手腕」 “江戸時代の有名な狂歌に”という書き出しの文章以降、上記資料とほぼ同一内容。 ■落首を元にした歌川芳虎の風刺画「道外武者・御代の若餅」 ・『漫画の歴史』清水勲∥著 岩波書店 1991年 ⇒p.13「歌川芳虎の幕府批判」  “天保八年(1837)には、歌川芳虎(よしとら)によってさらに過激な風刺画「道外武者・御代の若餅」が江戸で版行された。織田信長と明智光秀が餅をつき、ついた餅を豊臣秀吉がのし、徳川家康が棚ボタ式に座して餅を食べている図である。”※図版あり ・『筆禍史』宮武外骨∥著 朝香屋書店 1926年 ⇒p.118~119「御代の若餅(天保八年)」  “歌川芳虎筆の一枚版行絵なり(縦一尺二寸横八寸五分)其全図は左に縮模するがごとく、武者共の餅つき絵なるが、其絵様中の紋章等にて察すれば、織田信長が明智光秀と共に餅をつき、其つきたる餅を豊臣秀吉がのしをし、徳川家康は座して其餅を食する図なり、要するに徳川家康は巧みに立廻りて、天下を併呑するに至りしといへる寓意なり (以下略)”※カラー図版あり。 ・『国文学 解釈と鑑賞 第28巻第15号 第343号 臨時増刊号』至文堂 [1963] ⇒p.40「天下餅」  “「織田がこね羽柴がつきし天下餅 すわりたままにくらうは徳川」という狂歌がある。(略)幕末の天保八年に、  この歌をめぐって筆禍事件がおこっている。歌川芳虎という浮世絵師が、「御代の若餅」という一枚摺りをつくった。(略)” ・『餅の博物誌』古川瑞昌∥著 東京書房社 1972年 ※前掲資料 ⇒p.17  一猛斎(歌川)芳虎の風刺画「道外武者 御代の若餅」※図版 ⇒p.20~25(特にp.22~25)「太閤餅と大仏餅」 →p.24 “芳虎の描いた「御代の若餅」の絵の家康は坐っている。「坐りしままに食ふは徳川」は、江戸小唄に     あるとも聞いた。しかし、筆者は、江戸時代の著作物で、「織田が搗き…」の歌を乗せたのを知らない。” ⇒p.25~28「芳虎の御代の若餅」 ・『日本歴史』モラエス∥著 花野富蔵∥訳 明治書房 1943年 ⇒p.100「徳川家康」  ※但しこの資料のみ、家康についてはただ餅を食べていたのではなく、餅の大部分を国民に分配する役目を引き受けていたとしている。 ・『近代日本漫画百選』清水勲∥編 岩波書店 1997年(当館未所蔵) ⇒p.18~19 「徳川を攻撃する風刺画」に、天保期あるいは嘉永期に生まれたと思われる落首にこんな作がある、として「織田がつき羽柴がこねし天下餅 座して喰らふは徳の川」が紹介され、この落首に歌川芳虎が描いた風刺画が「道外武者・御代の若餅」との解説が掲載されているとのこと。(確認:奥州市立江刺図書館) 回答プロセス:(1)落首、狂歌関連資料を確認。 (2)織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三傑関連資料を確認。 (3)歌川芳虎関連資料を確認。 (4)江戸時代(天保~嘉永期)の民衆史、メディア史関連資料を確認。 参考資料:秋道博一 著 , 秋道, 博一. 落首がえぐる江戸の世相. 文芸社, 2002. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000003626768-00, 4835536533(当館請求記号:911.19/アキ) 参考資料:古川瑞昌 著 , 古川, 瑞昌, 1928-1977. 餅の博物誌. 東京書房社, 1972. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001214034-00, (当館請求記号:383.8/フ1/1) 参考資料:文芸春秋 第58巻第9号 文芸春秋 1980年, (当館請求記号:S051/ブ6/58-9) 参考資料:歴史と人物 第9巻第10号 通巻第98号 中央公論社 [1979], (当館請求記号:S205/レ4) 参考資料:藤野保 著 , 藤野, 保, 1927-2018. 江戸時代をどう視るか : 幕府・藩・天領. 雄山閣出版, 1997. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002634883-00, 4639014643(当館請求記号:210.5/フジ) 参考資料:清水勲 著 , 清水, 勲, 1939-. 漫画の歴史. 岩波書店, 1991. (岩波新書) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002109463-00, 4004301726(当館請求記号:726/シ1/3) 参考資料:宮武/外骨 著 , 宮武‖外骨. 筆禍史 改訂増補. 朝香屋書店, 1926. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I018074491-00, (当館請求記号:210.4/ノム) 参考資料:国文学 解釈と鑑賞 第28巻第15号 第343号 臨時増刊号 至文堂 [1963], (当館請求記号:S910/コ4) 参考資料:モラエス/著 , 花野 富蔵/訳 , モラエス , 花野‖富蔵. 日本歴史. 明治書房, 1943. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I023520567-00, (当館請求記号:210.04/モ2/1) 参考資料:清水勲 編 , 清水, 勲, 1939-. 近代日本漫画百選. 岩波書店, 1997. (岩波文庫) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002578315-00, 4003356616(当館所蔵なし) 照会先:奥州市立江刺図書館に当館未所蔵の『近代日本漫画百選』の内容確認を依頼

戦時中、岩手県公会堂の西側(現在原敬の胸像がある場所)に隊列を組んだ軍馬像があったが、終戦前に金属回収でなくなってしまった。この軍馬像の作者を知りたい。(岩手県立図書館)

