1.5.2 E-rateの概要と運用の実情 ~公共図書館との関連を中心に~

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国立情報学研究所 情報社会相関研究系  古賀 崇(こが たかし)

はじめに

 米国の図書館、特に公共図書館および学校図書館をめぐる財政に関して、1990年代末より大きな比重を占めているのが“E-rate”という補助金制度である。これは“educational rate”を意味し、手短に言えば、学校・図書館を対象とするインターネット接続料金割引のしくみと言えるものである。本稿においては、E-rateの概要や、その運営の実情、問題点などを概説したい。なお、紙幅の都合もあり、本稿では公共図書館にかかわる側面を中心に述べる。

(1) E-rateの概要

 E-rateは、1996年制定の電気通信法(Telecommunications Act)で定められた、「米国内のあらゆる人々に対して平等の通信サービスを提供する」という「ユニバーサル・サービス」規定に基づく補助金制度として、位置付けられている。1997年に、独立の政府機関である連邦通信委員会(Federal Communications Committee: FCC)がE-rateを含めた「ユニバーサル・サービス」施行規則を制定し、1998年よりE-rateによる割引が実施されている。

 E-rateのしくみは以下のようにまとめられる。

1) 割引の対象

 E-rateの対象となるサービスについては、「商業的に使うことができる普通の電気通信サービス全般」と広く定められている。ここには、インターネット接続や内部接続(ワークステーションから教室への接続など)も含まれる。ただし、ハードウェア、ソフトウェア、教職員対象の研修費などは割引の対象とはならない。

2) 対象となる学校・図書館

 5,000万ドル以上の基本財産をもつ私立学校を除き、すべての学校・図書館がE-rateを申請できる。ここでの「図書館」は公共図書館だけではなく、学術・研究図書館なども含まれ、要は「独立した予算をもつ非営利の図書館として各州が認定した図書館」が該当する。また、サービスの総量を増やすために各学校・図書館が「コンソーシアム」として連合で申請することも認められる。

3) 割引の度合い

 個々の学校・図書館に適用される割引率は20%から90%の範囲となっている。ここでは、当該学校(学校の場合)ないし学校区(図書館の場合)における「貧困度」が大きいほど割引率は高くなるしくみがとられている。この「貧困度」は、“National School Lunch Program(NSLP)”という、生徒の家庭の収入が一定の貧困ライン以下にあれば学校給食の費用を無料ないし割り引く制度の適用を受ける生徒の割合が、当該学校ないし学校区にどれだけの割合で存在するかによって、6つのレベルが定められている。その中で、最も「貧困度」が大きい学校ないし学校区の申請者に対して、E-rateによる補助金が優先的に配分される。

4) 補助金支給の方法

 E-rateの補助金は、その最終的な受益者である学校・図書館に直接支給されるわけではない。E-rateの適用が認められた学校・図書館は、サービスの供給者を競争入札で決定し、その学校ないし図書館がサービスを受けたことが確認された後に、供給者たる通信事業者が入札価格と割引価格の差額分を補助金として受け取る、というしくみがとられている。

5) E-rateの財源と運用

 E-rateの財源としては、全米の通信事業者が拠出する「ユニバーサル・サービス基金」から捻出されている。この基金の補填のために、通信事業者は一般の電話加入者に対し電話料金の10%程度を「ユニバーサル・サービス料金」として徴収する、といったことが成されている。また、E-rateの運用に関する実務については、FCCの監督のもと、Universal Service Administrative Company(USAC)という民間の非営利機関が担当している。

(2) E-rateの運用の実情と問題点

 E-rateが実施されてはや10年近くになるが、E-rateは学校や図書館でのインターネット接続、またブロードバンド接続の促進に貢献しているとの評価がある一方、運用状況に対する批判も多い。

