6. 総括 / 歳森 敦



6. 総 括


 2年間にわたって,電子情報環境下における我が国の科学技術情報の蓄積・流通の在り方と,科学技術情報の収集整備及びその提供においてNDLが果たすべき役割の方向性を展望することを目的に調査研究を行った。


 調査では大別して3つの観点を考慮した。1つは,科学技術情報を含む学術情報全般の資源配置状況がどうなっているかの現状を記述し,その中でのNDLの役割を俯瞰することを目標とした一連の調査である。昨年度は,大学図書館と都道府県立図書館,専門情報機関に対する質問紙調査を実施し,機関ごとに印刷版雑誌の購読数,購読費用,電子ジャーナルの購読数,購読費用などを明らかにした。この調査からは,電子ジャーナルの導入が国立大学を中心として進んでいること,公私立大学や専門情報機関ではごく限られた組織だけで導入が進み,格差が拡大していることを示した。本年度は,印刷版外国学術雑誌の配置状況について,各機関間での重複まで加味して,日本全体で提供できている情報の質を明らかにすることを目的に,大学図書館,国公私立の研究機関等とNDLにおける外国学術雑誌の所蔵に関する1980年以降の25年間の変化を調査した。学術雑誌の購読中止が進んでいると言われる中で,日本全体としては1995年以降継続的に外国学術雑誌の供給率が下がっていること,大学図書館,NDLともにコアジャーナルへの傾斜を強めていることを示した。学術情報の提供においてNDLの雑誌購読水
準低下と重複の相対的拡大は,国内の供給率低下の一因となっている。また,大学コミュニティに所属しない大多数の国民にとって,学術情報の提供元として最終的に依存する機関はNDLであり,このような層に対する公共的な学術情報提供の役割をNDLは事実上果たしている。そのどちらの見方に立つにせよ,雑誌購読数の回復,大学図書館との連携の強化など早急な対策が必要であろう。電子化の進展とともに,印刷版雑誌の購読中止が進行することも予想されるが,国家レベルのコレクション形成とも言うべき,供給水準の維持・保存に向けた連携・協力体制の構築にもNDLは一定の役割を果たすべきである。


 2つめは,電子情報環境下における,各種情報提供機関の対応状況についての調査である。昨年度は,大学図書館における電子ジャーナル導入に大きな役割を果たしてきたいくつかの電子ジャーナルコンソーシアムの中核メンバーへのインタビュー調査を行い,電子ジャーナルコンソーシアムの意義,今後の動向,NDLとの連携の可能性などについて明らかにした。また,オープンアクセス型アーカイブを中心に,機関リポジトリやプレプリントサーバに代表される,学術情報流通の新しい動向に対して,各国国立図書館等がどのように取り組んでいるかの国際調査を実施して,NDLがオープンアクセス型アーカイブにどのように取り組むべきかを論じた。今年度は,関西館で開催された国際セミナー「デジタル時代のドキュメント・デリバリー・サービス:ビジョンと戦略」におけるアメリカ,イギリス,ドイツの主要なサービス提供主体に関する講演における講演者の発言をもとに,いくつかの文献で補足しながら各国のドキュメント・デリバリー・サービスの状況をまとめ,これらと対比する形で,NDLが目指すべき日本型のドキュメント・デリバリー・サービスについて考察した。