軍馬像の正式名称は「支那事変軍馬出征記念像」。西磐井郡山目村(現・一関市山目)出身の彫刻家、伊藤国男の手による。昭和15年12月21日に建立され、金属類回収令により昭和19年3月9日に供出された。東京の馬事公苑にも昭和15年9月に同一の馬象が建設されたようである。なお、伊藤国男は馬像彫塑の第一人者であるが、美術界の特定派閥に属さなかったため美術家名鑑には殆ど掲載されていない。 以下、県公会堂の軍馬像と伊藤国男について記載のある資料を紹介。当時の新聞の漢字の旧字体は新字体へ適宜改めた。 ・『岩手県公会堂竣工88周年記念誌 88th Anniversary』岩手県公会堂指定管理者希望橋グループ 2016年 ⇒p.17「モニュメントトーク」 “公会堂の前庭に「支那事変軍馬出征記念像」。(略)昭和15年12月21日に建立されました。(略)伊藤圀男による細やかでリアルな彫刻です。(略)3年ほどであえなく金属供出で回収されたようです。” ※記念像の写真掲載あり。 【マイクロフィルム資料】 ●軍馬記念像除幕式関連記事 ・『岩手日報』 昭和15年12月17日 3面 ⇒「全国で唯二つ 支那事変出征軍馬の記念像 廿一日栄ある除幕式」 “此の像は西磐井郡山目村出身、東京蒲田女塚現住の彫刻家伊藤国男氏の原型(略)に成り此像と同じものが今秋東京の馬事公苑に建設されてあり全国で唯二ツと言ふ逸品だ” ※記念像の写真掲載あり。 ・『岩手日報(夕刊)』 昭和15年12月22日 2面 ⇒「馬産業の要石 記念像の除幕式 けふ晴れの式典挙行」 “記念像の製作者たる西磐井郡山目村出身の伊藤国男氏等も態々来盛参列し(略)” ※記念像の写真掲載あり。記事の日付は昭和15年12月22日だが、当時の夕刊は翌日の日付を入れるのが慣例だった。 ・『岩手日報』 昭和15年12月28日 2面 ⇒『子等歌ふ“愛馬の歌” 感謝捧ぐる顕彰碑 馬産岩手の赤誠茲に』 “製作者伊藤国男氏が西磐井郡の郷土の生んだ我国彫塑界の中堅である事は更にこの馬群像に生命を与えたものといへる” ※12月17日付記事と同一の写真掲載あり。 ・『毎日新聞(岩手版)』 昭和15年12月13日 6面 ⇒『勲の軍馬の像 廿一日に除幕式』 ※伊藤国男の名前掲載なし ・『毎日新聞(岩手版)』 昭和15年12月21日 6面 ⇒「けふ軍馬銅像除幕式」 “なほこの銅像は西磐井郡山目村出身の彫刻家伊藤国男氏の制作にかゝり(略)” ※記念像の写真掲載あり ・『毎日新聞(岩手版)』 昭和15年12月22日 6面 ⇒「出征軍馬記念像 微笑裡に除幕」 “ついで(略)銅像製作者伊藤国男氏(略)に対する感謝状贈呈が型の如くあり” ・『読売新聞(岩手版)』 昭和15年12月18日 8面 ⇒「馬群像に偲ぶ 顕彰碑に隠れたる一婦人の博愛」 “製作者は西磐井郡出身の彫刻家伊藤国男氏だが(略)” ※記念像の写真掲載あり ・『読売新聞(岩手版)』 昭和15年12月22日 8面 ⇒「軍馬像の除幕式」 “製作者伊藤国男氏に感謝状を贈り(略)正午閉会した” 〖参考①〗 ●軍馬記念像の金属類回収令による供出関連記事 ・『岩手日報』 昭和19年3月10日 3面 【マイクロフィルム】 ⇒「公会堂前の“軍馬”壮行式」 “支那事変軍馬出征記念像晴れの壮行式は九日午前十一時から現場に於て(略)盛大に行はれた” ●軍馬記念像の建立と金属類回収令による供出までの年表 ・『図説盛岡四百年 下巻2』吉田義昭[ほか]∥編著 郷土文化研究会 1992年 ⇒「盛岡郷土略年表」  →p.516 “1940(昭和15年)12月21日 支那事変軍馬出征記念像、内丸の県公会堂前に建立。” →p.517 “1944年(昭和19年)3月9日 県公会堂前の支那事変軍馬出征記念像、金属回収で供出” ・『岩手県郷土史年表』田中喜多美∥編 万葉堂書店 1972年 ⇒p.417 “昭和15年(1940)12月21日   県公会堂前庭に支那事変軍馬出征記念像除幕式あり。” ⇒p.426 “昭和19年(1944) 3月9日 支那事変軍馬出征記念像(公会堂前)供出” 〖参考②〗 ●伊藤国男について記述のある資料(※公会堂前の軍馬像については記載なし) ・『山目史』山目史を作る会 1993年 ⇒p.596~599「馬匹彫塑家 伊藤国男」 ・『一関市史 第2巻』一関市 1978年 ⇒p.514「馬の彫塑像 山目幸町山目小学校」 ・『岩手の美術と共に歩んで』佐々木一郎∥著 1987年 ⇒p.27「戦争と岩手美術連盟」 ・『岩手美術小史 洋画を主体として』細野金三∥著 1976年 ⇒p.13「1941・(昭和16)・5(月) 岩手美術連盟」 ※昭和24年の2月発行の同連盟の住所録に伊藤国男(彫刻)の名前あり。  戦前から戦後間もない時期は、この在京県人の作家と県内作家の合同団体に属していたようである。 ・『昭和前期岩手の美術』細野金三∥著 岩手美術史の会 1979年 ⇒p.43「1941(昭和16)第1回岩手美術連盟東京展」 “◎彫刻 当歳(鋳銅) 伊藤国男” ※目録に伊藤の名前あり 回答プロセス:(1)岩手県公会堂の記念誌、及び岩手県の郷土史年表で公会堂前に馬の銅像が建立された日や撤去された日を確認。 (2)馬像が建立、撤去された日前後の当時の新聞(マイクロフィルム)を通覧。製作者の伊藤国男を確認。 (3)伊藤国男関連資料を確認。 参考資料:岩手県公会堂. 岩手県公会堂竣工88周年記念誌 : 88th Anniversary. 岩手県公会堂指定管理者希望橋グループ, 2016. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I081049016-00, (当館請求記号:K379.2/イワ) 参考資料:岩手日報(マイクロフィルム) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000058580-00, 参考資料:毎日新聞 東京本社地方集刷版 https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000059331-00, 参考資料:讀賣新聞 東京本社地方集刷版 https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000000058522-00, 参考資料:吉田義昭, 及川和哉 編著 , 吉田, 義昭, 1931- , 及川, 和哉, 1933-2016. 図説盛岡四百年 下巻 2. 郷土文化研究会, 1992. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002169297-00, (当館請求記号:K211/ヨ1/4-2-2) 参考資料:田中 喜多美 編 , 田中‖喜多美. 岩手県郷土史年表. 万葉堂書店, 1972. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I036527633-00, (当館請求記号:K200.3/タ1/1) 参考資料:山目史を作る会. 山目史. 山目史を作る会, 1993. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002317667-00, (当館請求記号:K241.1/ヤ2/1) 参考資料:一関市史編纂委員会 編 , 一関市. 一関市史 第2巻. 一関市, 1978. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I036532316-00, (当館請求記号:K241.1/イ3/2) 参考資料:佐々木一郎 著 , 佐々木, 一郎, 1914-. 岩手の美術と共に歩んで. [佐々木一郎], 1987. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001977200-00, (当館請求記号:K700/サ1/1) 参考資料:細野 金三 著 , 細野‖金三. 岩手美術小史 : 洋画を主体として. 橋本印刷(印刷), 1976. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I036200597-00, (当館請求記号:K702/ホ1/1) 参考資料:細野金三 著 , 細野, 金三, 1917-. 昭和前期岩手の美術. 岩手美術史の会, 1979. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001611096-00, (当館請求記号:K702/ホ1/3)

