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昭和2年に亡くなった陸軍大将菊池慎之助について、水戸藩士の子らしいが、親の名前を知りたい(水戸市立中央図書館)

「大正人名辞典」東洋新報社 大正6年刊(当時の人名事典)を見ると「キ」P45に記載あり。菊池慎之助1866年3月31日(慶応2年2月15日)~1927年(昭和2年)8月22日。日本陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。水戸藩士・戸田道守の子として生まれる。後に菊池敬之進の養子になり、菊池姓になったということがわかった。 回答プロセス:「新聞に見る人物大事典 戦前篇」 、「朝日新聞復刻版」日本図書センターを見てみたが、記載は本人についてだけで親についての記載はなかった。「いはらき新聞大正人名辞典 上」はちょうど紙面の残ってない時期。「大正人名辞典」を見ると「キ」P45に記載があった。 参考資料:R281「大正人名辞典 上巻」五十嵐 栄吉/著・編纂 , 五十嵐‖栄吉. 日本図書センター, 1987. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I000278507-00, 4-8205-0691-9(「大正人名辞典」第4版 東洋新報社 大正7年刊の改題復刻) 参考資料:R281「新聞に見る人物大事典 第2巻 戦前編」 大空社, 1994. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002360949-00, 参考資料:「朝日新聞記事総覧 昭和編1」朝日新聞社 編 , 朝日新聞社. 日本図書センター, 1985. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I010261229-00, 4-8205-0146-1(昭和2年1月~昭和3年12月)

夏休みの自由研究で、昔あった水戸電気鉄道について調べたい。(水戸市立中央図書館)

以下を紹介  M0546-ミ「水戸電気鉄道の記録 むかし吉田の大地を電車が走っていた」吉田地区自治実践会生涯学習部会編1999刊-吉田地区の地元有志がまとめたガリ版刷りの冊子。水戸電気鉄道(昭和2年3月13日開通-昭和13年11月29日営業廃止)の簡単な歴史と各駅の略図、当時の利用者の思い出などが載っていた。  M0291-ヨ「吉田の今と昔」吉田地区コミュニティ活動委員会編 吉田地区自治実践会出版2003刊-吉田地区の地元有志がまとめた冊子。「悲願そして悲運の「水戸電気鉄道」」に全線図も載っていた。  M0686-テ「鉄道ピクトリアル 1996年11月号」電気車研究会発行の雑誌-記事「今も残る水戸電気鉄道の面影」p110-111に概略が比較的詳しく載っていた。  M1051-ジ「常陽芸文 1986年7月号」-特集茨城の鉄道の記事「水戸電気鉄道 険しかった石岡への道」p12-15 郷土史家の話を織り交ぜた記事。 回答プロセス:まず、「茨城県大百科事典」を見てみたが項目が見当たらなかった。次に「水戸電気鉄道」で所蔵検索をしてみると「水戸電気鉄道の記録 むかし吉田の大地を電車が走っていた」、「鉄道ピクトリアル 1996年11月号」「吉田の今と昔」、「常陽芸文 1986年7月号」が出てきた。 参考資料:M0546-ミ「水戸電気鉄道の記録 むかし吉田の大地を電車が走っていた」吉田地区自治実践会生涯学習部会編1999刊, 参考資料:M0291-ヨ「吉田の今と昔」吉田地区コミュニティ活動委員会編 吉田地区自治実践会出版2003刊, 参考資料:M0686-テ「鉄道ピクトリアル 1996年11月号」電気車研究会 発行, (雑誌) 参考資料:M1051-ジ「常陽芸文 1986年7月号」常陽芸文センター 発行, (郷土雑誌 1年分を合冊製本)

群馬県における埋蔵金発掘について書かれている資料はあるか。(高崎市立中央図書館)

