第1章 第4節 大学図書館におけるデジタルアーカイブ / 米澤 誠

 

1 全体的な動向

 

(1)大学図書館におけるデジタルアーカイブの特色

 大学図書館におけるデジタルアーカイブについて,第1次調査により明らかとなったのは,機関リポジトリ(Institutional Repositories)の普及が大きな影響を及ぼしているということである。筆者の所属する国立情報学研究所(以下「NII」という)は,日本における機関リポジトリ普及を支援する役割を果たしてきた。本節ではその観点も踏まえて,大学図書館のデジタルアーカイブを考察することとしたい。

 機関リポジトリとは,大学等の機関内で生産される研究成果物を収集・保存・公開するものである。学術コミュニケーションの変革としてのオープンアクセス運動に端を発し,現在は大学としての社会への説明責任の手段としても位置付けられている。なお,NIIの調べでは,日本には2010年1月現在,115の機関リポジトリが存在しており,約56万件の論文等が収録されている1) 2)

 この機関リポジトリは,デジタルアーカイブの中では次のように位置づけられる。すなわち,広義のデジタルアーカイブの中には,大きく分けて「研究成果のアーカイブ」と「所蔵資料のアーカイブ」が存在する。機関リポジトリは前者の研究成果アーカイブであり,前者の立場からは,後者を狭義のデジタルアーカイブとして区別するようになっている。機関リポジトリを構築している大学および大学図書館では,この前者と後者の違いを明確に意識して,デジタルアーカイブに取り組んでいるといえよう3) 4)

 

(2)第1次調査に表れた機関リポジトリの影響

 第1次調査により明らかとなった機関リポジトリ普及の影響について,具体的に確認してみると次のようになる。

  1. 大学図書館が機関4分類(公共図書館,大学図書館,公文書館,博物館)の中では最も実施率が高い。その中でも,国立大学図書館は98.6%と極めて高い。
  2. 2件以上のデジタルアーカイブを実施している機関は大学図書館に多く,その中でも国立大学図書館は40%以上が2件以上整備している。

 所蔵資料アーカイブに加えて,研究成果アーカイブとしての機関リポジトリを実施することができたことが,全体としてデジタルアーカイブの実施率を上げている。所蔵資料アーカイブに加えて,第2のデジタルアーカイブとして機関リポジトリを実施している大学図書館も多いことがわかる。

  1. 大学図書館は2006年以降に公開したところが多い。

 日本で初めて機関リポジトリを開始したのは千葉大学で,2003年であった。2005年からはNIIの委託事業により,機関リポジトリの構築支援がはじまっている。2006年以降に公開したところが多いという傾向は,機関リポジトリの普及時期と一致しているのである。

  1. 更新頻度については,大学図書館では「ほぼ毎日」や「週一回」が多くなっており,なかでも国立大学図書館や大学共同利用機関法人ではその割合が高い。

 多くの所蔵資料アーカイブでは日々更新を行うというよりは,一括して大量のデータを登録する傾向にある。それに比べて機関リポジトリでは,日々の業務の中で研究成果データを登録する場合が多いため,更新頻度が頻繁という傾向になっている。

  1. 収録対象に関しては,大学図書館では「文献」が89.9%,そのうち「自機関刊行物」「古文書他」「論文」が多くなっている。

 収録対象に関しても,機関内の研究成果のアーカイブとしての機関リポジトリの特徴が表れている。

 

2.研究成果アーカイブとしての機関リポジトリの動向

 研究成果のアーカイブとしての機関リポジトリには,多くの識者による定義があるが,その一つとして代表的なリンチ(Clifford Lynch)の定義を示すこととしたい。リンチによると機関リポジトリとは,「大学とその構成員が創造したデジタル資料の管理や発信を行うために,大学がそのコミュニティの構成員に提供する一連のサービス」であるという5)

 すなわち機関リポジトリとは,「公開する」という機能よりも,「形成する」という機能に重点がおかれたシステムなのである。この点においても,所蔵資料のデジタルアーカイブとは性格づけが異なるものとなっている。

 とはいっても,機関リポジトリは公開機能ももっているため,広い意味でのデジタルアーカイブに含まれると考えても問題はない。研究成果アーカイブとしての機関リポジトリが収集する対象は,学術論文,プレプリント,テクニカルレポート,紀要論文,学会発表資料,科研費等の報告書,学位論文,教材など多様な資料となっている。さらに,研究・調査データそのものや,データベースなども収録対象となっていることが,機関リポジトリの大きな特色であろう。

 

(1)NII機関リポジトリ構築支援事業

 NIIでは,大学等における機関リポジトリの普及を促進するため,2005年度から機関リポジトリの構築支援事業を行っている。この支援事業では,委託事業により「機関リポジトリの構築と運用」を促進しつつ,「機関リポジトリに関わる先端的な研究・開発」を支援している。2009年度には,構築と運用に関しては74機関,先端的な研究・開発に関しては21プロジェクトに対して委託を行っている6)

 欧米に対して後発であったにも関わらず,日本の機関リポジトリの活動が急速に進展したのには,このNIIの構築支援事業が大きく貢献したといえる。また,日本の大学等には研究紀要という伝統的な学術雑誌が存在し,多くの大学等では既にそのアーカイブに着手していたことも順調な普及の要因であったと考える。

 

(2)学術機関リポジトリポータル

 各大学等に分散している機関リポジトリのメタデータをOAI-PMHプロトコルで収集し,横断的に検索できるようにしたポータルサイトがNIIの「学術機関リポジトリ:JAIRO」である。このポータルサイトにより,利用者は個別の機関リポジトリを検索利用する必要がなくなっている。