盛岡城跡公園(岩手公園)の成り立ちや園内の植物、今昔の写真が掲載されたガイド的な分かりやすい資料を紹介してほしい。(岩手県立図書館)

盛岡城跡公園(岩手公園)は、旧盛岡藩主南部氏の居城・盛岡城の跡地を整備し、明治39年(1906)に「岩手公園」として開園。平成18年(2006)開園100周年を機に、愛称を「盛岡城跡公園」とした。江戸時代の石垣が残るほか、四季を彩る様々な植物を見ることができる。記載のある下記資料を紹介。 ・『次の百年へ受け継ぐもの 盛岡城跡公園(岩手公園)開園100周年記念誌』岩手公園開園100周年記念事業実行委員会 2007年 ⇒p.2~7「盛岡城址公園今昔」(写真)、p.14~15「年表」、p.18~21「岩手公園ものがたり」(岩手公園の誕生)、p.65「岩手公園の植物」 ・『盛岡城跡公園ガイドマップ 開園100周年 日本の都市公園100選 日本100名城 日本の歴史公園100選 緑が文化になるまち盛岡 第2版』岩手公園開園100周年記念事業実行委員会 盛岡市 2007年 ※1枚ものだが公園の成り立ちや植物等の記載あり。最も基礎的なガイド。 ・『岩手公園ものがたり 桜山さんと岩手公園の歴史』櫻山神社 〔2004年〕 ※1枚もの。公園の成り立ちや明治期の写真あり。 ・『魅せます四季の「岩手公園」 開園100周年』岩手公園開園100周年記念事業実行委員会 2007年 ※写真集。公園の成立や植物について記述あり。 ・『岩手公園の四季』高橋喜平∥著 熊谷印刷出版部 1989年 ※写真集。植物のうち茸類に言及しているのはこの資料のみ。 ・『岩手公園散策 写真集』吉田瑞夫 2001年 ※写真集。写真の下に植物名記載あり。 ・『盛岡写真帳 なつかしのアルバム』盛岡市立図書館∥監修 トリョーコム 1984年 ※岩手公園の写真あり。 ・『図説盛岡四百年 下巻1 明治・大正・昭和編』吉田義昭・及川和哉∥編著 郷土文化研究会 1991年 ⇒p.68~69 ※明治期の岩手公園の写真あり。 ・『岩手公園 盛岡城跡公園 その100年の歩み』盛岡タイムス社 2006年 ※岩手公園の成立について詳しい。写真は白黒の城壁写真の2枚のみ。 ・『岩手公園めぐり フォトガイド 美しき盛岡城の史跡』藤村康一∥著・写真 ティーシーアイ 2014年 ※著者の意向により公園の成り立ち等についての解説はないが、公園内の風景写真多数収録。 ・『史蹟盛岡城 郷土資料写真集特輯』吉田義昭∥著 盛岡市公民館 1961年 ※公園というより城郭としてだが、城内や城壁の白黒写真多数掲載。 ・『もりおか物語 9 内丸・大通かいわい』熊谷印刷出版部 1979年 ⇒p.16~66 ・『盛岡城 探訪ブック 美しい石垣に秘められた城の歴史』萩原さちこ∥監修 川口印刷工業 2015年 ・『あの日あの時の盛岡 絵はがきに見る明治・大正・昭和の風景 もりおか歴史文化館第5回企画展』もりおか歴史文化館 2012年 ⇒p.8~9「岩手公園」 ※明治~大正期の絵はがき(写真)   ・『あの日あの時の盛岡 昭和レトロの世界 館蔵写真展 もりおか歴史文化館第2回企画展』もりおか歴史文化館 2011年 ⇒p.7、p.14、p.23、p.32、p.45~p.46 ※昭和30年代、50年代の写真  ・『もりおか歴史散歩』細矢定雄∥編集 東北堂 2006年 ⇒p.84~89「盛岡城跡」 ・『盛岡明治大正昭和「事始め百話」』吉田義昭∥著 郷土文化研究会 1995年 ⇒p.27~28「岩手公園」 ・『もりおか思い出散歩 盛岡市制百周年記念』盛内政志∥著 岩手日報社 1989年 ⇒p.54~55「岩手公園」 ・『史跡盛岡城跡植栽管理基本計画』盛岡市都市整備部公園みどり課∥編集 創宇舎∥編集 盛岡市 2017年 ※園内の樹木の分類のほか、p.143~151に公園の古写真、p.152~154に園内の樹木の写真あり。 ・『岩手公園全図』赤沢号印刷所 出版年不明 ※1枚もの。写真ではないが、現在の大通や内丸界隈ができる前の岩手公園周辺がよくわかる図。 ・『新盛岡物語』吉田政吉∥著 国書刊行会 1974年 ⇒p.59~65「岩手公園となった前後」 ・『史跡盛岡城跡整備基本計画』盛岡市都市整備部公園みどり課∥編集 文化財保存計画協会∥編集 盛岡市 2013年 回答プロセス:「岩手公園」や「盛岡城」のキーワードで資料を検索し内容を確認。 そのうち、(1)公園の歴史について分かりやすく記述があるもの (2)園内の植物に言及しているもの、その写真があるもの (3)公園の今昔の写真が掲載されたもの のいずれかの条件を満たしている資料を紹介。 参考資料:岩手公園開園100周年記念事業実行委員会 編集 , 岩手公園開園100周年記念事業実行委員会. 次の百年へ受け継ぐもの : 盛岡城跡公園(岩手公園)開園100周年記念誌. 岩手公園開園100周年記念事業実行委員会, 2007. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I036143909-00, (当館請求記号:K/629.3/イワ) 参考資料:盛岡城跡公園ガイドマップ : 開園100周年 第2版. 岩手公園開園100周年記念事業実行委員会, 2007. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I036157287-00, (当館請求記号:K/291.1/モリ) 参考資料:岩手公園ものがたり : 桜山さんと岩手公園の歴史. 櫻山神社, 2004. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I036206456-00, (当館請求記号:K/629.3/イワ) 参考資料:魅せます四季の「岩手公園」 : 開園100周年. 岩手公園開園100周年記念事業実行委員会, 2007. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I036141482-00, (当館請求記号:K/748/ミセ) 参考資料:高橋喜平 著 , 高橋, 喜平, 1910-2006. 岩手公園の四季. 熊谷印刷出版部, 1989. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001982737-00, (当館請求記号:K740/タ1/4) 参考資料:吉田 瑞夫 撮影 , 吉田‖瑞夫. 岩手公園散策 : 写真集. 吉田瑞夫, 2001. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I036145998-00, (当館請求記号:K/748/ヨシ) 参考資料:盛岡市立図書館 監修 , トリョーコム 編集 , 盛岡市立図書館 , トリョーコム. 盛岡写真帳 : なつかしのアルバム. トリョーコム, 1984. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I036141612-00, (当館請求記号:K211/ト1/1) 参考資料:吉田義昭, 及川和哉 編著 , 吉田, 義昭, 1931- , 及川, 和哉, 1933-2016. 図説盛岡四百年 下巻 1. 郷土文化研究会, 1991. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002127535-00, (当館請求記号:K/211/ヨ1/4-2) 参考資料:盛岡タイムス社 編 , 盛岡タイムス社. 岩手公園 : 盛岡城跡公園 : その100年の歩み. 盛岡タイムス社, 2006. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000008322810-00, 494405341X(当館請求記号:K/211/モリ) 参考資料:藤村 康一 著・写真 , 藤村‖康一. 岩手公園めぐり : フォトガイド. ティーシーアイ, 2014. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I061213434-00, (当館請求記号:K/748/フジ) 参考資料:史蹟盛岡城 : 郷土資料写真集特輯. 盛岡市公民館, 1961. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I036572368-00, (当館請求記号:K/211/ヨ1/1) 参考資料:もりおか物語 9. 熊谷印刷出版部, 1979. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I036514018-00, (当館請求記号:K/291.1/モ8/1-9) 参考資料:萩原さちこ 監修 , 萩原, さちこ, 1976-. 盛岡城 : 探訪ブック : 美しい石垣に秘められた城の歴史. 川口印刷工業, 2015. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I027792919-00, 9784906403899(当館請求記号:K/211/モリ) 参考資料:あの日あの時の盛岡 : もりおか歴史文化館第5回企画展. もりおか歴史文化館, 2012. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I047595890-00, (当館請求記号:K/211/アノ) 参考資料:あの日あの時の盛岡 : 館蔵写真展. もりおか歴史文化館, 2011. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I042550517-00, (当館請求記号:K/211/アノ) 参考資料:「アップル」編集部 文 , 東北堂. もりおか歴史散歩. 東北堂, 2006. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000008289479-00, 4924981532(当館請求記号:K291.22/モリ) 参考資料:吉田義昭 著 , 吉田, 義昭, 1931-. 盛岡明治大正昭和「事始め百話」. 郷土文化研究会, 1995. (郷土ものしり事典シリーズ) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002577614-00, 4906403468(当館請求記号:K/211/ヨシ) 参考資料:盛内政志 著 , 岩手日報社出版部 編 , 盛内, 政志, 1919- , 岩手日報社. もりおか思い出散歩. 岩手日報社, 1989. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002021385-00, 4872010280(当館請求記号:K/291.1/モリ) 参考資料:盛岡市都市整備部公園みどり課, 創宇舎 編 , 盛岡市 , 創宇舎. 史跡盛岡城跡 : 植栽管理基本計画. 盛岡市, 2017. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I028120047-00, (当館請求記号:K/629.3/シセ) 参考資料:岩手公園全図. 赤沢号印刷所(印行). https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I036188097-00, (当館請求記号:K/290.5/イ1/1) 参考資料:吉田政吉 著 , 吉田, 政吉, 1897-. 新盛岡物語. 国書刊行会, 1974. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001215636-00, (当館請求記号:K/211/ヨシ) 参考資料:盛岡市都市整備部公園みどり課, 文化財保存計画協会 編 , 盛岡市 , 文化財保存計画協会. 史跡盛岡城跡 : 整備基本計画. 盛岡市, 2013. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I024378377-00, (当館請求記号:K/521.823/シセ)