群馬県内における埋蔵金に関する記述は、小栗上野介と赤城山の埋蔵金伝説が大部分を占めていました。 以下の当館所蔵の参考資料です。 徳川幕府赤城山埋宝隠書の発見と解明 剣持汎輝著 剣持汎輝 1967 徳川幕府埋蔵金探索の経過について 剣持汎輝 剣持汎輝 1972 埋蔵金を掘り当てる! 八重野充弘著 ワールドマガジン社 1996.10  徳川幕府の御用金(群馬県) p.46-47   おもに赤城山について触れている。 徳川埋蔵金の謎を解いた 要子広堂著 イースト・プレス 1994.4  赤城山、榛名山、猿ヶ京、山梨県増穂町、上野村について触れている。 徳川埋蔵金検証事典 川口素生著 新人物往来社 2001.1  第二部小栗上野介の埋蔵金   群馬県藤岡市説 p.96-97   附/群馬県の埋蔵金伝説 p.98    実際に発掘された埋蔵金(千輝家の埋蔵金、など)について紹介されている。   群馬県鬼石町アンノキ沢説 p.99   群馬県高崎市倉賀野説 p.100-101   群馬県高崎市本町説(小栗家味噌樽説) p.102-103   群馬県高崎市碓氷川南岸説 p.104-108   群馬県前橋市大手町説 p.109   群馬県安中市風戸峠説 p.110-111   群馬県倉渕村観音山説 p.112-115   群馬県榛名町榛名神社説 p.116   群馬県妙義町妙義神社説 p.117   群馬県上野村説 p.118   群馬県赤城村津久田原説 p.121-128   群馬県赤城村長井小川田説 p.129-130   群馬県赤城村芳ケ沢(よしがさわ)説 p.131   群馬県赤城村双永寺説 p.132-133   群馬県赤城村年丸橋(小川田橋)説 p.134   群馬県昭和村糸井説 p.135   群馬県昭和村長者久保説 p.136   群馬県昭和村片品川南岸説 p.137   群馬県昭和村丸山説 p.138   群馬県宮城村説(赤城南面説) p.139-141   群馬県片品村花咲(はなさく)説 p.144   群馬県利根村根利(ねり)説 p.142-144   群馬県新治(にいはる)村猿ヶ京(さるがきょう)説 p.147-149   群馬県新治村永井説 p.150-151  ※各説ごとに参考文献あり。  徳川埋蔵金関係地図C、D p.230-231 「秘録」埋蔵金を発見した! 八重野充弘著 ベストセラーズ 1993.8  例幣使街道の千輝家の埋蔵金 p.93-96   1978年に玉村町で見つかった千輝家の埋蔵金(金銀貨)  日本最大の謎、徳川幕府御用金の行方 p.256-266   赤城山、昭和村生越(おごせ)、猿ヶ京、片品村が紹介されている。 日本の埋蔵金100話 八重野充弘著 立風書房 1993.9  第二章 関東地方の埋蔵金   徳川幕府の御用金 群馬県勢多郡赤城村   徳川幕府御用金伝説 群馬県利根郡昭和村ほか   黄金郷永井宿の埋蔵金 群馬県利根郡新治村   小栗上野介の埋蔵金 群馬県安中市ほか   千輝家の埋蔵金 群馬県佐波郡玉村町 200兆埋蔵金の謎を解く 小林久三著 コスモの本 1992.7  赤城山麓の徳川埋蔵金はすでに運び去られている   猿ヶ京、新治村の永井宿、三波川について触れている。 北群馬 本多夏彦著 群馬民声新聞 1950.7  小栗の軍用金 p.133-135   赤城山、子持山、権田村東善寺、榛名山について触れている。 赤城黄金追跡 水野智之著 マガジンハウス 1994.6  水野家3代の110年間におよぶ赤城山徳川埋蔵金発掘について語られている。 あるとしか言えない 糸井重里編 集英社 1993.2  TBSで放映された赤城山徳川埋蔵金発掘の4年分(第7次発掘まで)の記録。 黄金伝説 小林久三著 世界文化社 1994.7  赤城山の埋蔵金の謎に迫る p.220-228 たつなみ 第26号 2001.8  誤伝、赤城の小栗埋蔵金 小板橋良平著 p.10-14 上毛及上毛人 昭和16年昭和17年  小栗上州の埋蔵金問題を報道するに先ち敢て一言す 豊國生著 294号 p.2-3  叙倒 小栗上州の埋蔵金発掘事件 294号 p.3-7 郷土のしおり西上州 第1集 清水要次著 西上州刊行会 1975.12  小栗上野介忠順の末期   埋蔵金異聞 p.162-163 あがつま史帖 萩原進著 西毛新聞社 1973.8  加部安屋敷の埋蔵金問題 p.219-220 上州路 236号 1993.12  赤城埋蔵金の四百万両を追う 青山ハルナ著 p.29-33 群馬「地理・地名・地図」の謎 手島仁監修 実業之日本社 2014.9  赤城山には徳川家の秘蔵金が眠っている!? p.84-85 参考資料:剣持汎輝/著. 徳川幕府赤城山埋宝隠書の発見と解明. 剣持汎輝, 1967. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I050215592-00, (当館資料番号 110321569) 参考資料:剣持汎輝. 徳川幕府埋蔵金探索の経過について. 剣持汎輝, 1972記., (当館資料番号 110321551) 参考資料:八重野充弘 著 , 八重野, 充弘, 1947-. 埋蔵金を掘り当てる! : 誰でもできる宝探し実践マニュアル. ワールドマガジン社, 1996. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002546158-00, 4882968037(当館資料番号 112029517) 参考資料:要子広堂 著 , 要子広堂, 1944-. 徳川埋蔵金の謎を解いた : 何かが何かを伝えている. イースト・プレス, 1994. