4.2. 子どものウェブ検索行動

4.2. 子どものウェブ1検索2行動

 1990年代後半からの教育の情報化3の波の中で,それまで視聴覚教育やメディア教育という枠組みの中で取り扱われてきた教育メディアの中に,新たにデジタルメディアとしてのインターネットが加わった。政府はミレニアム・プロジェクト4などの各種の情報化推進事業の中に教育を位置づけ,「2005年までにすべての教室にインターネットを」とのスローガンの下,情報環境整備が急速に展開された。2008年現在は基盤整備の目標達成も一段落した観があり,「ポスト2005」として,既存教科と連携しながら学力の育成に貢献できる情報技術の活用がねらいとされている。

 しかしながら,学校の内外で,子どもたちがどのようにインターネットを活用しているのか,その情報探索プロセスの実態に迫った基礎研究が日本には乏しいことが問題点として挙げられる。

 情報探索や情報検索にまつわる研究は,人工知能や各種の検索システム開発など工学分野での研究に加え,インタフェースなどのデザイン領域の研究など多くの領域にわたっているが,その多くは,システム・アプローチと称される,人間の外的な環境により問題解決を図る手法である。一方システム・アプローチに対して,人間の検索行動に焦点化し,いわばシステム開発のための基礎データを提供する役割となるヒューマンファクターの研究は,ユーザ・アプローチと呼ばれ,欧米諸国においては図書館情報学分野の情報行動研究がその研究成果として実証的なデータを示してきた。

 本稿では,後者の図書館情報学分野における情報行動研究を中心に文献を紹介する。過去10年間の子どもの情報行動のうち,特にウェブ情報検索に関する主な文献を取り上げるが,日本では,学校図書館分野の実践研究者の層が薄いこともあってか,図書館情報学分野において,特に子どもの情報行動に焦点を当てた研究はいまだ限られているのが現状である。

 こうした研究成果の偏りのため,特に初期の研究については英語圏の研究成果が中心となることをあらかじめことわっておく。

4.2.1. 情報行動研究の流れ

 英語圏における information science5が図書館情報学の一領域として発展を見たのは,20世紀前半の科学技術情報の飛躍的な増大がその背景として挙げられる。学術雑誌や抄録誌の増大とその流通上の諸問題が科学情報の計量的な研究の発端となったという指摘がある(田村 2001)。その意味で,学術情報の提供機関としての図書館が研究の出発点となったため,システムによる情報問題解決やシステム構築を目的する工学的(システム・アプローチ)ではない,利用者側が情報の探索や検索にあたって直面する問題点の解明,というユーザ・アプローチが主流となった。

 情報行動の研究の起源は1948年にロンドンで開催された “Royal Society Scientific Information Conference”という会議とされている(Wilson 1999)。当該分野の研究動向については,情報学分野の年刊のレビュー誌であり「情報要求と利用」という章が割かれているAnnual Review of Information Science and Technology (ARIST)が引用されることが多い(田村 2001,岡澤 1998,徳永 1999)。

 田村(2001)によれば,1960年代に研究分野として自立した情報利用研究は,初期には行動科学の影響を強く受け,1970年代・80年代には,科学技術分野での研究の飽和状態から,社会の他の領域に対象を拡大し,情報マネジメントという発想から経営学との複合を試みる動きなどが起こってきた。1970年代から1980年代の情報利用研究をリードした存在として英国シェフィールド大学のWilson等を挙げている。質的研究への取り組みなどもこの時期以降シェフィールド大学で開拓された分野であり,田村は1980年代以降にWilsonらの影響を受けた次の世代の研究者たちは「情報の利用を個人による意味創出過程」としてとらえており,従来の計量的方法に対する批判と質的方法への共感を共有している点が特徴的であるとしている。米国では,10年以上にわたる高校の授業における実証的なデータを基に情報探索の研究を行ったKuhlthau6がこの分野での実証的な研究の代表者とされる。