「十返舎一九二世」と「十字亭三九」は同一人物か。 また、「十字亭三九」は何と読むか。(高崎市立中央図書館)

「十返舎一九二世」と「十字亭三九」は同一人物である。 「十字亭三九」の読みは「じゅうじていさんく」。 「十返舎一九二世」は勢多郡東村大字花輪の出身で、本名を糸井武といい、通称を鳳助といいます。 初代十返舎一九の弟子となり、後に一九から「十字亭三九」の名を贈られました。 以下、当館所蔵の参考資料になります。 上州の旧街道いま・昔  第13章例幣使裏街道   室沢宿と十字亭三九 p.207-208    “さんく”と振り仮名あり。    また、“入門時の年齢が二十七歳なので三×九となり、‘三九’と号したという。”と記述あり。 回答プロセス:NDLで検索すると、著者「十字亭三九」と「十返舎一九二世」は同一であるが、読みはなし。 「古典籍総合目録」(国文学研究資料館、岩波書店)の「十返舎~」でひくと、別号として「十字亭~」が記述あるが、読みはなし。 「古典籍総合目録 第3巻」の著者名索引に読みあり。 「国書人名辞典 第2巻」(p.431)に記載はあるが、読みはなし。 「日本古典文学大辞典 第3巻」(p.431)の十返舎一九の項内“門下”に記載はあるが、読みはなし。 「近世物之本江戸作者部類」(p.85)に十字亭三九の読みあり。また、別号「登仙笑苫人」(とうせんしょうとまひと)の記載もあり。 玉壺山人著「前代上毛戯作家五先輩の列傳(2)」(上毛及上毛人 49号)で、“二世十返舎一九 初名は十字亭三九”と記載があるが、読みはなし。また、別号「二世南仙笑楚滿人」(ソマビト)、「登仙笑苫人」(トマウド)の記載もあり。 参考資料:国文学研究資料館 編 , 国文学研究資料館. 古典籍総合目録 : 国書総目録続編 第3巻 (書名索引・著者名索引). 岩波書店, 1990. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002035232-00, 4000087371(当館資料番号 110819323) 参考資料:市古貞次 [ほか]編纂 , 市古, 貞次, 1911-2004. 国書人名辞典 第2巻. 岩波書店, 1995. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002421250-00, 4000800825(当館資料番号 112049200) 参考資料:日本古典文学大辞典編集委員会/編. 日本古典文学大辞典 第3巻. 岩波書店, 1984. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I000103231-00, 4000800639(当館資料番号 110409679) 参考資料:曲亭馬琴 著 , 徳田武 校注 , 曲亭, 馬琴, 1767-1848 , 徳田, 武, 1944-. 近世物之本江戸作者部類. 岩波書店, 2014. (岩波文庫 ; 30-225-7) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I025476665-00, 9784003022573(当館資料番号 114783061) 参考資料:豊国義孝 編 , 豊国義孝. 上毛及上毛人 第46号~第56号(大正10年) 上毛郷土史研究会 大正10年刊の復刻本. 上毛新聞社, 1976. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I080868713-00, (当館資料番号 111012985) 参考資料:山内種俊 著 , 山内, 種俊, 1931-. 上州の旧街道いま・昔. 山内種俊, 1985. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002323992-00, (当館資料番号 111225918) 備考:2018.1.19:「上毛及上毛人 大正10年」を追加。 2020.12.28:「上州の旧街道いま・昔」を追加。

