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大阪市鶴見区内に、寝屋川の改修事業に関する石碑や記念碑はないか。あれば所在地を教えて欲しい。(大阪市立中央図書館)

寝屋川は大阪市鶴見区内を東西に流れる一級河川です。 1885(明治18)年の淀川大洪水以降に行われた寝屋川治水事業を記念する石碑として、「六郷修堤碑」「寝屋川改修記念碑」の2基があります。 「六郷修堤碑」は、 『大阪史蹟辞典』(三善 貞司/編 清文堂, 1986.7)p.639「六郷修堤碑」の項、 『大阪市内における建碑』(川端 直正/編 大阪市役所行政局, 1960)p.105-106「中郷修堤碑 放出町 放出大橋南詰」(※「中」は「六」の誤記と思われます。)、 『大阪春秋 : 大阪の歴史と文化と産業と 通巻89号』(大阪春秋社, 1997.12)p.63 「改修記念碑・六郷修堤碑」の項 「大阪あそ歩 鶴見・放出 摂津・河内国境の街道をゆく」 (https://www.osaka-asobo.jp/course102.html)(2019.2.16確認)  に記載があり、 1894(明治27)年建造で、正因寺(放出東1-23)にあることがわかります。 「寝屋川改修記念碑」は 『大阪史蹟辞典』(三善 貞司/編 清文堂, 1986.7)p.639「六郷修堤碑」の項中、 『大阪市内における建碑』(川端 直正/編 大阪市役所行政局, 1960)p.105-106「記念碑」の項、 『大阪春秋 : 大阪の歴史と文化と産業と 通巻89号』(大阪春秋社, 1997.12)p.63「改修記念碑・六郷修堤碑」の項、 『鶴見区わがまちガイドマップ』(鶴見区制30周年・鶴見区民センター竣工記念事業実行委員会, [2005]) 「大阪あそ歩 鶴見・放出 摂津・河内国境の街道をゆく」 (https://www.osaka-asobo.jp/course102.html)(2019.2.16確認) に記載があり、 1928(昭和3)年建造で、放出北児童遊園(放出東1-19)にあることがわかります。 回答プロセス:1.石碑・史跡関係の図書をブラウジングし、資料1、2、3が見つかる。 2.鶴見区内のガイドマップ等で現在の位置を確認し、資料4、5が見つかる。 参考資料:当館書誌ID <0000214926>  大阪史蹟辞典 三善 貞司/編 清文堂 1986.7 9784792423414 (資料1), 参考資料:当館書誌ID <0000649852>  大阪春秋 -大阪の歴史と文化と産業と- 通巻89号 城東・鶴見  大阪春秋社 1997.12  (資料2), 参考資料:当館書誌ID <0000322889>  大阪市内における建碑 川端 直正/編 大阪市役所行政局 1960  (資料3), 参考資料:当館書誌ID <0010975410>  鶴見区わがまちガイドマップ  鶴見区制30周年・鶴見区民センター竣工記念事業実行委員会 [2005]  (資料5), 参考資料:「大阪あそ歩 鶴見・放出 摂津・河内国境の街道をゆく」 https://www.osaka-asobo.jp/course102.html (2019.2.16確認)(資料4),

『軍国のろう少年』 (白石 堯美/著,星湖舎)のp.204-205に出てくる航空工場の記載がある地図(大阪府和泉市の1944-1945年頃のもの)が見たい。 航空工場のあと、不二家レストラン(2004年頃まで)になり、学徒寮のあとは毎日牛乳になっている。(大阪市立中央図書館)

