第1章 第1節 デジタルアーカイブ整備の近年の動向 / 笠羽 晴夫

 

 今回の調査と報告は,わが国この分野全般に関するものとして,『デジタルアーカイブ白書2005』1) 以来である。ゆるやかに変化・進展する分野については,毎年の調査がかならず必要ということではないにしても,一定のサイクルで定点観測がなされていくことは,それを推進し,サービスする側にとっても,またその恩恵を受ける側にとっても意味があることである。

 筆者は1996年に文化庁,通商産業省(当時),自治省(当時)の支援で設立されたデジタルアーカイブ推進協議会の事業企画と運営に1997年からあたり,『デジタルアーカイブ白書』を2001年,2003年,2004年,2005年と編集・発行してきた。デジタルアーカイブの関係者は,対象となるアーカイブを扱う公文書館,図書館,ミュージアム(博物館・美術館)などの機関,その構築に関わる業界,そしてユーザの三つに大別される。2001年,2003年,2005年の白書はこれら三つの視点に配慮して作成されているが,筆者自身はユーザの代表としての役割を強く意識してきた。特に『デジタルアーカイブ白書2005』は以前のものと異なり,アンケートは実施せず,対象機関のWebサイトに関する調査に絞って,ユーザの視点に特化している。本稿においても,ユーザの立場から,デジタルアーカイブ全体の傾向について述べることにする。

 調査結果の詳細は第2章を見ていただくとして,おおまかにいえば,これまでにない2,076件の回答中,26.6%がデジタルアーカイブを実施,11.1%が計画中という数字は,アーカイブというものの後戻りできない性格を考えると,励まされるものである。

 また,実施・計画中に関する数字は,区分されている組織・機関ごとに差があるけれども,それはもともと持っている性格,体制に依存している面が大きいと考えられる。すなわち大学図書館特に国立大学の図書館や,専門図書館(政府関連機関など)が高い数字を示しているのは,本来の役割とアーカイブおよびその公開ということからすれば不思議ではない。そして付け加えれば,公共図書館および大学図書館については2006年以降にデジタルアーカイブを公開したところが多い,ということは今回の調査の有効性を示すものでもある。

 公文書館の実施率が34%というのは高くはないが,法律など環境面が整ってきたことを考えればこれは時間の問題であろう。

 博物館・美術館の実施率が全体平均に近いということも,全体数の大きさ,対象の多様性,経営基盤の脆弱なところが多いこと,などを考えれば,よくここまで来たといえる。

 

1 デジタルアーカイブの質

 多くの人にとって,デジタルアーカイブとのファースト・コンタクトは,インターネットを通じての場合がほとんどだろう。ではこうした観点から見て,この5年の,つまり『デジタルアーカイブ白書2005』以降の動向,特に質的な面はどうだったか。

 先ず,一般ユーザがなんらかのデジタルアーカイブに気づきその中に入ってみるときに,絵や写真であれ,文字で書かれたものであれ,画像の質が問題であるが,これは改善されてきていて,大きな機関でなくても,拡大機能がついているところが多い。

 一方,説明・解説(データ毎,全体)については今ひとつのところもある。そして内容の追加・更新について,すなわち継続性についていえば,構築時のレベルが高いものでもそのままということも多い。こういったケースは予算獲得が一過性の場合,例えば補助金,記念事業などによる構築によくあり,その後の追加,更新,技術による操作性の進化などが見られないことが少なくない。この原因を熱意の欠如と周囲の理解の不足だけとしていいものかどうか。とにかく作ることが大事な一方で,その後の関係者やユーザの評価,支援が求められる。

 

2 カテゴリーごとの特色

 次に,公文書館,図書館,ミュージアムという三つのカテゴリーについてどのような特色があらわれているか,見てみたい。

 デジタルアーカイブは1990年代前半に始まり,最初はそのアピール性から美術,地域振興などに適用され,その後はゆるやかに,収蔵量や社会的なミッションという点で図書館や公文書館など本来アーカイブの充実を目指すべきところに,アーカイブ構築・運営の道具として,また公共利用者へのサービス拡大の道具として位置付けられ,進展してきた。

 今回の調査を,三つのカテゴリーそれぞれの性格と対照させて見てみると,今後の課題,進むべき方向について示唆を得られよう。まずそれぞれの使命,存在意義ということから見てみよう。

 公文書館の使命は,2009年7月に公布された「公文書管理法(公文書等の管理に関する法律)」に定義されている,「国民共有の知的資源」として位置づけられた公文書の保存そのものである。そして保存されたものの管理・一部の公開という業務と国民へのサービスということが期待されている。

 一方,図書館は,保存されている対象の閲覧,貸出,レファレンス,コピーなどのサービスが本来の業務としてある。デジタルアーカイブ以前に,情報処理の適用は必然であった。

 そしてミュージアムでは,先ず保存・研究があり,公開はそれからということであったが,デジタル技術の適用によるビジュアルな効果はここが一番あって,ユーザに対するサービスに加え,館の存在を外にアピールするという観点から,デジタルアーカイブにおいて最初に注目されたカテゴリーであった。2005年ごろまでは,e-Japanをはじめとする政府や地方行政の政策でパイロット的にデジタルアーカイブを推進させたのも,美術,伝統文化分野が多かった。