 E-rateのもとで、毎年22.5億ドルを上限として補助金が支給されている(1)。このうち、大部分は学校におけるインターネット接続のために支給されており、図書館および図書館コンソーシアムに対する補助は毎年、E-rateの総額中2~3%程度に過ぎない(2)。とは言え、毎年少なくとも5千万~6千万ドル程度の金額が、図書館におけるインターネット接続を補助している、ということになる。フロリダ州立大学の研究グループの調査では、2006年時点で全米の公共図書館のうち39.6%が通信サービスのために、22.4%がインターネット接続のために、4.4%が内部接続のためにE-rateを利用している(3)

 その一方、通信事業者によるE-rateの悪用や、補助を受けたにもかかわらず実際にはインターネット接続が成されていないといった事例が、しばしば報じられている。連邦議会傘下の政府説明責任局(Government Accountability Office,旧・会計検査局)は2005年の報告書において、「E-rateの財源が公的なものか私的なものかあいまいな性格であるゆえ不正の温床になりやすく、またE-rateがどの程度の効果をもたらしたか明白ではない」と厳しく批判した(4)。一部の連邦議員や消費者団体などはE-rateの縮小・廃止を主張しているが、アメリカ図書館協会(ALA)は「E-rateの不正や不適切な運用という主張はしばしば誇張されており、実際にはこれらは補助金全体のわずかな割合しか占めていない」と反論している(5)

 また、2000年制定の子どもをインターネットから保護する法律(Children’s Internet Protection Act: CIPA)もE-rateの運用に大きく結びつくものである。この法律は、E-rateなど政府からの補助とひきかえに公共・学校図書館内のインターネット端末に「フィルターソフト」導入を義務づけたものである。ALAなどはCIPAが「表現の自由」の妨げになるとしてその違憲性を法廷で争ったものの、2003年に連邦最高裁判所はCIPAを合憲と判断した(6)。その後、いくつかの州ではCIPA(あるいはCIPAに対応した州法)に関する「手引き書」や「問答集」を作成し、E-rateなどによる補助のもとでフィルターソフトをどのように取り扱うべきか、関係する学校や図書館に注意を促している(7)。一方、フロリダ州立大学の研究グループの調査では、E-rateを申請しない全米の公共図書館のうち、15.3%がその理由に「以前はE-rateを申請していたが、CIPAのために2006年は申請をとりやめた」という点を挙げている(8)

 このほか、E-rateに関しては以下のような批判や改善への要求が存在する。

• NSLPに基づく算定方式、すなわち学校に生徒を通わせている世帯の「貧困度」を基準とする算定方式では、そうした生徒のいない世帯の貧困状況や学校のない地域の貧困状況を反映していない場合がある。また、こうした「貧困度」は「インターネット接続の必要性」と等しいとは言えない場合もある。

• 申請する側にとっては手続が複雑であり、利用しにくい。

• E-rateは通信設備について大きなシェアをもっている企業のみが恩恵を受けており、中小の通信企業は割引の恩恵を受けられずにいる。

 最後に付け加えると、イェーガー(Paul Jaeger)らフロリダ州立大学の研究グループは、E-rateにおける大きな問題のひとつに、E-rateが図書館に対してどのような効果―図書館の利用の増加、図書館内のインターネット端末利用の増加、コンピュータ・リテラシーの向上など―をもたらしたかが明らかになっていないこと、またUSACがこうした効果に関するデータを把握していないことを挙げ、これが今後の大きな研究課題になるとしている(9)。学校に関しては、最近「E-rateは学校のインターネット接続の促進には貢献したが、生徒の成績向上というアウトカム面での成果には結びついていない」とする研究結果が発表されている(10)。E-rateの政治的正当性がどの程度あるかを確認するためにも、図書館に対するE-rateの効果(アウトカム)に着目した研究が必要となるであろう。



(1) E-rateが各州・地域にどの程度配分されているか、については下記のページで調べることができる。
U.S. Universal Service Administrative Company. “Automated search of commitments”. http://www.sl.universalservice.org/funding/, (accessed 2007-02-06).
また,全国レベルでの概要については、USACの“Funding Commitment Data” のページから、各年度の“Cumulative National Data”をクリックすれば見ることができる。