 渡辺(1996,1997)はKuhlthauの研究を「利用者研究の認知的なアプローチ」と位置づけており,利用者研究初期の1960年代から1970年代は貸し出し記録やレファレンス記録などの利用量を主眼に置いたアプローチであったが,その後心理学の手法を援用する形で,行動主義心理学の影響を受けた時代が長く続き,1980年代半ば以降になって認知的なアプローチが登場したとしている。

 英語圏以外では,デンマークやフィンランド等の北欧諸国で情報検索・情報利用に関する研究が非常に熱心に行われていることも特筆に価する。一方で,ドイツやフランスなど,独自の図書館学の伝統を持つ国で情報利用研究がほとんど存在しないことも指摘され,図書館学の研究成果が実務レベルで直接的な意義をもつことをアピールしていけるかが,この分野の発展の鍵であることが示唆されている(田村 2001)。

4.2.2. インターネット利用研究の動向

 田村(2001)は,KuhlthauやDervin(1983)らによる当分野の研究が,学校における情報リテラシー教育や公共図書館のサービスなどに密着した形で始められたことを指摘し,同様の背景を持たなかった日本における当該分野の過去の低調を認めている。その後日本においても高等学校の教科「情報」の成立などにより体系的な情報教育がうたわれることとなったが,図書館情報学との接点は少なく,田村が指摘した状況に大きな変化は見られない。

 Kuhlthauに代表される米国の学校現場での実証研究は,学校図書館の専門職員の存在に支えられ,今日に至っている。Kuhlthau自身の研究は,情報探索研究の一例として,また数少ない実証に支えられたものとして高い評価を得ており,学校図書館分野の研究としては引用機会も多い。その集大成の出版は1993年であり,収集されたデータはそれ以前に遡ることから,インターネットの登場を踏まえたものではない。ただしKuhlthau以外の研究にも言えることだが,インターネット以前のOPAC7やデータベースの検索システムにおける研究において情報探索および検索の過程における基本的な問題や課題の指摘は既になされており,ウェブ検索の内容との共通性,相違点などを抽出するための素材を豊富に提供している。Kuhlthau以後,インターネットの普及までは,従来的なデータベースやOPACの検索システムを主題にした研究(Solomon 1994, Nahl & Harada 1996)が主流であったが,1996年頃から初等教育におけるウェブ検索指導などを扱うものが見られるようになった(Kafai & Bates 1997)。

 米国の情報検索研究において2000年前後のウェブ研究を概観したものとしては,Jansen と Pooch による研究がある(Jansen & Pooch 2001)。 Jansen と Pooch は,ウェブ研究の内容を,1.検索エンジンに関するもの,2.特定のウェブサイトを対象としたもの,の2種類に分類しているが,ここでは数量的な分析がほとんどであり,一回の検索の時間の長さや,キーワードの数などを抽出し比較している。Jansen らは,伝統的な情報検索システム(データベースなどを対象としたもの)やOPAC とウェブ検索を比較した研究も紹介しているが,それぞれの情報集合体の特徴がそのまま検索動向に出現していることを示すもので,特に新しい発見は見られない。同研究は,将来的なウェブ研究のための枠組みを提示することを目的の一つにあげているが,ウェブ研究がいまだ未成熟な領域ゆえに,1.情報の記述,2.分析提示,3.統計分析の項目の設定や記述方法,にばらつきがあり,研究成果自体の比較や相互参照が成り立たない状況であることを指摘している。特に記述に関してはセッションの定義や用語の未統一という問題を指摘し,今後の課題としている。

 Jansen と Poochによるレビュー以後,インターネット検索を対象とした研究はおびただしく増加した。2000年から現在に至るものについては4.2.4.および4.2.5.において詳しく述べることとする。

4.2.3. 子どもとメディアに関する研究

 本論は,子どもの情報行動について,現在流通しているデジタルメディアの代表的なものとしてインターネットを対象としているが,広い意味での子どもとメディアの接触に関する研究も1990年代以降,メディアの多様化を受けて盛んに行われてきた。ここでは代表的なものをいくつか紹介しておく。

