CA981 – ドイツ統一と公共図書館 / 戸田典子

カレントアウェアネス
No.185 1995.01.20

 

CA981

ドイツ統一と公共図書館

1989年11月9日の劇的なベルリンの壁開放から5年が経過したが,社会のあらゆる領域でドイツ統一の激動は続いている。図書館界も例外ではない。

1989年には東ドイツには合計13,545館の公共図書館(「国立一般図書館」が正式名称。この数字は組織体ではなくサービスポイントの数)があった。この内専任の職員を有するものは,中央館が1,139,分館が692,さらに小規模の支所が4,425であった。専任職員を有しないもの―住民3,000人以下の市町村に置かれた―は,市町村図書館が6,213,支所が1076であった。資料は合計51,619,000点,住民一人当たりでは3.1点である。

数の上では極めて多く,全国を網の目のように図書館が覆い,「読書の国」を誇っていたが,内実は貧弱であった。東ドイツの文献こそ網羅的に,しかも複数部所蔵してはいたものの,1960年代以後の西側の文献は締め出していた。東の図書館の内,世界に通用するのは児童図書館だけともいわれており,実際図書館の利用率は年齢が上がるとともに低下していた。

壁の開放により,これまで抑圧されていた市民の情報への要求は高まったが,東の公共図書館は到底これに応えられず,利用は急減した。国家財政の破綻も明らかになり,公共図書館は存亡の危機に立たされた。西ドイツの図書館界は事態を察知し,直ちに立ち上がった。国家としての統一は1990年10月であったが,それに先立つ90年4月,西ドイツのBDB(*)は東の図書館代表を招き初の共同会議をもち,蔵書充実のための方策を検討した。

BDBの働き掛けがあったと思われるが,8月には出版界の主導で東ドイツの公共図書館を支援する全国キャンペーン「ドイツの図書館パートナーシップの為に図書を寄贈する市民行動」が始まった。「図書館パートナーシップ」とは,主に姉妹都市関係を基盤とする東西の図書館の協力関係で,以前から存在してはいたが,殆どは壁の開放以後生まれたものである。このパートナーシップを通じて,市民の図書の寄贈,西の図書館の複本の寄贈,図書館員の研修など様々な支援活動が展開された。9月にはすでに100を超すパートナーシップが活動していた。

BDBもこのキャンペーンに協力しつつ,90年8月「ドイツの公共図書館」という名称の会議(Diskussions- und Planungsplattform “Offentliche Bibliotheken in Deutschland”)を結成し,公共図書館の問題に取り組む体制を整えた。統一後は公の組織「図書館制度に関する連邦・州によるワーキンググループ」(CA958)に参加し連邦政府,州政府に財政支援を求める交渉を行った。90年末までには連邦は特に教科書,研究書の充実のために1500万マルクの緊急援助を実施した(対象が公共図書館であるかどうかは不明)。

統一後,中央集権制であった東ドイツは分権的な連邦制へと国家組織も変革された。州議会が選挙され州政府がつくられた。国家機関であった公共図書館も州または市町村の運営に移管された。ドイツの連邦制では,図書館を含む文化政策は州,市町村の権限だからである。しかし生まれたばかりの州は行政組織も整わず,財政は逼迫しており,図書館に目を向ける余裕はない。市町村も自治に慣れてはいない。公共図書館の運営は一時宙に浮いてしまった。91年4月には13,545のサービスポイントの内30%の閉館が予測された。図書館の中でも統一の打撃を最も受けたのは公共図書館であったといえる。

専任職員のいる公共図書館の統計は以下の通りである。

●図書館数(1989年〜1992年)

旧東ドイツ

 
1989
1990
1991
1992
組織体としての数
1139
1098
1000
サービスポイント
6256
2946
1972
1773

旧西ドイツ

 
1989
1990
1991
1992
組織体としての数
1112
1143
1177
サービスポイント
2875
2905
2943
2929

(出典:Peter Gunnel, Andreas Heise)

●各々の項目の対前年の増減   単位:%

 
1991
1992
 
旧東
旧西
旧東
旧西
サービスポイント
-16.0
+1.3
-10.0
– 0.5
所 蔵 資 料
-13.6
+2.3
– 7.8
0
人     員
   
  
– 8.5
 
利     用
– 4.7
+2.3
+31.6
+ 1.4
総  経  費
+33.9
+7.7
+29.5
+10.0
資 料 購 入 費
+72.4
+0.8
-26.0
+ 4.4
人  件  費
+20.5
+9.2
+62.9
+ 7.9

(出典:Peter Gunnel)

旧東ドイツをみると閉館の多さが目を引く。前述のBDBの「ドイツの公共図書館」会議でも,会議の途中で閉館のしらせが次々と入り,報告が中断される有様であった。専任の職員のいない小規模な図書館の事態はさらに悪いという。しかしすべての図書館が残ればよいという考えは図書館界にもなく,ある程度整理し,ブックモビルの活用によってサービスを向上させるべきだとする見方が強い。閉館の勢いも次第に落ち着く傾向がうかがえる。

91年の資料購入費の増加は連邦と州の援助による。官民挙げての蔵書の充実策が奏功し,一時的に落ちた利用も,飛躍的に伸びつつある。資料数が減少しているのは,廃棄しなければならない資料が多いためである。90年から92年にかけて全資料の35%が更新された。今後も少なくとも15%は廃棄せざるを得ないという。

これに比べ旧西ドイツをみるとベースアップによる人件費の上昇を除いては殆ど変化はない。旧西ドイツの「停滞」もまた問題であるが,それにしてもこの違いは,統一により東ドイツが受けた衝撃をよく物語っている。

戸田典子(とだのりこ)

* Bundesvereinigung Deutscher Bibliotheksverbande(ドイツ図書館団体連合会)89年9月20日に西ドイツの図書館団体,図書館員団体が作った連合組織。統一後傘下の団体が同種の旧東ドイツの団体と合同するなどして全国的な組織となっている。機関誌はBibliotheksdienst (BD)。
Ref: Bibliotheken im zusammenwachsenden Deutschland. BD 24 (5) 566-568, 1990
Klingner, Helga. Uberblick uber das Bibliothekswesen der DDR BD 24 (8) 1056-1062, 1990
Bibliotheken im zusammenwachsenden Deutschland, aus dem Jahresbericht des Sprechers der BDB. BD 24 (10) 1325-1330, 1990
Siegl, Elke. Das Offentliche Bibliothekswesen in der Bundesrepublik Deutschland im Herbst 1990. BD 24 (12) 1623-1632, 1990
Heise, Andreas. Was tut sich bei den Offentlichen Bibliotheken? Erste Ergebnisse der Deutschen Bibliotheksstatistik (DBS) Teil A 1991. BD 26 (6) 869-880, 1992
Gunnel, Peter. Offentliche Bibliotheken in der Bundesrepublik Deutschland 1990-1992. BD 27 (12) 1874-1882, 1993
Barsch, Ursula, et al. Deutsch-deutsch Bibliothekspartnerschaften Offentlicher Bibliotheken. Bibliothek 18, 41-48, 1994