CA1963 – ヘルシンキ中央図書館“Oodi”の機能・理念とその成果 / 久野和子

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カレントアウェアネス
No.342 2019年12月20日

 

CA1963

 

ヘルシンキ中央図書館“Oodi”の機能・理念とその成果

神戸女子大学文学部:久野和子(くのかずこ)

 

 ヘルシンキ中央図書館オーディ(Oodi)(1)は、フィンランド独立100周年を祝う国の公式メインプロジェクトの一つとして建設され、101年目の独立記念日を翌日に控えた、2018年12月5日午前8時に開館した。開館記念式典では、フィンランド大統領やヘルシンキ市長らの演説のほか、有名作家の講演会やコンサート等が盛大に行われた。オーディは、フィンランドの新しい時代の幕開けを象徴するとともに、ヘルシンキ市や国の図書館全体を代表するシンボルであり、またその名のとおり、「フィンランド文化」「読書」「言論・表現の自由」「平等」「民主主義」へのOodi(頌歌・讃歌)を体現しているということである。また、2019年8月には、国際図書館連盟(IFLA)からPublic Library of the Year 2019を受賞(2)し、世界中から注目を集めている。

 筆者は4年前に、当時の計画責任者であるリパスティ(Pirjo Lipasti)氏らから聞き取り調査を行い、その経過や構想を記事にまとめた(E1749 参照)。今回は、開館後、実際にオーディがどのように機能し効果を上げているのかを現地で確認すべく、リパスティ(現在はヘルシンキ市・リクハディンカト図書館勤務)氏、オーディのサービス担当責任者であるラムサ(Kari Lämsä)氏、ヘルシンキ大学図書館司書のカルホラ(Pekka Karhula)氏らから現地取材を行ってまとめたものである(3)

 

オーディの立地と概要

 オーディは、国と市の政治、経済、文化、交通の要衝地トゥーロンラッティ地区のカンサリストリ広場に建設された。建物は市民の直接投票で選ばれた地元の建築設計事務所ALA Architectsのデザインによるもの(4)である。国産の木材をふんだんに使った建物は、延べ床面積が1万平方メートルもあり、建設費9,800万ユーロ、年間運営費800万ユーロとなっている。開館時間は、平日は8時から22時、週末は10時から20時で、2019年8月末までの訪問者はすでに219万人を数え、当初予想の年間250万人を大幅に上回ることになるだろう。大人気の館内ツアーでは、3階の外の「市民バルコニー」が、国会議事堂に対して同じ目線の高さで対峙できることを示し、ここは民主主義を象徴し体現する場だと解説している(写真1)。

 

写真1 3階市民バルコニーと向かいに立つ国会議事堂(筆者撮影)

 

 市の文化・レジャー担当部長であるライティオ(Tommi Laitio)氏によると、この大きな建物と立地は、「学び」が「政治」と同じくらい国にとって重要だと考えるフィンランドの社会的認識を表している(5)。さらに、オーディが、民主主義そのものの象徴として、また文化とメディアの中核として、多様な人々や隣接する芸術・文化施設等を一つにまとめ、新しい相互作用と理解をもたらすことを、市長はじめ多くの人々が期待している(6)

 

オーディの建物・設備とサービス

 実際に見る建物は、カンサリストリ広場の緑の芝生の上に浮かぶ大型豪華客船のようで、柔らかな曲線と明るい木肌、天井を覆う真っ白な「雲(雪や氷とも表現される)」によって威圧感が消され、周囲の文化施設等と調和しながら美しく輝くシンボル的存在感を放っている(写真2)。建物は橋梁構造で、1階は橋下のため柱がなく、ロビーとホールは広い多目的な公共空間となっている。様々なイベント、講演会、ミーティング、演奏会、展示などが常時各所で行われており、市民の出会いと交流の広場となっている(7)。入口近くには、資料の自動返却口、案内カウンターがあり、レストランや市民情報サービスカウンター、映画館などもある(図1)。

 

写真2 カンサリストリ広場に立つオーディの全景(筆者撮影)

 

 

図1 フロアマップ(1階)
※オーディのウェブサイト掲載のフロアマップ(https://www.oodihelsinki.fi/sv/tjanster-och-lokaler/lokaler/)をもとに作成(以下同じ)。
①映画館 ②レストラン ③多目的ホール ④出入口 ⑤資料自動返却口 ⑥ヘルシンキ市都市環境部の都市開発プロジェクト情報提供スペース ⑦EU情報コーナー ⑧コンピュータ端末 ⑨市民生活・行政情報サービスカウンター ⑩幼児のための遊びスペース