ご質問の地図は、残念ながら当館では所蔵していませんでした。 『軍国のろう少年』に登場する、和泉航空工場や、和泉航空学徒寮、後年跡地に出来ていた不二家レストラン、毎日牛乳工場についての記述がある資料をご紹介します。 『大阪府教育百年史 第1巻 概説編』(大阪府教育委員会,1973)<当館書誌ID :0000342451> p.610-612「二 大阪府立生野聾学校の変遷」の項、p.611に、大阪府立聾口話学校の中等部生徒が、昭和19年9月13日太平洋戦争の激化によって、泉北郡和泉村小田の和泉航空学徒寮へ疎開し、ここで生産に従事することになったという記述があります。 『戦時下の社会 : 大阪の一隅から』(横山篤夫/著 岩田書院,2001.3)<当館書誌ID :0010072971>  p.174-179「表8 岸中勤労動員出勤工場・事業所一覧」のp.179に「勤労動員出勤工場所在地:(旧)和泉航空工業株式会社(新)神武4601工場和泉町小田/出動人員59」と記載があります。 『大阪府精密住宅地図 和泉市 -大阪府全商工住宅案内図帳- 昭和58年〜平成3年』(吉田地図/[編] 吉田地図,1983-1991) <当館書誌ID :0000435970>  昭和58年のp.89に、毎日牛乳和泉工場、不二家レストランの記載があります。 当館では所蔵しておりませんが、奈良県立図書情報館に以下の資料の所蔵があります。 『和泉航空学徒動員50周年記念のつどい記念誌』(和泉航空学徒動員50周年記念のつどい実行委員会,1996.2) ただし、奈良県立図書情報館では貸出不可資料のため当館に取り寄せすることはできません。 回答プロセス:1.和泉航空株式会社について確認するために和泉市史を確認するも、近代の記述はない。 2.当館所蔵資料で和泉市の資料をブラウジングするが有用資料見つからず。 3.戦争遺跡に関する当館所蔵資料を確認するが、有用資料見つからず。 4.Googleブックス(https://books.google.co.jp/)(2019.8.20確認)で“和泉航空”を検索し、資料1、資料2が見つける。 5.国立国会図書館サーチ(https://iss.ndl.go.jp/)(2019.8.20確認)で“和泉航空”を検索し、資料3が見つかる。 6.電話帳を確認するが、有用情報なし。 7.地図および住宅地図を確認し、資料4を見つける。 8.当館所蔵資料をフリーワード“航空”ד年鑑”で1945年頃までのものにしぼり検索するが、ヒットせず。 参考資料:当館書誌ID <0000342451>  大阪府教育百年史 第1巻 概説編  大阪府教育委員会 1973  (資料1), 参考資料:当館書誌ID <0010072971>  戦時下の社会 -大阪の一隅から-(近代史研究叢書 2) 横山 篤夫/著 岩田書院 2001.3 9784872941975 (資料2), 参考資料:当館書誌ID <0000435970>  大阪府精密住宅地図 和泉市 -大阪府全商工住宅案内図帳- 昭和58年〜平成3年 吉田地図/[編] 吉田地図 1983-1991  (資料4), 参考資料:奈良県立図書館情報館OPAC「和泉航空学徒動員50周年記念のつどい記念誌」 http://opacsvr01.library.pref.nara.jp/mylimedio/search/book.do?bibid=458838 (資料3)(2019.8.20確認),

此花区に鴻池組の旧本店と旧本宅がある。 このなかに「庚戌中暑相原雲楽彫」と銘のある丸彫り彫刻と、「雲楽刀」と銘のある鳳凰の透かし彫りがある。 それぞれの銘の意味を知りたい。また丸彫り彫刻と鳳凰の透かし彫りの違いを知りたい。(大阪市立中央図書館)

『 歴史遺産日本の洋館 第3巻 大正篇 1』 (藤森 照信/文 講談社 2002.12)p.56-65「鴻池忠治郎邸」の項に、彫刻家の相原雲楽についての記述と透かし彫りなどの作品の写真があります。「高村光雲の高弟」とあり、唐獅子の作品には「庚戊中暑 當楼上ニテ 刻ス 雲楽刀」の銘がありますが、銘文の解説はありません。 『鴻池組社史』(鴻池組社史編集委員会/編集 鴻池組社史編集委員会 1986.12)p.56「鴻池家本宅、同時に落成」の項に、「2階内部は当時、著名な彫刻家であった相原雲楽の彫り物で装飾され、階段手摺の最上部に「庚戌(明治43年)中暑 當楼上 刻す 雲楽刀」と刻み込まれている。」とありますが、銘文の解説はありません。 商用データーベース「JapanKnowledge:日本国語大辞典」で「まる‐ぼり 【丸彫】」「すかし‐ぼり 【透彫】」の解説をごらんいただきました。 回答プロセス:1. 当館OPACでフリーワード“鴻池本店”を検索したが、ヒットせず。 2. サーチエンジン「Google」(https://www.google.co.jp/)(2019.1.30確認)でキーワード“旧鴻池組本店”を検索し、此花区のホームページ等がヒットするが、有用情報なし。 3. 商用データベース「JapanKnowledge」(2019.1.30確認)で“丸彫り”,“透かし彫り”を検索。(資料3) 4. 国立国会図書館サーチ(https://iss.ndl.go.jp/)(2019.1.30確認)でキーワード“相原雲楽”を検索し、資料1、2を見つける。 参考資料:当館書誌ID <0010436677>  歴史遺産日本の洋館 第3巻 大正篇 1 藤森 照信/文 講談社 2002.12 9784062614832 (資料1), 参考資料:当館書誌ID <0070052045>  鴻池組社史 鴻池組社史編集委員会/編集 鴻池組社史編集委員会 1986.12  (資料2), 参考資料:商用データベース「JapanKnowledge:日本国語辞典」 (資料3),

