1.1 知的自由をめぐる事例

PDF版はこちら

獨協大学 経済学部  井上 靖代(いのうえ やすよ)

 ここでは、2001年の9.11テロ事件以降、既存の関係諸法律を改正強化する形で成立した「愛国者法」PATRIOT ACTの影響を受けて発生した知的自由侵害の事例を含めて、近年のアメリカの公共図書館での事例を中心に紹介する。詳細はアメリカ図書館協会(ALA)知的自由部のサイトやブログで報告・議論されている(1)。近年の傾向として、法政策の動向の影響を直接に受けた図書館における事例が多くなっている。法律に関する分野については、「知的自由に関する法的動向」で詳しく述べられているので、そちらを参照してほしい。

アメリカの知的自由をめぐる事例や動向としては、
 

 (1) 図書館資料に対する焚書・検閲

 (2) 図書館施設利用に対するクレーム

 (3) 表現の自由と情報への自由なアクセス

 (4) 個人情報保護と専門職としての倫理

と大きく4つにわけて関係する事例を紹介したい。

 

(1) 図書館資料に対する焚書・検閲

 伝統的な印刷資料をめぐるクレームは児童・ヤングアダルト向け資料を中心に継続して生じている。ALAで把握している事例として、2005年に最もクレームがついた資料10冊は、すべて児童・ヤングアダルト向け資料である。例えば、『キャサリンの愛の日』(“Forever” by Judy Blume)や『ライ麦畑でつかまえて』(“The Catcher in the Rye” by J.D. Salinger)、『チョコレート・ウォー』(“The Chocolate War” by Robert Cormier)『ホエール・トーク』(“Whale Talk” by Chris Crutcher)などがあがっている。また過去10年間にクレームがついた資料100冊のうち69冊が児童・ヤングアダルト向けである。頻繁に登場するのは『ハックルベリ・フィンの冒険』(“The Adventures of Huckleberry Finn” by Mark Twain)や「アリスの日記」シリーズ(the Alice series of books by Phyllis Reynolds Naylor)などである(2)。この10年間にALA知的自由部が把握した事例6,364件中、理由としてよく挙げられている順でいうと、性的描写や差別的な表現、出版社が意図した読者対象年齢に内容がふさわしくない、オカルトの内容である、暴力的である、特定の宗教の布教を勧めている内容である、と続く。どれも増加傾向にあることが報告されている。

 宗教上の解釈をもとに議論される「ハリーポッター」シリーズ(3)や、ゲイなど性的問題を理由としてクレームがつく例(Daddy’s Roommate(4)、Tango Makes Three(5)など)、近年急速にアメリカの子どもたちの間に人気拡大している日本のマンガの翻訳本もその対象となっている。さらに急速に増加しているスペイン語会話者に対する偏見や差別感情が図書館におけるスペイン語資料の所蔵に対するクレームとして表出している。

 マンガは1933年にアメリカ国内出版社が自己規制して以来、創作・出版流通は低迷していた。90年代にはいり、ミレニアム世代とよばれるベビーブーム世代の子どもたちが増加するとともに、日本のマンガやアニメの翻訳・出版化が拡大するにしたがって、市場が拡大し、アメリカ人著者によるマンガの復活や新規参入が増加していった。図書館側でも識字や読書習慣の効果を期待し、読者(図書館利用者)の要望をいれ、マンガを図書館所蔵資料に加えるようになった。それにともない、図書館でのクレームも増加している。ALAと出版界は共同で選択のガイドライン(6)を公表することで、社会からの風当たりを軟化させようとの期待もある。

 視聴覚資料や電子資料など多様化するなかでの「焚書」、検閲も増加しており、多様化している。インターネットを利用しての電子資料の場合、法によって規制しようとする動きは毎年名称や形を変え、実質はほぼ同じような内容の法案が連邦議会に上程されている。年齢を理由にしての規制を違憲とするかどうかについて、ALAは原告、あるいは amicus curiae(裁判所に意見書を提出する第三者)になるなどして州あるいは連邦政府の規制に対抗している。