 

 2階は音楽スタジオ(写真3)、VRゲーム室、PC端末の設置された学習室、メイカースペース(写真4)、グループ室のキッチン、多感覚ルーム(8)等の設備のほか、3Dプリンターや大型レーザープリンター、レーザーカッター、刺繍ミシンなども通路の作業台やその周囲に置かれているので自由に使え、最新の技術・設備を用いた創作活動による学びの場となっている。また、研究個室や学習室もあり(9)、チェスクラブやランゲージカフェ、デジタル情報ガイダンスなども定期的に開かれており、多様な学びの場と機会も提供されている。ただ、橋梁の中にあるため窓が少なく、天井も低く、本も雑誌も全く置かれておらず、一部の利用者には不評らしい。しかし、多くの若者たちにとっては、階段式の交流スペースでの仲間とのおしゃべりや最新の機器を使ったクリエイティブな活動ができると大好評であった(図2)。

 

写真3 2階音楽スタジオ(筆者撮影)

 

 

写真4 2階メイカースペース(筆者撮影)

 

 

図2 フロアマップ(2階)
①グループ室 ②音楽スタジオ ③VRゲーム室 ④学習室(PC端末設置)⑤コピー室 ⑥ワークステーション ⑦アーバンワークショップ(メイカースペース・作業台) ⑧閲覧室 ⑨多感覚ルーム ⑩研究個室

 

 3階は「ブックヘブン」と呼ばれ、児童コーナーや本・雑誌・新聞などのある読書フロアとなっている(図3)。橋桁の上に位置するため天井は高く、柱もなく、四方全面ガラス張りである。真っ白な雲のような天井に開けられた小さな天窓から自然光が柔らかく降り注ぎ、時折外から迷い込んだ鳥が植木の上で囀り、まるで天国の広場にいるような新鮮な体験が得られる。フロア両端の小高い丘陵部分からは、書架全体とフロアを一望でき、開放感とともに、他の利用者との一体感も味わえる(写真5)。床は足音を吸収する天然木で作られており、その一部にはモダンな柄のカーペットが敷かれ、カフェやソファなどもあり、乳幼児から高齢者まで共に居心地の良い「居間」にいるかのように、思い思いの読書やくつろぎの時間を過ごしていた。

 

図3 フロアマップ(3階)
①子どもと家族のためのスペース ②イベントスペース ③お話の部屋 ④児童書 ⑤雑誌⑥文芸作品(小説、詩、戯曲) ⑦予約資料 ⑧文芸作品以外の図書 ⑨新聞

 

 

写真5 3階ブックヘブン(フロア端の小高い場所から見下ろした風景)(筆者撮影)

 

 このように、市民の多様なニーズに対応した特徴ある各階フロア構成になっている。ちなみに、サウナは最終計画のとおり設置されず、広い地下トイレはユニセックス形式となっている(10)

 

オーディへの批判と回答

 リパスティ氏は当計画の遂行にあたって、「ライブラリー10」(11)での先進的なサービスの試行や、2,000件以上の市民の要望・意見やミーティングをもとに立案したため、障壁や批判は少なかったと述べる。10年の準備期間の間、特に役に立った参考事例が、Public Library of the Year 2016 を取得し、当時話題となっていたデンマーク・オーフス市の図書館Dokk1(12)だったと言う。しかし、Dokk1の22万冊の蔵書冊数に対し、オーディは8万5,000冊に過ぎず、開館を報じたニューヨークタイムズ紙の記事の見出しは、「ヘルシンキの新しい図書館には、3Dプリンターと電動工具がある(そして多少の本も)」(13)と少々皮肉めいたものであった。

 ラムサ氏やリパスティ氏らによると、雑誌・新聞などを含めれば10万点以上が常時3階の低書架に見やすく開架され、貸出冊数は2019年1月から8月までで40万冊(うち約3分の1は児童書)を超えており、また、ヘルシンキ市図書館を構成する市内37の図書館ネットワークに加え、AIによる資料管理システムIntelligent Material Management System(IMMS)(14)が導入されたことによって、市内156万冊と首都圏の蔵書の中から、利用者の求める本を最も身近な分館で効率よく提供できているとのことだった。

 また、オーディの内部空間の98%は利用者のために充てられているため、館内の総務も、市内図書館全体の運営管理、蔵書管理などの中央図書館的業務も主にパシラ図書館で行われている。ちなみに、オーディには17か国語の多言語資料や映画、マンガ、ボードゲームなどはあるが、CD・DVDなどの音楽メディアや障がい者用資料はほとんど置かれていない(15)