 一方,デジタルアーカイブで比較的新しいものを対象とするときに課題になるのは権利問題であるが,単純な対処のしやすさは公文書館,図書館,ミュージアムの順である。

 公文書については,決められた時間が経過すれば公開が原則である。一方,図書館,ミュージアムの収蔵物には創作されたものが多く,これについては,特に複製のネットワーク上公開について著作権による制限がある。もっとも,刊行物は古い貴重書・資料を別とすれば複製として複数存在しているものが普通であり,版画,彫刻以外のミュージアム収蔵物とはことなり,公開されなくても現物にあたる機会は多い。このようなカテゴリーごとの状況がインターネットによる公開にも反映しており,今後はより強まると考えられる。

 すなわち公文書館においては,デジタルアーカイブがインターネットで公開され閲覧される環境が社会のインフラとなる。

 図書館においては,著作権による制限がないものはデジタルアーカイブでインターネット公開されることがより求められるだろう。もっとも,複数コピーが存在するものについては,主要図書館間の協力により無駄のないデジタルアーカイブ化が求められる。国立国会図書館の「近代デジタルライブラリー」2) が一つの中心,スタンダードとしての役割を示しつつある。その一方で,近年の電子書籍,電子図書館の動きは急であり,著作権処理も内包した有料閲覧の領域も含めたデジタルアーカイブについての議論が必要になってくる。

 この中で,ミュージアムは別なのかどうか。その存在意義をアピールするためにデジタルアーカイブの重要性は増してくるが,著作権による公開制限は依然として大きく,また有料公開もあまり現実的ではない。ただ,著作権についても,一部の県立美術館,たとえば石川県立美術館,岩手県立美術館のように県ゆかりの作家に関する公開許諾取り付け努力など,成功事例が出てきている。

 

3 ユーザによる評価

 次に構築され,公開されている個々のデジタルアーカイブに対する外部の特にネットワーク・ユーザからの評価について,ポイントになるところはどうか。

 まずトップページからデジタルアーカイブへの入り方がわかりにくい,気がつきにくいものが依然として多い。Webサイトを持っている以上は,施設へのアクセス,展覧会情報と並ぶ扱いを検討すべきだろう。

 また,本格的なデータベースが公開されていても,入口がキーワード検索のみで,親切なカテゴリー分割,アクセスが多いお勧めアイテムの紹介などがなく,収蔵されている世界についてかなり知っていなければうまく利用できないというケースが多い。著者・作家一覧を掲載するだけで閲覧の試行が容易になるはずである。またこういう工夫と努力が,インターネット上の主要検索エンジンにヒットされやすいということにつながり,最終的には利用者を増やすということになる。そのためにはWebデザイン分野の専門家に協力を仰ぐことも検討されてよい。

 そして結果として積極的なユーザを育成すれば,彼らのブログなどでデジタルアーカイブの内容に言及されることにより,さらにネットワーク世界のリンクを豊富にしていくだろう。

 

4 今後,将来の課題

 最後に,今後特に強く意識されるべき課題を二つあげておこう。

 先ずはボーン・デジタル(born digital)である。すなわち作成されたときからデジタルデータである文書,写真,創作美術などで,これらの保存・公開については,技術的にも,運営の上でも,まったく別の要素があり,検討が求められる。Webサイトもボーン・デジタルであり,そのアーカイブについてはすでにさまざまな試みが行われている。時々刻々変わっていくものの資料としての定義をどうするかなど課題は多いが,技術の進歩によりストレージの容量は飛躍的に大きくなっており,今後に期待したい。

 二つ目はいわゆるMLA連携,すなわちミュージアム(Museum),図書館(Library),公文書館(Archives)が連携・協力して,デジタルアーカイブの拡大と活用を推進していくことである。

 公文書館はアーカイブの原則と意義に関するリーダーたりうるし,図書館は整理・分類,検索,レファレンスなどの理論,技術そしてサービス方法について,他分野に多くの参考になり,また指導性を発揮できるだろう。そして,ミュージアムには特に画像の質,精細度,ハンドリングなどについて,多くを期待できる。さらに,ユーザから見た個々のテーマは三つの分野を横断してさまざまなアイテムにリンクしている場合が多いが,このことはいままで見過ごされがちであった。いくつかの学会を初め,インターネットを前提にした連携検討の動きは始まっており,今後の継続が期待される。

 おりしも2010年は著作権の平成21年改正法,いわゆる「平成の大改正」が施行され,国立国会図書館における所蔵資料等の納本直後における電子化をはじめとして,インターネット等を活用した著作物利用の円滑化を図るための措置が,いくつか可能となった。

 情報がデジタルデータとして保存されるようになり,デジタルアーカイブとして過去の資産の取り扱いは容易になった。それらのなかで公開可能なものがインターネットからさらに容易にアクセスできるよう,本調査・報告をふまえて,技術上の,あるいは予算上の,またその他の様々な課題が突破されることを望みたい。

 

参考

1) デジタルアーカイブ推進協議会編. デジタルアーカイブ白書2005. 2005, 215p.

2) “近代デジタルライブラリー”. 国立国会図書館. http://kindai.ndl.go.jp/, (参照2010-03-15).