CA1046 – 新しき皮袋に入れるのは... / 飯倉忍

カレントアウェアネス
No.197 1996.01.20


CA1046

新しき皮袋に入れるのは…

ヴァチカン図書館といえば,その起源は16世紀にまで遡る古い歴史を持ち,特に写本やインキュナブラ(用語解説T6参照)など稀覯書の所蔵では世界有数の規模を誇っている。そしてそれらの利用のため多くの研究者が,世界中からこの図書館を訪れている。

しかし,それは所蔵している多くの貴重な資料が日々間違いなく破壊されつつある,ということでもある。このことを図書館側としては当然快くは思っていなかった。だが,どのようにすれば利用に供しつつ,同時に資料の保全が図れるかということについて,特に具体的なアイデアがある訳でもなかった。したがってIBMが電子図書館プロジェクトとして,写本等を画像データベース化し,ネットワークで提供するというアイデアをハードと共に示したときには,文字通り「渡りに船」だったのかもしれない。

ヴァチカン図書館で1994年から1995年の18か月間にわたって行われているこの電子図書館プロジェクトの裏には,このような状況があったようだ。

ヴァチカン図書館のこのプロジェクトは,大きく4つの構成要素からなっている。1つ目は前述のように写本等(所蔵資料の内,約2万点が対象)を画像情報としてデータベース化すること,2つ目はそのようにして構築した画像データベースをネットワークを使って,もしくは他の電子メディアに変換して利用するとき,それが利用に耐えるものかどうかを確かめること,3つ目はこれとは別に1985年以前に作成された約200万件の目録をMARCレコード化すること,4つ目はこういったデータベースを構築し維持・提供する際の管理の在り方やコストを調査することである。

なお,このプロジェクトの成果である画像情報については,インターネットでも公開されているので,興味ある人は探してみて欲しい。

電子図書館というと,タイムラグなしで最新の科学技術情報を提供する,というのが何となくイメージとして頭に浮かぶのだが,逆に古文書など利用と保存とを両立させる必要があったり,ただ一つしかないのだが,利用したい研究者は各地に多数いる,というときの方がこの技術を利用する価値があるように思われる。もっともテキストベースと違い,高精彩なディスプレイを必要とし,通信回線の超高速化などのインフラの整備も図らなくてはならないという課題もある。しかし,この仕組みが完成すれば,多くの場合(当然現物に当たらなくてはならない研究もある)研究者はそれ程苦労しなくても必要な資料がネットワークを通じて入手できることになり,もしかすると今以上に研究が進むことになるかもしれない。

いずれにせよ電子図書館という新しい皮袋に入れるのは新しい情報という酒ばかりではないと思うが,どうだろうか。

飯倉 忍(いいくらしのぶ)

Ref: Carter, Thomas L. Vatican Library automates for the 21st Century. Cathol Libr World 65(2) 32-34, 1994
Libr J 119(10) 35, 1994