1. 米国の図書館史に関する研究動向

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東京大学大学院 教育学研究科  三浦 太郎(みうら たろう)

 米国図書館史研究の第一人者ウィーガンド(Wayne A. Wiegand)フロリダ州立大学教授は、1999年、19世紀末以降の米国図書館学研究の動向をまとめたうえで、この分野の弱点として、研究範囲が図書館という「自分たちにだけ通用する土俵」に閉じており、権力と知識の結びつきに切りこむ批判理論や、図書を読む人びとの視座に立つ読書研究など理論的・学際的研究と隔絶している点を批判した(1)

 日本で米国図書館思想研究をリードする川崎良孝・京都大学教授も2005年、ヴァンスリック(Abigail A. Van Slyck)『すべての人に無料の図書館』(2)に寄せた「訳者あとがき」のなかで、過去30年間の米国図書館史研究の動向の変化を概観し、シェラ(Jesse H. Shera)、ディツィオン(Sidney Ditzion)、ハリス(Michael Harris)、ギャリソン(Dee Garrison)の「問題意識、視点、解釈、それに周辺諸学の視点や方法を視野に入れつつ、個別的な領域で歴史を再構成していくという方向に向かっている。そこで…重視されているのは、従来の図書館史の捉え返し、女性などマイノリティの視点、およびいわゆるブック・カルチャー、プリント・カルチャーといった幅広い領域のなかに位置づきうる図書館史研究である」と述べた(3)

 従来の図書館史研究のテーマは、大きく、伝記、一館史、(分類やレファレンスなど)専門技量、図書館学教育、図書館協会、専門職の活動研究に分けられる(4)が、図書館界の内部で完結する素朴実証的な研究ではなく、図書館が内包する価値意識やそれが置かれた社会情勢との関わりで論じることが、近年、強く意識されるようになったと言える。

 このうち伝記では、ウィーガンドがデューイ(Melvil Dewey)の生涯を論じた『手に負えない改革者』(5)が出されている。ここでは、速記資料や書簡をはじめ、従来は取り上げられることのなかった1次資料を博捜しながら、デューイが十進分類法の考案やライブラリー・ビューローの設立などを通じて図書館業務の効率化・規格化を徹底した点や、アメリカ図書館協会(ALA)発足やLibrary Journal 創刊など図書館専門職領域の形成に尽力した点、さらには、図書館学校を創設し女性図書館員を中心とする専門職制度を確立した点について、丹念に考察が進められている。あわせて、メートル法普及と綴り字改革への情熱、レイクプラシッドクラブでの反ユダヤ主義的活動など、デューイの多面的活動を取り上げるなかで、筆者はそれらの諸活動が当時の白人中心主義的な価値観や利他主義的な道徳観に支えられていたことを、批判的に検証することに成功している。

 また、一館の歴史ではないが、図書館の設立史として先のヴァンスリック(コネチカット・カレッジ教授)による『すべての人に無料の図書館』がある。ここでは、1890年から1920年にかけての図書館サービス拡大期においてカーネギー(Andrew Carnegie)が全米各地に寄贈した、いわゆる「カーネギー図書館」を取り上げながら、建築様式や設計配置に込められた町の実力者・建築設計者・図書館員の意図の相違を読み解き、各自治体で進められた都市政策や文化政策の違いを浮き彫りにしている。提示される対立軸のひとつは中央館と分館であり、都市部において中央館は記念碑的性質を体現し権威主義的構造を有したが、これと対照的に分館は図書館設計理論に積極的に対応した作りを持ち、中産階級以外に労働者階級の利用にも開かれていた点が論じられる。このほか筆者は女性図書館員と利用者としての子どもに着目し、1900年以降、児童室において暖炉に女性肖像画を立て掛ける家族的なイメージが完成したことを指摘している。

 専門職の活動研究としては、ロビンズ(Louise S. Robbins)ウィスコンシン大学教授が知的自由の観点から論じたThe Dismissal of Miss Ruth Brown(6)がある。これは、戦後1950年にオクラホマ州の石油町バートルズヴィルを舞台にした公共図書館長解雇の背景をまとめた論考で、文書や手書き資料、さらには関係者とのインタビュー調査をもとに、彼女の解雇がマッカーシズムという時代背景だけでなく南部に根深い人種対立、女性観と密接な関係のあった点を考証している。ブラウンはアフリカ系アメリカ人に非公式に図書館を開放するなど人種対立緩和に努力した自由主義者であり、彼女の見解は、彼らを単に町の労働力の立場にとどめておいたり女性を家庭に縛り付けたりすることでコミュニティの安寧を保つことができると考えた保守層との間に、埋めがたい溝を生んでいた。当時、ALAは反検閲の立場からのみブラウンを支持したが、これによって事件の根底にあるそうした階級・人種・ジェンダー差別を隠蔽してしまった点を同書は鋭く描き出している。

