CA782 – ドイツ・ユダヤ図書館 / 戸田典子

カレントアウェアネス
No.149 1992.01.20


CA782

ドイツ・ユダヤ図書館

1992年1月12日から4月26日まで,ベルリンで「ユダヤ人の生の世界」と題する展覧会が催される。1992年は,1942年1月20日にベルリン郊外のヴァンゼー湖畔で開かれた,「ヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終解決」のための会議から,丁度50年に当たる。このヴァンゼー会議で,ドイツ及びヨーロッパのユダヤ人の大量殺害が公式に決定された。1933年初めにドイツ帝国に住んでいたユダヤ人は50万人(全人口の3%に相当)であったが,1990年では6万人に過ぎない。ヒトラーは勝ったのだろうか?ドイツ最古のユダヤ人共同体の存在は321年のケルンに遡る。1600年以上に及ぶドイツにおけるユダヤ人の歴史は絶えてしまったのだろうか。「生の世界」と銘打つこの展覧会は勿論この問いに「否」と答えるものである。そして図書館の世界でも同じくこの問いに「否」と答える努力がはらわれて来た。

1959年,作家ハインリッヒ・ベルをはじめとする6人のケルン市民は,「ドイツ・ユダヤ協会」を設立し「ドイツ・ユダヤ図書館(Bibliothek Germania Judaica)」の建設にとりかかった。ドイツ語を話すユダヤ人の歴史,文化に関する情報の必要性を痛感したからである。この図書館の目的は「政治的,人間的な偏見の克服。ユダヤ人と非ユダヤ人の相互理解」であった。

こうした高邁な理想を持つ私的な協会は当然ながら財政難に陥る。ベルも「常に寄付を乞う苦悩」を後に回顧している。しかし彼らは諦めず建設を続け,1975年,ケルン市とノルトライン=ヴェストファーレン州から運営費の大幅な援助を受けることになった。

現在,同館の蔵書数は約4万冊。ドイツ全国から利用者が訪れ,日本へも資料を貸し出している。学術的な専門図書館としての評価はすでに定着した。年間の新規受け入れ資料は1200冊である。アメリカでの研究が極めて活発なため,全体の20%は英語の本である。ヘブライ語の書物は収集の対象にはなっていない。需要が少なく,イスラエルで刊行されるヘブライ語の図書はフランクフルト・アム・マインの大学図書館が収集しているからである。

収集の重点は近代におけるドイツ語を話すユダヤ人の歴史と文化である。この分野ではドイツ・ユダヤ図書館はヨーロッパ随一であり,1956年に亡命者によって設立されたニューヨークのレオ・ベック・インスティテュートに比肩し得る。両館は新着資料のリストを交換するなど緊密な関係を結んでいる。

勿論この重点分野以外にも蔵書は広がっている。アメリカ,東欧におけるユダヤ人社会の歴史,1933年以降のドイツからのユダヤ人の移住−30以上の国へ−に関する資料など。そして第2次世界大戦中のユダヤ人迫害の記録。これには強制収容所を描いた作品,生きのびた人々の報告も含まれる。戦後の東西ドイツにおけるユダヤ人の歴史,ナチ裁判,補償に関する文献……

更には,ユダヤ美術,教育制度,宗教史,哲学についても系統的に収集し,シオニズム,イスラエル建設に関する4000タイトルの特別なコレクションもある。多数のパンフレットを含む反ユダヤ主義文献の特別コレクション,ユダヤ人が登場する文学作品の4000冊の収集も独自のものである。400タイトルに及ぶ新聞,雑誌も貴重である。

ここ10年ドイツユダヤ文化については,フランクフルト・アム・マインに美術館(1988年),ドゥイスブルクに研究所(1986年),エッセンに記念館(1980年)が出来るなど関心が高まっている。ドイツ・ユダヤ図書館はこれらを含む全ドイツの関係機関と共に1年に1度代表者会議をもち,協力に努め,3年に1度内外の研究プロジェクトを調査,刊行している。1990年版には22か国から873件の研究計画が寄せられた。これは,関心の高まりとともに図書館の世界的つながりを示している。

戸田典子(とだのりこ)

Ref: Das Aarlament 1991.8.9