CA1675 – 読むなら飲むな? -図書館における飲料問題- / 島村聡明

PDFファイルはこちら

カレントアウェアネス
No.298 2008年12月20日

 

 

 

CA1675

 

読むなら飲むな? -図書館における飲料問題-

 

1. はじめに

 置き引きや痴漢等の犯罪行為はもちろん、私語や携帯電話の使用等の迷惑行為と比べても、図書館における飲食の扱いは、図書館職員にとって悩ましい問題ではないだろうか(CA814CA1405参照)。

 図書館での飲食は、上述の行為に比べれば、直接、他人に迷惑をかける訳ではないし、特に長い時間の利用については、「ちょっと喉を潤したり、ほんの一口甘いものが欲しいときに、いちいち館外に出なくてはならないのは、とても面倒」(1)という意見も、ある程度は納得できるのではないだろうか。

 それでもまだ、飲食の「食」については、匂いや音、食べこぼしによる害虫の発生や設備の汚損等の理由から、その禁止について利用者の理解も得られやすいだろう(2)。しかし、「飲」については、ペットボトル(3)や新しいタイプの水筒等、すぐにリシール(再密閉)可能な容器(以下、「ペットボトル等」)の普及により、禁止の最大の根拠であると思われる資料への汚損リスクも以前よりかなり軽減されているし、そもそも貸出ができる図書館の場合、ことさら館内だけで禁止しても意味がないという意見もあるだろう(4)

 日本では、いまだに飲食可能なスペース(食堂、カフェ等も含む)を限定(ゾーニング)し、閲覧室での飲食は一切禁止としている図書館の方が多いと思われる。しかし、近年、そのようなゾーニングを緩和し、閲覧室へのペットボトル等の持ち込みを許可し、飲み物を飲めるように運用を変更した図書館が出てきている。本稿では、このような図書館内での「飲む」行為について、事例を元に考察したい。

 

2. いくつかの前提条件

 図書館での事例に移る前に、そのような動きの背景にあると思われる事象をいくつか見ておく。

 先ごろ発表された「水に関する世論調査」(5)によると、普段の「飲み水」について、「ミネラルウォーターなどを購入して飲んでいる」は全体の29.6%、特に20~29歳に限れば44.8%に達しており、もはや飲料水の購入が、ごく普通の行為になっていることがうかがい知れる。これは、「人々の水道水への不満や不信」(6)が大きな原因であろう。

 また、近年の酷暑による熱中症の予防について、行政等の広報もあり(7)、「こまめに水分を補給」するという意識は、かなり浸透してきているように思われる。特に、教育現場では、2003年からの文部科学省等による努力もあり(8)、全国の95%の小学校で熱中症予防等の理由から、水分補給が指導されているという調査もある(9)。さらに、同調査によると、「休憩時間の主たる水分補給方法は?」という設問に対しては、「手洗い場の水道水」とした回答が47%と1位であったが、「自宅から持参した水筒」も37%に上っており、小学生のうちから「水分は持参するもの」という意識が醸成されてきているように思える(10)

 一方、1982年に初めて清涼飲料用の容器に採用されたペットボトルは、1996年に業界団体である全国清涼飲料工業会が、それまで自主規制していた1リットル未満の小型容器への使用を解禁すると、「携帯できる」「保存できる」等の理由から消費者の圧倒的な支持を受け、市場投入からわずか3年で出荷量が10倍近く増えた(11)。清涼飲料水における容器別の生産量でも、ペットボトル総計で1995年の2,802,172klから2007年には11,317,222klと約4倍近く増加し、清涼飲料水全体に占める割合も63.4%に達している(12)。特に、若者の人気は高く、全国の中・高生を対象に行われた調査では、「何に入ったドリンクがもっとも好きですか?」という設問に対し、77.1%が「ペットボトル」と回答している(13)

 さらに、図書館と同じく本を重要なリソースとして扱っている書店の中に、購入前の本を持ち込めるカフェを併設したり、そこからテイクアウトした飲み物を飲みながら本を選べる店舗が登場してきたことも(14)、利用者のイメージになんらかの影響を与えている可能性もある。

 このような人々の意識や社会の変化によって、図書館内への飲料の持ち込みや、館内での水分補給に関しても、以前とは異なる要求が形成されてきているように思える。

 

3. 大学図書館の事例

 東京歯科大学図書館では、それまで「黙認」状態であったペットボトル等の持ち込みを、2007年12月より、水分補給という目的、栓ができる容器、さらに、閲覧室に限って許可することとした(15)