「鯵の押寿し」について。鎌倉で鯵が沢山取れたのでそれを活用して考えたのが「鯵の押寿し」だと聞いたが、本当か。(鎌倉市中央図書館)

◆明治45年の段階で、鎌倉の産物として鯵が上げられています。   ◆明治21年、昭和38年の統計では、漁獲高では鯵がトップクラスです。   以上から、鎌倉で鯵が良く取れたことは事実と思われますが、鯵の押寿司にそれが結びついたかどうかは分かりません。 回答プロセス:①大船軒が「鯵の押寿し」を販売し始めたのはいつか確認する。 『鎌倉市史 近代通史編』P200で大正2年4月と確認できる。 ②それに近い『現在の鎌倉』(1913年)を確認する。 鎌倉の産物のひとつとして鯵が出てくる。 ③統計的な裏づけを探すが見つからない。 市史の近代史料編第二、P127に「海水産物統計表」有り。 明治21年のデータだが、鯵と鮑が1,2位を争っている。   45年後のデータだが、『鎌倉の統計 昭和38年版』で漁獲高を確認 鯵が1位だった。 参考資料:鎌倉市市史編さん委員会 編さん , 鎌倉市. 鎌倉市史 近代通史編. 吉川弘文館, 1994. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002320432-00, 4642015361(p200) 参考資料:大橋良助 著 , 現在の鎌倉. 鎌倉郡森町房吉, 1913., (p10) 参考資料:鎌倉市秘書課広報統計係 編 , 鎌倉の統計.鎌倉市, 1963, 参考資料:鎌倉市市史編さん委員会 編さん , 鎌倉市. 鎌倉市史 近代史料編 第2. 吉川弘文館, 1990. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002046816-00, 4642015345

イアエステを利用した研究型海外インターンシップのすゝめ(九州大学附属図書館)

【九州大学附属図書館 Cute.Guides】 九州大学附属図書館では自律的な学びを支援するため、図書館職員や大学院生の図書館TA(Cuter)が学習ガイドを作成しています。 内容については、以下のURLをご覧ください。 https://guides.lib.kyushu-u.ac.jp/iaeste 備考:このガイドは、図書館TA(Cuter)が執筆しました。 図書館TA(Cuter)は、九州大学附属図書館で学習相談や学習支援ガイド作成等の教育支援業務を行う大学院生です。 https://guides.lib.kyushu-u.ac.jp/cuter

有明海の干拓進展について図で示された資料をみたい。(佐賀県立図書館)

次の資料に記載がありました。 (1)『佐賀平野における農業水利事業の沿革』九州農政局/編 九州農政局 1967年 p68附図「佐賀平野における干拓地の生成状況図」 (2)『日本の地誌 10』朝倉書店 2012年  p248「有明海北岸域における干拓の進展」 (3)『有明干拓社会の形成』鬼嶋淳、藤永豪/著 佐賀大学地域学歴史文化研究センター・地域学創出プロジェクト 2014年 口絵図1「有明干拓の進展」 p8「有明北岸における干拓の進展」 (4)『有明海干拓の展開過程』九州農政局/編 九州農政局 1967年 p11「佐賀平野の開発展開図」 参考資料:(1)九州農政局. 佐賀平野における農業水利事業の沿革. 九州農政局, 1967. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I006429230-00, 参考資料:(2)日本の地誌10 朝倉書店 2012年, 参考資料:(3)鬼嶋淳, 藤永豪著 , 鬼嶋, 淳 , 藤永, 豪 , 佐賀大学地域学歴史文化研究センター. 有明干拓社会の形成 : 入植者たちの戦後史. (3)佐賀大学地域学歴史文化研究センター・地域学創出プロジェクト, 2014. (佐賀学ブックレット, 3) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I005802622-00, 9784872940992 参考資料:(4)九州農政局 , 九州農政局. 有明海干拓の展開過程. 九州農政局, 1967-03. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000074-I000427210-00,

佐賀県の移民送り出しについて、各年度の各国への送り出し数が知りたい。また、佐賀県史をはじめ県下の郷土史で、移民について記載がある資料佐賀佐賀県の移民送り出しについて、各年度の各国への送り出し数が知りたい。また、佐賀県史をはじめ県下の郷土史で、移民について記載がある資料があれば教えてほしい。(佐賀県立図書館)