徳川綱吉が犬型のゆたんぽを使っていた?(東京都江戸東京博物館 図書室)

【資料1】『別冊太陽 no.8(1974.AUTUMN) 日本のこころ 8 徳川十五代』に写真あり。山﨑記念中野区立歴史民俗資料館(備考※1)がレプリカ所蔵。 参考資料:【資料1】『別冊太陽 no.8(1974.AUTUMN) 日本のこころ 8 徳川十五代』平凡社 p.64, 備考:※1 山﨑記念 中野区立歴史民俗資料館 https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/219000/d007258.html (2020/12/28確認) ※2 日光山輪王寺 https://www.rinnoji.or.jp/ (2020/12/28確認)

高岡市立中央図書館

高岡駅前に立地しているため公共交通機関での来館が可能である。 ICタグを採用したIT図書館である。閉架書庫は自動化書庫(オートライブ)を導入している。 URL:https://www.city.takaoka.toyama.jp/library/ 開館情報:火~土曜日 午前9時~午後7時開館 日曜・休日 午前9時~午後5時開館 月曜日休館(月曜が休日に当たるときは、その翌平日休館。ただし、第4月曜日は休日でも休館) 年末年始休館 特別整理期間休館 ※休日とは、国民の祝日に関する法律に規定する日 沿革:明治43年7月高岡市立図書館として開館 平成16年4月ウイング・ウイング高岡内に新中央図書館オープン 交通アクセス:JR高岡駅より徒歩2、3分

高崎市内の古民家を調べたい。(高崎市立中央図書館)

高崎市内の代表的な古民家は以下の通りです。  吉田家住宅和泉庄御殿  ( https://www.city.takasaki.gunma.jp/docs/2013121700023/ 2020.3.11最終確認)  豊田屋旅館本館  ( https://www.city.takasaki.gunma.jp/docs/2013121700047/ 2020.3.11最終確認)  一宮家住宅[般若坊]  ( https://www.city.takasaki.gunma.jp/docs/2013121600576/index.html#hannya 2020.3.11最終確認)  門倉家住宅[善徳坊]  ( https://www.city.takasaki.gunma.jp/docs/2013121600576/index.html#zentoku 2020.3.11最終確認)  鐸木家住宅[本坊]  ( https://www.city.takasaki.gunma.jp/docs/2013121600576/index.html#honbou 2020.3.11最終確認)  上豊岡の茶屋本陣  ( https://www.city.takasaki.gunma.jp/docs/2013121700139/ 2020.3.11最終確認)  旧下田邸書院  ( https://www.city.takasaki.gunma.jp/docs/2013121700368/ 2020.3.11最終確認) 上豊岡の茶屋本陣については、別事例“上豊岡にある茶屋本陣についての資料はあるか。(小学校高学年)” ( https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000175564 )もご参照ください。 以下、当館所蔵の資料です。 群馬県の民家 群馬県教育委員会編 群馬県教育委員会 1971.3  群馬県教育委員会が昭和43年度に県内全域にわたり民家緊急調査を実施しまとめたもの。    萩原輝氏宅    解説 p.6-7    写真 p.56    調査図面 p.82   飯野久雄氏宅(上豊岡の茶屋本陣)    解説 p.7-8    写真 p.57    調査図面 p.83-84   塚越欣一氏宅    解説 p.15-16    写真 p.67    調査図面 p.93   “第1次・2次・3次調査民家リスト” p.32-55    上記3軒の他にも、市内の民家について、氏名・種別・所在地・規模・役職・年代等の記載あり。     岡田農夫五郎氏宅     服部己代吉氏宅     野口佐吾平氏宅     朝香丞氏宅     塚越恒七郎氏宅     萩原要太郎氏宅     牧野礼作氏宅     萩原晃男氏宅     青山鳥造氏宅     岡本甲子雄氏宅     岡田由影氏宅 群馬の民家 柳田芳武著 柳田芳武 1982.10  天田家   写真 p.44-46   解説 p.145  須賀家   写真 p.47-48   解説 p.145  旧下田家   写真 p.49-51    解説 p.145  下記3軒について、各一枚の写真(p.139)と“民家その②”としてまとめて解説あり。   大山信久家   大山美雄家   神保家   民家その② p.154 上州の重要民家をたずねる 西毛編 群馬県文化財研究会編 あさを社 2008.11  平成5年4月から「群馬県文化財研究会」の幹事を中心とした調査チームによる現地調査を実施したもののうち、西毛地域の民家をまとめたもの。   田中亮家 p.21-23   天田亨家 p.24-26   里見隆家 p.39-43   旧下田邸書院p.44-48   内山武家 p.49-52   渡辺健一郎家 p.53-57   神保友重家 表門p.58-62   野口正雄家 p.63-66   浜名寛家 p.67-71   馬庭念流道場(樋口家念流道場) p.87-92   三木玄夫家 p.93-96   一宮修家(般若坊) p.131-137   門倉勝家(善徳坊) p.138-141   鐸木眞哉家(本坊) p.142-147   旧吉井藩陣屋の足軽長屋 p.154-159   豊田屋旅館の本館p.196-199 上州の民家 矢島胖著 みやま文庫 1969.10  長井光家 p.22-23  根岸恭之家 p.51-53  鎌田善次郎家 p.53-55  須賀喜三郎家 p.55-57  青翠園書院(下田邸) p.67-72  間淵義博家 p.73-76 上州路 1998年7月号  天田亨家 高崎市下滝町370-1 桑原稔・西村利夫著(上州の重要民家をたずねる 14) p.82-85 回答プロセス:以下の資料には群馬県内の古民家の紹介はされているが、高崎市内は見当たらなかった。  関東の住まい 田中文男著 INAX出版 1996.11 参考資料:群馬県教育委員会. 群馬県の民家. 群馬県教育委員会, 1971. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001219552-00, (当館資料番号 110349313) 参考資料:群馬県文化財研究会 編 , 群馬県文化財研究会. 上州の重要民家をたずねる 西毛編. あさを社, 2008. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000009976238-00, 9784870244801(当館資料番号 117209387) 参考資料:矢島胖 著 , 矢島, 胖, 1895-1968. 上州の民家. みやま文庫, 1969. (みやま文庫 ; 34) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001210436-00, (当館資料番号 111407367) 参考資料:柳田芳武 著 , 柳田芳武. 群馬の民家 : 写真と解説. 柳田芳武, 1982. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I080833470-00, (当館資料番号 117022996) 参考資料:桑原稔・西村利夫著. 天田亨家 高崎市下滝町370-1. (上州の重要民家をたずねる) 上州路 第25巻7月号 p. 82-85 https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000030478-00, (当館資料番号 157038134) 備考:2020.3.11:「群馬の民家」を追加、回答および回答プロセスを修正。 2020.12.28:「上州路 1998年7月号」を追加。

