CA705 – 米国における日本情報の需要と供給 / 福田理

1987年9月,英国のWarwickで開催された「第1回科学技術と商業に関する日本情報国際会議」は日本情報への欧米での関心の高まりを改めて認識させる出来事であった。2年後の第2回会議(1989. 10, Berlin)では第1回以降の問題の広がりと深化の跡を覗かせる報告が聞かれた。欧米での日本情報マーケテ…

カレントアウェアネス
No.136 1990.12.20

 

CA705

米国における日本情報の需要と供給

1987年9月,英国のWarwickで開催された「第1回科学技術と商業に関する日本情報国際会議」は日本情報への欧米での関心の高まりを改めて認識させる出来事であった。2年後の第2回会議(1989. 10, Berlin)では第1回以降の問題の広がりと深化の跡を覗かせる報告が聞かれた。欧米での日本情報マーケティングの意外な困難さや,「日本式情報作法」,「NIH(Not Invented Here)症候群(米国以外の発明は二流と見なす態度)」で代表される日米欧での情報に対する様々のレベルでの意識や取組み方の違いが明らかにされ,日本情報の流通の前には言語障壁以上の大きな壁が存在することが共通の認識として形成された。予定されている第3回会議(1990. 5, Nancy)では,提起された様々の問題点と新たな試みのその後の展開の報告が待たれている。

日米間を見ると,「1986日本技術文献法」から「新日米科学技術協力協定」(1989. 6)に至る文脈の中で,米側は政府刊行物を始めとする灰色文献の流通に関して,日米構造協議において見られたのと同様の手さばきで,一元的クリアリング機能の確立を主眼とする情報流通構造変革を迫ってきた。

以上を背景として,米国での日本情報の需要と供給について違った立場から3つの調査結果が発表されているので簡単に紹介したい。

科学技術庁は1988年2月から3月にかけて,日米のライブラリアン,研究者,研究管理者,政府機関等に対して,日本の科学技術情報の流通に関するアンケートおよびヒアリング調査を行った。米国でのアンケート結果を見ると,回答者の6割(59.8%)が日本文献を雑誌論文で利用し,会議録・予稿集(25.0%),研究レポート(24.6%)がそれに続いている。2次情報源は雑誌論文の引用(49.6%),図書館経由,日本以外のデータベースの順で,研究者の場合は日本の知人経由(32.2%)の割合も大きい。雑誌論文には和文と欧文のものがあり,欧文のものは日本情報と意識せずに利用されている場合が多数存在すると思われるので実際の利用は更に多いと見てよい。ちなみに,小野寺夏生(情報管理,33 (4), 360-364, 1990)によれば,1989年に書かれた日本人著者オリジナル論文の68.8%が和文,31.2%が欧文(国内誌14.6%,海外16.6%)であった。また,1988年のデータ(拙文参照:科学技術文献サービス,84,21-22,1988)では純粋の和文雑誌6,803誌の海外の抄録・索引誌への採録度が13%であるのに対し,欧文か少なくとも欧文抄録を含む2,329誌のそれは59%であった。英国図書館貸出局(BLLD:現BLDSC)の日本の科学技術雑誌へのリクエストのうち11%のみが純和文雑誌へのものであったという報告もある。これらのことは,米国での日本情報の需要の主体である雑誌論文には利用されていないあるいは存在すらも知られていないものが多数あることを示している。

原報の入手経路は,米国の図書館(46.0%),日本の知人(26.8%),NTIS(13.8%),米国のブローカー(12.1%),BL(6.3%),LC(5.8%)の順で,JICST(3.1%),日本の図書館(2.7%)は極めて少ない。報告書は情報提供改善策として,情報の所在案内の充実,政府情報の窓口の整備,データベースの国際的普及促進等を提言している。

国際交流基金が1989年10月から12月に行った調査はヒアリングと社会科学系専門図書館へのアンケートを主体にしている。需要と供給の全体的傾向は科学技術庁調査と類似しているが,日本国内からの情報入手の割合がやや高くなっており,また,入手が困難なものとして,技術レポート,政府刊行物,予稿集・会議録の他に統計を挙げ,流通の改善を促している。注目すべき点として情報の仲介者が個人・直接ルートを重用する傾向を挙げ,日本の対外情報提供での公共システムの不備に関連付けるとともに,そのために直接アクセスの持てる一部グループとそうでないものとの間に大きな情報格差が生じていると指摘している。また,直接アクセスに関連して,「必要な資料がどこにあり,どうすれば入手できるかがわからない」という不満は外国人の情報専門家のみならず日本人の中にさえあるとしている。公共システムの不備に関しては,更に,日本からの米国政府情報へのアクセスは情報公開制度によって保障されており,アメリカンセンター等を通じて米国内と変りなく利用することが可能であるのに対し,米国側からのそれは実質的には保障されていないことを挙げている。

結論として,海外への日本情報流通の改善のためには,情報公開に対する意識改革等の長期的対策の他に,新システムの導入など現時点での技術的対応が必要であるとし,後者の解決のキーとなるのは,誰が,どのような権限でこの問題に積極的に取り組むかということであると述べている。

ベルリン会議ではアンケートと取材をもとに行った米国側からの分析(Ruhl, M.J., et al: 会議録,p.134-150)が報告されている。それによると,いくつかの日本情報サービスの失敗の原因は,「苦労してまで情報を手に入れる気がない」,「日本人は重要な基礎研究を行っていない」等のNIH症候群を突き崩すような宣伝・販売が行われなかったことであるとしている。潜在的利用者への日本情報の価値・入手法・利用法の教育がキーポイントであり,それが出来るのは政府であると結論付け,更に,網を広げて大量の情報を収集しその中から選択したり,情報収集の各段階で多くの人にデータが晒されることによって普及が行われる日本方式にも学ぶべきだという殊勝な論まで展開している。

福田 理(ふくだおさむ)

Ref: 科学技術情報の国際流通に関する調査 研究報告書 三菱総合研究所,1989.3
米国における現代日本情報の需給の現状 国際交流基金,1990.3