次の資料に記載がありました。 (1)『佐賀県海外移住史』佐賀県農林部農業振興課 1986年 p435-670総括表、移住者名簿 *市町村別、移住先国名あり (2)『佐賀県政史』佐賀県/編 佐賀県 1979年 p526戦後の移住者数、戦前の推測移住者家族数 (3)『佐賀県人移住者名簿 特集号』ブラジル佐賀県文化協会 1985年 p21 1985年度佐賀県人移住名簿 *渡航年月日あり、移住先国名なし (4)『九州福岡・佐賀・長崎・熊本4県の移民資料調査報告』石川友紀/著 JICA横浜海外移住資料館 2010年 p33九州4県における年次別出移民数(1899~1941)*移住先国名なし (5)『富士町誌』富士町誌編さん委員会/編 富士町教育委員会 1968年 p181富士町海外移住者名簿 *移住先国名あり (6)『富士町史 下』富士町史編さん委員会/編 富士町 2000年 p196判明している戦前、戦後の富士町海外移住者名簿 *移住先国名あり (7)『伊万里市史 現代編2』伊万里市史編さん委員会/編 伊万里市 2006年 p113,114佐賀県海外移住者総括表 *市町村別、移住先国名あり 参考資料:(1)佐賀県. 佐賀県海外移住史. 佐賀県農林部農業振興課, 1986. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I003927569-00, 参考資料:(2)佐賀県/編 , 佐賀県. 佐賀県政史 [1]. 佐賀県, 1979. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I058804437-00, 参考資料:(3)佐賀県人移住者名簿 特集号. ブラジル佐賀県文化協会, 1985. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I070856286-00, 参考資料:(4)九州福岡・佐賀・長崎・熊本4県の移民資料調査報告https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I021764808-00, 参考資料:(5)富士町誌編さん委員会/編 , 富士町誌編さん委員会. 富士町誌. 富士町教育委員会, 1968. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I021331158-00, 参考資料:(6)富士町史編さん委員会 編 , 富士町 (佐賀県). 富士町史 下巻. 富士町教育委員会, 2000. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002895953-00, 参考資料:(7)伊万里市史編さん委員会 編 , 伊万里市. 伊万里市史 現代編 2. 伊万里市, 2006. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000009208180-00,

佐賀県におけるニホンヤマネの分布について知りたい。(佐賀県立図書館)

次の資料に記載がありました。 (1)『佐賀県の絶滅のおそれのある野生動植物 普及版』佐賀県希少野生生物調査検討会/編 佐賀県環境政策局環境企画課 2001年 p66 (2)『多良岳の生物』長崎県生物学会/編 長崎出島文庫 2001年 p177,182 (3)『佐賀県レッドリスト2003』佐賀県希少野生生物調査検討会/編 佐賀県環境生活局 2004年 p40 なお『佐賀県レッドリスト2003』は、佐賀県ホームページにて閲覧ができます。 http://www.pref.saga.lg.jp/kiji00314125/3_14125_42525_up_msx4zw3p.pdf 参考資料:(1)佐賀県希少野生生物調査検討会/編. 佐賀県の絶滅のおそれのある野生動植物 普及版 : レッドデータブックさが. 佐賀県環境政策局環境企画課, 2001. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I071109044-00, 参考資料:(2)長崎県生物学会 編著 , 長崎県生物学会. 多良岳の生物. 長崎出島文庫, 2001. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000003059322-00, 4931472257 参考資料:(3)佐賀県希少野生生物調査検討会/編. 佐賀県レッドリスト : 2003. 佐賀県環境生活局, 2004. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I070705984-00,

佐賀県での捕鯨について知りたい。(佐賀県立図書館)

次の資料に記載がありました。 (1)『玄海のくじら捕り』佐賀県立博物館/編 佐賀県立博物館 1980年 p6-46,51-65 (2)『くじらといきる』佐賀県立名護屋城博物館/編 佐賀県立名護屋城博物館 2006年 p8-19,23-29,31-39 (3)『日本沿岸捕鯨の興亡』近藤勲/著 山洋社 2001年 p103-107 (4)『小川嶋捕鯨志』近世長崎文化資料刊行会 1957年 (5)『中尾鯨組と呼子』呼子鯨組/編 呼子鯨組 2008年 参考資料:(1)佐賀県立博物館編 , 佐賀県立博物館. 玄海のくじら捕り : 西海捕鯨の歴史と民俗. 佐賀県立博物館, 1980. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I006127199-00, 参考資料:(2)佐賀県立名護屋城博物館編 , 佐賀県立名護屋城博物館. くじらといきる : 西海捕鯨の歴史と文化. 佐賀県立名護屋城博物館, 2006. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I005405292-00, 参考資料:(3)近藤勲著 , 近藤, 勲. 日本沿岸捕鯨の興亡. 山洋社, 2001. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I007858138-00, 4915594149 参考資料:(4)近世長崎文化資料刊行会. 小川嶋捕鯨志. 近世長崎文化資料刊行会, 1957. (近世長崎文化資料叢書, 第1輯) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I009387931-00, 参考資料:(5)呼子鯨組/編. 中尾鯨組と呼子. 呼子鯨組, 2008. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I070902269-00,

カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ の絵画が見たい。(神戸市立中央図書館)