 これらの調査からは,価格高騰への対応を大きな目的としてコンソーシアムが形成されたものの,むしろ日本の大学事情に合致した契約条件の整備に成果を上げてきたこと,出版社ごとに異なる契約条件に対する煩雑な交渉を一元化することで,相対的に体力の劣る中小規模の大学図書館が電子ジャーナルを導入することに途を開いたこと等をコンソーシアム形成の意義として示した。これらコンソーシアムはNDLに対してアーカイブや保存のような,コンソーシアム内部に持ち得ない役割を期待しており,電子情報環境下にあってもNDLに「最後の砦」を期待する意識はゆるいでいない。各国の国立図書館は電子ジャーナルの積極的導入を進めているが,オープンアクセス型アーカイブについては態度が分かれている。網羅的な科学技術情報へのアクセスを保証するという観点で,オープンアクセス型アーカイブを包含する総合的な学術情報ポータルの構築が必要であろう。特にポータルと連動する形で,国内で生産された学術情報コンテンツをアーカイブする方向性も考えられよう。印刷版雑誌までを含めたドキュメント・デリバリー・サービスの文脈では,電子情報環境下で3つの変化が起こりつつある
ことが示唆される。1つは利用層の拡大と対個人サービスへの移行であり,伝統的な学術コミュニティの範疇に属さない人々からの学術情報利用の要求が高まるとともに,図書館を仲介しない個人とドキュメント・デリバリー機関との直接取引が拡大するというもの。もう1つは電子的デリバリーの導入。最後に,学術情報ポータルとの連携による情報探索から提供までのワンストップサービスの実現である。


 3つめの観点は,科学技術情報,学術情報を利用する人々の視点である。今年度の調査研究では,この点に重点を置いて,NDLの遠隔複写サービスにおいて,一般市民を含む幅広い利用者が,どのような情報探索を経てNDLの利用に至ったかを明らかにするとともに,利用者の類型化をはかった。また,大学に所属していない研究者層に着目し,それら研究者がどのような情報資源をどう利用しているかを明らかにし,その情報行動パターンの中でNDLが果たすべき役割を考察した。


 その結果として,遠隔複写サービス利用者のおよそ半数が大学コミュニティに属しているが,残る半数は企業の勤務者や所属組織を持たない人など多様な背景を持つ人々であること,図書館を経由した伝統的な探索過程を経てNDLに辿りつく行動パターンと,NDL-OPACや検索エンジンなどネットワーク情報資源の探索を経てPCの中だけで探索を行う行動パターンが並置されていること等を示した。利用者の類型としては,若者・学生を中心とする経済性を重視する利用者群がおよそ6割を占めること,残る4割はPDFを選好することを共通の特徴に持ちつつ,迅速性を優先する人々と迅速性よりも経済性を優先する人々がそれぞれ半数に分かれることが示された。大学に所属していない研究者の調査からは,これら研究者が伝統的な学術コミュニケーションモデルにほぼ沿った形で行動していること,利用頻度の面では電子ジャーナル等ネットワーク情報資源が多用されていること,大多数の研究者の勤務先に資料室があり,電子ジャーナルやデータベースも提供されているものの,多くの研究者は提供される資料が不十分であるとしており,探索中の資料が自機関で得られない場合は資料室を通じて外部の情報
提供機関から入手することを明らかにした。これらの結果から示唆されるNDLのサービス提供の方向性は,公共・専門図書館や資料室を経由した資料提供の推進・円滑化と,NDLを直接利用する個人対象のサービスにおける電子的デリバリー導入の検討であろう。


 総括すると,電子情報環境下において科学技術情報を中心とする学術情報を提供するにあたって,NDLには2つの役割が期待されている。1つは公共図書館・専門図書館や企業の資料室等が自館で提供できない資料を求める拠り所としての機能であり,従来からNDLが果たしていたものである。標準規格によるシステムの相互接続などを通じて,より迅速,円滑な支援を果たしていくことが期待されるだろう。もう1つは,学術情報を求める層が拡大したこと,ネットワーク環境内でのみ情報を探索・獲得しようとする層が増大していることに伴う,対個人への直接サービスの提供である。NDL-OPACを経由した遠隔複写サービスの利用は拡大を続けているが,今後はオープンアクセス型アーカイブなどのネットワーク情報資源を包含する総合的な学術情報ポータルの提供と,そこからのシームレスなドキュメント・デリバリー,特に電子的な配送の実現が期待されよう。