3.1 米国の学校図書館の概況 ~NCLB法の影響を中心に~

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同志社大学 社会学部教育文化学科  中村 百合子(なかむら ゆりこ)

はじめに

 現ブッシュ(George W. Bush)政権は教育改革に重点的に取組んでおり(1)、その影響は学校図書館にも当然及んでいる。特に公立学校は、2002年1月8日に落ちこぼれを作らないための初等中等教育法(1965年初等中等教育法の改正法)(No Child Left Behind Act of 2001: NCLB 法)が制定されてから、大きな変化が求められている。本稿では、同法を概説したうえで、その学校図書館への影響について、次の2点に注目して述べる。ひとつには、同法のリテラシー向上施策の学校図書館への影響である。もうひとつには、同法によっても促されている、公教育の根本からの問い直しに繋がるような、学校運営の改革の学校図書館への影響についてである。以上の作業をとおして、学校改革の進展との関連から、近年の米国の学校図書館の状況を概観したい。

(1) NCLB法とは

 NCLB法は、経済的・社会的に不利な状況にある児童・生徒の学力向上を主眼として、初等中等教育法(Elementary and Secondary Education Act of 1965:ESEA)を全面的に改正したものである。1965年に初等中等教育法が制定された後も、富裕層と貧困層、アングロサクソンとマイノリティの間の学力の差は広く、また一部では依然として拡大傾向にあるとの認識から、制定された(2)。2005年に連邦教育省が発表した、半世紀の米国の学校図書館の歴史をまとめた報告書でも指摘されているが、1965年の初等中等教育法が成立した際、連邦議会が教育の中に学校図書館を位置づけ、1億ドルを学校図書館に支出したことが、教育において学校図書館が重要な位置を占めるとの認識を広めたと言われている(3)。そして、今回の同法の全面的な改正を経て、改めて教育における学校図書館の重要性が確認されようとしていると考えられる。

 NCLB法の柱は、成果に対する説明責任(accountability)、前例のないような州と学校区の自由裁量と官僚的形式主義の排除、立証された教育方法についての資料の重視、親たちの選択の拡大の4つとされる(4)。それらの柱のそれぞれに沿う形で、次のような具体的な施策等が同法には盛り込まれ、実施された。各州は読み(reading)と算数・数学(math)について基準を策定し、3年生から8年生(日本の小学校3年生から中学校2年生にあたる)までの児童・生徒を対象に毎年、進歩と学力を測るテストを実施する。12年以内(つまり2014年まで)に各学校は目標のレベルに達するよう努める。また、州と学校区に、連邦政府の教育支援のための財源の利用について新たに決定権が委譲された。さらに、読みの能力の向上は最優先課題とされ、科学的に立証された読みの能力の向上のためのプログラムが用意された。教師の質の向上のためにも、科学的な根拠のある研究に基づく実践を行うことに焦点をあてて、教師を養成し雇用するプログラムが用意された。そして、親たちによりよい学校教育への選択肢を用意すべく、公立学校やチャータースクールの選択、個別指導や放課後の指導といった追加支援的な教育サービス、チャータースクールの建設を拡大することが決められた(5)

 NCLB法は今(2007)年1月8日に5周年を迎えた。2006年12月に米教育省はNCLB法の成果を強調する文書を発表し(6)、今年に入ってホワイトハウスも、2003年から2005年の間に43州とコロンビア特別区において読みと算数・数学の学力が向上または維持されたこと等をあげて、各州政府が同法を成功裏に実施しており、同法には成果が現れてきていると発表した(7)。同法については、ただし、全米教育協会(National Education Association)といった教育関係者の団体などによって、その限界や問題点もさまざまに議論されはじめており(8)、その本格的な評価はこれから広まるものと思われる。

(2) 読みの能力向上施策と学校図書館

 NCLB法の制定にあたって、ブッシュ大統領は、リテラシーを向上させることが最優先課題であり、読みの能力の育成を第一に手当てすると言明した。そしてその目標を、小学校の3年生までにすべての子どもが確かに読めるようになることとして、幼稚園から小学校2年生の子どもたちに対して科学的な根拠のある読みの能力育成のプログラム(“Reading First”initiativeと呼ばれる)を用意するなどした(9)