「Caspar David Friedrich」 で検索 カラーで紹介された資料を希望されたので、 確認のうえ、以下の2冊を案内する。 『ターナーとロマン派風景画』 『風景の無意識 : C.D.フリードリッヒ論』 参考資料:『世界の名画 2』 中央公論社, 1972. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001282060-00, (自館ID PV:0000271631 自館請求記号 723=A399=) 参考資料:『風景の無意識 : C.D.フリードリッヒ論』小林敏明 著 作品社, 2014. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I025457365-00, 9784861824821(自館ID PV:7200384510 自館請求記号 7233=P4=)

フランスの家庭教師(カバネス)について書いてある資料はないか。また、どんなことを教えていたのか知りたい。(神戸市立中央図書館)

「カバネス」とは「ガヴァネス」(英・governess)のことか。 所蔵検索をするも、出てくるのはイギリスの家庭教師について書いたものが多い。 フランスの教育や文化史の本をブラウジングするも、なかなかお探しの内容の資料は見つからなかった。 『ゴンクール兄弟の見た18世紀の女性』より、教えていたのは読み書き、教理問答、ダンス、歌などではないか。 回答プロセス:所蔵検索およびブラウジングをするが、フランスの「ガヴァネス」についての資料は見つからない。 『ゴンクール兄弟の見た18世紀の女性』 p10〜 乳母→家庭教師→修道院 家庭教師については、さほど詳しい記述なし。 p16〜「娘は、家庭教師に教えてもらったほんのわずかなことしか学ばない」 読むこと、教理問答、ダンス、歌など? 『有閑階級の女性たち』 修道院、寄宿学校は出てくるが、家庭教師については記述なし。 p185〜 教育についての項目あり。 『ガヴァネス ヴィクトリア時代の「余った女」たち』 イギリスのガヴァネス、海を渡ってイギリス外で活動したガヴァネスについて語られる。 フランスについては記述なし。 後日調査より フランス語では「グーヴェルナント(gouvernante)」。 『ペンギン現代フランス語辞典』(仏英)によれば、「governess;housekeeper」の意がある。 『読む事典・女の世界史』 「ガヴァネス:イギリスの住み込みで教える女性の家庭教師。」との説明があり、当時の女子教育で重要視された「上品な嗜み・教養」を教えることのできる上中流階級出身の女性たちがなっていたとのこと。 フランスにおけるガヴァネスについては記載なし。 『フランス女性の歴史 1 ルイ14世治下の女たち』(2には特に記述なし。3、4は未所蔵) p31〜「裕福な娘を教育している学校や修道院では、貴族の娘のためには、音楽、舞踏、絵画などのたしなみを第一の科目とし、町人階級の娘には手仕事を主な教科とした。」 p239〜 女子教育の開祖として、マントノン夫人について記載あり。養育係として生活していた(ことよりガヴァネスであったとされる?)こともあり、後に自身がひらいた学校で教育者として活躍したとの記述あり。夫人の生涯については、『王の小径 マントノン夫人の回想』に詳しい。(ただし当館は上巻のみ所蔵。) 前出の『ゴンクール兄弟の見た18世紀の女性』 p212〜「子供の教育」 母親や祖母自らが教育を行うこともある。 p230〜「母のそばで育つ娘」 市民階級の娘たちの教育について記述あり。 堅信礼のため教会などで教理問答を習い、11歳頃には教養を身につけるべく修道院や学校へ通うようになる。年頃になれば家へ戻ることもあり、p236〜「家に、ひとりの先生が別の先生を連れてくる(省略)」として様々な先生を家に呼んで教養とたしなみについて学んだ様子が書かれている。 参考資料:『ゴンクール兄弟の見た18世紀の女性』エドモン・ド・ゴンクール, ジュール・ド・ゴンクール 著 , 鈴木豊 訳 平凡社, 1994. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002333086-00, 4582472265(当館ID PV:0005216068 当館請求記号 3672=M4=) 参考資料:『フランス女性の歴史 1 : ルイ14世治下の女たち』アラン・ドゥコー著 大修館書店, 1980. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I024449967-00, (当館ID PV:0000548653 当館請求記号 3672=L0=1) 参考資料:『フランス女性の歴史 2』アラン・ドゥコー 著 大修館書店, 1980. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001461946-00, (当館ID PV:0000550592 当館請求記号 3672=L0=2) 参考資料:『ガヴァネス : ヴィクトリア時代の〈余った女〉たち』川本静子 [著] みすず書房, 2007. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000009182437-00, 9784622073352(当館ID PV:0008002632 当館請求記号 B2==) 参考資料:『読む事典・女の世界史』原ひろ子 [ほか]編 新曜社, 1987. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001871560-00, (当館ID PV:0005009625 当館請求記号 3672=L7=) 参考資料:『王の小径 : マントノン夫人の回想 上』F・シャンデルナゴ−ル 著 , 二宮フサ 訳 河出書房新社, 1984. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I003736454-00, (当館ID PV:0000647157 当館請求記号 2893=L4=1) 参考資料:『ペンギン現代フランス語辞典 : The Penguin French dictionary』 Merlin Thomas[編]ペンギン・ブックス, 1999. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I005846932-00, 4888962235(当館ID PV:7000055075 当館請求記号 853=M9=) 参考資料:『有閑階級の女性たち : フランスブルジョア女性の心象世界』ボニー・G.スミス 著 , 井上尭裕, 飯泉千種 訳 法政大学出版局, 1994. (りぶらりあ選書) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002334605-00, 4588021567(当館ID PV:0005214605 当館請求記号 3672=M4=) 参考資料:『歴史のなかのガヴァネス : 女性家庭教師とイギリスの個人教育』アリス・レントン/著 , 河村 貞枝/訳 高科書店, 1998. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I011382994-00, (当館ID PV:6000198225 当館請求記号 3672=M8=) 参考資料:『 フランス教育史 1』梅根悟 著 ; 志村鏡一郎 著 ; 松島鈞 著 講談社, 1975. (世界教育史大系 ; 9) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I077443318-00, (当館ID PV:0000291774 当館請求記号 3702=372=9) 参考資料:『フランス教育史 2』佐藤英一郎 等著 講談社, 1975. (世界教育史大系 ; 10) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I077439928-00, (当館ID PV:0000302490 当館請求記号 3702=372=10) 参考資料:『フランス文化史』ジャック・ル・ゴフ [ほか] 著 ; 桐村泰次訳 論創社, 2012. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I003099661-00, 9784846011697(当館ID PV:7200271172 当館請求記号 235=P2=) 参考資料:『規律と教養のフランス近代 : 教育史から読み直す』上垣豊 著 ミネルヴァ書房, 2016. (MINERVA西洋史ライブラリー ; 109) https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I027037218-00, 9784623074679(当館ID PV:7200473425 当館請求記号 3723=P6=) 参考資料:『教育の世紀』リチャード・オルドリッチ 編著 , 山内乾史, 原清治 監訳 学文社, 2011. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011278015-00, 9784762022098(当館ID PV:7200210615 当館請求記号 3723=P1=)