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002369885-00, 4872570065(当館資料番号 111921417) 参考資料:川口素生 著 , 川口, 素生, 1961-. 徳川埋蔵金検証事典. 新人物往来社, 2001. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002952694-00, 4404028970(当館資料番号 117104588) 参考資料:八重野充弘 著 , 八重野, 充弘, 1947-. 「秘録」埋蔵金を発見した! : 200兆円がまだ眠る黄金のジパング. ベストセラーズ, 1993. (ワニの本. ベストセラーシリーズ) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002264772-00, 4584008620(当館資料番号 111767828) 参考資料:八重野充弘 著 , 八重野, 充弘, 1947-. 日本の埋蔵金100話. 立風書房, 1993. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002278843-00, 4651750257(当館資料番号 111778965) 参考資料:小林久三 著 , 小林, 久三, 1935-2006. 200兆埋蔵金の謎を解く : 信長・秀吉・家康の軍資金の行方. コスモの本, 1992. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002228338-00, 490638031X(当館資料番号 111582813) 参考資料:本多 夏彦/著 , 本多 夏彦. 北群馬. 群馬民声新聞社, 1950-07. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I072223711-00, (当館資料番号 111001848) 参考資料:水野智之 著 , 水野, 智之, 1932-. 赤城黄金追跡 : 水野家3代、執念の埋蔵金発掘110年. マガジンハウス, 1994. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002357868-00, 4838705174 参考資料:糸井重里&赤城山埋蔵金発掘プロジェクト・チーム 編 , 糸井, 重里, 1948- , 赤城山埋蔵金発掘プロジェクトチーム. あるとしか言えない : 赤城山徳川埋蔵金・発掘と激闘の記録. 集英社, 1993. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002233974-00, 4087801748(当館資料番号 111689063) 参考資料:小林久三 著 , 小林, 久三, 1935-2006. 黄金伝説 : 異説の日本史. 世界文化社, 1994. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002354908-00, 4418945059(当館資料番号 111947529) 参考資料:小板橋良平. 誤伝、赤城の小栗埋蔵金. 小栗上野介顕彰会. たつなみ 第26号 p. 10-14 http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I025542312-00, (当館資料番号 117213314) 参考資料:豊国義孝 編 , 豊国義孝. 上毛及上毛人 第285号~第297号(昭和16年昭和17年) 上毛郷土史研究会 昭和16年昭和17年刊の復刻版. 上毛新聞社, 1975. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I080652279-00, (当館資料番号 111013017) 参考資料:清水要次 著 , 清水要次. 郷土のしおり西上州 第1集. 西上州刊行会, 1975. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I077719403-00, (当館資料番号 110320710) 参考資料:萩原進 著 , 萩原, 進, 1913-1997. あがつま史帖. 吾妻書館, 1981. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001545581-00, (当館資料番号 111009999) 参考資料:青山ハルナ. 赤城埋蔵金の四百万両を追う. あさを社, 1993. 上州路 236号 p. 29-33 http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000030478-00, (当館資料番号 157012337) 参考資料:手島仁 監修 , 手島, 仁, 1959-. 群馬「地理・地名・地図」の謎 : 意外と知らない群馬県の歴史を読み解く!. 実業之日本社, 2014. (じっぴコンパクト新書 ; 202) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I025691524-00, 9784408110875(当館資料番号 114799299) 備考:2017.11.3:「たつなみ 第26号」、「上毛及上毛人 昭和16年昭和17年」を追加。 2017.11.12:「郷土のしおり西上州 第1集」を追加。 2018.9.5:「あがつま史帖」を追加。 2018.11.2:「上州路 236号」を追加。 2020.2.16:「群馬『地理・地名・地図』の謎」を追加。