『かわいそうなぞう』を貸してください。(1年担任)(かつらぎ町立笠田小学校図書館)

広島に原爆が落とされた日なので、読みたいとのことだった。 朝、職員室で声をかけられたので、貸出手続きをして教室まで持って行った。 つちやゆきお ぶん , たけべもといちろう え『かわいそうなぞう』(金の星社) 参考資料:つちやゆきお ぶん , たけべもといちろう え , 土家由岐雄 , 武部本一郎. かわいそうなぞう. 金の星社, 1997. (おはなしノンフィクション絵本) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I080319093-00, 4323002114

地震の本を貸してください。(支援学級担任)(かつらぎ町立笠田小学校図書館)

授業で浜口梧陵への手紙を書くために参考にしたいとのことだった。 地震の他、津波の資料も紹介した。 1.和歌山県教育委員会企画・制作、クニ・トシロウ作、ケイ・タロー絵『津波からみんなをすくえ! ほんとうにあった「稲むらの火」 浜口梧陵さんのお話』(文溪堂) 2.せべまさゆき 絵、国崎信江 監修、WILLこども知育研究所 編著『やさしくわかるぼうさい・ぼうはんのえほん じしん・つなみどうするの?』(金の星社) 3.NHK「学ぼうBOSAI」制作班 編『NHK学ぼうBOSAI命を守る防災の知恵1 地震・津波はどうして起きるのか』(金の星社) 4.小泉八雲 原作、高村忠範 文・絵『津波!!命を救った稲むらの火』(汐文社) 参考資料:和歌山県教育委員会企画・制作 ; クニ・トシロウ作 ; ケイ・タロー絵 , クニ, トシロウ , ケイ・タロー , 和歌山県教育委員会. 津波からみんなをすくえ! : ほんとうにあった「稲むらの火」 : 浜口梧陵さんのお話. 文溪堂, 2006. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I005546524-00, 4894235145 参考資料:せべまさゆき 絵 , 国崎信江 監修 , WILLこども知育研究所 編著 , 瀬辺, 雅之, 1953- , 国崎, 信江 , WILL. じしん・つなみどうするの?. 金の星社, 2017. (やさしくわかるぼうさい・ぼうはんのえほん) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I027987653-00, 9784323035604 参考資料:NHK「学ぼうBOSAI」制作班 編 , 日本放送協会. NHK学ぼうBOSAI命を守る防災の知恵 地震・津波はどうして起きるのか. 金の星社, 2016. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I027135209-00, 9784323058719 参考資料:小泉八雲 原作 , 高村忠範 文・絵 , Hearn, Lafcadio, 1850-1904 , 高村, 忠範, 1954-. 津波!!命を救った稲むらの火. 汐文社, 2005. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007704208-00, 4811378911

6年生国語の「私と本」の単元でテーマを決めてブックトークをするのに、どんな本を選ばせたらいいですか?(5・6年国語科担当教員、6年担任)(かつらぎ町立笠田小学校図書館)

教科書には「友情」(1)、「国際理解」(2)、「自然を守ること」(3)、「福祉・共生社会」(4~6)、「平和」(7~9)、「自然・生命」(10~12)、「友達、人間関係」、「仕事、職業」のテーマが例として載っていた。 全く青写真を描けていないということだったので、まずブックトークについて知ってもらった。 ・ブックトークは2冊以上の資料を使うこと ・あらすじを説明するだけではなく、中身を見せたり、読み聞かせ(一部でも可)をしたりする方法もあること ・資料と資料を結びつけるための説明(いわゆるMCがするような説明)を入れること ・可能なら異なる分類の資料を取り入れること など その後、展示コーナーをいくつか見てもらい、それぞれのテーマで様々な分類の資料があることを確認してもらった。 1.あさのあつこ 著『バッテリー』(角川文庫) 2.ウィリアム・カムクワンバ、ブライアン・ミーラー 文、エリザベス・ズーノン 絵、さくまゆみこ 訳『風をつかまえたウィリアム』(さ・え・ら書房) 3.野口健 著『あきらめないこと、それが冒険だ エベレストに登るのも冒険、ゴミ拾いも冒険!』(学習研究社) 4.成松一郎 著『五感の力でバリアをこえる わかりやすさ・ここちよさの追求』(大日本図書) 5.城島充 著『義足でかがやく』(講談社) 6.フランツ=ヨーゼフ・ファイニク 作、フェレーナ・バルハウス 絵、ささきたづこ 訳『見えなくてもだいじょうぶ?』(あかね書房) 7.鎌田實 著、安藤俊彦 画、ピーター・バラカン 英訳『アハメドくんのいのちのリレー』(集英社) 8.井上こみち 文、すがわらけいこ 絵『ヒロシマ8月6日、少年の見た空12歳5か月の戦没者』(学研教育出版) 9.ヴィヴィアナ・マッツァ 著、横山千里 訳『武器より一冊の本をください 少女マララ・ユスフザイの祈り』(金の星社) 10.星野道夫 文・写真『森へ』(福音館書店) 11.石田秀輝 監修『自然に学ぶくらし1 自然の生き物から学ぶ』(さ・え・ら書房) 12.大西暢夫 『ここで土になる』(アリス館) 参考資料:あさのあつこ [著] , あさの, あつこ, 1954-. バッテリー. 角川書店, 2003. (角川文庫) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000004323341-00, 4043721013 参考資料:ウィリアム・カムクワンバ, ブライアン・ミーラー 文 , エリザベス・ズーノン 絵 , さくまゆみこ 訳 , Kamkwamba, William, 1987- , Mealer, Bryan , Zunon, Elizabeth , さくま, ゆみこ, 1947-. 風をつかまえたウィリアム. さ・え・ら書房, 2012. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I023967636-00, 9784378041346 参考資料:野口健 著 , 野口, 健, 1973-. あきらめないこと、それが冒険だ : エベレストに登るのも冒険、ゴミ拾いも冒険!. 学習研究社, 2006. (ヒューマン・ノンフィクション) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000008194120-00, 4052025369 参考資料:成松一郎 著 , 成松, 一郎. 五感の力でバリアをこえる : わかりやすさ・ここちよさの追求. 大日本図書, 2009. (ドキュメント・ユニバーサルデザイン) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010065176-00, 9784477019949 参考資料:城島充 著 , 城島, 充, 1966-. 義足でかがやく. 講談社, 2016. (世の中への扉) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I027189917-00, 9784062870160 参考資料:フランツ=ヨーゼフ・ファイニク 作 , フェレーナ・バルハウス 絵 , ささきたづこ 訳 , Huainigg, Franz-Joseph, 1966- , Ballhaus, Verena, 1951- , 佐々木, 田鶴子, 1942-. 見えなくてもだいじょうぶ?. あかね書房, 2005. (あかね・新えほんシリーズ ; 22) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007703443-00, 4251009428 参考資料:鎌田實 著 , 安藤俊彦 画 , ピーター・バラカン 英訳 , 鎌田, 実, 1948- , 安藤, 俊彦 , Barakan, Peter, 1951-. アハメドくんのいのちのリレー. 集英社, 2011. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011260102-00, 9784087814712 参考資料:井上こみち 文 , すがわらけいこ 絵 , 井上, こみち, 1940- , すがわら, けいこ, 1959-. ヒロシマ8月6日、少年の見た空 : 12歳5か月の戦没者 : 戦争ノンフィクション物語. 学研教育出版, 2015. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I026313264-00, 9784052040962 参考資料:ヴィヴィアナ・マッツァ 著 , 横山千里 訳 , Mazza, Viviana, 1978- , 横山, 千里. 武器より一冊の本をください : 少女マララ・ユスフザイの祈り. 金の星社, 2013. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I025035672-00, 9784323072821 参考資料:星野道夫 文・写真 , 星野, 道夫, 1952-1996. 森へ. 福音館書店, 1996. (たくさんのふしぎ傑作集) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002516700-00, 4834012271 参考資料:石田秀輝 監修 , 石田, 秀輝. 自然に学ぶくらし 1. さ・え・ら書房, 2017. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I028022639-00, 9784378024615 参考資料:大西暢夫 著 , 大西, 暢夫, 1968-. ここで土になる. アリス館, 2015. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I026776895-00, 9784752007340