 

オーディの多様な空間・サービスを支える理念と意義

 「すべての人々に開かれた居住的、機能的な出会いの場」(16)との謳い文句のとおり、オーディは、誰もが「尊重」され、「平等」に「安心安全」で「居心地よい」場であり、多様な人々や資料・情報・最新技術との創造的な「出会い」と交流をもたらしている。また、オーディの計画段階の2012年当初からの重要な理念として、①開かれた非商業的公共空間、②より機能的な社会に向けての情報とスキル、③住民自身が創造する豊かな都市体験、④本のある新しい生活(トゥーロンラッティの本の家)がある。さらに、謳い文句の背景には「機能的な都市」づくりを目指すヘルシンキ市の理念(17)や公立図書館評議会(The Council for Public Libraries)の戦略 “The Way for Public Libraries 2016-2020”が提唱する図書館の中核的価値(18)が存在する。そして、2017年改正施行の図書館法(19)によって、「読書文化」「多様なリテラシーや生涯学習能力の習得」「積極的な市民性」「民主主義」「言論の自由」の促進などが、公立図書館の重要な使命として強調されることとなった。

 今回の現地取材を通して、オーディが情報社会における図書館の未来のあり方を示すとともに、フィンランドの教育、文化、民主主義のシンボル的存在としてフィンランドの多くの人々に図書館全般に対する新たな認識とさらなる興味関心を喚起していることを強く実感することができた。


※ 本稿はJSPS科研費JP17K00458による成果の一部である。

 

(1) Oodi Helsinki Central Library.
https://www.oodihelsinki.fi/en/, (accessed 2019-10-05).

(2) “And the Winner is Oodi!”. IFLA. 2019-10-04.
https://www.ifla.org/node/92578, (accessed 2019-10-05).
受賞理由としては、10年間に及ぶ周到な準備計画と各段階での積極的な市民参加、利用者の多様なニーズに応えたフロア構成と学び・出会いの場の提供、最上の文化と知識の普及、未来社会に向けた新テクノロジーの導入と学び、周囲や環境・エネルギーに配慮した建物、利便性、サステナビリティなどが挙げられた。

(3) 他にオーディを取り上げた文献として以下のものがある。
竹内ひとみ. “ヘルシンキ中央図書館見学記”. みんなの図書館. 2019, (510), p. 48-52.
永田治樹. “動向レポートVol.6 Dokk1からOodiへ:公共図書館の新しい表情”. 未来の図書館研究所. 2019-10-07.
http://www.miraitosyokan.jp/future_lib/trend_report/vol6/, (参照 2019-10-16).

(4) “Helsinki Central Library Oodi”. ALA Architects.
http://ala.fi/work/helsinki-central-library/, (accessed 2019-10-16).

(5) Rogers, Thomas. Helsinki’s New Library Has 3-D Printers and Power Tools (And Some Books, Too.). New York Times. 2018-12-06.
https://www.nytimes.com/2018/12/06/arts/design/helsinki-library-oodi.html, (accessed 2019-10-05).

(6) Ministry of Education and Culture. “Oodi, the library of a new era, will open to the public on the eve of the Independence Day”. Finish Government. 2018-11-30.
https://valtioneuvosto.fi/en/article/-/asset_publisher/1410845/uuden-ajan-kirjasto-oodi-aukeaa-itsenaisyyspaivan-aattona , (accessed 2019-10-05).

(7) ソイニンバアラ(Anna-Maria Soininvaara)館長によると、開館から8月末現在までで、約700のイベントが実施され、6万人が参加している。
“The 2019 Winner”. Systematic.
https://systematic.com/library-learning/awards/public-library-of-the-year/vinder-2019/, (accessed 2019-10-05).
ただ課題として、利用が活発すぎてイベント情報の集約、管理運営、発信などが十分できていないように感じた。例えば、集会の内容や日程が分かりづらく、EU大統領と高校生とのディスカッションが片隅のEU情報コーナーで、目立つ掲示もなくさりげなく実施されていたりした(それこそが民主主義的なのか)。

(8) イベント、ゲームなどに使える部屋で、三方の壁がスクリーンになって映像を映すことなどができる。

(9) 静かな個室やコーナーもあるが、そのような場所を求める利用者は、徒歩圏内にあるヘルシンキ大学図書館、フィンランド国立図書館の研究スペースが誰でも自由に利用可能である。

(10) 上階はトイレの数が少なく、1階から直接階段でつながる地下トイレだけが広く、ユニセックス形式になっている。それは、ジェンダーフリーの推進だけでなく、衆人監視によってドラッグ摂取などの犯罪を防ぐことも目的としているとのことであった。