桜田門外の変がおきた日付について、安政7年と万延(萬延)元年の二通りの説があるが、どちらが正しいのでしょうか。(水戸市立中央図書館)

安政7年は3月18日(旧暦)に万延(萬延)元年に改元されたので、安政7年、万延(萬延)元年のどちらも正しいことがわかった。 回答プロセス:「国史大辞典」及び「水戸市史 巻」ではでは万延元年3月3日(旧暦)。その一方「桜田門外ノ変」2010刊では、安政7年の記述もある。元号から調べてみると、「国史大辞典」の「安政」の項目に安政7年が3月18日(旧暦)に改元され、万延元年に変わった記述あり。3月3日に桜田門外の変がおこった時点では安政7年だが、同じ年なので万延元年でも正しいことがわかった。 参考資料:R210「国史大辞典」全15巻 国史大辞典編集委員会 編. 吉川弘文館, 1979-1997. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000074-I000103118-00, 参考資料:M0213ミ「水戸市史 中巻 4」水戸市 , 水戸市史編さん委員会 編. 水戸市, 1982. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001231160-00, 参考資料:R210「元号事典」川口謙二, 池田政弘 著 , 川口, 謙二, 1923-1999 , 池田, 政弘, 1944-. 東京美術, 1977. (東京美術選書 ; 16)http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001331609-00, 参考資料:R210「日本史年表・年号ハンドブック」阿部猛 編 , 阿部, 猛, 1927-. 同成社, 2008. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000009684268-00, 9784886214447

広瀬淡窓の日記を読んでいて、水戸から原任蔵と川路トシアキラが訪ねてくるところがあるが、この「原任蔵」は「原市之進」のことでしょうか?(水戸市立中央図書館)

新人物往来社「三百藩家臣人名事典 全7巻」1987~1989刊、吉川弘文館「日本近現代人名辞典」2001刊等に記載あり。 「原任蔵」と「原市之進」は同一人物。「任蔵」は元服名、後に「市之進」に改めた。 回答プロセス:人名事典等を調査 「原任蔵」では出てこないので「原市之進」で引いてみると、新人物往来社「三百藩家臣人名事典 全7巻」1987~1989刊、吉川弘文館「日本近現代人名辞典」2001刊等に記載あり。 参考資料:R281「 三百藩家臣人名事典 第2巻」家臣人名事典編纂委員会 編. (福島県.茨城県 1.栃木県.群馬県). 新人物往来社, 1988. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001899796-00, 4404014902 参考資料:R281「 三百藩家臣人名事典 第3巻」家臣人名事典編纂委員会 編. (茨城県 2.千葉県.埼玉県.神奈川県.富山県.石川県.福井県.長野県.山梨県.岐阜県). 新人物往来社, 1988. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001914363-00, 4404015038 参考資料:R281「日本近現代人名辞典」臼井勝美 [ほか]編 , 臼井, 勝美, 1924-. 吉川弘文館, 2001. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000003003951-00, 4642013377 参考資料:R281「コンサイス日本人名事典 改訂版」三省堂編修所編 , 三省堂編修所 , 上田, 正昭(1927-). 三省堂, 1990-04. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000074-I000079033-00, 4385153221