 1999年には無藤隆と白石信子による「子どものメディア利用と生活行動の変容―小・中・高校生調査による最近の動向と考察」が発表されているが,これは1980年代後半から1990年代にかけてNHK放送文化研究所が行った小・中・高校生のテレビ視聴に関わる複数の世論調査を再分析し,子どもとテレビの関係の変容について報告したものである。

 2005年にはNTTドコモのモバイル社会研究所による調査で,下田博次による「中高生の携帯インターネット利用実態調査と利用問題解決に向けた提言」が出されている。この調査は全国の中学生14,000人と保護者と教員2,000人を対象としている。同調査については遊橋裕泰による「中高生及び保護者等の携帯電話利用実態調査レポート」も公開されており,集計データを閲覧することができる。それによれば,携帯電話利用目的の多くはeメールであり,携帯からのインターネット利用,いわゆるウェブアクセスについては,中学校の15%および高校生の30%に「まったく利用しない」層が存在し,利用者の80%以上が1日あたり30分未満の利用に留まっている。携帯電話からのウェブ利用は限定的なものであることが示されている。

 2006年には教育関連企業であるベネッセによる「平成17年度総務省委託調査『ICTメディアに係る子どもの利用実態及び利用環境等に関する国内外調査研究』報告書」が刊行されており,質問紙調査とヒアリング調査,保護者へのウェブアンケートにより小・中学生の携帯電話所持率や,パソコン利用の実態とその問題点などが示されている。調査によれば,中学生のパソコンの利用目的の大半はインターネットでの情報検索であり,小学校中学年まではゲームでの利用,それ以降もゲームに「はまる」一部の子ども以外は,情報検索に移行していくことが述べられている。

 日本PTA全国協議会では,2004年の「家庭教育におけるテレビメディア調査 青少年とインターネット等に関する調査 調査結果報告書」から, 2006年の「子どもとメディアに関する意識調査 調査結果報告書」に至るまで毎年子どものインターネット利用に関する調査を行っている。内容的にはインターネット利用の目的が年齢が上がるに従って情報検索に移行するというベネッセ調査の利用傾向を裏付ける結果となっている。

 内閣府が2006年度に実施した「第5回情報化社会と青少年に関する意識調査」は10歳から29歳までの青少年を対象にしたものではあるが,集計は,小・中・高校生ごとになされており,1日あたりの情報メディア活用の傾向がわかる。テレビの視聴時間がいずれの層も一日2時間半から3時間弱に及んでいる。さらに携帯電話からのインターネット利用が,前述のドコモ調査よりもはるかに多く,高校生女子で約2時間,高校生男子で約1時間半と長時間に及んでいる。同調査内で行われている2001年度調査との経年変化については,ウェブアクセス,メール利用ともに増加しているのとは対照的に,新聞閲読,ニュース視聴については,まったく読まない・見ない層の増加とともに,長時間利用する人が増えているという格差傾向が浮き彫りとなった。

 幼児期から児童期のメディアリテラシー教育について発達心理学の見地から研究を行っている駒谷(2006)は,近年の子どもを取り巻くメディア環境に質的・量的な変化が生じている点を指摘している。その一つにメディア接触の早期化という現象があるが,駒谷は以下の複数の調査から,その実態を分析・考察している。

 NHK放送文化研究所の幼児生活時間調査(2003)によれば,幼児の3人に2人は0歳からテレビ視聴を開始しており,メディア接触の早期化が指摘されている。

 コモ編集部(2004)による記事では,テレビゲームの開始時期も幼稚園児の66%が年少か年中段階となっており低年齢化が進んでいることが指摘されている。

 その他,市民団体では,FCTメディアリテラシー研究所8が,子どもとメディアリテラシーの見地から各種研究プロジェクトを展開している。

 

4.2.4. 子どものウェブ情報検索に関する研究 (海外)

 4.2.2.のインターネット利用研究の動向において,図書館情報学分野の情報行動研究領域において情報探索プロセスに焦点化したミクロな研究調査が実践されてきたことを述べた。以下では特に2000年前後から現在に至る当該分野の研究動向について概観する。

