レファレンス協同データベース新着事例

以下の資料の「建設業に関するすべての業種のページ」の「横須賀市」の部分を知りたいです。...

お探しの項目が見つかりましたので掲載箇所をお知らせいたします。 項目名 暮らしのあんない 建設・設備工事 横須賀市 横須賀市 建築業・建設業 pp.308-309 大工  pp.315 とび職 p.316 左官 p.317 畳 p.318 建具 p.319 表具師 p.320 ガラス店 p.320 塗装・看板店 p.321 テント・シート・防水具 p.322 石材・石工 p.322 電話工事 p.323 電気工事 p.324 水道衛生工事 p.325 冷暖房工事 p.326 屋根工事 p.326 銅工業 p.327 コンクリート工事 p.327 道路舗装工事 p.327 海事・しゅんせつ工事 p.327  *pp.286,288-291,294-304は広告で、横須賀市の企業も含まれます。 項目名 製造・卸のあんない 建築材料・建設材料 横須賀市 土木建築材料 p.409 製材業 p.410 木材・銘木店 p.411 竹材・竹製品 p.412 ベニヤ p.412 建築金物 p.412 砂利・土砂 p.412 水道材料 p.413 屋根材料 p.413 コンクリート製品 p.414 アスベスト p.414 研ま材 p.414 *pp.395,399-401,405,407-408は広告で、横須賀市の企業も含まれます。 神奈川県電話番号簿 : 職業別 : 昭和41年7月5日現在 関東電気通信局, 1966 【当館請求記号Y69-神奈川-3】 備考:NDLサービス企画課(レファレンス承認者)

昭和41年9月11日におきた、榛名白川の水害について資料はあるか。(高崎市立中央図書館)

昭和41年9月11日午後7時から約2時間の集中豪雨が榛名山南面を襲い、榛名白川・大沢川・車川などの河川が大氾濫しました。このため、沿川の地域は大きな被害を被り(死者4名、負傷者8名、住戸の倒壊4戸、家屋の流失7戸、床上浸水138戸、床下浸水138戸、罹災世帯850戸5000人)、概算被災総額は十数億円に及んだそうです。 以下、当館所蔵の参考資料になります。 箕郷町誌 p.857-859  昭和41年の榛名白川災害 まんがみさとの歴史 p.178,233-234  写真2枚あり。   上毛新聞 昭和41年9月12日  県西北部に集中豪雨 箕郷町で三人不明 7面 上毛新聞 昭和41年9月13日  お手あげの“集中豪雨” 1面   県道箕郷町松之沢地内の写真あり。  荒れ狂った豪雨 6面   写真5枚あり。  目の前で流された妻 箕郷町 7面   写真・図1枚ずつあり。 上州路 1999年9月号 p.38-41  体験談「榛名白川災害」を語る 現箕郷町議会議長森澤隆さん 広報たかさき 1467号(2018年6月1日)  土砂災害、洪水・浸水などの水害に備える 水害危険箇所総点検   当時の白黒写真2枚と、災害対策工事前後の写真もあり。(p.5)  (http://www.city.takasaki.gunma.jp/docs/2018051800010/ 2018.8.22最終確認) 回答プロセス:以下の資料から、昭和41年9月の災害についてあたったが、9月25日の台風26号についての記載しか見当たらず。 『群馬県百年史 下巻』 『群馬県史 通史編10』 『新編高崎市史 通史編4』 『群馬県地域防災計画 昭和47年度』 参考資料:古城武司/漫画 , 箕郷町教育委員会/編. まんがみさとの歴史. 箕郷町, 1995. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I050284971-00, (当館資料番号 117197590) 参考資料:箕郷町誌編纂委員会 編. 箕郷町誌. 箕郷町教育委員会, 1975. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001231865-00, (当館資料番号 110323789) 参考資料:県西北部に集中豪雨 箕郷町で三人不明. 上毛新聞 昭和41年9月12日 p. 7 http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000056941-00, 参考資料:お手あげの“集中豪雨”. 上毛新聞 昭和41年9月13日 p. 1 http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000056941-00, 参考資料:荒れ狂った豪雨. 上毛新聞 昭和41年9月13日 p. 6 http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000056941-00, 参考資料:目の前で流された妻 箕郷町. 上毛新聞 昭和41年9月13日 p. 7 http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000056941-00, 参考資料:体験談「榛名白川災害」を語る 現箕郷町議会議長森澤隆さん. 上州路 1999年9月号 p. 38-41 https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000030478-00, (当館資料番号 710099664) 備考:2018.6.9:「広報たかさき 1467号」を追加。 2018.8.22:「広報高崎 1467号」リンクアドレスを修正。 2020.10.21:「上州路 1999年9月号」を追加。

社会教育主事の理論や実践について書かれている資料を見たい。(埼玉県立久喜図書館)