 このほか、幅広い視点からの研究として注目されているのが、ポーリー(Christine Pawley)ウィスコンシン大学准教授によるReading on the Middle Border(7)である。彼女は従来の読書史研究が北東部の中産階級に焦点をあてていたため「普通の」人びとの読書行動が明らかでないとの問題意識に立ち、開拓から定住へ向かう19世紀後半の時期の中西部アイオワ州の小町オーセージを取り上げる。そこで連邦・州政府の統計データ、町の記録、地方紙、学校や読書クラブに残された文書、日記などを用いながら、男性・女性、子ども・老人、あらゆる階層・人種的背景を問わず、一般の人びとが日々、図書や新聞・雑誌など印刷情報をどのように利用していたかを解き明かしている。図書館も多様な文化生活のなかに位置づけられ、地元のセージ公共図書館の利用実態に即せば、「利用者は中流階級のプロテスタントが大多数を占め、貸出は女性が利用し、ロマンス小説が最も人気を集める」とステレオタイプ的に理解される利用にとどまらず、年配者や中年男性、労働者階級の利用が確かにあり、読書傾向にもハイ/ロウカルチャーどちらかへの一方的志向は見られなかった点を指摘している。これは図書館利用実態の捉え方に一石を投じた好著である。

 学術雑誌や研究団体の動向にも触れておこう。米国図書館史研究の雑誌としては長くLibraries & Culture が挙げられてきた。これは1966年にルイス・ショアーズによってJournal of Library Historyとして創刊され、1988年に名称変更された季刊の査読付き学術雑誌であり、研究論文・研究ノート・エッセー・書評から構成されているが、2006年夏号以降、名称をLibraries & the Cultural Recordと再変更した。この再変更には、対象を図書館だけでなく文書館、博物館も含めた文化記録を保存する機関全般に広げ、記録された知識情報の総体を扱うという意図が鮮明に示されている。

 米国図書館史研究の団体としては、ALAの部会として1947年に発足したLHRT(Library History Round Table)があり、それ以外に、1991年に図書に関わる分野横断的な集まりとしてSHARP(Society for the History of Authorship, Reading & Publishing)が発足し、国際的な研究交流の場を提供している。



(1) Wiegand, Wayne A. “20世紀の図書館・図書館学を振り返る”. 川崎良孝訳. 川崎良孝編著. 図書館・図書館研究を考える:知的自由・歴史・アメリカ. 京都大学図書館情報学研究会, 2001, p.2-44.

(2) Van Slyck, Abigail Ayres. すべての人に無料の図書館:カーネギー図書館とアメリカ文化1890-1920年. 川崎良孝ほか訳. 京都大学図書館情報学研究会, 2005, 274p.

(3) Van Slyck, Abigail Ayres. すべての人に無料の図書館:カーネギー図書館とアメリカ文化1890-1920年. 川崎良孝ほか訳. 京都大学図書館情報学研究会, 2005, p.259-263.

(4) Wiegand, Wayne A. “American Library History Literature, 1947-1997: Theoretical Perspectives?”. Wertheimer, Andrew B. [eds]. Library History Research in America: Essays Commemorating the Fiftieth Anniversary of the Library History Round Table. Library of Congress, 2000, p.4-34.

(5) Wiegand, Wayne A. 手に負えない改革者:メルヴィル・デューイの生涯. 川崎良孝ほか訳. 京都大学図書館情報学研究会, 2004, 494p.

(6) Robbins, Louise S. The Dismissal of Miss Ruth Brown: Civil Rights, Censorship, and the American Library. University of Oklahoma Press, 2000, 237p.

(7) Pawley, Christine. Reading on the middle border : the culture of print in late-nineteenth-century Osage, Iowa. University of Massachusetts Press, 2001, 265p.

なお,同書の第1・3章の大枠は,Powley, Christine. “ビリヤードより良いもの:1890年から1895年のアイオワ州オーセージにおける読書と公共図書館”. 吉田右子訳. 川崎良孝編著. 図書館・図書館研究を考える:知的自由・歴史・アメリカ. 京都大学図書館情報学研究会, 2001, p.119-152. に示されている。