「食菜録」について (1) 「食菜録」の所蔵の有無 (2) その中に「蒸餅」という項目はあるか(茨城県立歴史館(閲覧室))

(1) 当館では,『水戸烈公の醫政と厚生運動 下巻』という図書に翻刻されている「食菜録」があります。 (2) 同書p.182に「188 蒸餅(パン)製法」という項目があります。 回答プロセス:(1) 当館DB及び茨城県立図書館OPACを検索 →『水戸烈公の醫政と厚生運動 下巻』の内容細目で「烈公著の食菜録に就て」がヒット→内容を確認 pp.100-185に「食菜録」の翻刻あり。 p.99に原本は水戸彰考館所蔵とあるが,『国書総目録』では「旧彰考館」とあるため,消失していると思われる。 (2) 同書p.182「188 蒸餅(パン)製法」の項目あり。   『彰往考来』p.127に「パン製法」があるが,こちらは出典が「140 パン製法」とあり「蒸餅(パン)製法」ではない。 【2019/12/08追記】 茨城県立図書館様より(1)に関して以下の情報をいただきましたので追記いたします。 ----------------------------------------------------------------------------------------- 事例の回答では『国書総目録』で「旧彰考館」とあるので消失と回答していますが, 念のため『彰考館図書目録』(八潮書店,1977)を確認してみました。 p.668に「食菜録」があり,現蔵書籍の〇印がありませんので,焼失資料です。 ----------------------------------------------------------------------------------------- 参考資料:石島績 著 , 石島‖績. 水戸烈公の医政と厚生運動 下巻. 日本衛生会, 1943. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I001081559-00, (当館請求記号 K490/8/2) 参考資料:彰往考来 : いばらき味絵巻. 茨城県観光協会, 2000. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I048261293-00, (当館請求記号 K383/8) 参考資料:彰考館図書目録 : 附・焼失目録 増補影印. 八潮書店, 1977. https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I058787615-00, (当館請求記号 K029.6/2)

過去5年、10年、現在の塩尻市の月別降水量を知りたい(塩尻市立図書館)