(11) リパスティ氏が館長を勤めたライブラリー10は、オーディに隣接するヘルシンキ中央駅前にあった、音楽メディアに特化した(他の図書館資料も置かれていた)小さな図書館であった。音楽スタジオやステージ・音響設備、メイカースペースなど先進的なサービスを積極的に提供した試験的図書館だったが、オーディの開館によってその役目を終えた。

(12) Dokk1は、図書館、市民サービス局、プレイグラウンド、駐車場などを含む複合施設である。オーフス中央図書館はその中核に位置づけられる未来型の大規模図書館である。市民参加の立案計画や住民の多様なニーズへの柔軟な対応、優れた図書館建築などオーディとの共通点は多いが、リパスティ氏は相違点として、子どもの運動スペースや大型ゲーム機・遊具の不設置、フィンランド国民の伝統的な読書習慣(例えば貸出冊数の多さ―住民1人当たり15.6冊)を挙げた。オーディは広大な公園の中に立っており、目の前には子どもの遊び場やバスケットボールコートがある。したがって、Dokk1のようなボール遊びのできる部屋やテーブルサッカー、アーケードゲーム機を館内に設置せず、代わりに、本物のサッカーボール、バスケットボール、スケートボード、クロケット、キックバイク、縄跳び縄などを貸し出している。

(13) Rogers. op. cit.

(14) IMMSについては、以下のウェブページが参考になる。
“INTELLIGENT MATERIAL MANAGEMENT SYSTEM™”. Lyngsoe Systems.
https://lyngsoesystems.com/intelligent-material-management-system/, (accessed 2019-10-05).
AIによる管理やロボットについては以下の文献が参考になる。
永田治樹. “動向レポートVol.6 Dokk1からOodiへ:公共図書館の新しい表情”. 未来の図書館研究所. 2019-10-07.
http://www.miraitosyokan.jp/future_lib/trend_report/vol6/, (参照 2019-10-16).

(15) ライブラリー10にあった音楽メディアはすべてパシラ図書館に移された。障がい者用資料は以下のウェブサイトでアクセス可能である。
CELIA.
https://www.celia.fi/eng/, (accessed 2019-10-05).
障がい者用の録音資料は若干オーディにもある。なお、2019年度パシラ図書館およびオーディ近隣のリクハディンカト図書館の貸出冊数は僅かな減少しかなかったため、オーディの貸出40万冊はほぼ新たな需要の掘り起こしの可能性がある。

(16) Oodi Helsinki Central Library.
https://www.oodihelsinki.fi/en/, (accessed 2019-10-05).

(17) “The Most Functional City in the World: Helsinki City Strategy 2017-2021”. City of Helsinki.
https://www.hel.fi/helsinki/en/administration/strategy/strategy/city-strategy/, (accessed 2019-10-17).

(18) 公立図書館評議会は、国内各地域の公立図書館組織の代表者から構成される。州立図書館館長、ヘルシンキ中央図書館など大都市の図書館館長などは常任メンバーであるが、他地域の館長は2年ごとに選ばれる。国内の全公立図書館の調整機関であり、代表・諮問機関として、公立図書館のこれからの方向性を示す共通ガイドラインを作成している。今期は図書館法の改正を受けて、図書館の中核的価値として、「平等」「責任」「コミュニティの感覚」「勇気」「言論の自由」を掲げている。

(19) Public Libraries Act (1492/2016) Translation from Finnish Legally binding only in Finnish and Swedish Ministry of Education and Culture, Finland.
https://www.finlex.fi/fi/laki/kaannokset/2016/en20161492.pdf, (accessed 2019-10-05).

 

[受理:2019-11-11]

 

補記:
本稿脱稿後、吉田右子・小泉公乃・坂田ヘントネン亜希『フィンランド公共図書館:躍進の秘密』(新評論、2019年)が刊行された。オーディについてさらに詳しく紹介されているので本稿と合わせて参照されたい。

吉田右子 , 小泉公乃 , 坂田ヘントネン亜希 . フィンランド公共図書館:躍進の秘密 . 新評論 , 2019, 260p.

 


久野和子. ヘルシンキ中央図書館“Oodi”の機能・理念とその成果. カレントアウェアネス. 2019, (342), CA1963, p. 2-5.
https://current.ndl.go.jp/ca1963
DOI:
https://doi.org/10.11501/11423545

Kuno Kazuko
The Function and Concept of Oodi Helsinki Central Library and its Fruitful Effect