 そうしたリテラシーの向上を重視する方針のもと、NCLB法には学校図書館への助成が盛り込まれた。同法のタイトルI「不利な状況にある子どもたちの学力の向上(Improving the Academic Achievement of the Disadvantaged)」には、「児童・生徒の読みのスキルの向上のための助成(Student Reading Skills Improvement Grants)」中の第1251条として、「学校図書館をとおしてのリテラシーの向上(Improving Literacy through School Libraries)」の助成が定められた。最新の学校図書館の資料、十分な設備と先進テクノロジーを備えた学校図書館メディアセンター、養成教育を受け専門職の資格をもつ学校図書館メディアスペシャリストを用意して、子どもたちのリテラシーのスキルと学力を向上させることを目的としたものである。そして、それに対して2002年度から5年間、毎年2億5千万ドル(約300億円)が計上された(10)

 また、NCLB法が2002年に施行されてから3年以内に、同助成プログラムの評価を行うべきことが定められており、その評価は、2005年にまとめられて、連邦教育省から発表された。同プログラムに応募する資格が与えられたのは、児童・生徒の20%以上が貧困家庭の子どもという学校区である。2002年から2005年の間に合計344の助成が行われた。助成を受けた学校の学校図書館は、補助金の開始時点では、補助金を受けていない学校よりも相対的にみて劣っていた。しかし、2003年と2004年の調査では、貸出の電子化、開館時間の延長、図書館の利用頻度の増加、教師が児童・生徒に対してリサーチ・プロジェクトを行う際の支援やカリキュラムに関わっての校長や教師との恊働、そして図書館オリエンテーションを含む放課後の活動といった各種の学校図書館サービスの充実が、特に補助金を受けた学校図書館においてみられたという(11)

 以上のような学校図書館への助成のほかにも、NCLB法は学校図書館と学校図書館専門職に大きな影響を与えている。テストと評価が毎年行われることになり、学校、学校区、州政府には学校教育の成果(特に読みと算数・数学)の指導について説明責任が求められるようになった。そうした中で、当然、学校図書館で行われる教育活動についても、成果と説明責任が求められるようになっている。クラス担任や教科の教師らと協働し、そうした教育改革の取り組みに対しても積極的に貢献していこうと、少なくとも意識の高い学校図書館関係者はそのように認識しているようにみえる。また、NCLB法は科学的な根拠をもつ研究に基づいて教育が実践されるべきとしているが、学校図書館の充実や学校図書館専門職の教育活動が学力の向上にポジティブな影響を与えることを示す各種の研究を示して、機会をとらえてはそれらの存在意義が学校図書館関係者によって主張されている。例えば、学校図書館専門職の団体アメリカ・スクール・ライブラリアン協会(American Association of School Librarians:AASL)は、2004年11月に、学校図書館メディアスペシャリストがNCLB法の要求に応えようとするとき重要な役割を果たすことを訴えた、「あなたの学校図書館メディア・プログラムとNCLB」と題する冊子を全米の学校の校長や管理職らに送付した(12)。さらに、ALAの評議会が、2005年1月に、学校図書館とNCLB法に関する決議を採択した(13)

 一般的な学校図書館の現場がNCLB法の制定後にどのように変化したかについての調査結果等はまだ出されてないが、School Library Journal誌による約5年ぶりの学校図書館調査によれば、NCLB法の制定を受けて、学校図書館の中には、読書の動機づけのための取り組みを行うようになったところがあるとしている(14)

(3) 学校運営の改革と学校図書館

 NCLB法は、前述のように、教育の選択肢の拡大を定めた。そして米国では近年、学校単位の運営(school-based management)や学校選択はもとより、ホームスクーリング、遠隔教育といった公教育の根本的な問い直しに繋がるような取り組みが広まっている(15)

 そうした伝統的な公教育のあり方を揺るがす流れは、学校図書館に大きな影響を与えるだろうと考えられている。AASLは、1998年に発表し、以降の米国の学校図書館を牽引してきたInformation Power: Building Partnership for Learning(16)から約10年が経とうとしている近年、新しいガイドラインの策定作業を開始しているという(17)。その作業においても、遠隔教育やホームスクーリングが登場するような、伝統的なK-12の学校への見方が大きく変えられてしまう新しい教育環境において、ライブラリアンがどう機能するかは重要なテーマのひとつになっていると、AASL事務局長のウォーカー(Julie Walker)は述べている(18)。伝統的な学校の存在を前提にし、その中で存在意義を主張することに腐心してきた感のある学校図書館は、学校が問い直されることになって共に問い直されようとしている、ということであろう。