下記の資料と情報を紹介した。 『講座転形期の社会教育 5』(鈴木眞理編 学文社 2016)  p95-96「(2)行政の指導者への関心」  129-131「(1)社会教育行政における自発性の位置づけ」社会教育主事の役割について記述あり。  p162-164「(1)社会教育と職員」社会教育主事の課題と在り方について記述あり。 『学校・家庭・地域の連携と社会教育』(日本社会教育学会年報編集委員会編 東洋館出版社 2011)  p85-86「(4)社会教育主事の役割と意義について」  p86-88「4.まとめ」  「学校支援」における社会教育主事の在り方について記載あり。 『生涯学習・社会教育行政必携 平成30年版』(生涯学習・社会教育行政研究会編 第一法規 2017)  p703-758社会教育主事講習等規程、養成、研修等の改善方策について等の記述あり。 『公民館必携 平成29年版』(全国公民館連合会編 第一法規 2017)  p168-176「社会教育主事、学芸員及び司書の養成、研修等の改善方策について」 播磨正弥著「なにをつくろうとしていくのか 新人公民館職員の実践報告」(『月刊社会教育 2014年4月号』p38-44 国土社 2014.4) 文部科学省生涯学習政策局社会教育課著「社会教育主事講習等規程の一部改正について 人づくりや地域づくりの中核を担う社会教育主事の資質・能力の向上に向けて」(『社会教育 2018年4月号』p6-10 日本青年館 2018.4) 馬場裕次朗著「社会教育の人材をどうするか 社会教育主事(社会教育士)は何をすべきか」(『社会教育 2018年4月号』p18-24 日本青年館 2018.4) 《文部科学省ウェブサイト》 「社会教育主事・社会教育主事補について」(https://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/gakugei/syuji/index.htm)  職務の例、関係法令等、社会教育主事講習等についての記述あり。 回答プロセス:1 NDC分類〈379〉の棚を確認する。 2 参考図書を調査する。 3 社会教育関係雑誌を確認する。 国立教育政策研究所社会教育実践研究センター著「そうだ、社研に聞こう!!」(『月刊公民館 2015年9月 700号』p46-49 全国公民館連合会 2015.9)  社会教育関係者に対するサポートとして日常業務における知りたい情報を提供しているとあり。 4 《CiNii Articles》(http://ci.nii.ac.jp/ 国立情報学研究所)を〈国立教育政策研究所社会教育実践研究センター〉で検索する。 5 《国会図書館レファレンス協同データベース》(http://crd.ndl.go.jp/reference/ 国会図書館)を〈社会教育主事〉で検索する。 「【社会教育主事について】  社会教育主事について、どんな仕事か、どうすれば資格が取れるか、取ることで就職が有利になるかどうかということが書かれた資料はないか。」(金沢市図書館 https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000232795)  回答に文部科学省ウェブサイト「社会教育主事・社会教育主事補について」の情報あり。 6 5の情報を確認する。 ウェブサイト・データベースの最終アクセス日は2018年6月15日。 参考資料:『講座転形期の社会教育 5』(鈴木眞理編 学文社 2016), 4-7620-2515-1 参考資料:『学校・家庭・地域の連携と社会教育』(日本社会教育学会年報編集委員会編 東洋館出版社 2011), 4-491-02727-7 参考資料:『生涯学習・社会教育行政必携 平成30年版』(生涯学習・社会教育行政研究会編 第一法規 2017), 4-474-05850-X 参考資料:『公民館必携 平成29年版』(全国公民館連合会編 第一法規 2017), 4-474-05845-3 参考資料:『月刊社会教育 2014年4月号』(日本青年館 2014.4), 参考資料:『社会教育 2018年4月号』(日本青年館 2018.4),

私の卒論ができるまで: 林 萌英(九州大学理学部・2020年卒)(九州大学附属図書館)

【九州大学附属図書館 Cute.Guides】 九州大学附属図書館では自律的な学びを支援するため、図書館職員や大学院生の図書館TA(Cuter)が学習ガイドを作成しています。 内容については、以下のURLをご覧ください。 https://guides.lib.kyushu-u.ac.jp/graduation-thesis-2020-hayashi 備考:このガイドは、図書館TA(Cuter)が執筆しました。 図書館TA(Cuter)は、九州大学附属図書館で学習相談や学習支援ガイド作成等の教育支援業務を行う大学院生です。 https://guides.lib.kyushu-u.ac.jp/cuter

“皇帝ダリア”について本はあるか。(高崎市立中央図書館)

“皇帝ダリア”とは、“木立ちダリア”とも呼ばれる、草丈が3~6mにもなる大型のダリアです。 種名を“Dahlia Imperialis”といい、原産地はメキシコ南部からコロンビア、ボリビアにかけてで、標高1300~3800mの岩がちの急斜面や、草地、マツ・カシ混交林や針葉樹林に自生しています。 以下、当館所蔵の参考資料になります。 ダリア 山口まり著 日本放送出版協会 2010.7  12か月の管理と作業 p.43-76   3-12月の管理・作業で、皇帝ダリアについて別記されている。  ダリアの王様、「皇帝ダリア」を育ててみよう p.114-119   簡単な解説と、植えつけ、管理、ふやし方(管ざし法、茎伏せ法)が紹介されている。 ダリア百科 日本ダリア会編 誠文堂新光社 2009.3 p.210-211  インペリアリスの栽培 田中哲著   解説と、増殖(茎伏せ、挿し芽、種播き)、病害虫、芽摘み・切り戻しについて記載されている。 NHK趣味の園芸 2020年10月号 p.44-47  魅惑の皇帝ダリア   解説と育て方あり。 参考資料:山口まり 著 , 山口, まり. ダリア. 日本放送出版協会, 2010. (NHK趣味の園芸-よくわかる栽培12か月) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010926775-00, 9784140402467(当館資料番号 114536360) 参考資料:日本ダリア会 編 , 日本ダリア会. ダリア百科. 誠文堂新光社, 2009. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010065640-00, 9784416409091(当館資料番号 114204589) 参考資料:魅惑の皇帝ダリア. NHK趣味の園芸 2020年10月号 p. 44-47 https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000024979-00, (当館資料番号 151257052) 備考:2020.10.21:「NHK趣味の園芸 2020年10月号」を追加。

群馬県における郷学について、所蔵資料から紹介してほしい。(高崎市立中央図書館)