百里(ひゃくり:地名)の語源を知りたいの」ですが(水戸市立中央図書館)

 百里の語源については諸説あるもよう。 地名事典 「日本地名大百科」小学館1996刊には「百里原(ひゃくりはら)」から名付けたとある。 「百里原」については「角川日本地名大辞典 8」1987刊に行方・鹿島・東茨城3郡に及ぶ広い野原であったという記述あり。 郷土関係 「小川町史 上」に水戸からこの地を通り潮来まで伸びていた「百里海道(ひゃくりかいどう)」から名づけたという記述あり。 「水府史料」は「百里海道」について「水戸より潮来迄で六町を一里にして、大抵百里程有り。故に名づくぞ」とあり。 インターネット  Wikipedeiaや航空自衛隊の基地紹介には、「江戸時代に時の水戸藩主が、下総国(千葉)の九十九里海岸に対抗して命名した」という説も紹介されていた。 回答プロセス:「百里」は茨城県小美玉市(平成18年:2006年合併)の地名。 「日本地名大百科」小学館1996刊には「百里原」から名付けたとある。「角川日本地名大辞典 8」1987刊には「百里原」は行方・鹿島・東茨城3郡に及ぶ広い野原であったという記述がある。  また「百里」は旧小川町になるので、小川町に関する資料を見てみると、「小川町史 上」に江戸時代の学者小宮山楓軒が編纂した「水府志料」に、水戸からこの地を通り潮来まで伸びていた「百里海道」(街道ではない)から名付けた旨の記述あり。 参考にインターネットに載っていた説も紹介。 参考資料:R291「日本地名大百科 : ランドジャポニカ」浮田典良, 中村和郎, 高橋伸夫 監修 , 浮田, 典良, 1928-2005 , 中村, 和郎, 1934- , 高橋, 伸夫, 1939-. 小学館, 1996. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002625644-00, 4095231017 参考資料:M1291カ「角川日本地名大辞典 8 (茨城県)」「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編纂. 角川書店, 1983. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001646574-00, 4040010809 参考資料:M1213「茨城県史料 近世地誌編」茨城県史編さん近世史第1部会 編 , 茨城県. 1968. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001224981-00, (「水府志料」所収) 参考資料:M2213オ-1「小川町史 上巻」小川町 (茨城県). 小川町, 1982. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001593015-00,

水戸藩士の家紋が全て載っている資料はありませんか。(水戸市立中央図書館)

茨城県立歴史館のサイトの収蔵文献検索で検索して「水戸家紋集」という題名の資料があったので、資料名と茨城県立歴史館閲覧室を紹介。 回答プロセス:はじめに、「家紋」で調べてみたが水戸市立の所蔵資料では、該当する資料は見つからなかった。茨城県立図書館の所蔵検索でも該当しそうな資料はなかった。次に茨城県立歴史館のサイトの収蔵文献検索で調べてみると「水戸家紋集」という資料名を発見、紹介をした。 茨城県立歴史館から補足があります。 静嘉堂文庫蔵色川三中旧蔵書 961 『水戸家紋集 五』は、水戸徳川家関係の家(御連枝など)の家紋しか記載されておらず、水戸藩士の家については収録がありません。 当館の他の収蔵資料もあたって見ましたが、水戸藩士の家紋をまとめたような資料はないようです。 参考資料:資料№961「水戸家紋集」 静嘉堂文庫蔵色川三中旧蔵書, (古文書)

現在(水戸市)梅香のあたりにあった「鈴坂」という坂に、昔、虚空蔵尊があったというが、村松(東海村の虚空蔵尊)に移されたのですか。(水戸市立中央図書館)