(2) 図書館施設利用に対するクレーム

 図書館憲章第6条で、展示や集会室の公平な利用を掲げている。さらに1991年に集会室利用について、さらに2004年には展示と掲示板についての利用についての解説および内容の改訂を表明している。図書館を限定的(designatedあるいはlimited)パブリック・フォーラムとみなす原則(7)を司法の場で、明らかにしたのはクレイマー事件である(8)。だがそれは原則であり、「明文化し、客観的で、図書館利用に関して合理的な内容の規定」がおかれていないと限定されるとは解釈されない、とみなされている(9)

 また図書館集会室の利用もパブリック・フォーラムとしてみなせるかどうかも争われている。政治活動や、宗教団体が図書館集会室を利用して、布教活動することの是非(10)、あるいは商業活動の場として利用できるのかどうかなどについても議論されている。また訴訟までいかないものの、図書館内の展示について論争が起こっている(11)

(3) 表現の自由と情報への自由なアクセスについて

 図書館資料の選択や配架、利用も図書館側からみれば表現の自由の範疇にあたるが、図書館外でのインターネットを通じた電子情報としての表現の自由を支持するか否かは議論のわかれるところである。フィルターソフトの導入と電子ネットワーク化への補助金交付との板ばさみになる図書館が増加している。州によっては、州法でインターネット上のフィルタリングに関する規定を制定しようという動きも広がっている(12)。フィルタリングを情報への自由なアクセスの侵害とみなす立場と未成年者の保護とみなす立場との間で論議が沸騰している。

 この動きの背景の一つは、10代の若者たちのあいだでSNS(Social Networking Service)(13)の利用が広まり、日本でみられるような出会い系サイトを発端とする性犯罪などに関わる事件の発生を危惧する状況がある。一方、図書館自体もSNS利用で図書館情報を提供するところが増加しており、これを規制されると情報の自由なアクセスへの侵害となる。

 また、イスラム風刺画のように多文化を問われる国際的な規模での表現の自由と図書館における情報への自由なアクセスといったテーマもアメリカ図書館界で若干増加している(14)

(4) 個人情報保護と専門職としての倫理

 2002年6月にALAはプライバシーについての解説文を公表した(15)。1939年に採択され、1995年に改訂された「倫理綱領」(16)でも、図書館は利用者のプライバシーを守るとされているが、9.11テロ事件捜査に関わって、FBIによる図書館への利用者の利用記録調査に協力する図書館員(17)がいた。「愛国者法」の成立(18)によってこのような捜査が法的に認められ、図書館における個人の貸出記録やインターネット端末の利用記録などをFBIが秘密裏に調査可能とされ、館長がその事実を公表できないと規定されているため、さらに図書館のプライバシー侵害に拍車がかかっているという状況にある。ただ、これは「愛国者法」成立以前に、すでにFBIは図書館を含むさまざまな場で、外国人など個人の図書館利用を監視していた(Library Awareness Program)が、それを法制化した上、さらに強化したといえる(19)

 ALAは、この規定に対して、利用者の個人情報保護の観点から反対し、利用記録を即刻廃棄するように、図書館界に勧めている(20)。また、司法捜査が図書館に介入する前に図書館員全員に対するガイドラインや利用者に対する方針などを明文化することをアドバイスしている(21)。FBI側はそういった捜査はしていないと言明しているもの、ALA側の調査ではその事実を把握している。そのなかにコネチカット州の4人の図書館長たちが政府を相手取って起こした訴訟がある。(John Doe v. Ashcroft.(334 F. Supp. 2d 471 (S.D.N.Y.2004)、John Doe v. Gonzales.(No.3: 05cv1256(D.Conn.2005)、なおジョン・ドウ(John Doe)というのは原告側を示す仮名である。)

 FBIの捜査事実について、「愛国者法」には口外禁止規定(Gag order)があり、違反すると処罰の対象になる。これは憲法に定められた個人の表現の自由に反するものだとして、訴訟をおこしたのである。「愛国者法」は当初5年の時限立法であったが、2006年に修正のうえ再延長が可決された(22)。その修正のなかに理不尽なGag orderに対して意見表明できることが可能となったのである。それゆえ、この裁判は成立しなくなり、実質的に図書館員側の立場が理解を得たといえる。

 またRFID利用の動きが増加する現状で、プライバシー侵害の危惧が高まっていることも背景のひとつとしてあげられる。

 アメリカのすべての州では個人情報保護一般に関する州法が定められている(23)が、さらに図書館利用に関する個人情報保護を規定する州法も制定される動きも見られる(アラスカ州(Senate Bill 269)、ミシガン州(Senate Bill 15)、ウィスコンシン州(Senate Bill 15、Senate Bill 128)など)(24)

 ALAでは前述の「倫理綱領」の成立時とは異なる現代的な文脈の中で、図書館員が遵守すべき倫理綱領を図書館利用に関するプライバシーを含む規範として改訂し、図書館界に周知しようとしている。



(1) American Library Association.“Office for Intellectual Freedom”. 2006. http://www.ala.org/oif, (accessed 2007-03-05).