 前述のとおり,この分野では大学院レベルでの図書館情報学専門教育で情報行動研究が行われている英語圏や北欧の一部で活発な研究活動が行われている。情報行動研究それ自体を概観する理論概説書としては,2005年にFisherらの編集による Theories of Information Behaviorが出版されている。特に子どもの情報行動を分析する際に用いられる KuhlthauやEisenbergらの各種のプロセスモデルを含め,本稿でも引用した Dervin やBates などによる72項目にわたる情報行動理論が簡潔に紹介されている。

 インターネットの世界的な普及から10年が経過した2005年前後にはこうした概説的な論文が複数刊行されている9。2005年には,Largeによる子どもとティーンエイジャーとウェブに関するレビュー論文が発表された。当該論文は,米国を中心とした国単位のインターネット利用者調査から,社会や教育との関連やフィルタリングや法的な問題に至るまで,子どもとウェブについての問題を幅広く取り扱っている。またここで扱われる「子ども」は小学校から高校までをカバーしており,学齢に準じて取り扱われている。その中の「情報探索行動」の章について以下に要約する。

 Large論文の範囲は,前述の Kuhlthauの1991年の研究の引用を除けば,ほぼ1990年代後半から2003年までをカバーしている。まず小学校レベルのウェブ利用研究が紹介されているが,小学1年生からの極めて年少の子どもを対象としたものは,Kafai と Bates(1997)の研究のみであり,効果的に検索エンジンを使い,論理演算を用いるのは小学校低学年では難しく,高学年生のみが成功したという結果が発表されている。子どもたちは検索には熱心であるが,ウェブコンテンツ自体の内容が大人向きで難解であることも指摘されている。

 このレビューにおけるその他の研究はおおよそ10歳以上の年齢層を対象としたものである。学年であれば小学校の5年生から6年生を対象としたもの10が多い。これらの研究結果に共通したものは,子どもたちが論理演算やadvanced search(上級者向き機能)を使うことがほとんど無く,検索エンジンを適切に使いこなせていないことや,適切なキーワードやボキャブラリーを有さず,有効な検索戦略を立案するに至らないこと,などが指摘されている。

 中学生を対象とした研究も存在する。Agosto(2002)は,研究者の側が,分析に際し,子どもの意思決定過程についての深い知識を要することを指摘している。Large自身はPiagetの発達心理学で指摘された内容が子どもの情報探索行動にも適用できると指摘している。

 そのほかにもジェンダーによる差異,子どもと大人の情報探索行動の差異などについての問題提起はあるが,残念ながらどの研究も決定的な結論を出すには至っていないことが報告されている。またこれらの多くの研究が学校を舞台に実施されており,自然環境での子どもや大人の情報探索行動研究がほとんど存在しないことも批判点となっている。この点は成人を対象した研究のほうがより深刻であり,被験者のほとんどは大学関係者や図書館関係者,利用者に限られ,調査の対象に偏りがあることが構造的な問題として指摘されている。

 結論として子どものウェブ探索行動に共通する問題点としては,

  • 適切な検索キーワードを用いることの困難さ
  • 検索結果のページを漫然と閲覧するのみで,内容をじっくりと読んで理解することができない
  • 探し当てた結果について適切な評価ができない

などが挙げられている。

 この分野の重要な情報源として,前述のWilsonが主催する電子ジャーナル Information Research11を紹介しておく。1995年から刊行されている情報行動研究を中核テーマとした査読制度を伴う論文誌である。一方で,WilsonやKuhlthauなど1980年代以降,情報行動研究のムーブメントを形成した研究コミュニティが1996年から2年に一度開催する国際会議 ISIC (Information Seeking in Context 筆者訳:文脈に即した情報探索)がある。2006年にオーストラリアで開催されたのを除き過去の大会はすべてヨーロッパで開催されてきた。10名の常任理事には,本論でも引用したWilson,Kuhlthau,Fisherのほか, フィンランドからVakkari12,日本からは三輪眞木子13が名を連ねている。ISICの主催が情報行動研究をリードしてきたWilsonであることもあり,ISICにおける発表とInformation Researchには強い関連性があり,いずれも情報行動研究の動向を知る上で他では得がたい情報源となっている。