 この検討にあたり同館では、まず、米国の大学図書館の状況分析(16)を行い、併せて、メーリングリスト等を利用した国内大学図書館の現状調査も行った。その調査結果によると、回答した国公私立大学32校のうち、飲み物の持ち込みを「禁止している」のは14館(44%)、容器の指定(リシール可能な容器は可等)やゾーニング(決められた場所のみで可、コンピュータの近くでは不可等)により「条件付きで許可している」館が13館(41%)、紙コップ等の資料汚損の可能性が高いものは注意するが、ペットボトル等は「黙認している」という館が5館(15%)あり、飲み物に関しては、実質的に持ち込める館の方が多かった。

 さらに、『薬学図書館』編集委員会も、日本薬学図書館協議会員を対象に同様の調査を行っている(17)。これによると、回答した79機関のうち、館内での飲食について、「全面的に禁止している」52館(66%)が、「部分的に許可している」15館(19%)、「決まりが無い」12館(15%)を大きく上回っているのに対し、「飲み物の持ち込みについてどう考えますか?」という設問では、「ふたの閉まるものならよい」37館(47%)と「持ち込み可にすべき」3館(4%)を合わせた数が、わずかではあるが「禁止すべき」38館(48%)を上回っていた。

 これらの結果からも分かるように、すでにペットボトル等の持ち込みを許可している大学図書館はいくつかあり(18)、たとえば、2004年4月から同様の運用(19)を始めた慶應義塾大学湘南藤沢メディアセンターでは、「(実際には、ペットボトル等が持ち込まれている現状に鑑み)守られないルールの原因分析と対策案から『現実的なルール』が生まれ、全体のモラルが高まるならば、ルール変更の必然性があると考えた」(20)という(21)

 

4. 公共図書館の事例

 残念ながら、公共図書館や学校図書館を対象とした同様の調査は見あたらなかったが(22)、公共図書館では、千代田区立図書館(23)のように、閲覧室内へのペットボトル等の持ち込みを許可するところや、飲み物を飲みながら図書館資料を閲覧できる場所を館内に設けている施設も出てきている(24)

 試みに、全国の都道府県立図書館のホームページを確認したところ、多くの館で飲食の禁止、またはゾーニングに関する記述があったが、その中で、ペットボトル等について許可の記載があったのは、愛媛県立図書館(25)と京都府立図書館(26)であった。前者については、自習室の長時間利用に関する限定的なものだが、後者については、「閲覧室での飲食(ペットボトルなど閉栓可能な飲料水容器は除く)は禁止しています」と明記されている(27)

 一方、ペットボトル等に対して、否定的な見方も当然ある。

 同じく、都道府県立図書館のホームページの中では、鳥取県立図書館が「ペットボトルも不可」(28)と明記しており、福井県立図書館(29)と香川県立図書館(30)が「ペットボトル等もカバンにしまうように」と記載している。また、多摩市立図書館のホームページには、「水は本の大敵です」とし、「『飲まないから大丈夫』ということでペットボトルを机の上に置いておき、フタがゆるんでいたものを倒してしまって本を濡らす、という事故も起きています」「冷たい飲み物の場合は入れ物の外側に水滴がつきます。机の上に残った水たまりに本を置いてしまう…ということもあるのです」という注意が掲載されている(31)

 このように、現在のところ、ペットボトル等に対する対応は館によって様々である。そもそも、これらの事柄が各館の決定事項であるためだが、実際のところ、他館の状況が気になるのも事実であろう。そういった意味で、本格的な調査が望まれるところである(32)

 

5. おわりに

 館内での飲食の扱いは、館の規則や施設の制約もあり、なかなか簡単には変更できない。しかし、日々の対処が求められる現場サイドでは、伝統的な「全面禁止」と、これまで見てきたような変化の狭間で、「現実的な対応」を余儀なくされる。そのひとつが、東京歯科大学の調査にもあった「黙認」であろう。

 雑誌『ず・ぼん』誌上で行われた座談会では、前述の千代田区立図書館の「ペットボトル等は可」の館内掲示を評価する意見に続き、ある市立図書館の職員が、「うちの図書館は明文化こそしていないものの、現実にはペットボトルOKな状態ですね」と発言している。この点について、司会の沢辺氏は、明示されていなければ、自分なら館外で全部飲んでから館内に入るとし、「黙認じゃ、なんのメッセージも発していないのと同じ」「ちゃんと明示したほうが(飲料を持参した人とそうでない人の)『扱いが平等になる』」「黙認と『明示すること』では、決定的に違う」と発言している(33)