郷学とは、江戸時代および明治年代の初めに存在した教育機関の一つです。郷学校、郷学所、郷校とも呼ばれ、明治初期以降には義校(義塾)と呼ばれた場合もありました。 この郷学には、藩学の延長として設けられたものと、庶民教育機関として設けられたものの2種類がありますが、いずれも江戸時代前期から始まり、特に江戸時代後期に発達しました。 群馬県内では、伊勢崎領に最も多く設置され、伊勢崎領伊与久村の五惇堂や、安中領五料村の桃渓書院などがありました。 以下、当館所蔵の参考資料になります。 群馬県百科事典  郷学 p.348  五惇堂 p.379-380  桃渓書院 p.653 群馬県教育史 第1巻明治編上巻  郷学の教育 p.26-52   庶民教育機関としての郷学について述べている。    表:伊勢崎領内における郷学発達一覧    図:伊勢崎藩内における藩学・郷学・寺子屋の分布 群馬県教育史 別巻 p.417-429  郷学教育につくした人々   表:伊勢崎領内における郷学発達一覧   吉沢糟渓   阿部耕雲   設楽天僕   岩井重遠   小林信平 群馬県史 通史編6  第3章教育の普及 第2節庶民教育の普及   2 郷校 p.593-602    伊勢崎藩の郷校や、安中藩の郷校、渋川郷学について解説されている。 群馬県史 第3巻  第6期江戸時代(接前) 第5章各藩の教育と学芸 第1節教育   第9項私塾 p.235-253 学校様物語  伊勢崎藩の郷校“嚮義堂(きょうぎどう)”についての資料。 伊勢崎史話 通巻第101号 p.21-24  伊勢崎領内における郷学発達の情勢(群馬大学助教授高井浩氏の調査による)   校名、所在地、経営年代(設立・廃止)、教授者、設立・経営者、備考   表末に“石川謙著「近世の学校」より転載”とあり。 角川地名大辞典 10  〔近世〕伊与久村 p.152  〔近世〕五料村 p.423 伊勢崎市史 通史編2  第1章伊勢崎藩・旗本領の成立 第3節伊勢崎藩制と藩主の事績   酒井忠寧 p.90-91  第3章藩と旗本支配の展開 第2節伊勢崎藩の藩校と郷学   2 文化期の郷学 p.265-279   3 郷学の経営と明治初年の郷学 p.279-283  第6章人々のくらし 第4節伊勢崎の文芸   1 学問と文芸 p.575-579 松井田町誌 p.1028-  第4章近代・現代 第13節教育 1学生発布以前の教育   (2)郷学の教育 p.1029-1033 日本史必携 p.607-609  郷校   次の藩の藩分校的郷校あるいは庶民向郷校の記載あり。    伊勢崎藩    館林藩    安中藩    前橋藩 回答プロセス:次の資料には見当たらなかった。 群馬県北甘楽郡教育史 第一書房 1981  第1章総論 第2節 徳川時代の教育 太田市教育史 上巻 太田市教育史編さん委員会編 太田市教育委員会 1995  第1章学生発布以前の教育と太田  附録:太田市域内の学校系統図  第2章藩学私塾 藤岡教育百年のあゆみ 藤岡市教育誌編さん委員会編 藤岡市教育誌編さん委員会 1978  総括編 1学制以前  “学制以前の教育機関には他に藩学・郷学があったが、本地区では寺子屋と私塾だけである。”と記載あり。 館林市教育史 上巻 館林教育史編さん委員会編 館林市教育委員会 1995  第1編学制発布以前の教育 高崎市教育史 上巻 明治大正編 高崎市教育史研究編さん委員会編 高崎市教育委員会 1978  第1部明治期の教育 第1章学制発布以前の高崎の教育 興亜日本教育史 丸山朝吉著  第4節郷学   節末に郷学一覧表があり、県内では伊勢崎のみ記載されている。 また、“渋川郷学(きょうがく)”については、特定の教育機関を意味するのではなく、郷土の民衆に対する学問、教育の活動そのものを指す、といった内容が次の資料にあった。 群馬県史 通史編6  第3章教育の普及 第2節庶民教育の普及   2 郷校 p.593-602 群馬歴史散歩 第182号 p.15-18  渋川市の一郷一学渋川郷学 平澤文夫著 参考資料:上毛新聞社. 群馬県百科事典. 上毛新聞社, 1979. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001435903-00, (当館資料番号 117268003) 参考資料:編集: 群馬県教育史研究編さん委員会 , 群馬県教育委員会. 群馬県教育史 第1巻 (明治編 上巻). 群馬県教育委員会, 1972. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001191546-00, (当館資料番号 110362266) 参考資料:群馬県教育委員会. 群馬県教育史 別巻 (人物編). 群馬県教育委員会, 1981. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001519397-00, (当館資料番号 110362514) 参考資料:群馬県史編さん委員会 編 , 群馬県. 群馬県史 通史編 6 (近世 3 生活・文化). 群馬県, 1992. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002167453-00, (当館資料番号 111310041) 参考資料:群馬県教育会 編 , 群馬県教育会. 群馬県史 第3巻. 群馬県教育会, 1927. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000744928-00, (当館資料番号 111021549) 参考資料:八木一章 著 , 八木, 一章, 1931-. 学校様物語 : 伊勢崎藩領内の郷学校の内、上樋越村嚮義堂の研究. 上毛新聞社出版局, 2004. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007380108-00, (当館資料番号 117137836) 参考資料:伊勢崎市立図書館. 伊勢崎史話 9(9). 伊勢崎市立図書館, 1966-09. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I000628587-00, (当館資料番号 157017930) 参考資料:「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編纂. 角川日本地名大辞典 10 (群馬県). 角川書店, 1988. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001920928-00, 4040011007(当館資料番号 111211280) 参考資料:伊勢崎市 編 , 伊勢崎市. 伊勢崎市史 通史編 2 (近世). 伊勢崎市, 1993. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002296957-00, (当館資料番号 117095612) 参考資料:松井田町誌編さん委員会 編. 松井田町誌. 松井田町誌編さん委員会, 1985. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001808431-00, (当館資料番号 110384088) 参考資料:吉川弘文館編集部 編 , 吉川弘文館. 日本史必携. 吉川弘文館, 2006. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000008051059-00, 4642013490(当館資料番号 113828727) 備考:2020.10.21:「日本史必携」を追加。