 Information Researchに近年掲載された,子どもとウェブに関する論文には以下のようなものがある。

 2005年のEnochssonによる“The development of children’s web searching skills – a non-linear model”では,1998年から2003年という長期にわたって,スウェーデンの6歳から17歳までの生徒計110名の観察,質問紙調査,会話,インタビュー,コンピュータのログなどを素材として,エスノメソドロジーの手法を用いて研究が行われた。その結果として,子どもたちのウェブ検索スキルとしては,年少の生徒ほど,言語や技術的な知識を重視し,年齢が上がるほど,情報探索の多様な方法や,検索エンジンの働き,検索目的の設定,批判的に思考すること,などの認識を行っていることが明らかとなった。欧米の情報行動研究においては,研究方法論に関する議論も盛んなため,情報探索行動に関する新しい研究アプローチについても情報を得ることが出来る。

 Information Researchには中等教育の生徒を対象とした研究論文も存在する。そのうちの1編,2006年のHeinstroemによる“Fast surfing for availability or deep diving into quality – motivation and information seeking among middle and high school students”は,米国の6年生から12年生までの574名の生徒を対象に,探究型の学習プロジェクトにおいて,(1)浅い,(2)深い,(3)戦略的な,学習のアプローチを持つ3つのグループに分類し分析を行っている。結論としては,探究型の学習の結果,浅いアプローチの生徒たちは,事実関係の情報入手に留まり,深いアプローチのグループは,学習の過程で自らの情報スキルを伸ばすことができた。戦略的アプローチのグループは,組織的に情報探索を行い,その結果を他のグループよりも高次のレベルでまとめることができたとしている。探究型の学習とは,本稿でもたびたび紹介してきたKuhlthauが,近年提唱している学習モデルであり,Kuhlthauと Todd(2005)によるguided inquiry(導かれた探究)は,情報スキルや情報リテラシーをより効果的に学習の中に導入する方法として注目されている。

 近年学校図書館分野においてもエビデンスに基づいた研究が提唱されており(Loertscher & Todd 2003),既存教科の学習への影響を分析する上でもこうした実証研究の果たす役割は大きいと考えられる。

4.2.5. 子どものウェブ情報検索に関する研究(国内)

 前項まで海外の英語論文を概観してきた14が,日本における,学齢期の子どものウェブ検索過程に関する実証研究は,中村(2004)や後藤(2006)が指摘するように,河西(2001, 2002, Kasai 200715)の「インターネット利用が情報探索過程に及ぼす影響について―高校生のウェブ検索における失敗の研究―」以前はほとんど存在しなかったといえる。

 河西(Kasai 2007)論文は,高校1年生2クラス約90名の「情報」の前身にあたる科目16での探索課題におけるウェブ検索の過程を,検索画面のログと検索者の発話17から分析し,主としてその失敗行動に着目して,ウェブ検索初心者にとっての検索上の課題を発見することを目的としている。失敗の定義は,海外の先行研究における定義18に,日本語検索における独自の項目を加味して設定された。有効データ70名中,65名がなんらかの検索上のミスを発しており,まったく問題なく20分間程度の授業内検索課題を終了できたのは5名のみという結果が得られた。河西は,その結果から,ウェブ検索には事前指導などが必ずしも有効に働かず,検索過程における支援や仲介が有効であると仮定し,情報リテラシー担当職の必要性や,検索支援インタフェースの開発などを提案している(河西 2003, 2008)。

 2002年以降,吉岡によるメタ認知とインターネット情報検索行動を結び付けた一連の研究(2001, 2002, 2005, 2007)や,2003年には齋藤・三輪による「問題解決活動としてのWWW情報探索:科学的発見の枠組みに基づく検討」,さらに齋藤・橋本(2006)による「Web情報探索におけるブラウジングプロセスの分析:探索内容の明確さの違いによる検討」が発表されており,ウェブ探索プロセスの分析が研究の対象および方法として着目されてきた経緯を追うことができる。しかしながらこれらの研究はいずれも研究対象が大学生以上である。