 なかなかそう簡単にできない事情もあるかもしれないが、できるだけ利用者と職員側の双方が納得し、より快適に過ごせる環境作りを目指すことが必要ではないだろうか。その際、海外の図書館ではよくみられる「フードポリシー」(34)のようなものが、ひとつの参考になるかもしれない。

 いずれにせよ、図書館と「飲食」に関する議論は、利用者のニーズの高まりとともに、今後ますます活発化するであろう。そして、それに伴い、図書館職員の悩ましさは、一層深くなるのである。

関西館文献提供課:島村聡明(しまむら としあき)

 

 

(1) 太田聡. 図書館でホットチョコレートを!. 山口大学図書館報. HTML版, 2005, (70).
 http://www.lib.yamaguchi-u.ac.jp/lib-nws/ln01/ln01-3.html, (参照 2008-11-21).

(2) 黛崇仁. 特集, 図書館における飲食マナー: 図書館内での水分の補給: 利用者のマナー. 薬学図書館. 2008, 53(2), p. 144-147.

(3) 通常、ポリエチレンテレフタラート(PET)を材料とした容器のことを指すが、アルミ製のいわゆる「ボトル缶」も、リシール可能なことから同様に考える。

(4) Gerding, Stephanie. Fund-raising Perks of Library Cafes. Public Libraries. 2006, 45(6), p. 40-45.
 http://www.ala.org/ala/mgrps/divs/pla/plapublications/publiclibraries/novdec2006pl.pdf, (accessed 2008-11-21).

(5) 内閣府大臣官房政府広報室. 水に関する世論調査.
 http://www8.cao.go.jp/survey/h20/h20-mizu/index.html, (参照 2008-11-21).

(6) 小野日奈子. “ミネラルウォーター類の水質分析と飲用水に対する意識調査”. 陸水物理研究会2007年度滋賀大会. 彦根, 2007-11-30/12-01.陸水物理研究会, 2007.
 http://rikusui.sci.hokudai.ac.jp/rikuken/media/2007shiga/07abst5.pdf, (参照 2008-11-21).

(7) 環境省. “3. 熱中症を防ぐためには. 1. 日常生活での注意事項”. 熱中症環境保健マニュアル.
 http://www.env.go.jp/chemi/heat_stroke/manual/003-1.pdf, (参照 2008-11-21).

(8) 文部科学省, 日本体育・学校健康センター. 熱中症予防のための啓発資料「熱中症を予防しよう -知って防ごう熱中症-」.
 http://www.naash.go.jp/kenko/jyouhou/nettyusyo.html, (参照 2008-11-21).

(9) 持続可能な水供給システム研究会編. 水供給: これからの50年. 技報堂出版. 2007, 201p.

(10) 特に、過去に大腸菌O-157による大きな被害のあった西日本では、水筒を持参する小学校が8割を超える府県が集中している。

(11) 山辺美和. 500mlペットボトル飲料の普及に関する社会的考察. 『日本文化論年報』. 2000, (3), p. 60-83.

(12) 全国清涼飲料工業会. 清涼飲料関係統計資料 . 2008年版, 2008, p. 12-13.

(13) 生活情報センター編. 中学生・高校生の食生活データブック. 2002年版, 2001, p. 124.

(14) 時の話題「書店併設カフェ」. 全国生活衛生営業指導センター. 生衛ジャーナル. 2004, (7).
 http://www.seiei.or.jp/journal/pdf/sej200407.pdf, (参照 2008-11-21).
 さらに、飲食をメインとした「ブックカフェ」という形態もある。
 ほっと ブックカフェ. 読売新聞. 2006-11-16.
 http://www.yomiuri.co.jp/gourmet/food/trend/20061116gr04.htm, (参照 2008-11-21).
 志水京子. 就職氷河期に増えたブックカフェ 今、書店と飲食の距離が急接近中. 日経トレンディネット. 2007-11-12.
 http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20071108/1004331/, (参照 2008-11-21).

(15) 黛崇仁. 特集, 図書館における飲食マナー: 図書館内での水分の補給: 利用者のマナー. 薬学図書館. 2008, 53(2), p. 144-147.

(16) Soete, G. J. Managing Food and Drink in ARL Libraries. SPEC Kit 237. 1998.
 http://www.eric.ed.gov/ERICWebPortal/contentdelivery/servlet/ERICServlet?accno=ED424871, (accessed 2008-11-21).