American Library Association. “Office for Intellectual Freedom”. http://blogs.ala.org/oif.php, (accessed 2007-03-05).

“Don Wood: Library 2:00 blog”. http://donwood.alablog.org/blog, (accessed 2007-09-06).

(2) American Library Association. “Challenged and Banned Books”. 2006. http://www.ala.org/bbooks/challeng.html, (accessed 2007-03-05).

(3) American Library Associaton. “Book Burning in the 21st Century”. http://www.ala.org/ala/oif/bannedbooksweek/bookburning/21stcentury/21stcentury.htm, (accessed accessed 2007-03-05).

シダービル学校図書館で「ハリーポッターと賢者の石」を一般書架から除き,保護者の承認を得た生徒のみアクセスを認めたことに対し,保護者が子どもの権利を侵害しているとして訴訟をおこした(Counts v. Cederville School District. (295 F. Supp. 2 996(W.D.Ark.2003))。裁判所は原告の訴えを認め,未成年の権利侵害を認定した。

(4) Willhoite, Michael. Daddy’s roommate. Boston : Alyson Publications, c1990, [32]p.

この本を児童室から除去するように求めた訴訟は,Sund v. City of Wichita Falls.(121 F. Supp.2d 530(N.D.Tex.2000))である。裁判所は図書館を限定的(limited)パブリック・フォーラムとみなし,本の内容が気に入らないからといって書架から除去することは憲法上できないと判断した。なお,この本についての事例は以下の論文に詳しい。川崎良孝. “アメリカ図書館協会「図書館の権利宣言」(Library Bill of Rights)と利用者のアクセス”. 塩見昇・川崎良孝編著. 知る自由の保障と図書館. 京都大学図書館情報学研究会, 2006, p.293-314.

(5) Richardson, Justin and Peter Parnell. New York : And Tango makes three. Simon & Schuster Books for Young Readers, c2005.

ニューヨーク市動物園でオスのペンギン2羽が子育てするという内容の絵本。ALAが出した下記プレス・リリースも参照。

American Library Association. ““And Tango Makes Three” tops ALA's 2006 list of most challenged books”. 2007-03-06. http://www.ala.org/ala/pressreleases2007/march2007/mc06.htm, (accessed 2007-03-05).

(6) National Coalition Against Censorship, American Library Association.; Comic Book Legal Defense Fund. “Graphic Novels: Suggestions for Librarians”. 2006. http://www.ala.org/ala/oif/ifissues/graphicnovels_1.pdf, (accessed 2007-03-05).

“National Coalition Against Censorship”. http://www.ncac.org/home.cfm, (accessed 2007-03-05).

Comic Book Legal Defense Fund. “Welcome to the Comic Book Legal Defense Fund!”. http://www.cbldf.org/, (accessed 2007-03-05).

(7) Chmara, Theresa. “Public Libraries and the Public Forum Doctrine”. Office for Intellectual Freedom, American Library Association. Intellectual Freedom Manual. 7th ed, Chicago : American Library Association, 2006. p369-383.

(8) Kreimer v. Bureau of Police. 958 F. 2d 1242 (3d Cir. 1992).

(9) 裸足でやってきた原告を図書館が拒否したことに対して訴訟をおこした例。

Neinast v. Board of Trustees. 190 F. Supp. 2d 1040(S.D. Ohio 2002), 346 F. 3d 585(6th Cir. 2003), 124 S.Ct. 2040(2004).

(10) Concerned women for American, Inc. v. Lafayette county. 883 F. 2d 32(5th Cir. 1989).

(11) フェアバンクス・ノース・スター郡図書館(アラスカ州)などで展示内容に対するクレームがおき,論争になった例などがある。

Fairbanks North Star Borough Public Libraries & Regional Center. “Library Procedures & Policies”. http://library.fnsb.lib.ak.us/books/policies.php#display, (accessed 2007-03-05).