萩城の配置図、写真(絵)が見たい。(萩市立萩図書館)

以下の資料を提供。 ①『萩市史 第1巻』p.143,別表 ②『萩城跡探訪のしおり』口絵 ③『萩城を語る』別表 ④山口県文書館デジタルアーカイブ『萩城五層楼写真』 ①、②、④の資料に天守閣の写真、①に配置図、③の資料に天守閣配置図あり。 回答プロセス:『萩市史』を確認。第1巻に該当資料あり。 「萩城」をキーワードに館内所蔵検索。検索結果から資料の内容を確認したところ、②、③の資料が該当。 山口県文書館のデジタルアーカイブを確認。④の資料が該当。 参考資料:萩市. 萩市史 第1巻. 萩市, 1983. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001632613-00, 参考資料:萩市郷土博物館 編. 萩城跡探訪のしおり. 萩市観光協会, 1960. (萩史跡文化財シリーズ ; 第1集) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007908020-00, 参考資料:松本 二郎 著 , 松本 二郎. 萩城を語る. しらがね白石書店, 1970. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I060927413-00, 参考資料:山口県文書館デジタルアーカイブ『萩城五層楼写真』 http://archives.pref.yamaguchi.lg.jp/user_data/upload/File/HQ_DL/hagijyou_L.jpg (最終確認日:2020年10月21日),

▼無脊椎動物のメカニズムについて詳しく書かれたものはあるか。 できれば専門書が良い。(北海道立図書館)

「無脊椎動物」で検索した資料の中から、無脊椎動物の成り立ちや構成等について詳しく書かれた専門書として、次の2冊を紹介した。 『図説無脊椎動物学』(朝倉書店 2009) 『無脊椎動物の進化』(蒼樹書房 1998) 回答プロセス:回答に記載 参考資料: 1 図説無脊椎動物学 R.S.K.Barnes?[ほか著] 本川/達雄?監訳 朝倉書店 2009.6 483/Z, 参考資料: 2 無脊椎動物の進化 P.ウィルマー?著 佐藤/矩行?[ほか]共訳 蒼樹書房 1998.9 481.2/MU,

▼檀家の辞め方について。手続き、どのくらい費用がかかるのか? 利用者が書店でみかけたそうなのだが、適当なものがあれば、当館でも購入したい。 載っている資料があれば相互貸借を申し込みたい。(北海道立図書館)

墓じまいの資料のなかで檀家をやめる(離檀)ことの記載があり。   1『いざという時のお墓の建てかた移転のしかた』(金園社企画編集部編 金園社 2008.6 資料ID:1110707245)   「第5章お墓の移転(改葬)で実際のプロセスについて詳しく解説されている。 2『お墓の大問題』(吉川美津子著 小学館 2016.8 資料ID:1112076268)  p113~次の項目あり。「『離檀料』をめぐるトラブルが多発」。このなかで社会通念上妥当な額の例が示されている。 3『夫の死後、お墓・義父母の問題をスッキリさせる本 』(大崎美生著 日本実業出版社 2018.10 資料ID:1112257728)  p121~(2)「墓じまい」の手続きは?」のなかで「離檀料」の簡単な記述あり。 4『死んだあとのお金の話 お葬式は、誰のため!?』(中村麻美著 すばる舎 2012.6 資料ID:1111192793)  p242~「離檀するなら現金を!」という項目あり 5『いまどきの納骨堂』(井上理津子著 小学館 2018.10 資料ID:1112259922)  「第1章墓じまいと改葬の本音」で改葬に伴い離檀したさいの例あり。 当館に所蔵がないが参考となりそうな以下の資料も紹介。 1『お墓の未来 もう「墓守り」で困らない』(島田裕巳著 マイナビ 2015.5) 2『墓じまい・墓じたくの作法』(一条真也著 青春出版社 2015.9) 回答プロセス:回答に記載 参考資料: 1 いざという時のお墓の建てかた移転のしかた 金園社企画編集部?編 金園社 2008.6 385.6/I, 参考資料: 2 お墓の大問題 吉川/美津子?著 小学館 2016.8 S385.6/O, 参考資料: 3 夫の死後、お墓・義父母の問題をスッキリさせる本 大崎/美生?著 佐藤/みのり?著 日本実業出版社 2018.10 324.61/O, 参考資料: 4 死んだあとのお金の話 中村/麻美?著 二村/祐輔?監修 すばる舎 2012.6 385.6/SH, 参考資料: 5 いまどきの納骨堂 井上/理津子?著 小学館 2018.10 385.6/I,

▼野菜の「とうが立つ」ことを「抽だい」と言うが、資料によって「だい」には「台」「苔」「薹」の字がそれぞれあてられている。 どの字を使うのが正解か。また、字の違いによって意味(ニュアンス)の違いがあるのか。(北海道立図書館)