江戸時代から明治期にかけての日光杉並木街道の並木の状況、特に並木の外側の状況が分かる資料を探している。(栃木県立図書館)

江戸-明治期ごろの日光杉並木周辺の状況について、次の資料から記述が確認を確認しました。 ■絵図 ・『日光道中分間延絵図 第5巻 絵図編・解説篇』(児玉幸多/監修、千田孝明/解説 東京美術 1988)  収録範囲:上・中・下徳次郎 大沢 今市 鉢石 ・『日光道中壬生通分間延絵図 第2巻 絵図編・解説篇』(児玉幸多/監修、日向野徳久/解説 東京美術 1990)  収録範囲:鹿沼・文挟・板橋 ・『今市ヨリ大田原通会津道見取絵図 第1巻 絵図編・解説篇』(児玉幸多/監修、手塚良徳/解説 東京美術 1998)  収録範囲:大渡 大桑村 船生 籠岩 玉生 文化3年(1806)江戸幕府・道中奉公所によって作成された街道実測絵図『五街道分間延絵図』の複製資料です。(原本の絵図の名称は『五海道其外分間見取延絵図』) 杉並木と周辺の様子について、上記の絵図で確認しました。 それぞれ別冊の解説編があり、街道沿いの地誌について、絵図と対称となる形式で詳細に記述されています。 関連する写真、絵図等も併せて紹介されています。 ・『日光杉並木街道』(日光東照宮/編 日光東照宮 1978)  p.12-13「日光道中図絵」に今市宿附近の杉並木道の絵図が掲載されています。 「日光道中図絵」は東照宮宝物館が所有する絵図で、江戸から日光山までの道中の景観を9帖に分けて描いています。資料によっては絵図の名称を「日光山道中図絵」(『日光東照宮の宝物』(日光東照宮社務所/編 日光東照宮社務所 1985)p.46)、「日光道中絵図」(『東照宮宝物誌』(別格官幣社東照宮社務所/編 別格官幣社東照宮社務所 1927)p.190)としています。 国立公文書館(東京本館)では、上記絵図の写本(7帖)を「日光道中絵図」として所蔵しています。 一部はデジタルアーカイブでインターネット公開されており、大澤宿付近の杉並木道を確認できました。 『国立公文書館デジタルアーカイブ』  https://www.digital.archives.go.jp/ 「日光道中絵図巻7 下戸祭村より大澤宿まで」  http://www.digital.archives.go.jp/das/meta/M2010021219150146926(最終アクセス:平成29年1月20日) また、大澤宿から神橋までの絵図は東京本館で閲覧できます。 詳しくは国立公文書館のホームページをご覧ください。 「日光道中絵図巻8 大澤宿から神橋まで」(書誌事項のみ)   http://www.digital.archives.go.jp/das/meta/M2010021219152846927 『国立公文書館』  http://www.archives.go.jp/  ・『古文書で見るいまいち市史 第2集 絵図編』(今市市史編さん委員会/編 今市市歴史民俗資料館 1991) 今市市の近世絵図を複数収録しています。村絵図等に杉並木を見ることができます。 ★年代補足する。 ・鈴木丙馬/著「日光並木杉の根張りに関する研究(第1報)」(『宇都宮大学農学部学術報告 3巻1号-3号』(宇都宮大学農学部/編集、発行1955 p.84-97所収))  「第3図 日光並木街道の道路横断面図」が掲載されており、杉並木の外側を走る歩道や用水路の幅等が書かれています。  また、「第4図 日光並木杉の根張りの状態」の写真の中に、杉並木の外側を撮影したものがあります。  ★年代補足する。 ・鈴木丙馬/著「日光並木杉の根張りに関する研究(第2報)」(『宇都宮大学農学部学術報告 3巻1号-3号』(宇都宮大学農学部/編集、発行 1955 p.165-206所収))  「第5図 日光並木街道の保存対策計劃図,(A案)」が掲載されており、杉並木の周辺についても書かれています。  ※こちらの図には(案)とあり、計画が実行されたか否は未確認です。  同様の図が、『日光杉並木街道保存上の問題点』(鈴木丙馬/著 日本林業技術協会 フメイ)にも掲載されています。 ・地図・航空写真閲覧サービス(国土地理院)http://mapps.gsi.go.jp  国土地理院が保有する過去から現在までの地図や空中写真を検索・閲覧することができます。 「2.5万地形図 今市」(測量年1912(明45)年)  http://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=1310809&isDetail=false(最終アクセス日 2017年1月21日)  明治45年の日光杉並木街道付近の地形図を見ることが出来ます。(不鮮明) ■論文等 ・鈴木丙馬/著「日光杉並木小史(抄)」(『下野史談 第29号』(田代博/編 下野史談会 1975 p.6-22所収))  p.14「明治六年(一八七三)ごろに行われた地租改正の実施で(中略)その外方はすべて民地地番として登録されたので、次第に田、畑、宅地と開墾されるところも多くなり、道路の改修工事も次々に行われ」たとあります。 ・本間暁/著「日光杉並木の文化財指定と保護管理について」(『大日光 78』(日光東照宮/編 日光東照宮 2008p.84-91所収))  p.85「明治三八(一九〇五)年に並木スギのみが東照宮に縁故下げ戻しされ、並木敷地の国有地化と周辺地域の民有地化が確定した。