E1227 – 米国議会図書館員による被災資料復旧に関する講演会<報告>

カレントアウェアネス-E

No.202 2011.10.13

 

 E1227

米国議会図書館員による被災資料復旧に関する講演会<報告>

 

 2011年9月13日,国立国会図書館(NDL)において,米国議会図書館(LC)資料保存部特別プロジェクト担当官のロブ(Andrew Robb)氏による講演会“Recovery of Library Materials from a Major National Disaster”が行われた。東京本館および関西館(中継)を合わせ,計97名が参加した。ロブ氏は写真の資料保存を専門としており,世界各地の被災資料復旧ワークショップで講師を担当している。

 ロブ氏は冒頭で,生命や安全が確保された後,被災した資料の復旧に取り組むことは,地域社会を立て直し,被災経験を後世に伝えていくことにつながるとし,資料復旧活動の意義を述べた。

 その上で,現代の資料復旧活動の原点として1966年のフィレンツェ大洪水について紹介した。このとき世界中から集まったボランティアはその後も資料保存の分野で広く活動を続けたこと,現在のLC資料保存課における災害対策の基礎となっているのは当時の知見であること,真空凍結乾燥法は当時の経験をもとに考案された技術であることなどを述べた。さらに,現在日本で進行中の復旧作業によって培われている専門家の経験,活動の記録,必要とされる技術の研究は,同様に今後の災害対策に大きく貢献していくだろうと指摘した。

 次いでロブ氏は米国での緊急時における管理体制に話を進めた。氏によれば,その危機管理モデルは準備・対応・復旧・緩和という4要素からなるサイクルで構成されているという。準備は災害対策のための設備および組織体制の整備,対応は災害時の応急的処置,復旧は対応の後に長期間かけて行う原状回復的処置,緩和は被害を最小限に留めるための予防的処置である。2005年の調査によると米国の資料保存機関の約8割が緊急事態計画を作成していなかったが,近年の大規模災害によって徐々に意識が高まってきているとのことであった。

 実際に復旧活動に加わった事例のうちの対応が首尾よく進んだ例として,2004年のハワイ大学ハミルトン図書館における浸水事故が挙げられた。近くの川が氾濫したことで図書館の地下部分が2~3mほど浸水し,約10万点の地図や航空写真が被災した。ロブ氏によると,米国では図書館が災害からの早期復旧サービスを専門とする会社と専属契約をしており,このときも洪水発生の翌朝には災害復旧専門会社による被災状況の調査が開始され,冷凍トラックが24時間以内に現地に到着し,2週間以内に全ての被災資料が救出されたという。

 またロブ氏は2005年のハリケーン「カトリーナ」は米国史上最大級の災害であり,被災地は4つの州に及び,多くの人命が失われ社会的基盤は崩壊したと述べた。ルイジアナ州チューレーン大学図書館では地下への浸水が3mに及び,災害復旧専門会社が到着するまで10日以上かかり,その1週間後にようやく水を除去して救出活動に入ったことが紹介された。このケースではさらに「リタ」が到来したため救出活動が中断され,優先順位の高い資料を救出できたのは災害発生から1か月半以上が経過した後だったということであった。

 ロブ氏は,2つの事例から,ライフラインが確保されており,資料の復旧が最優先できる場合には,迅速・的確な対応が何より有効であると指摘した。

 最後に米国における組織的な活動が紹介された。41機関で構成された文化財災害対策委員会(Heritage Emergency National Task Force)は1995年に設立され,2005年当時も積極的な活動を行っていたが,カトリーナの際には集まった専門家が一貫した行動を取ることができなかったという。そのため,米国文化財保存修復学会(American Institute for Conservation)の災害対応チームでは100名以上の専門家が共通のトレーニングを受け,地域ごとの災害に対応できるように改善策を講じているとのことであった。

 質疑応答では復旧のための予算について質問があり,ロブ氏は,ハワイの事例では初期段階では州の予算があてられ,後に連邦予算が措置されたことを紹介した。また米国ではカトリーナ以降,災害対応に即した体制が整えられ,資料復旧を行う民間企業など災害対策に関連した市場ができており,今後日本でも同様の動きが見られるだろうとコメントした。

 今回の講演は,被災資料復旧の実体験に基づいており,東日本大震災の資料復旧支援や将来の災害への備えを考えるにあたり,教訓と啓発に大いに富むものであった。

(収集書誌部資料保存課)

Ref:
http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/data_preserve28.html
http://www.heritagepreservation.org/PROGRAMS/TASKFER.HTM
http://www.conservation-us.org/