参考図書を調査。 『広辞苑』→「抽薹」 『植物育種学事典』→「抽苔(抽台と同じとの記載有り)」 『園芸事典』→「抽だい(苔)」 ウェブ上で用語集を公開している園芸関連企業のホームページを調査。 サカタのタネ→「抽台」 タキイ種苗→「抽苔」 以上から、一般的にひらがなを含めてどの表記でも同じ意味として通用しており、正解・不正解は判別できない。 また、漢和辞典で、漢字の意味を調査。 3字ともに「タイ・ダイ」という音をもっているが、「薹」のみ「とう」の読み方があり、「野菜類の茎ののびたもの」という意味が当てられている。 したがって「抽だい」本来の意味を持っているのは「薹」。 「薹」はくさかんむりに「臺」をあわせた字であるが、「臺」の俗字・簡化字として「台」が用いられている。 「台」と「臺」は別字であるが、俗に用いられることによって、常用漢字では同字として扱われている。 以上を参考として回答した。 回答プロセス:回答に記載 参考資料: 1 大漢語林 鎌田/正?著 米山/寅太郎?著 大修館書店 1992.4 813.2/D, 参考資料: 2 園芸事典 松本/正雄?編集 大垣/智昭?編集 朝倉書店 2007.12 620.33/E, 参考資料: 3 植物育種学辞典 日本育種学会?編 培風館 2005.9 615.21/SH, 参考資料: 4 広辞苑 新村/出?編 岩波書店 2018.1 813.1/KO,

▼大正10年頃の1円は現在の何円に相当するのか。 また、この当時の10万円はどのくらいの金額になるか知りたい。(北海道立図書館)

国立国会図書館のリサーチナビ「過去の貨幣価値の調べ方」についての記事を参照。 企業物価指数、消費者物価指数を使って比較するのが一般的であるが、このうち企業物価指数を元に算出した。 ●企業物価指数(戦前基準指数) 大正10年→1.296 平成29年(2017年)→687.8 687.8÷1.296=約530.7倍となる。 これを10万円に当てはめると、約5,307万円となる。 また、『値段史年表 明治・大正・昭和』(朝日新聞社 1985)のうち、大正10年に近い年代の値段が掲載されているものを抽出した。 ●金 大正14年→1円73銭 平成30年→4,827円(いずれも年間最高価格) 1円≒約2,790円   これを10万円に当てはめると、約2億7,900万円となる。 ●公務員初任給(国家公務員 大学卒 総合職) 大正7年→70円 平成30年→181,200円 1円≒約2,589円  これを10万円に当てはめると、約2億5,890万円となる。 ●航空旅客運賃(日本航空 東京-大阪間 大人普通片道運賃) 大正13年→35円 平成31年→27,600円 1円≒約789円  これを10万円に当てはめると、約7,890万円となる。 「物やサービスの種類によって価格の上昇率がまちまちなので、お金の価値を単純に比較することは困難(日本銀行HPより)」とあるように、比較するものによって計算結果が異なり、一概にいくらとは答えられないため、あくまでも参考値とした上で回答した。 回答プロセス:回答に記載 参考資料: 1 値段史年表 週刊朝日∥編 朝日新聞社 1988.6 337.821/NE, 参考資料: 2 物価の文化史事典 森永/卓郎?監修 甲賀忠一+制作部委員会?編 展望社 2008.7 337.821/B, 参考資料: 3 値段の明治・大正・昭和風俗史 週刊朝日∥編 朝日新聞社 1981.1 337.821/NE/1,

▼文章を引用するとき、「 」(かぎかっこ)をつけて記すが、その中に会話ができてくる時に『 』(二重かぎ)を使用すること以外の方法はないか。(『 』が多くなると見え方が良くないので。)(北海道立図書館)

調査資料1『資料検索入門』p.28に引用部分が長い例として、「引用部分を前後1行空けて2~3文字下げることで、引用であることを明確にします。書体をイタリックに変更したり、フォントサイズを下げて文字を小さくする場合もあります。前後1行空ける場合には、「 」はなくても構いません。」とあり。 調査資料2『新版大学生のためのレポート・論文術』p.39~40「2.1.引用文の表記法 長い引用文の場合」には、「三行以上にわたる引用文の場合、本文から切りはなして表記する。表記は、本文との間に一行の空白行と、引用文の前後に二文字分ぐらいの空白字をとる。この場合「 」は使わない。」とあり。 回答プロセス:回答に記載 参考資料: 1 資料検索入門 市古/みどり?編著 上岡/真紀子?著 慶應義塾大学出版会 2014.1 007.58/SH, 参考資料: 2 大学生のためのレポート・論文術 小笠原/喜康?著 講談社 2009.11 S816.5/D,

▼相撲の起源(農耕儀礼等)について、詳しく知りたい。(北海道立図書館)