 唯一前述の後藤(2006)の研究「高校生のWeb情報探索行動に批判的思考の志向性が与える影響」が高校生を対象としている。ウェブ検索は非常に多くの要素をはらむプロセスであるので,前述の河西が失敗行動,吉岡がメタ認知と関連付けて分析を行ったように,後藤は批判的思考の観点からプロセス分析を行っている。

 河西の研究がウェブ検索過程を行動観察と発話によって量的質的に分析したのに対し,後藤は,質問紙調査によってあらかじめ被験者となる各生徒の情報環境背景と,コンピュータスキル,批判的思考態度尺度の測定を行い,コンピュータスキルの差による影響を避けるため,同スキルが同程度で,批判的思考の志向性の幅の大きい群を被験者に設定する手法を採用している。2005年(公立校)と2006年(私立校)の2回にわたり,異なる集団において同様の質問紙およびビデオ記録観察による調査を実施している。

 最終的に批判的思考の志向性の高低がある生徒4名について分析が行われ,観察および半構造化面接における判定では,批判的思考の志向性の高い生徒2名は,情報の信頼性,論理性,多面性,なぞり読み19について,低い生徒よりも複雑な評価を行っていることが示唆された。しかしながら,被験者数が少ないこともあり,批判的思考の志向性の程度と,選択された(検索結果としての)情報源の評価には関連がない(すべての被験者がある程度信頼性の高い情報を使用していた)ことが示され,顕著な結果を導くには至らなかった。類似の研究が少ないこともあり,子どものウェブ検索過程の研究について,研究命題の設定や対象の焦点化などに,研究側の困難が生じていることが推察される。

4.2.6. 子どもの情報行動研究の課題

 今回,子どものインターネット利用に焦点化し,特にウェブ検索活動のミクロな実態について取り扱った文献を中心に概観したが,海外の事例に比較すると,日本における学術論文は極めて少なく,継続した体系的な研究として評価が確立されたものはほとんど存在しない厳しい現実が明らかとなった。

 米国の情報検索研究における2000年前後のウェブ研究を概観したものとして,Jansen と Pooch による研究(2001)を紹介したが,当時の「ウェブ研究の領域がいまだ未成熟な領域ゆえに,(1)情報の記述,(2)分析提示,(3)統計分析の項目の設定や記述方法,にばらつきがあり,研究成果自体の比較や相互参照が成り立たない状況」や,「特に記述に関してはセッションの定義や用語の未統一という問題」の指摘は,日本の研究においてはまさに現在も直面している課題といえる。

 Jansen と Poochによるレビュー以後,インターネットの利用における個人的な差異の問題(Ford, Miller & Moss 2001)や検索者の記憶や認知スペースに関する研究 (Spink, Wolfram, Jansen & Saracevic 2001)なども登場し現在に至るが,日本の状況を見る限り,ウェブ研究としての明確な枠組み,それも子どもを対象とした研究の枠組みが示されるのはもう少し先になるのではないかと思われる。

 近年個人情報保護の観点から,学校現場における実践研究の制約が厳しさを増す傾向にあり,実践研究のフィールドを確保し調査することの困難はその度合いを増している。しかしながらこのままでは情報行動研究において国内外の研究格差がますます開いていくことが懸念される。日本において学力論議がかまびすしい今こそ,読書活動や学校図書館における調べ学習によって培われる,読解力をはじめとした「見えない学力」20について,議論の基盤となるべき基礎研究が,心理学,教育学,図書館情報学といった分野を超えて学際的に展開されるべき必然性を強く感じるものである。(河西)