「水戸の坂道」2002刊に「鈴坂」の項目があった。その鈴坂のページの地図に「虚空蔵坂」がいっしょに載っていた。「鈴坂」の記述によると、 (鈴坂のあたりは)虚空蔵下とか虚空蔵坂と呼ばれていたが、1690年(元禄3年)の」令により鈴坂町(現在の梅香2丁目)より下る坂が虚空蔵坂となり、釜神町(現在の備前町)に上る坂は鈴坂と名付けられたという。 次に「虚空蔵坂」をあたると、 中世に水戸を支配した江戸氏代々の菩提所であるである真言宗藤福寺があり、そこに虚空蔵菩薩が安置されていた。1668年(寛文八年)その虚空蔵菩薩は1668年に美和村(現常陸大宮市)小野田に移されたが、住民の信仰から「虚空蔵尊」を祀る小さな祠ができた。現在は「虚空神社」の碑と小さな祠がある旨の記載あり、村松(東海村)の虚空蔵尊とは関係がないことがわかった。 回答プロセス:坂について、郷土に関する資料を探してみると、2002刊「水戸の坂道」が所蔵があった。 目次に「鈴坂」の項目があったので、その記述を見る。虚空蔵尊についての記述はなかったが、鈴坂の記述の中にあった「虚空蔵坂」という坂があることがわかった。また、目次に見てみると「虚空蔵坂」の項目があったので、そのページをあたってみると、虚空蔵尊についての記述が載っていた。 参考資料:M0291ミ「水戸の坂道」水戸まちづくりの会/編集 , 水戸まちづくりの会 , 水戸まちづくりの会 . 水戸まちづくりの会, 2002-03. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I062706043-00,

水戸市内の中学校の創立年を知りたいのですが(水戸市立中央図書館)

「水戸市学校沿革に関する調査研究 中学校編 」水戸市教育研究所 1990刊 に記載あり。 1990年以降に水戸と市町村合併をした常澄地区及び内原地区ついては、それぞれ「常澄村史 通史編」常澄村史誌編さん委員会 1989刊の年表に、「内原町の教育概要 平成15年度」内原町教育委員会 2003刊に記載を発見し、案内。 回答プロセス:まず、水戸市教育委員会が毎年刊行している「水戸の教育」及び「水戸の学校教育」を見てみたが、記載なし。次に載っていそうな資料を探した。「水戸市学校沿革に関する調査研究 中学校編」水戸市教育研究所 1990刊に各中学校の創立年の記載が載っていた。 水戸市は1990年以降に常澄村、内原町と市町村合併をしているので、その地区の中学校の創立年の載っている資料を探した。 常澄地区の中学校については、「常澄村史 通史編」常澄村史誌編さん委員会 1989刊の年表に記載を発見。 内原地区の中学校については、「内原町の教育概要 平成15年度」内原町教育委員会 2003刊に記載を発見。 参考資料:G0376-ミ 「水戸市学校沿革に関する調査研究 中学校編」水戸市教育研究所/編 ,水戸市教育研究所, 1990-02. (研究紀要:66集) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I062293435-00, 参考資料:M0213-ツ「 常澄村史 通史編. 常澄村史誌編さん委員会 編 , 常澄村 (茨城県). 常澄村, 1989. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002011690-00, 参考資料:G0373-ウ-03 「内原町の教育概要 平成15年度」内原町教育委員会(茨城県)/編 , 内原町教育委員会 2003-07.,

日本刀の柄に鮫皮が使用され始めた時期を知りたいのですが。(水戸市立中央図書館)