相撲の起源について、次のとおり記載があった。 1 『日本相撲大鑑』p30  文献の上でわが国の相撲の古い形を伝えるものとして、『古事記』上巻に、 (上略)爾に其の建御名方神の手を取らむと乞ひ帰して取りたまへば、若葦を取るが如、?み批ぎて投げ離ちたまへば、 即ち逃げ去にき。故、追ひ往きて、科野国の州羽の海に迫め至りて、(下略) と見える建御雷神と建御名方神の出雲国(島根県)伊那佐浜(現、簸川郡大社町稲佐浜)における力比べの説話があり、この勝負で建御雷神が 勝ったことによって国譲りが行われ、建御名方神は諏訪大社に祭られ、建御雷神は鹿児島神宮に奉祀された。 この力比べの仕方は手乞といわれ、相手の手を握り合って攻めるものであった。その後、二人が同時にかかる手合いに変わったとされ、その有様は 俗に相撲の期限神話とされる「日本書紀」垂仁天皇七年七月七日条に、   (上略)則ち当麻蹶速と野見宿禰と?力らしむ。二人相対ひて立つ。各足を挙げて相蹶む。則ち当麻蹶速が脇骨を蹶み折く。亦其の腰を踏み 折きて殺しつ。(下略) と見える野見宿禰と当麻蹶速の勝負にうかがえる。 …しかし記紀に見える二つの話は歴史上の事実ではなく、あくまでも神話伝説の域を脱するものではない。… また、p31に農耕儀礼としての相撲が行われたという記載あり。  わが国で農耕が開始されたのは縄文時代晩期から弥生時代にかけてであるが、実際に相撲が始められたのもそのころと思われる。 それはスポーツとしてではなく、農作物の豊凶を占う農耕儀礼として行われた。 2 『野見宿禰と大和出雲』p53 相撲による農耕儀礼は太古の頃から存在していたという推理は、近年発達した民俗学によって明らかにされている。…相撲の場合は、 隣の集落と比べてどちらが豊作になり、神の恵みを受けることができるかを占うため、集落の代表選手を選んで勝負させ、その結果によって 吉凶を判断したものである。 3 『相撲の誕生』 p96 (民俗学者の折口信夫によると、) 相撲というのは、《田の行事の占いとして、神と田の精霊とが抗争し、結局精霊が神に負けて神の意志通りになる行事であった。》(「年中行事」)という。 つまり、村の外からやってきた神が、田の精霊を屈服させて豊作を約束させる行事で、もともとは勝ち方と負け方が決まっていた演劇的なものであったが、 それが勝った方が豊年になるという年占的要素が強くなったため、真剣勝負に変化していった。 回答プロセス:回答に記載 参考資料: 1 日本相撲大鑑 窪寺 紘一∥著 新人物往来社 1992.7 788.1/NI/イ, 参考資料: 2 野見宿禰と大和出雲 池田/雅雄?著 池田/雅之?編 彩流社 2006.12 788.1/NO, 参考資料: 3 相撲の誕生 長谷川明∥著 新潮社 1993.9 788.1/SU, 参考資料: 1 大相撲まるごと雑学事典 浦土/雅也?著 相撲友の会グループ?著 日本文芸社 1992.7 788.1/O, 参考資料: 2 七夕と相撲の古代史 平林/章仁?著 白水社 1998.4 210.3/TA,

▼ブルーベリーの剪定(夏季)の方法、剪定する場所の図がある資料はあるか。(北海道立図書館)

ブルーベリーの栽培、落葉果樹の剪定についての資料を紹介。 『おいしい果樹の育て方 剪定もよくわかる』  p160~169 カラー写真で剪定の仕方が掲載されている。 『果樹栽培実つきがよくなる「コツ」の科学』  p164~166 剪定のコツが掲載されている。 『ブルーベリー』  p58~60 6月に行う摘心の要領がカラーで紹介されている。 『図解落葉果樹の整枝せん定 』  p202~207 白黒だが剪定の方法がまとまって記載されている。 回答プロセス:回答に記載 参考資料: 1 おいしい果樹の育て方 三輪/正幸?著 池田書店 2014.3 625/O, 参考資料: 2 果樹栽培実つきがよくなる「コツ」の科学 三輪/正幸?著 講談社 2018.11 625/KA, 参考資料: 3 ブルーベリー 堀込/充?著 日本放送出版協会 2002.8 625.6/B, 参考資料: 4 図解落葉果樹の整枝せん定 農耕と園芸編集部∥編 誠文堂新光社 1994.9 625.16/Z, 参考資料: 1 基礎からわかるブルーベリー栽培 玉田/孝人?著 誠文堂新光社 2014.10 625.64/KI, 参考資料: 2 ブルーベリー全書 日本ブルーベリー協会?編 創森社 2005.12 625.6/B, 備考:その後、来館し資料を複写。

▼昭和22~35年の期間の衆議院・参議院選挙の立候補者ごとの得票数と党派が記載されている資料はあるか。(北海道立図書館)

『朝日選挙大観(回答資料1)』のp441に「戦後の衆参両院選挙 選挙区別開票結果」があり、立候補者名とそれぞれの得票数、党派の記載があったため、こちらの資料を紹介した。 以下の調査資料もあわせて紹介。 ・『新聞集成昭和編年史 昭和30年版2(参考資料1)』のp4に「前候補者確定得票数」の記事あり。選挙の年月日から該当の記事を探すことができる。 ・『選挙年鑑 自昭和35年 至昭和38年(参考資料2)』のp176に衆議院議員選挙、p254に参議院議員選挙の投票率、候補者数、候補者名の記載があり。 ・『選挙年鑑 第3(昭和32年6月)(参考資料4)』には、衆議院・参議院選挙の立候補者ごとの得票数や党派についての記載はなし。 ・『北海道年鑑 昭和26年(参考資料3)』のp117に参議院地方区選出議員候補者全道各市・支庁別得票数の記載あり。 また、昭和34年以前の立候補者名が記載された選挙年鑑の所蔵はなかったため、国立国会図書館のデジタル資料で調べたところ、『選挙年鑑 昭和28~32年』の所蔵があることが確認できた。得票数の記載はあるが、候補者名の記載はなかった。 回答プロセス:回答に記載 参考資料: 1 朝日選挙大観 朝日新聞選挙本部?編 朝日新聞社 1997.3 314.8/A p441, 参考資料: 1 新聞集成昭和編年史 昭和30年版2 第二次鳩山内閣成立 明治大正昭和新聞研究会?編集製作 新聞資料出版 2006.9 071/SH/S30-2, 参考資料: 2 選挙年鑑 自昭和35年 至昭和38年 自治省選挙局∥編 自治省選挙局 1964 314.8/J, 参考資料: 3 北海道年鑑 昭和26年 北海道新聞社∥編 北海道新聞社 1950 059/HO/S26, 参考資料: 4 選挙年鑑 第3(昭和32年6月) 自治庁選挙部∥編 自治庁選挙部 1957 314.8/J/S32,