  1. 英語論文では一般に日本語よりも「インターネット」と「ウェブ」の用語を厳密に使い分ける傾向がある。インターネットはメールやチャットなどの機能を含んで用いられるが,ウェブはWWW (World Wide Web) の略語として,情報検索の対象の情報源としての意味合いに限定して用いられる。本稿でも2つの用語を使い分けることとする。
  2. 情報の探索 (seeking) と検索 (search, retrieval) は区別して用いられる。探索は広義の探し求める行為を指し,検索はデータベースやウェブなど具体的な対象を設定したより狭義の探索行動を指す。
  3. 教育の情報化については,以下のサイトに簡潔な解説がある。
    日立「電子行政用語集」. http://www.hitachi.co.jp/Div/jkk/glossary/0194.html, (参照2008-3-18).
  4. ミレニアム・プロジェクト:1999年に首相官邸主導で立案された技術革新のためのプロジェクト。その冒頭に「教育の情報化」がある。
    http://www.kantei.go.jp/jp/mille/index.html, (参照2008-3-18) .
  5. 日本では information science を「情報科学」と翻訳し,その範囲を数学的,工学的な研究分野に限定する傾向があるために,英語の本来の information science の持つ社会的な広義の意味合いを理解しにくいと徳永(1999)は指摘している。
  6. Kuhlthau, C.C. (1989). Information Search Process: A Summary of Research and Implications for School Library Media Programs. School Library Media Quarterly 22(1). など。
    Kuhlthau の日本語表記には,クールトー,クルーソなど多様性がある。
  7. online public access catalogueの略。文献目録のオンライン版。
  8. FCTメディアリテラシー研究所ホームページ. http://www.mlpj.org/, (参照2008-3-18).
  9. 2005年にはLibrary Trends (54(2))の特集として Allison Druin を編集担当とする特集号 Children’s Access and Use of Digital Resources が刊行された。この中には9つの論文が採録されているが,大半が子どものための検索インタフェースや電子図書館の構築についての論文,あるいは特定の情報源やシステムの事例研究であり,子どもの情報行動についての実証研究が含まれていないため,個別の論文については本稿では取り扱わないこととした。
  10. Hirsh, S.G. (1999). Children’s relevance criteria and information seeking on electronic resources. Journal of the American Society for Information Science, 50(14), p.1265-1283 など,10歳前後を対象とした6本ほどの研究論文が紹介されている。
  11. Information Researchは以下から閲覧可能である。
    http://informationr.net/ir/index.html, (参照2008-3-18) .
  12. 松林正己による,動向レビュー:「情報哲学(the Philosophy of Information)」の誕生:図書館情報学理論研究における新たな動向. カレントアウェアネス. 2005, No.283, CA1554に引用がある。
    http://current.ndl.go.jp/ca1554, (参照2008-3-18).
  13. 三輪眞木子 (2003). 情報検索のスキル: 未知の問題をどう解くか. 中公新書, 214p.
  14. 情報行動研究については北欧などの研究も英語で発表されているため,世界的な動向および主要な研究成果については英語情報においてほぼ網羅されていると言える。
  15. Kasai, Y. (2007). Learning with Missteps: Japanese Student Web Search Processes. Synergy. Vol. 05 No.02 2007. School Library Association of Vistoria, Australia.
    前述の河西(2002)論文の英語抄訳版に当たる。
  16. 1999年に告示された学習指導要領において高等学校に情報科が設置されたが,施行は2002年以降であったため,当該研究実践時はまだ情報科は設置されていなかった。
  17. 発話思考法(Thinking Aloud Method) と呼ばれる手法により,発話プロトコルと呼ばれる発話データを収集し,分析を行った。
  18. Lannuzzi, P., Mangrum, C.T. & Strichart, S.S. (1999). Teaching Information Literacy Skills. Allyn & Bacon. など国内外の文献に所収のスキル項目が複数引用されている。
  19. 「なぞり読み」の出典は,
    種市淳子・逸村裕 (2004). 短期大学生の情報行動の分析. 三田図書館・情報学会研究大会発表論文集, p.37-40.
  20. 岸本裕史 (1994) . 見える学力,見えない学力. 改訂新装版. 大月書店, 207p. による。テストや通知簿で示される学力が「見える学力」であり,見える学力を伸ばすにはそれを支えている「見えない学力」をゆたかに太らせる必要がある,というのが岸本の論である。

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