 現実に学校単位の運営や学校選択の動きはすでに各地で行われているが、学校図書館にも影響はあらわれてきている(19)。経営権がますます学校の管理職や親たちに委譲されていく中で、学校図書館の存在意義を彼らがどれだけ認識しているかが、直接学校図書館の財源や学校図書館専門職の配置などを決定することになっている(20)。一方で、学校選択の作業の中で、学校図書館の充実度はひとつの視点とされるようにもなってきている(21)。これは、学校図書館の運営についても学校現場や親たちの自由度が増し、学校図書館にも格差が拡大するということであろう。さらには、ホームスクーリングや遠隔教育が広まれば、地域にある図書館(学校図書館だけでなく、公共図書館や大学図書館も)には、さまざまな形でそれを支援することが期待されることになるのではないかと考えられている。さらに、日々進歩する情報技術はこの問題と深い関係があると考えられ、その学校図書館への導入も課題として注目されている(22)

おわりに

 以上のような近年の米国の学校改革と学校図書館の状況の中で、筆者が注目しているのは、連邦政府から読みの能力の育成に関わる学校図書館への期待が示されたという点であり、また学校運営の改革や公教育の問い直しという学校図書館の根底の地殻変動とも言うべき動きである。AASLはここ数十年の間、インフォメーション・リテラシーの育成を柱に、学校図書館メディア・プログラムの理論を構築しようとしてきた。だが、NCLB法等をみると、専門職集団の外から実はそれ以上に期待されていたのは、読みの能力の育成だったのかもしれない、とも思えてしまう。一方で、情報技術の進歩は早く、学校図書館には新しいメディアの導入が期待されている。学校図書館とはどんな役割を担う存在なのか、それが問い直されるべき時期にきていることを感じている学校図書館関係者は米国でも少なくないと、国際会議等さまざまな場面で実感している。

 ところで一昨年筆者は、ハワイ州で学校図書館を活用した授業を見学したり、学校図書館専門職員と意見交換を行ったりした。その際、ここ5年ほどの間に、評価が徹底され教員の説明責任が厳格化したことをはっきりと感じた。ハワイ州側が連邦政府側に提出した報告によれば、2002年から2005年の間に、ハワイの5年生の読みの学力は3パーセント向上し、同じく5年生の算数の学力は4パーセント向上した(23)。そうした教育改革の進展の中で学校図書館が果たした役割についてはまだ報告はないが、見学時の様子からして、多くの学校図書館がその改革の渦の中で何らかの役割を果たそうとしていると思われる。専門職として高い意識をもつ人のいる学校図書館では、相変わらずたくさんの授業が行われていたが、そのほとんどにおいて、達成目標が明確に示され、ルーブリックを活用するなど評価がきめ細やかに行われていた。学校図書館専門職はそのように教育実践上の課題が増え、ますます忙しくなっているようにみえた。もっとも、学校全体が、良くも悪くも緊張感に満ち、伸び伸びとした雰囲気ではなくなっていた。現在の米国で、日本で、進められている、市場原理を学校教育に持ち込むという改革の方向性は、ひとりひとりの子どもに向き合うことを基本とするだろう教育という活動に、長期的にどのような影響を与えるのだろうか。



(1) “The White House Policies and Initiatives”. http://www.whitehouse.gov/infocus/, (accessed 2007-01-17).

(2) “No Children Left Behind”. The White House. http://www.whitehouse.gov/news/reports/no-child-left-behind.html, (accessed 2007-01-17).

(3) Michie, Joan S.; Holton, Barbara A. America’s Public School Libraries: 1953-2000. National Center for Education Statistics, 2005, 17p. http://nces.ed.gov/pubs2005/2005324.pdf, (accessed 2007-01-25).

(4) Office of the Press Secretary, The White House. “Fact Sheet: No Child Left Behind Act”. 2002-01-08. http://www.whitehouse.gov/news/releases/2002/01/20020108.html, (accessed 2007-01-19).

(5) Office of the Press Secretary, The White House. “Fact Sheet: No Child Left Behind Act”. 2002-01-08. http://www.whitehouse.gov/news/releases/2002/01/20020108.html, (accessed 2007-01-19).

(6) [Department of Education.] “No Child Left Behind Act Is Working”. 2006. http://www.ed.gov/nclb/overview/importance/nclbworking.html, (accessed 2007.1.20).

(7) The White House. “Fact Sheet: The No Child Left Behind Act: Five Years of Results for America’s Children”. 2007-01-08. http://www.whitehouse.gov/infocus/education/, (accessed 2007-01-20).

(8) 日本では次のような報告がある。

土屋恵司. 2001年初等中等教育改正法(NCLB 法)の施行状況と問題点. 外国の立法. 2006, (227), p.129-136. http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/227/022707.pdf, (参照 2007-09-07).

中田康彦. 1980年代以降の合衆国の教育改革における教師報償政策の位置:NCLB法への経緯と成果主義の現在. 一橋論叢. 2005, 133(4), p.478-497.