「日本刀・刀装事典」杉浦良幸著文 出版/2011刊及び「ものと人間の文化史35 鮫」矢野憲一著 法政大学出版局 1978刊に鮫皮の使用開始時期は不明の旨の記述がありました。 回答プロセス:日本刀関係及び鮫関係の資料を確認しました。日本刀関係では里文出版「日本刀・刀装事典」、鮫関係では法政大学出版局の「ものと人間の文化史シリーズ」の35巻「鮫」に刀装に使用され始めた時期は不明の旨の記述をみつけました。 また、「ものと人間の文化史シリーズ」の35巻「鮫」に(鮫皮を使用した)現存する最古のものは正倉院「金銀鈿荘唐大刀」、国産の鮫皮の使用の古い例は、著者の知る限りでは愛知県猿投神社蔵重要文化財「黒漆尾長鳥文小太刀」という記述があったので、参考として関連資料を紹介しました。(参考資料参照) 参考資料:756.6「日本刀・刀装事典」 (目の眼ハンドブック)杉浦良幸 著 , 里文出版, 2011. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011301319-00, 9784898063781 参考資料:487.5「鮫」(ものと人間の文化史 ; 35)矢野 憲一/著 , 法政大学出版局, 1974. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I012778644-00, (487.5「鮫」) 参考資料:708「日本美術全集 第3巻」 大河直躬 [ほか]編 , 中野, 政樹, 1929-2010. 講談社, 1992. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002216318-00, 4061964038 参考資料:709.1「重要文化財 : 工芸品 4 刀剣及び刀装具 27−1」毎日新聞社「重要文化財」委員会事務局/編 , 毎日新聞社, 1977. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I021573669-00,

徳川吉宗が牛を飼って、白牛酪というものを作っていたらしい。クイズ番組の問題にしたいので、そのことが出ている資料を探している。(水戸市立中央図書館)

「牛乳と日本人」雪印乳業株式会社広報室編 新宿書房 1988刊 に記述あり。p167~176に日本の牛乳史年表 回答プロセス:まず、人名事典、国史大事典等をみてみたが記述なし。次に「徳川実紀」の索引から「続徳川実紀」に記述をみつけたが、もっとわかりやすいものという要望。徳川吉宗の伝記や乳業に関する本をあたってみた。 参考資料:648.1 「牛乳と日本人」雪印乳業株式会社広報室編 新宿書房  1988, 4880081094(2000に新版が出版されている) 参考資料:210.5「徳川実紀」新訂増補(国史大系 第38巻-第47巻) 第1篇-第10篇 黒板勝美編 国史大系編修会編 吉川弘文館 1981-1982,

水戸市藤井町にある「ぽんぽん遺跡」の場所を知りたい(水戸市立中央図書館)

「水戸市埋蔵文化財分布調査報告書 平成10年度版」付録地図に記載有 回答プロセス:「水戸市埋蔵文化財分布調査報告書 平成10年度版」(付録地図4枚)の巻末遺跡名50音順索引に記載を発見。「ぽんぽん遺跡」は本文109番(p29)。付録地図の№3に番号の数字(109)で表示されていた。 参考資料:M0210-ミ-98「水戸市埋蔵文化財分布調査報告書 平成10年度版」,

1990年以前の水質が悪かった頃の千波湖の写真が載っているものを探している(水戸市立中央図書館)

「第10回全国都市緑化いばらきフェア公式記録」全国都市緑化いばらきフェア実行委員会 1993刊 回答プロセス:千波湖に関する資料「水戸 市制80周年写真集」「移動寺子屋・千波湖号 かわら版総集誌」「都市の中の湖」等を提示 参考資料:「水戸 市制80周年写真集」水戸市 1970刊, 参考資料:「移動寺子屋・千波湖号 かわら版総集誌」茨城新聞社公告局企画開発部/編 国土交通省関東地方整備局霞ケ浦導水工事事務所2006刊, (第1号~第20号活動記録) 参考資料:「都市の中の湖」五浦歴史叢書2 大槻 功/著 文真堂 2001刊, 4-8309-4402-1

幕末・明治以降の将軍家の系図や略歴がわかるものを探している(水戸市立中央図書館)

「徳川慶喜とそれからの一族」(はじめにの6ページに「徳川家と天皇家を中心とする閨閥地図」が記載されている)を借りていった。 回答プロセス:関係のありそうな本を案内「徳川慶喜とそれからの一族」(副題「徳川一族の明治・大正・昭和史」)、「花葵」(副題「徳川邸おもいで話」)を案内。 参考資料:M0288-ト「徳川慶喜とそれからの一族」佐藤朝泰 著 立風書房 1998刊, 978-4651700786 参考資料:M0288-ハ「花葵」 保科順子 著 毎日新聞社 1998刊, 978-4620312347