 またJAIROには,IRDB(学術機関リポジトリデータベース)コンテンツ分析システムを併設公開しており,日本の機関リポジトリの現状に関する統計数値を,容易に算出できるようになっている7)

 

(3)地域共同リポジトリの動向

 近年の動向として,地域共同リポジトリを示しておきたい。これは,地域の大学等が連携して,共同サーバにより共同リポジトリを構築するというものである。この運営方式により,単独では機関リポジトリを構築できないような大学等も,自らの機関リポジトリを持つことができるようになった。すなわち,地域で共同リポジトリをホスティングする大学等があり,そこに複数の大学等が参加するという形態をとるのである。

 2010年1月現在,8つの地域共同リポジトリが運用中であり,そこに合計40の大学等が参加して機関リポジトリを持つことが可能となっている。ほかにも構築を準備・検討している地域も多く,この方式による機関リポジトリの普及が広まるであろうと,筆者は予想している。地域共同による構築・運営方式は,大学図書館や大学以外におけるデジタルアーカイブのこれからの普及に対して,ヒントを与えるものとなるであろう。

 

3.所蔵資料アーカイブとしてのデジタルアーカイブの動向

 さて,一方の所蔵資料アーカイブでは,アーカイブの二次的・三次的な活用の兆しが現われてきつつある。すなわち,専門分野の限られた研究者だけが利用するのではなく,一般市民や小中高校生の教育・学習教材として広く活用される事例である。この二次的・三次的活用について澁川雅俊は,「デジタルアーカイブの今後の進展にとっていまひとつ重要なことは,アウトプットの二次的,三次的活用の方策であろう。このことは図書館や文書館の〈集めて,まとめて,しまっておく〉働きを越えることかもしれない」と述べている8)

 それでは,従来の大学図書館の働きを越えることとなった事例を,社会貢献と地域貢献という視点から紹介してみたい。

 

(1)社会貢献としての東北大学・和算ポータル9)

 東北大学附属図書館では,2004年から「和算ポータル」により,所蔵する和算資料の公開を開始した。以来,国内に残存する和算資料のうちの3分の2のタイトルをカバーするというデジタルアーカイブがほぼ完成している。

 デジタル化した資料の有効活用を図るために,Webサイトでの公開にとどまらず,展示会やシンポジウムの開催で,和算資料の再評価の気運を高める活動を継続的に行ってきた。その成果が広く社会全体に貢献する状況となってきていることは,今や研究書にとどまらず,一般向けの書籍や教科書などに広く活用されていることからも明らかである。公開以来,飛躍的に画像の転載依頼が増加し,累計で100件を越えるまでになっている。

 ここ数年で,和算に関する書籍が数多く出版されているのも,このデジタルアーカイブの功績といってよいであろう。なお,この和算ポータルは,2010年度の日本数学会賞出版賞の受賞が決まっている。

 

(2)地域貢献としての岡山大学・池田家文庫絵図類総覧10)

 岡山大学附属図書館では,1997年から旧岡山藩主であった池田家所蔵の貴重資料をデジタルアーカイブ化し,公開している。10年以上,これらを活用した展示会も実施しており,地域における知名度は高まってきている。岡山大学としても,岡山市や岡山県と文化事業の協力協定を締結し,組織的にプロジェクト事業を展開している。

 2006年度からは,これらのデジタルアーカイブを教育普及活動における教材として活用している。具体的には,岡山大学教育学部と連携した「こども向け岡山後楽園ワークショップ」と,附属図書館が主催する公開講座「絵図をもって岡山を歩こう」などにより,地域の小中学生と一般市民に対する教育普及活動を実践している。なお,この教育実践活動に対しては,2009年国立大学図書館協会賞が授与されている11)

 

参考

1) 尾城孝一. “機関リポジトリ”. 変わりゆく大学図書館. 逸村裕ほか編. 勁草書房, 2005, p. 101-114.

2) 杉田いづみ. 機関リポジトリについて. 日本農学図書館協議会誌. 2008, (149), p. 10-18.

3) 橋洋平. 金沢大学学術情報リポジトリKURAの構築と課題. 大学図書館研究. 2007, (79), p. 18-26.

4) 高橋菜奈子. 機関リポジトリとデジタル・アーカイブの架け橋. 大学図書館研究. 2009, (85), p. 74-80.

5) Lynch, Clifford A. Institutional repositories: essential infrastructure for scholarship in the digital age. ARL: A Biomanthly Report. 2003, (226),
http://www.arl.org/bm~doc/br226ir.pdf, (accessed 2010-03-03).

6) “学術機関リポジトリ構築連携支援事業”. 国立情報学研究所.
http://www.nii.ac.jp/irp/, (参照2010-03-15).

7) “学術機関リポジトリポータルJAIRO”. 国立情報学研究所.
http://jairo.nii.ac.jp/, (参照2010-03-15).

8) 澁川雅俊. “書物・文書のデジタルアーカイブ,この10年”. デジタルアーカイブ白書2005. デジタルア-カイブ推進協議会編. 2005, p. 55-56.

9) “東北大学和算ポータル”. 東北大学附属図書館.
http://www2.library.tohoku.ac.jp/wasan/, (参照2010-03-15).

10) “池田家文庫絵図類総覧”. 岡山大学附属図書館.
http://carista.lib.okayama-u.ac.jp/zooma/, (参照2010-03-15).

11) “貴重資料の教育普及”. 岡山大学附属図書館.
http://www.lib.okayama-u.ac.jp/edc/, (参照2010-03-15).