CA742 – アメリカ公共図書館の財政危機 / 千代由利

カレントアウェアネス
No.142 1991.06.20


CA742

アメリカ公共図書館の財政危機

「全米各地の公共図書館は,予算をきりつめられ痩せ細っている。公共図書館の衰退は,アメリカの衰退を意味する」(ワシントン・ポスト)

連邦政府や地方自治体における財政危機のあおりを受け,全米15,000の公共図書館の多くが存続の淵であえいでいる。完全閉館に追い込まれた図書館こそ少ないものの,軒並み,開館時間の短縮,人員削減,資料購入費や施設費の削減に直面している。

ロサンゼルス公共図書館システムは,昨年度から職員の新規採用を認められず,全職員の10%にあたる110のポストが空席のままである。フィラデルフィアの公共図書館は,2万冊の発注をキャンセル,現在改装中の3つの分館の開館も遅れている。

ニューヨーク市もまた同様に厳しい状況にある。20億ドルに及ぶ市の財政赤字を,今後16か月で解消する方策の一貫として,全図書館予算1億3300万ドルの11%にあたる1470万ドルを削減されたからである。特に市全域に点在する200以上の分館は運営予算の80%を市に依存しているため事態は深刻である。資料購入費が約30%削減されたのみならず,人員削減,休館日の増加,開館時間の短縮がなされ,成人のための識字プログラム,展示会,映画会などの図書館行事も中止に追い込まれている。

もっともこうした事態は初めてのことではない。1976年の財政危機は7分館を閉館に追い込んだ。この時は職業訓練総合法により国が救済の手をさしのべた。しかし,景気の後退と巨額の財政赤字に苦しむ現在の状況では,国からの援助は殆ど期待できない。1981年に7450万ドルだった公共図書館への国の補助は,1990年に1億3200万ドルに増えたものの,インフレーションにより実質減となっている。それにもかかわらず,ブッシュ大統領が計上した新年度予算は僅か3500万ドル,実に73%のカットである。

ニューヨーク州ロックランド郡は,先週急遽住民投票を行い,固定資産税の値上げを決めた。公共図書館の救済に当てるためである。ニューヨーク市も,予算削減の影響をまともに受け活動が困難な分館を官民共同で再生しようという初の試みを開始した。このプログラムは,市が危機に瀕した分館を指定して予算を計上,一般市民からの献金を募ろうとするものである。“分館を養子に”(Adopt-a-Branch)と名づけられたこのプログラムに4分館を指定,そのうちの2分館には,すでに2人がそれぞれ50万ドルの献金を申し出ている。しかし,他の2分館にはいまだ応募者がなく,その一つは週3日の休館に追い込まれた。

こうした図書館の苦境を市民も黙って見ているわけではない。利用者は,図書館の前で抗議集会を開き,市長や知事へ抗議の手紙を送っている。ワシントンにも押しかけ議員に予算の復活を訴えている。

公共図書館制度は,アメリカで最も古い社会サービスの一つである。ニューヨーク市だけでも100万人以上の読み書きのできない人々がおり,彼らの識字力向上に公共図書館は大きな役割を果してきた。ニューヨークの分館制度は,学ぶ意思のある移民や外国人にできるだけ機会を与えようと,アンドルー・カーネギーが資金を提供し作りあげたものである。ニューヨーク・タイムズ紙は,こうした歴史を思い起こさせ,フィランスロピー(社会貢献活動)精神の重要性を訴える社説を掲載した。それは,次のように結んでいる。

「いつかニューヨークの財政危機が回復する日も来よう。壊れた道路や橋はその時立派に修復されるだろう。延期されたプロジェクトも再開されるだろう。しかし,図書館の救済は経済の回復を待ってはいられない。いったん失われた人的資源は取り返しがつかない。政府がその責任をまぬがれえないのは言うまでもないが,図書館を作り上げてきたフィランスロピーの精神がいまこそ発揮されねばならない。」

千代由利(ちよゆり)

Ref: Libr. J. 116 (4) 18-19, 1991. 3. 1
The New York Times 1991. 3. 6 ; 1991. 4. 4 ; 1991. 4. 14
The Wall Street Journal 1991. 2. 13
The Washington Post 1991. 4. 19