(9) “No Children Left Behind”. The White House. http://www.whitehouse.gov/news/reports/no-child-left-behind.html, (accessed 2007-01-17).

(10) Pub.L. No.107-110, 115 Stat. 1425.

No Child Left Behind Act of 2001の全文は,以下を参照。

http://www.ed.gov/policy/elsec/leg/esea02/107-110.pdf, (accessed 2007-01-17).

(11) Michie, Joan S.; Chaney, Bradford W. “Evaluation of the Improving Literacy Through School Libraries Program: Final Report, 2005”. http://www.ed.gov/rschstat/eval/other/libraries/libraries.pdf, (accessed 2007-01-20).

(12) American Association of School Librarians. “Your School Library Media Program and No Child Left Behind”. http://www.ala.org/ala/aaslbucket/AASLNCLBbrochureweb.pdf, (accessed 2007-01-20).

(13) American Library Association. “ALA Resolution on School Libraries and the No Child Left Behind Act”. 2005. http://www.ala.org/ala/ourassociation/governanceb/council/councilagendas/midwinter2005a/CD42.doc, (accessed 2007-01-20).

(14) 2006 年の調査に回答を寄せた学校図書館の約半数が,例えば,ブックトークや漫画の提供といった動機づけの活動を行っていた(Shontz, Marilyn L.; Farmer, Lesley S. J. “The SLJ Spending Survey”. School Libreary Journal. 2007, 53(1), p.45-51. http://www.schoollibraryjournal.com/article/ca6403260.html, (accessed 2007-01-20).)。

(15) 米国における学校選択の議論と施策については,日本で発表された論考で最も新しい,青木宏治. アメリカ合衆国における学校選択と公教育の原則の衝突:主に教育バウチャーの射程について. 高知論叢. 2006, (85), p.179-200. が参考になる。

(16) American Association of School Librarians; Association for Educational Communications and Technology. Information Power: Building Partnerships for Learning. American Library Association; Association for Educational Communications and Technology, 1998, 205p.

(翻訳として,American Association of School Librarians; Association for Educational Communications and Technology. インフォメーション・パワー:学習のためのパートナーシップの構築. 同志社大学学校図書館学研究会訳. 同志社大学, 2000, 234p.)

(17) AASLは2008年冬までに新しいガイドラインを完成させようとしているという。

Weiss, Laura B. “sljnews: AASL to Rewrite School Library Guidelines”. School Library Journal. 2006, 52(8), p.16.

(18) Whelan, Debra Lau. “AASL to Unveil New Library Guidelines”. School Library Journal. 2007, 53(1), p.19. http://www.schoollibraryjournal.com/article/ca6403255.html, (accessed 2007-01-18).

(19) 2001年の段階の論考だが,ハーゼル(Gary N. Hartzell)は,学校単位の運営,学校選択,ホームスクーリングという学校の運営と選択に関わる改革が学校図書館に与える影響を検討している(Gary N. Hartzell. “The Implications of Selected School Reform Approaches for School Library Media Services”. School Library Media Research. 2001, (4). http://www.ala.org/ala/aasl/aaslpubsandjournals/slmrb/slmrcontents/volume42001/hartzell.htm, (accessed 2007-01-20).)。

(20) 一例として,ハワイ州ではThe Reinventing Education Act of 2004の制定により,児童・生徒対費用効果が検討されて,学校への予算配分の計算方法が変わり,また学校運営についての権限の校長への委譲が進んでいる。そうした中,校長で学校図書館に理解のある人は必ずしも多くないため,スクール・ライブラリアンのポストの維持の難しい学校が出てきている。(Beverly Creamer. “Schools may cut librarians”. The Honolulu Advertiser. 2006-02-06. http://the.honoluluadvertiser.com/article/2006/Feb/06/ln/FP602060325.html, (accessed 2007-01-23).)

(21) そのような動きは日本にもみられるようになっているのではないか。吉田新一郎. いい学校の選び方:子どものニーズにどう応えるか. 中央公論新社, 2004.(中公新書, 1760).でも,「図書室」がたびたび言及されている。

(22) 学校図書館への情報技術の導入についての比較的新しい調査として,Brewer, Sally.; Milam, Peggy. “SLJ’s Technology Survey 2006”. School Library Journal, 2006, 52(6), p.46-50.がある。

(23) [Department of Education.] “NCLB Making a Difference in Hawaii”. http://www.ed.gov/nclb/overview/importance/difference/hawaii.pdf, (accessed 2007-01-17).