▼TAFRO症候群について書かれた資料はあるか。キャッスルマン症候群と似ているらしい。(北海道立図書館)

2010年に初めて提唱された新しい疾患で、指定難病検討がされながらも要件が満たされておらず、研究対象として論文、報告書として文献に掲載。調査結果については次のとおり。 ①KTKテレビ金沢「カラダ大辞典」新たな病気 タフロー症候群とは ※動画がある。2016年4月16日放送。 (http://fcslib.tvkanazawa.co.jp/karada/broadcast/?bc_id=444)※以下サイト最終確認日:2019年5月11日 ②厚生労働科学研究成果データベース (http://mhlw-grants.niph.go.jp/) キーワード「TAFRO」で検索したところ、9件ヒット。 次の文献p.19~24「新規疾患;TAFRO症候群の確立のための研究」に「TAFRO症候群 診断基準2015」 「TAFRO症候群 重症度分類2015」「TAFRO症候群 治療指針(診療ガイドライン)2015」が掲載。   文献番号201510075A 研究課題 新規疾患; TAFRO症候群の確立のための研究 課題番号H27-難治等(難)-一般-008 研究年度平成27(2015)年度 研究代表者(所属機関) 正木 康史(金沢医科大学 血液免疫内科学) ※報告書一括ダウンロード可能。この研究で診断基準・重症度分類・治療指針の2015年度版を作成。 その概要版にFacebook(https://www.facebook.com/CastlemanTAFRO)で公開とあり、検索したところ、2019年マイナー改訂版も掲載されている。 また、同じく「非癌、慢性炎症性リンパ節・骨髄異常を示すキャッスルマン病、TAFRO症候群その類縁疾患の診断基準、重症度分類の改正、診断・治療のガイドラインの策定に関する調査研究」班が、キャッスルマン病及びTAFRO症候群に関する情報の提供を行なうためにホームページを開設。(https://castleman.jp/index.html) ③岡山大学 PRESS RELEASE (https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id387.html) 「TAFRO症候群」がキャッスルマン病と異なる疾患であることを証明-新規診断基準の確立や有効な治療法開発の糸口に-(概要) 論 文 名:Clinicopathologic analysis of TAFRO syndrome demonstrates a distinct subtype of       HHV-8-negative multicentric Castleman disease. 掲 載 誌:American Journal of Hematology 2016; 91 (2): 220-226 .著   者:Iwaki N, Fajgenbaum DC, Nabel CS, Gion Y, Kondo E, Kawano M, Masunari T, Yoshida I, Moro H, Nikkuni K, Takai K,Matsue K,Kurosawa M, Hagihara M, Saito A, Okamoto M, Yokota K, Hirakawa S,Nakamura N, Nakao S, Yoshino T, Sato Y. 上記の論文は、下記のサイトで全文(英文)見ることができる。 https://nmcdn.io/e186d21f8c7946a19faed23c3da2f0da/8b993af9f9914392832922b7bebf7c46/files/physicians-researchers/publications-on-mcd/Iwaki_Fajgenbaum_et_al-American_Journal_of_Hematology.pdf ④正木康史、藤本信乃、川端浩〔著〕「TAFRO症候群とキャッスルマン病」 雑誌『成人病と生活習慣病』48巻12号(568)2018.12 p.1371-1376 →札幌医科大学附属総合情報センター、天使大学図書館に所蔵あり。 ⑤正木康史、藤本信乃、川端浩〔著〕「TAFRO症候群」 雑誌「血液内科」77巻1号(481)2018.7 p.79-85 →北海道大学医学研究か医学部図書館、北海道大学大学院保健科学研究院に所蔵あり。 ④・⑤は大学図書館等で所蔵しているが、借受不可。利用者が直接来館。利用時間・利用方法等直接問い合わせいただく。 回答プロセス:回答に記載

▼現在大学のゼミで、福井県嶺北地方の「おろしそば」について調査をしている。...

福井県での鰹節の広がりについて具体的に書かれている資料は所蔵がなかった。 福井県の食文化、鰹節の歴史について書かれている資料を紹介。 福井の食文化について 1『日本の食生活全集 18 聞き書き福井の食事』(農山漁村文化協会 1987.6 資料ID:1102306022)   大正の終わりから昭和の初めころの福井の食生活について再現。「福井の食とその背景」の章では食文化の解説もあり。 2『福井県史 資料編 15 民俗』(福井県 1984.3 資料ID:1101338059)   食や商業(交易)についてあり。 鰹節について 3『鰹節』(法政大学出版局 2000.11 資料ID:1105952749)   カツオの漁法から鰹節の製法、商品としての流通までを広く紹介 4『かつお節と日本人』(宮内泰介著 岩波書店 2013.10 資料ID:1111531487) 「第1章かつお節は日本の伝統か」では昭和初期のかつお節について記述あり。 当館では所蔵がないが、参考となると思われる以下の資料を紹介。 1『越前おろしそば文化』(中山重成著 福井新聞社 2002.4)     福井県立図書館所蔵(請求記号:H596/N3/1B 資料番号:1049037458) 2『和食は福井にあり』(向笠千恵子著 平凡社 2015.2)   札幌市曙図書館所蔵(請求記号:383/ム 資料番号:9012587631) 回答プロセス:回答に記載 参考資料: 1 日本の食生活全集 18 聞き書福井の食事 農山漁村文化協会 1987.6 383.8/NI/18, 参考資料: 2 福井県史 資料編 15 民俗 福井県 1984.3 214.4/F/15, 参考資料: 3 鰹節 宮下/章?著 法政大学出版局 2000.11 667.23/KA, 参考資料: 4 かつお節と日本人 宮内/泰介?著 藤林/泰?著 岩波書店 2013.10 S667.2/KA,

