CA651 – 一冊の書誌から―『世界のみた日本―国立国会図書館所蔵日本関係翻訳図書目録』を分析する―』 / 北川知子

カレントアウェアネス
No.126 1990.02.20

 

CA651

一冊の書誌から
−『世界のみた日本−国立国会図書館所蔵
日本関係翻訳図書目録』を分析する−

今日ほど世界が日本に注目するようになった時代はなく,また今日ほど私達の日常が世界の動きと密接に関連している時代はない。こうした社会の情勢は出版物の上にも如実に現れている。書誌は資料と人とを結びつける道具であるが,それ自体時代の流れや社会の動きと無関係ではない。私達は書誌から必要な一冊を探し出すのであるが,同時に,一冊の書誌を「読む」ことにより今度は時代の流れや社会の動きをみることもできるのではないだろうか。

昨年11月,当館では『世界のみた日本−国立国会図書館所蔵日本関係翻訳図書目録』を刊行した。ここでは,一員として携わった編集作業の過程で気付いたことをもとに,本書に収録した邦文図書をその分野,刊行年などいくつかの視点から分析した。

1)分野別の収録タイトル数―この目録には外国人の著した日本関係邦文図書のうち,戦後刊行され1989年6月までに当館が収集・整理した約2600点を収録した。図1はこれらを分野別に表したものである。

分類は日本十進分類法を基本としている。収録タイトル数が最も多いのは,「歴史」であり,全体の22%を占める。次いで「政治」,「地理・地誌・紀行」,「社会事情」,「経済」と社会科学,人文科学に分類されるものの収録数が8割以上となっている。

2)刊行年度別の収録タイトル数――図2に示したように1950年代前半にやや増加をみたあと,60年代後半よりは増加の一途をたどっている。これは日本経済が世界の注目を浴びるに至った時期と機を一にしている。(註)刊行年が1945-49年のタイトル数を基準としてそれぞれ分野ごとの収録数の伸び率をみると,「社会学」に分類されるものの伸びは最も大きく,1970年代に入ってめざましい。「経済大国日本」が関心をもたれている社会情勢を考えると,「経済」に収録されたものが少ないように思われるが,これはむしろ経済の原動力となるものに関心が払われているためかもしれない。「哲学・宗教」については時代を問わず一定数が出版されている。

3)著者の特徴―この目録に収録された著者は約2000人にのぼり,そのうちアジア人は約300人,欧米人は約1700人である。明治以後欧米からの情報収集に努めてきた日本の姿を反映してか,「世界」は日本にとってやはりまだ「欧米」であるのかもしれない。最も多く登場する著者はドナルド・キーン,ライシャワー,ブルーノ・タウト,ラフカディオ・ハーン等である。アジア人の著作は欧米人の日本論が異質な国日本を見極めようとするのに対して,同じアジアの一員としての日本の在り方を問うものが多いように思われる。著者の国籍や職業などさまざまな属性を指標とできれば,さらに細かな分析が可能だろう。

4)原書の収録タイトル数―この目録には翻訳書については原書名及び原書の刊年をできるだけ記載することに努めた。原書はタイトル数にして約1000余りが収録されている。原書もまた全体では時代を追って増加傾向にある。分野別にみると「経済」に収録されたもののすベてが戦後刊行された原書からの翻訳であり,「地理・地誌・紀行」に収録されたものの約76%が戦前刊行された原書からの翻訳であることと対照的である。「社会学」に収録されたものは翻訳書であるものが少なく,原書名の明らかなものは全体の4分の1にも充たない。

5)日本語で著されたもの―近年外国人の日本語学習熱の高まりはよく知られるところである。そのことは出版物の上にも反映されているだろうか。全体をみると日本語によって直接書かれた図書は約17%を占めている。図3から明らかなように1970年代後半に日本語による著作は大きく増加し,それまでは全体の約10%を占めていたのに対し,倍の20%を占めるにいたった。特に最近の5年間では,約27%が日本語による著作となっている。分野別にみると日本語による著作の占める割合が最も高いのは「社会学」の約4割であり,「政治」,「社会事情」の約3割がそれに次いでいる。

簡単ではあるが,いくつかの指標を用いてこの目録に収録された図書を数量的に把握することを試みてみた。この目録に収録されたものの大半が翻訳書であり,「世界」の眼は日本が自分自身を見る眼でもある。1980年代以降出版されたものを眺めてみると,それらは非常に多様化している。一方では従来通りの「不思議」な国日本が存在し,他方日本のさまざまな側面に焦点をあてた個別の専門分野での研究は,もはや外国人の眼とか日本人の眼という視点を超越している。私達をとりまく世界の構造は,めまぐるしく変貌を遂げようとしており,やがて近い将来,世界と日本という関係を考えることすら,不必要になる状況があらわれるのかもしれない。

人も社会も文明も異質なものとの接触を通して成長していく。この目録もこうした成長の歴史の過程における一つの産物である。

北川知子

註 有本章「日本ブームの到来」(新堀通也編『知日家の誕生』東信堂 1986 第7章所収)では『知日家関係文献目録』(1983)収録の戦後日本関係邦訳書709編から,日本の経済発展との関係を分析している。