水戸の「梅まつり」や「偕楽園」の映像資料を探しています。テレビ番組で使いたいのですが(水戸市立中央図書館)

ビデオ及びDVD「偕楽園」1989常陽芸文センター,ビデオ「広報水戸Vol.37」1997水戸市観光広報課を紹介。著作権の問題があるので各作成元の電話番号も案内。 回答プロセス:「偕楽園」や「梅まつり」で自館や茨城県立図書館の所蔵検索をした。電話番号は電話帳から。

那珂川にあった水府流(水術)の水泳場の名前が知りたいのですが(水戸市立中央図書館)

「水府流水術資料(その一)」日本泳法研究会 1989 に昭和20年前後~昭和40年前後水泳場分布についての記載 回答プロセス:水府流で検索して関係のありそうな資料「水府流水術」「水府流水術伝書衍義」「水戸藩に於ける水府流の沿革」 「水府流水術資料(その一)」等に関連情報があるかを確認 参考資料:「水府流水術」歴史と泳法 水府流水術協会 編 水府流水術協会 1999, (非売品) 参考資料:「水府流水術伝書衍義」島村 昌邦/著 綿引澄男 1952, 参考資料:「水戸藩に於ける水府流の沿革」荷見守文 著 荷見守文 1936, 参考資料:水府流水術青柳水泳場沿革史・水府流水術上大野水練場「わたしたちの郷土」・水府流水練場のうつりかわり 水戸市史編さん室 製作年不明, (昭和40年水府流水術青柳水泳場発行『水府流水術青柳水泳場沿革史』、上大野小学校作成郷土資料『水府流水術上大野水練場』『わたしたちの郷土』の原稿の複写合本。) 参考資料:「日本水泳史」石川芳雄 著 米山弘 1960,

水戸の伊奈橋・伊奈神社のできた経緯が分かる資料を教えてほしい。(水戸市立中央図書館)

「千波湖土地改良区の概要」に伊奈神社を作った経緯が記載されています。P21(伊奈橋は不明) 回答プロセス:「千波湖土地改良区の概要」に伊奈神社を作った経緯が書いてある。伊奈橋は不明。 参考資料:千波湖土地改良区の概要(改組満40周年記念). 千波湖土地改良区, 1991.6. p. 21, (当館請求記号 G0614, 当館資料番号 1188199994) 備考:『水戸の橋ものがたり』(水戸まちづくりの会,編集・発行,2011年刊,M0291ミ)に伊奈橋も伊奈神社と同じ由来との記述あり。

「水戸彫り」とはどのようなものか。(水戸市立中央図書館)

水戸市史中巻(三)に「水戸彫り」の言葉あり(P1230~)木彫りではなく刀剣の金工 参考資料:水戸市史編纂委員会 編 , 水戸市. 水戸市史 中巻 3. 水戸市, 1976. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001211723-00, (M0213-ミ-2-3) 参考資料:青少年育成茨城県民会議. 郷土史にかがやく人びと. 青少年育成茨城県民会議, 1971. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001214583-00, (P277「水戸彫を継承した彫金家 海野勝民」)

水戸市馬口労町2丁目28は現在のどの辺りか。(水戸市立中央図書館)

2丁目28番地までは分からず。おおよそ現在の末広町。 回答プロセス:『茨城県の地名』地番までは出ていない。 『住居表示旧新(新旧)対照表』昭和43年では番地が2000番台になっている。 『水戸市住宅地図』昭和15年は2000番台の地番が表記されている。 『角川日本地名大辞典8 茨城県』では1丁目から6丁目まで(「新編 常陸」)あると記述あり。昭和8年から水戸市の町名。 備考:橘孝三郎氏の生誕地ということで調べているとのこと。

新納鶴千代についての本はあるか?(水戸市立中央図書館)

新納鶴千代は郡司次郎正という作家の小説『侍ニッポン』の主人公であり,架空の人物。千波かるたに「うたにあり新納鶴千代円通寺の鐘」という札がある。『千波かるたで発見!マイタウン千波』という資料の中に観光のために墓がつくられたとの記述あり。

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