江戸期には並木後背地には工作物が何もない状態でのびのびと生育できる環境であった。しかし、並木敷は国有地であるものの、その周辺は民有地となり、並木周辺には農地、宅地、水路等が造られていった。」とあります。 ・『日光杉並木街道の現状と問題 その破壊と衰亡』(日光東照宮林務部/編 日光東照宮 1971)  付録「並木街道の衰亡とその原因」(林学博士 鈴木内馬/著)p.72「徒歩や馬、あるいは籠で歩いた時代の約200年の並木街道は並木杉にとっても住みよい環境であったろう。そしてまた並木敷外側の歩道も人馬の交通は少なく、根の踏み固めもそれほど苦にならなかったことだろう」とあります。 ・『いまいち市史 通史編 5』(今市市史編さん委員会/編 今市市 2005)  p.160-169「三 杉並木保護の動き」に、明治時代に日光を訪れた外国人旅行者が見た杉並木街道と沿道の様子に関する記述があります。 ■その他、お調べした資料 ・『日光写真集』(著者不明/著 出版者不明 <フメイ>) ・『大日光 64』(日光東照宮/編 日光東照宮 1992) ・『大日光 71』(日光東照宮/編 日光東照宮 2001) ・『大日光 72』(日光東照宮/編 日光東照宮 2002) ・『大日光 73』(日光東照宮/編 日光東照宮 2003) ・『大日光 74』(日光東照宮/編 日光東照宮 2004) ・『大日光 77』(日光東照宮/編 日光東照宮 2007) ・『明治日本旅行案内 東京近郊編』(アーネスト・サトウ/編著,庄田元男/訳 平凡社 2008) ・『完訳日本奥地紀行 1』(イザベラ・バード/〔著〕,金坂清則/訳注 平凡社 2012) ・『日光杉並木300年の記録』(鈴木丙馬/著 農林出版 1964) ・『目で見る日光・今市・鹿沼の100年』(沼尾正彦/〔ほか〕編集 郷土出版社 1995) ・『日光・鹿沼今昔写真帖 保存版』(小野崎敏/〔ほか〕編 郷土出版社 2009) ・『大日光 1~10号』(日光東照宮/編 日光東照宮 1952) ・『日光杉並木』(下野新聞社/編集 下野新聞社 1994) ・『特別史跡・特別天然記念物日光杉並木街道保存管理計画』(栃木県教育委員会/編 栃木県教育委員会 1983) ・『わたしたちの日光杉並木街道 すばらしい日光杉並木街道にするために』(栃木県教育委員会/編 栃木県教育委員会 1993) ・『日光杉並木街道の物語』(長倉肇/著 日光杉並木街道保存委員会 1970) ・『日光附近の地誌』(山口貞雄/著 古今書院 1934) ・『下野史談 第13巻第1号~第6号』(田代黒瀧/編 下野史談会 1936) ・『絵葉書にみる郷愁の日光 石井敏夫絵葉書コレクションより』(随想舎/編 随想舎 1995) p.12-13 杉並木 並木の内側の写真のみ ・『知られざる日光』(読売新聞社宇都宮支局/編 随想舎 1994) ・『日光市史 中巻(近世)』(日光市史編さん委員会/編 日光市 1979)

日光奉行について調べたい。(栃木県立図書館)

基礎的な資料を中心にご紹介します。 1 事典類とその参考文献について  解説のほか、以下とおり参考文献が挙げられています。 ・『国史大辞典 11』(国史大辞典編集委員会/編 吉川弘文館 1990)  p.47「日光奉行」 ・『日光市史 中巻(近世)』(日光市史編さん委員会/編 日光市 1979) ・『江戸幕府大事典』(大石学/編 吉川弘文館 2009)   p.339-340「日光奉行」   ・『日光奉行代々記 栃木縣知事代々記 全』(平賀イク家文書、栃木県立文書館寄託)   ・『日光東照宮社家御番所日記』   ※翻刻が出版されています。 『社家御番所日記 第14巻』(別格官幣社東照宮社務所/編、発行 1974)には、巻末に「日光奉行」の項があり(p.703-714)、歴代日光奉行が一覧となっています。   ・『近世日光山史の研究』(秋本典夫/著 名著出版 1982)   ・柴田豊久「日光奉行略考」(『近世日光下野刀剣考』(柴田豊久/著 柴田豊久著作刊行会 1983)所収)   ※奉行所と併せ、近世日光山の法制沿革について記した記事です。   ・佐々悦久「寛政改革と日光奉行」(『幕藩制社会の展開と関東』(村上直/編 吉川弘文館 1986)所収)   ・『いまいち市史 通史編2~4』(今市市史編さん委員会/編 今市市)   2 レファレンス協同データベースについて 当館で過去にお調べしたレファレンス事例をご覧いただけます。 ・「レファレンス協同データベース」(国立国会図書館) URL:https://crd.ndl.go.jp/reference/ ・検索ワード「日光 and 奉行」 ヒット件数:13件 「『国史大辞典』(吉川弘文館 1990)の「日光奉行」の頁にて参考文献『日光市史 中』とあるが、一覧が見つからない。日光奉行が一覧で見られる資料はないですか。」等 なお、日光奉行は、さまざまな観点からの先行研究も散見されるテーマです。お調べになりたい事柄が明確な場合には、CiNii等で論文等を確認することも有効です。また、概要確認のみでよい場合には、前出の事典類に併せて『栃木県大百科事典』(栃木県大百科事典刊行会/編 下野新聞社 1980)にも「日光特集」の頁が設けられており、参考となります。

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