資料1~4をご案内した。 回答プロセス:当館OPACで検索するとともに、塩尻市や市関連をはじめとするWebサイトにあたった。 参考資料:【資料1】国立天文台 編. 理科年表 平成30年 机上版. 丸善出版, 2017年. p. 気18(196), 9784621302187(1981年から2010年までの松本市の降水量の月別平均値が掲載されている。) 参考資料:【資料2】塩尻市ホームページ 市内の気象情報 > 塩尻市 気象情報 http://weather.city.shiojiri.lg.jp/(2018.12.15確認), (年月を指定して「雨量月報」表を表示できる。データのダウンロード可能。) 参考資料:【資料3】気象庁ホームページ http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/monthly_a1.php?prec_no=48&block_no=0413&year=2018&month=&day=&view=(2019年12月8日最終確認), (木曽平沢の降水量を月ごとに見ることが出来る。) 参考資料:【資料4】『長野県の気象概況 平成30年5月』長野地方気象台 https://www.jma-net.go.jp/nagano/geppou/kishou_05.pdf(2018.12.15確認), (松本市の雨量観測月報(集計値)を見ることが出来る。)

男の子(または男の人)が家に帰ったら、いかめしいおじいさんがいて、正体を聞くと「12月の精」と答えた。カレンダーから12月の精が登場して家で不思議なことが起こる物語を探している。 1月から11月の精はそろっていなかった。日本人が書いた物語だと思う。だだし冒険には出ない。10年くらい前の小学生のころに図書館で読んだ。安房直子の「おしゃべりなカーテン」と一緒に読んだ記憶がある。(埼玉県立久喜図書館)

該当の資料は見つからなかった。 備考欄に追記あり。(2019/12/8) 回答プロセス:『日本の物語・お話絵本登場人物索引1953-1986(ロングセラー絵本ほか)』(DBジャパン 2008)を〈男の子〉で検索するが該当なし。 『日本の物語・お話絵本登場人物索引』(DBジャパン 2007)を〈妖精〉〈男の子〉で検索するが該当なし。〈12月〉〈カレンダー〉はキーワードになかった。 『子どもの本 この1年を振り返って』(図書館の学校)2000から2006年を確認するが、該当せず。 『テーマ・ジャンルからさがす物語・お話絵本 1 子どもの世界・生活 架空のもの・ファンタジー 乗り物 笑い話・ユーモア』(DBジャパン 2011)該当なし。 事前調査事項:『日本の物語・お話絵本登場人物索引』(DBジャパン 2007-2008)2冊を「おじいさん」「おじいちゃん」で見てもらう。以下の資料は確認してもらったが該当せず。 『12つきのおくりもの』(サムイル・マルシャーク原作 白井三香子文 フレーベル館 1997)、『森は生きている』(サムイル・マルシャーク著 岩波書店)、『ゆうすげ村の小さな旅館』(茂市久美子著 菊池恭子絵 講談社 2000)、「つるばら村シリーズ」(茂市久美子著 講談社)、「クレヨン王シリーズ」(福永令三著 講談社)、『まちがいカレンダー』(古田足日著 国土社 1989)、『だんち5階がぼくのうち』(古田足日文 田畑精一絵 童心社 1992)、『二分間の冒険』(岡田淳著 偕成社 1985)、『オレンジ・シティに風ななつ』(松原秀行作 伊藤正道絵 講談社 2002)、『ざしきわらし一郎太の修学旅行』(柏葉幸子作 岡本順絵 あかね書房 1999)、「はまゆり写真機館」(茂市久美子著 教育画劇)、『ニッセのポック』(オーレ・ロン・キアケゴー作 スベン・オットー絵 あすなろ書房 2006)、『眠りの精のオーレ・ルゲイエ  アンデルセンの童話 3』(H.C.アンデルセン作 大塚勇三編・訳 福音館書店 1992)、『箱火ばちのおじいさん』(宮口しずえ著 筑摩書房 1974) 備考:県立長野図書館から情報提供あり。(2019/12/8) 下記のドイツ児童文学に似た内容があった。 『ちいさなちいさな王様』(アクセル・ハッケ作 ミヒャエル・ゾ-ヴァ絵 那須田淳[ほか]訳 講談社 1996)  語り手(僕)の部屋に気まぐれにやってくるようになった「十二月王二世」という名の人差し指くらいの王様。カレンダーからは出てこない。王様が僕の上着のポケットに入って通勤路を行ったり、僕が小さくなって王様の家に入ったりするという話。

1850年頃の下目黒村で田を質入れした場合の値段を知りたい。(東京都立中央図書館)

キーワード<物価><歴史>等で都立図書館の蔵書を検索し、資料1を紹介した。同書は江戸時代における貨幣の相場や、さまざまな品目の物価を記載しており、p.587-603「田畑(屋敷)質入値段(1反)」の項目に、田畑の質入れ価格の年代順別一覧が記載されている。下目黒村の記述は見つからなかったが、p.601-602に、該当期間に近い時期の江戸近郊の田畑の質入れ価格が記載されている。 事前調査事項:『目黒区史』『目黒区史 資料編』等は調査済み 参考資料:【資料1】新修近世賃金物価史史料 / 小柳津信郎/著 / 成工社出版部, 2018.5 <337.8/5082/2018> http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I028983213-00, (p.587-603)