▼薬師寺にある「薬師三尊像」の中尊、日光菩薩、月光菩薩の像の正面、側面と背面が掲載されている資料はあるか。 できるだけまっすぐ真正面、真横、真裏になっているものが良い。 貴館所蔵の『奈良六大寺大観 第6巻 薬師寺』『国宝薬師寺展』と、国立国会図書館デジタルライブラリー所収の『薬師寺国宝薬師三尊等修理工事報告書』をまず調査してほしい。(北海道立図書館)

『奈良六大寺大観 第6巻 薬師寺』には、次のとおり写真の掲載があった。 p57:本尊正面 p64:日光正面 p65:月光正面 p69:日光背面、右側面(上部のみ) p92:中尊正面 p96~97:中尊左右側面 p98~99:中尊背面 p110:日光正面 p111:月光正面 p115:日光右側面(上部のみ) p118:日光左側面 p119:日光背面 p126:月光左側面(上部のみ) p128:月光右側面 p129~130:月光背面 『国宝薬師寺展』には、次のとおり写真の掲載があった。 p25:三尊像斜め横 p28~29:中尊左右側面 p32中尊背面(斜め向き) p112:日光正面 p120:日光左側面 p121:日光右側面(上部のみ) p122~123:日光背面 p128:月光左側面(上部のみ) p129:月光右側面 p130~131:月光背面 『薬師寺国宝薬師三尊等修理工事報告書』には、『奈良六大寺大観 第6巻 薬師寺』『国宝薬師寺展』に掲載されていないような写真・図版はなし。 日光菩薩の右側面の全身部分と、月光菩薩の左側面の全身部分を記載した資料がなかったため、『仏像レファレンス事典』で薬師寺の薬師三尊像の写真図版が掲載されている資料を調査し、所蔵している資料の該当図版を確認した。 『奈良六大寺大観 第6巻 薬師寺』『国宝薬師寺展』に掲載されていない写真図版があった資料は次のとおり。 『魅惑の仏像 5 薬師三尊』p34:三尊像の右側面(斜め向き)の写真に、各部の名称と寸法が記載 日光菩薩の右側面の全身部分と月光菩薩の左側面の全身部分は見つけることができなかったが、以上を調査結果とし回答した。 回答プロセス:回答に記載 参考資料: 1 奈良六大寺大観 第6巻 薬師寺 奈良六大寺大観刊行会∥編 岩波書店 1970 709.2/NA/6, 参考資料: 2 国宝薬師寺展 東京国立博物館,読売新聞東京本社文化事業部,NHK,NHKプロモーション∥編 読売新聞東京本社 2008.3 702.13/KO, 参考資料: 3 仏像レファレンス事典 日外アソシエーツ株式会社?編集 日外アソシエーツ 2009.7 718.031/B, 参考資料: 4 魅惑の仏像 5 薬師三尊 小川/光三?写真 毎日新聞社 1986.7 718/MI/5,

細沢(平井地区)に石器時代に人が住んでいたかが分かる資料を探している。遺跡があり、萩原さんという人が昔研究していたと思う。(函南町立図書館)

萩原さんとは「萩原明」さんのことだと分かったが、萩原さんについての資料は所蔵なし。質問に対するはっきりとした資料も見当たらなかった。 回答プロセス:フリーワード「細沢遺跡」で資料検索したが、ヒットなし。地域資料コーナーで直接本の中を見て、遺跡のことが書かれている資料を探した。 『函南町誌 上巻』(函南町, 1974)や『平井誌』(平井長寿会, 1969)に「細沢遺跡」についての記載はあったが、出土品のことが書かれているくらいで、人が住んでいたかどうかには触れられていなかった。 『伊豆の郷土研究 第29集』(田方地区文化財保護審議, 1985)に函南町内の住まいと集落について寄稿があったが、細沢についてではなく、函南町全体についての記載だった。 インターネットで「萩原␣細沢遺跡」で検索したところ、2000年3月19日伊豆日日新聞の記事「函南町平井細沢地区 なぞの岩刻文字発見 「1万年前」女神の顔も 民間研究者が調査 あす遺跡公開・説明」について取り上げているブログがあり、ペトログラフ研究家・萩原明さんのことが書かれていた。 当時の伊豆日日新聞は当館では所蔵がなかったので、この記事を実際に確認することはできなかった。 萩原明さんの資料は当館に所蔵なし。インターネットで公開されている論文等がないか、CiNiiで検索。同姓同名の著者が34件ヒットしたため、1件ずつ論文のジャンルを確認したが、求めている内容のものは見つからなかった。 参考資料:函南町誌編集委員会/編集 , 函南町誌編集委員会. 函南町誌 上巻. 函南町, 1974. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I015388346-00 https://www.lics-saas.nexs-service.jp/tosyokan.town.kannami/webopac/searchdetail.do?biblioid=164470, 参考資料:平井長寿会 , 平井長寿会. 平井誌. 平井長寿会, 1969. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I099821834-00 https://www.lics-saas.nexs-service.jp/tosyokan.town.kannami/webopac/searchdetail.do?biblioid=164855, 参考資料:田方地区文化財保護審議委員連協議会/編. 伊豆の郷土研究 第29集. 田方地区文化財保護審議. 1985 https://www.lics-saas.nexs-service.jp/tosyokan.town.kannami/webopac/searchdetail.do?biblioid=32208, (当館資料番号 110204625)

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