(17) 『薬学図書館』編集委員会. 特集, 図書館における飲食マナー: 図書館における飲食マナー アンケート集計報告. 薬学図書館. 2008, 53(2), p. 148-165.

(18) daigaku-syokuin. ペットボトルの持ち込みOK!. これでも大学職員のブログ-情報センター勤務中-.
 http://d.hatena.ne.jp/daigaku-syokuin/20080514, (参照 2008-11-21).

(19) [慶應義塾大学]. 『湘南藤沢メディアセンタードリンクルール』について.
 http://www.sfc.lib.keio.ac.jp/general/pdf/manner.pdf, (参照 2008-11-21).

(20) 関恭子, 長田全弘. 良質な学習環境の維持・向上を求めて: 『湘南藤沢メディアセンター飲食ルール』. MediaNet. 2004, (11), p. 72-73.
 http://www.lib.keio.ac.jp/publication/medianet/article/pdf/0110720.pdf, (参照 2008-11-21).

(21) 東京歯科大学図書館や慶應義塾大学湘南藤沢メディアセンターでは、検討の前提として、館内に飲食可能スペースを設ける余地がなかったり、冷水機の設置場所に問題がある等の事情があり、他の大学も含め、大学図書館が持ち込みを許可すべき特殊な事例である可能性はある。

(22) 図書館内の飲食スペースの有無等については、以下を参照。また学校図書館の場合は、そもそも給食時や食堂以外での飲食が規制されているため、図書館での飲食も禁止されている例が多いと思われる。
 JLA図書館調査事業委員会. 数字で見る日本の図書館: その19: 飲食の設備について. 図書館雑誌. 2006, 100(6), p. 394-396.

(23) 千代田区立図書館.
 http://www.library.chiyoda.tokyo.jp/, (参照 2008-11-21).

(24) 例えば、浦安市立図書館の「ラウンジ」、京都市右京中央書館の「ウッドルーム交流路(交流室)」等。後者については、貸出手続きの済んだ資料のみ、持ち込み可。
 http://library.city.urayasu.chiba.jp/library/lounge/index.html, (参照 2008-11-21).
 http://www.kyotocitylib.jp/ukyochuo/index.html, (参照 2008-11-21).

(25) 愛媛県立図書館. 図書館の利用にあたってのお願い.
 http://www.pref.ehime.jp/160kyouiku/190tosyokan/00000841020725/cyui.htm, (参照 2008-11-21).

(26) 京都府立図書館. よくある質問.
 http://www.library.pref.kyoto.jp/faq-a.html#stsb-6, (参照 2008-11-21).

(27) 京都府立図書館では、ホームページに掲載する以前から、館内で配布している「利用案内」に「閲覧室での喫煙、飲食(ペットボトルなど閉栓可能な飲料水容器は除く)、(中略)はお断りしています」と明記していた。禁止の場合も含め、他の図書館でも同様の例がある可能性はある。

(28) 鳥取県立図書館. 館内でのマナーについて.
 http://www.library.pref.tottori.jp/riyou/riyou.html#tag7, (参照 2008-11-21).

(29) 福井県立図書館. 閲覧席の利用について. ご意見箱紹介.
 http://www.library.pref.fukui.jp/guide/goiken.html, (参照 2008-11-21).

(30) 香川県立図書館. 図書館の利用マナーについてのお願い. 図書館かがわ. 2007, (87).
 http://www.library.pref.kagawa.jp/kgwlib_doc/local/local_0001-87.html, (参照 2008-11-21).

(31) 多摩市立図書館. 水は本の大敵です. やまばと通信. 2008, (172).
 http://www.library.tama.tokyo.jp/yamabato/yamabato172.html, (参照 2008-11-21).

(32) 図書館内での飲食に関して長い議論を積み重ねている海外では、公的なものだけでなく、調査会社による調査もある。新しいものでは、以下の資料等が参考になる。
 Primary Research Group. Survey of Library Cafes. Primary Research Group, 2007.

(33) 話題の千代田図書館に行ってみた. ず・ぼん. 2007, (13), p. 38-53.

(34) たとえば、シアトル公共図書館の”Food and Beverage Guidelines”.
 http://www.spl.org/default.asp?pageID=about_policies_foodbev, (accessed 2008-11-21).

 


島村聡明. 読むなら飲むな? -図書館における飲料問題-. カレントアウェアネス. 2008, (298), p.5-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1675