(2) もっとも、「図書館および図書館コンソーシアム」に加え、「学校・図書館コンソーシアム」に対しても、E-rateの総額のうち毎年10%前後が支給されている。USACのデータでは、図書館全体として、また館種ごとにどれだけの補助を得ているか、について正確には分からない、という問題がある。後掲のJaegerらの論考も参照。

(3) 公共図書館レベルでのE-rateの運用状況については下記報告書に詳しい。
Bertot, John Carlo, et al. Public Libraries & the Internet 2006: Study Results and Findings. Tallahassee, Information Use Management and Policy Institute, College of Information, Florida State University, 2006, p.42. http://www.ii.fsu.edu/projectFiles/plinternet/2006/2006_plinternet.pdf, (accessed 2007-02-06).

(4) U.S. Government Accountability Office. “Telecommunications: Greater involvement needed by FCC in the management and oversight of the E-rate program”. 2005, GAO-05-151, 70p. http://www.gao.gov/new.items/d05151.pdf, (accessed 2007-02-06).

(5) Washington Office, American Library Association. “E-rate and universal service”. http://www.ala.org/ala/washoff/WOissues/techinttele/erate/erate.htm, (accessed 2007-02-06).

(6) CIPAと図書館との関係については以下を参照。高鍬裕樹. 「子どもをインターネットから保護する法律」合憲判決と図書館への影響. カレントアウェアネス. 2005, (286), p6-7. http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/ca/item.php?itemid=1004, (参照2007-02-06)., 高鍬裕樹. “「子どもをインターネットから保護する法律」合憲判決と「子どもをオンラインから保護する法律」差し戻し判決の検討:情報を止める位置と手段について.” 知る自由の保障と図書館. 塩見昇・川崎良孝編著. 京都, 京都大学図書館情報学研究会, 2006, p.389-416.

(7) 例として以下を参照。Wisconsin Department of Public Instruction. “Children’s Internet Protection Act, CIPA: A brief FAQ on public library compliance”. http://dpi.wi.gov/pld/cipafaqlite.html, (accessed 2007-02-06)., Utah State Library. “UCIPA frequently asked question”. http://library.utah.gov/librarian_resources/laws/ucipa_faq.htm, (accessed 2007-02-06).

(8) Bertot, John Carlo, et al. Public Libraries & the Internet 2006: Study Results and Findings. Tallahassee, Information Use Management and Policy Institute, College of Information, Florida State University, 2006, p.43. http://www.ii.fsu.edu/projectFiles/plinternet/2006/2006_plinternet.pdf, (accessed 2007-02-06).

(9) Jaeger, Paul T., et al. The E-rate program and libraries and library consortia, 2000–2004: Trends and issues. Information Technology and Libraries, 2005, 24(2). http://www.ala.org/ala/lita/litapublications/ital/volume242005/number2june/contentabcd/jaeger.htm, (accessed 2007-02-06).

(10) Goolsbee, Austan; Jonathan Guryan. The impact of Internet subsidies in public schools. Review of Economics and Statistics. 2006, 88(2), p.336-347.

Ref:

古賀崇. “アメリカの公共図書館におけるインターネット接続:その法制的基盤と実態”. 情報基盤としての公共図書館の可能性. 東京, 東京大学大学院教育学研究科図書館情報学研究室, 2000, p.5-24. http://research.nii.ac.jp/~tkoga/text/2000_E_rate.html, (参照2007-02-06).

中山森爾. 情報スーパーハイウェイ構想からユニバーサル・サービスへ:米国における情報・通信政策と図書館(上) (中) (下). 国立国会図書館月報. 1997, (438), p.23-27; 1997, (439), p.22-26; 1998, (444), p.30-35.

清原聖子. 米国の教育機関へのインターネットアクセス普及政策:E-rateプログラムとケーブル業界. 海外電気通信. 2001, 34(7), p.19-29.

清原聖子. E-rateプログラムの政策実施過程に関する分析:教育・図書館団体の役割とロビー活動を中心に. InfoCom Review. 2005, (36), p.60-72.

U.S. Universal Service Administrative Company. “Schools and Libraries”. http://www.usac.org/sl/, (accessed 2007-02-06).