CA998 – 英国公共図書館の業務委託プロジェクト / 吉川博史

カレントアウェアネス
No.188 1995.04.20


CA998

英国公共図書館の業務委託プロジェクト

英国における地方政府の機構改革は,1980年代の保守党政権の下で推進されてきた。サッチャー前首相は,1979年に政権の座に就いてから1990年に辞任するまでの間,「小さな政府」をスローガンに掲げ,地方歳出の効率化・抑制を目指して様々な計画を実行に移した。その具体例が,福祉・教育・生活関連の行政サービスの民営化であり,競争入札制度の拡充であり,人頭税の導入であった。こうした改革は地方政府の権限の縮小につながるとして,地方民主主義の退化を危惧する声も聞かれた。いずれにせよ,改革の波は,公共図書館サービスにも必然的に影響を及ぼしており,図書館界に論議を巻き起こしてきた(CA810参照)。

サッチャー首相の辞任後も,保守党政権による地方政府の改革は継続されている。現在,公共図書館サービスのいくつかの,またはすべての要素を業務委託することについての検討が行われている。ここでは,1994年秋に第一回目の評価がなされた5つのパイロット・プロジェクトの概要を紹介する。

ブレントのプロジェクトでは,委託による業務組織グループ(Business Units)の運営と市場でのテストとがポイントとなっている。図書館をおのおの2館程度で構成される7つの単位に分け,各単位の運営を業務組織グループに委託する。業務組織グループは契約明細を作成し,完全に権限を委譲され,事実上自主的に定められた基準に則って運営される。

市場テストは,この契約のうちの一つを入札に従って行い,応募状況(どの位私企業にとって魅力のある契約か)や委託の効果を見ようとするもので,入札はECの公共調達規則や強制的競争入札制度(CCT)のガイドラインに従って行われる。1994年夏に行われたこの試みの結論は,私企業が提供する図書館サービスが,カウンシルが提供するサービスよりも高品質・低コストになるとは今のところ考えにくい,というものであった。外部委託に軍配は上がらなかったのである。

ドーセットでは,図書館サービス全体を外部委託することが試みられている。地方政府という枠組みの外に組織体を設立し,それをとおして良質の図書館サービスを提供しようという試みである。行政の制約を免れた組織体の方が,柔軟で効率的な運営とサービス提供ができるだろう,ということである。

この場合,依頼者(=地方政府)と請負者(=組織体)の役割及び責任の明確化が不可欠である。また,いかなる外部委託も,より低いコストで従来と同じ水準のサービスを提供するか,または従来と同じコストでより良いサービスを提供することを目的として行われるべきものであるから,サービスを評価するための基準を開発する必要がある。このプロジェクトでは,これらの問題に関する研究が進められ,外部委託で運営してゆける可能性はあるとの結論が下されている。

ヘレフォード・ウスターでは,図書館における文化活動の運営という限定された領域について外部委託を実行する試みが行われている。これまで,この図書館には,文化活動のスペシャリストはいなかった。そこで,外部の専門家に運営を委託することにより,より効果的な活動を展開しようというのである。ここでの研究の主目的は,委託された外部の運営者が展示会や催しのプログラムを企画し実行することが可能かどうかを検討し,実施のための戦略と明細を用意することにある。外部コンサルタントが雇われ,実行可能性の検討と実施計画の立案にあたった。

ハートフォードシャーでは,図書館サービスにフランチャイズ方式を導入する試みがなされている。この方式は,特定の図書館サービスについて外部のサービス提供者を募り,それらの提供者でネットワークを形成し,統一されたブランドイメージの下で良質のサービスを提供することを意図している。

今回の研究では,まず図書館サービスのどの領域がフランチャイズ方式に適しているかを見きわめ,この方式がなぜある領域には適しているのに他の領域には不適当なのかを明らかにする。次いで市場で予備調査を行い,試験的なフランチャイズ方式の大雑把な枠組みを定めるものである。外部コンサルタントを雇って検討した結果,通常のフランチャイズ方式は図書館運営には適していないが,それに似たやり方なら実行可能であろう,という結論が下されている。

ケントでは,図書館サービスを委託する際のサービスの購入者と供給者との関係のあり方,及び委託を円滑に行うためのサービスの明細書の作成に関する研究が行われている。CCTによってもたらされる購入者と供給者との分離は,現在の図書館員が持つ,現場の状況に柔軟に対応できる多面的な能力や,地域社会に奉仕する公共サービスの理念といった重要な長所を失わせてしまう。しかし,購入者と供給者との適切な協力関係があれば,すなわち,図書館員が主体となって,外部委託先との協力関係の下に業務を遂行することができるならば,大きな力を生み出すことができるかもしれない。

このような考え方を基盤に委託を目的としたサービスの詳細な記述を作成する試みが始められた。この試みは軌道に乗り、効果的なサービスの探求が進んでいる。

以上の5つのパイロット・プロジェクトの成果をふまえて公共図書館の業務委託についての報告書が作成され,その草案では,業務委託が望ましいかどうかについて言明することは避けているものの,公共図書館が提供している活動の主要なものについて,業務委託は実行可能であると,とりあえずの結論が述べられている。「終わり良ければすべて良し」という。公共図書館サービスの「終わり」を評価することは,利用者のニーズがどの程度満たされたかを評価することと同義であろう。効率性の追求と地方民主主義の発展とを同時に実現させることは可能なのであろうか。研究のさらなる進展に注目したいところである。

吉川博史(よしかわひろふみ)

Ref: Midwinter, Arthur. et al. Local government reform in Britain. Libr Rev 42(4) 14-26, 1993
Tyerman, Karen. et al. Despatches from the front line. PublicLibr J 9(4) 95-99, 1994
Libr Ass Rec 96(9)466; 96(11) 580-582; 96(12) 668-669, 1994