CA698 – どうか本を返してくださいませんか / 原田圭子

カレントアウェアネス
No.135 1990.11.20


CA698

どうか本を返してくださいませんか

「図書館の本を返さないことについてどう思いますか。」「ええと,それは読まれているということだから,まあ良いことでしょ?」

このやりとりは,英国図書館(BL)のNational Preservation Office(NPO)が制作したビデオ“Library security: who cares ? ”のリバプールでの街頭インタビューのひとこまである。

資料の未返却,盗み,切り取りは図書館の蔵書に損害を与えているが,これらの行為はすぐには表面には現れにくく,正確な被害などは明らかにされないことが多い。そのため,上記のやりとりのような深刻には受け止めない意見が多くみられる。しかし次のような数字を挙げてみると,もっときちんと考える問題であることがよくわかる。

アメリカである婦人が,本と雑誌,約4000冊を残して亡くなった。これらはすべて地域の図書館から盗んだものだった。またある映画作家は2000冊の本を公共図書館から盗んだ罪で捕えられた。

アメリカのEmporia State Universityで行われたアンケート調査によると−これは学生総数5134人の約5%に当たる235名に対して行ったものだが−1割を越える24名の学生がページを破り取った経験があり,11名が図書館資料を盗んだ事を告白している。両方に関わった学生は6名である。

イギリスのHerbert Keeleは次のような試算をしている。

  • イギリスの図書館には1億5千万冊の蔵書がある(実際にはもっと多いだろう)。
  • 本の紛失の割合を2%に算定する(実際には1〜40%の幅で被害が及んでいるので,もっと高いだろう)。
  • 本を補充するのに1冊当たり20ポンドかかる(本の実費だけでなく手数を考えたら安い評価額だろう)。

単純に計算すると,イギリスの図書館が負う額は,6千万ポンドになる。Keeleは1億ポンドが現実の数字に近いのではないかと信じている。

このように盗み,切り取りなどによる図書館資料の被害は莫大である。それではこのような行為をするのはどんな人か。何らかの傾向などはあるのだろうか。

先のEmporia大学の調査によると,図書館で過ごす時間の少ない者のほうが,本にダメージを与えている割合が多い。また,入学してから書いたレポート類の数が少ないほど,雑誌類の切り抜きの経験者は多かった。ただし,これは本の盗みとの相関は見られなかった。一方で,これまでに本を盗んでしまいたいと思ったことのある者は25%,ページを破り取りたいと思ったことのある者は44%,そのうち6%は少なからずそういう衝動に駆られている。そしてほとんどの学生が,図書館はそういうことをしやすい場所だと考えている。さらに,どれくらいの学生がこの行為に関わっていると思うか質問したところ,5%以下だと考えたものは18%,5〜15%が30%,15〜30%が30%,30%以上の者が本を盗んだりページを切り取ったことがある,と考えている者が28%もいた。

以上の数字は図書館資料にダメージを与える人とそうでない人との間には,それほどの差はないことを示している。多くの人がある状況下では本を盗んだり,ページを切り取ってしまう可能性を持っている。

イギリスでは1987年,BLを中心に図書館資料の保全についてのセミナーがもたれ,この問題は急を要することであり,NPOが国の中心機関となることが決められた。この機関の任務は次のようなものである。

  • 図書館資料の保全基準の必要性の啓蒙普及をはかる。
  • 図書館と図書館資料の保全に関する情報を提供し,各図書館の相談の窓口となる。
  • 図書館の保全についての研究や議論を促進する。

そして以上のような目的を達成するための第一段階として,冒頭に挙げたビデオや,図書館で行われる4つのタイプの犯罪−本の返し忘れ,貴重書の盗難,ページの切り取りそしてスリなど−に警告を発するポスターの制作をしている。

Emporia大学のアンケートによれば,他の人の必要に思い及ばないからこのようなことをするのだという意見が大半を占めた。また,破られたページの修復,取られた本の補充にかかる時間とコストを一様に低く考え,逆に本が補充される確率は高く見積もっている。これらの被害に対する情報をもっと広く知らせていくことが,地道ではあるが大切な予防方法ではないだろうか。

原田圭子(はらだけいこ)

Ref: Jackson, Marie. Please can we have our books back ? Libr. Ass. Rec. 92 (5) 359-360, 363, 1990.
Pedersen, Terri L. Theft and mutilation of library materials. Coll. Res. Lib. 51 (2) 120-128, 1990.
Bahr, Alice Harrison. The thief in our midst. Library & Archival Security, vol 9 (3/4) 77-81, 1989.
Security: a new service. British Library News No.141, 1988. 9.