今上の天皇・皇后が詠んだ和歌の内容を知りたい。(三田市立図書館)

宮内庁HPの「天皇皇后両陛下のお歌」というページで平成のはじめから前年度分までの御歌を掲載している。 (http://www.kunaicho.go.jp/page/outa) 参考資料:宮内庁HP「天皇皇后両陛下のお歌」, (http://www.kunaicho.go.jp/page/outa)

和漢書(堺市立中央図書館)

昭和初期、堺市民古家(コゲ)太郎兵衛氏より寄贈された資料を中心とする、漢籍および徳川時代に出版または筆写された和書。 来歴:昭和初期より。 利用条件:館内閲覧。撮影等には申請書提出が必要。 目録等:冊子目録あり。 『堺市立中央図書館蔵和漢書目録』1986 堺市立図書館のシステム上ではオンライン検索不可能だが、全国漢籍データべース協議会の「全国漢籍データベース」、国文学研究資料館の「日本古典籍総合目録データベース」で検索可能。 所蔵点数:4,098点

淀川区の田川地域は、以前、川だったらしい。その写真を見たい。 「北方貨物船の日本一低いガード下」と呼ばれる場所があり、その写真だとなおよい。(大阪市立中央図書館)

田川地域は、元は三津屋村の南部村界付近に田川権太夫が開発したと伝える田川集落が元になっているようです。日本一低いガード下(諸説あり)といわれている場所は、淀川区田川北3丁目6あたりにあるようです。 以下の地図に田川集落が記載されており、周辺に田んぼや水路が確認できます。 『明治前期・昭和前期大阪都市地図』(清水 靖夫/編 柏書房 1995) p.20-21 明治18年 三津屋村の南西に集落があります。 p.50-51 昭和4年 三津屋村の南西に田川の地名があります。 また、以下の資料に田川小学校と、田んぼや水路が写っている写真が掲載されています。 『よど川 : 私たちの郷土史』(淀川区婦人団体協議会/共編 東淀川区婦人団体協議会/共編 淀川区婦人団体協議会 [1970]) p.66「昭和26年6月現在の田川小学校前」水路が写っています。    「昭和11年現在の田川小学校仮校舎」周囲は田んぼになっています。 回答プロセス:1.田川小学校の年史を確認したが所蔵なし 2.田川小学校の変遷を「大阪市立田川小学校」ホームページ(http://swa.city-osaka.ed.jp/swas/index.php?id=e641391&frame=enkaku)(2018.9.11確認)で確認。神津小学校の分校が独立とあったが、神津小学校の年史を確認しても記載なし。 3.田川地域について、商用データベース「JapanKnowledge」 (2018.9.11確認)で確認。「三津屋村」の項(資料3)に「田川集落」の記載あり。 4.おおさかポータル(http://www.library.pref.osaka.jp/site/osakaportal/)、大阪春秋目次索引集(http://osaka-web-museum.na.coocan.jp/index-top-shunjyu.htm)(ともに2018.9.11確認)で、”田川”をキーワードに検索するが、有用資料なし。 5.当館OPACをキーワード“田川”で検索。田川地域にある会社の社史も確認するが、有用資料なし。 6.サーチエンジンgoogleで“日本一低いガード下”を検索し、資料4を見つける。 7.プロセス6を地図で確認し、資料1を見つける。 8.淀川区の写真が載っている資料で、田川小学校が掲載されていないかを確認し、資料2を見つける。 参考資料:当館書誌ID <0000454177>  明治前期・昭和前期大阪都市地図 清水 靖夫/編 柏書房 1995.6 9784760111497 (資料1), 参考資料:当館書誌ID <0080257586>  よど川 -私たちの郷土史- 淀川区婦人団体協議会/共編 淀川区婦人団体協議会 [1970]  (資料2), 参考資料:商用データベース「Japanknowledge:大辞泉」「三津屋村」 (2019.1.29確認) (資料3), 参考資料:よどまちさーち【まちあるき 田川編】 (2019.1.29確認) https://www.city.osaka.lg.jp/yodogawa/page/0000377731.html (資料4),

世界各国の漁船の隻数を知りたい。(日本海事センター海事図書館)

①に載っている、"TABLE 2K FISHING"という表でわかる。 国別に漁船の隻数、総トン数、平均船齢が一覧になっている。 但し、100総トン以上の船を統計の対象にしているため、100総トン未満の小さな漁船については数に入っていない。 参考資料:①「World fleet statistics」IHS Fairplay編・発行 年刊(SM/L76),

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