(12) American Library Association. “State Legislation”. http://www.ala.org/ala/oif/ifissues/inthestates/statelegislation.htm, (accessed 2007-03-04).

(13) SNSと知的自由について, PodcastやMP3,Wikiなどで情報提供している。以下のサイトでアクセスできる。

“Online Social Networking and Intellectual Freedom”. Don Wood: Library 2.0. http://donwood.alablog.org/blog/_archives/2006/12/1/2542220.html, (accessed 2007-03-05).

また, 図書館で提供されている状況にふれた論稿として次のものがある。

井上靖代. 米国の図書館界とSNS検閲. カレントアウェアネス. 2006, (290), p.17-19. http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/ca/item.php?itemid=1054, (参照 2007-03-05).

(14) デンマークの新聞にイスラムを風刺する戯画が掲載されたことでデンマーク国内のイスラム系住民からクレームが起こったことに端を発し,世界各地の新聞に転載され各地のイスラム系住民からクレームがおこった事例。2006年8月のWLIC/IFLAソウル大会で特別シンポジウムで討議された。

(15) Council, American Library Association(Adopted 2002-06-19). “Privacy : An interpretation of the Library Bill of Rights”. Office for Intellectual Freedom, American Library Association. Intellectual Freedom Manual. 7th ed., Chicago : American Library Association, 2006. p.190-196. http://www.ala.org/ala/oif/statementspols/statementsif/interpretations/privacy.htm, (accessed 2007-03-05).

(16) Council, American Library Association(Adopted 1995-06-28). “Code of Ethics of the American Library Association” Office for Intellectual Freedom, American Library Association. Intellectual Freedom Manual. 7th ed, Chicago : American Library Association, 2006. p.244-265. http://www.ala.org/oif/policies/codeofethics/, (accessed 2007-03-05).

(17) 川崎良孝. 特集, 個人情報保護と図書館:アメリカ愛国者法と知的自由:図書館はテロリストの聖域か. 図書館雑誌. 2005, 99(8), p.507-509.

(18) 中川かおり. 米国愛国者法の制定と図書館の対処. カレントアウェアネス. 2005, (283), p.2-4. http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/ca/item.php?itemid=979, (参照 2007-03-05).

(19) 後藤暢. FBIの図書館監視計画と図書館. カレントアウェアネス. 1990, (127), p.2-3. http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/ca/item.php?itemid=66, (参照 2007-03-05).

山本順一. 特集, 新しい枠組みとしての図書館の自由:アメリカの知的自由と図書館の対応に関するひとつの視角:愛国者法から図書館監視プログラム, そしてCOINTELPROに遡ると. 現代の図書館. 2004, 42(3), p.157-163.

(20) Office for Intellectual Freedom, American Library Association. “confidentiality and coping with Law enforcement Inquiries. Guidelines for the Library and Its Staff”. Office for Intellectual Freedom, American Library Association. Intellectual Freedom Manual. 7th ed., Chicago : American Library Association, 2006. p.304-313. http://www.ala.org/oif/ifissues/lawenforcementinquiries/, (accessed 2007-03-05).

(21) Intellectual Freedom Committee, American Library Association. “Guidelines for developing a Library Privacy policy: privacy Tool Kit”. Office for Intellectual Freedom, American Library Association. Intellectual Freedom Manual. 7th ed, Chicago : American Library Association, 2006. p.319-332.

(22) 愛国者法,図書館条項を修正して成立.カレントアウェアネス-E. 2006, (79), E462. http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/cae/item.php?itemid=468, (参照 2007-03-05).

(23) American Library Association. “State Privacy Laws regarding Library Records”. 2006. http://www.ala.org/ala/oif/ifgroups/stateifcchairs/stateifcinaction/stateprivacy.htm, (accessed 2007-03-04).

各州のプライバシーに関する法制度については以下の論文に詳しい。

山本順一. “アメリカ法にみるプライバシーの保護と図書館の自由”. 塩見昇, 川崎良孝編著. 知る自由の保障と図書館. 京都大学図書館情報学研究会, 2006, p.325-387.

(24) 山本順一. “アメリカ法にみるプライバシーの保護と図書館の自由”. 塩見昇, 川崎良孝編著. 知る自由の保障と図書館. 京都大学図書館情報学研究会, 2006, p.325-387.