CA1549 – カナダの刑務所内図書館 / 山口昭夫

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カレントアウェアネス
No.283 2005.03.20

 

CA1549

 

カナダの刑務所内図書館

 

1. はじめに

 カナダの矯正保護法第3条は,連邦刑務所が正義に基づき,平和で安全な社会を維持するために運営されることを明確にし,この目的のために,「刑務所および社会においてさまざまな企画を実行し,犯罪者が法を守る社会人として再び社会において活動できるように,受刑者の社会復帰を援助する」ことを定める。

 刑務所が実施する社会復帰計画には,教育,芸術,作業および奉仕活動などがあり,ある企画は刑務所内で行われ,ある計画は地域社会の資源を活用して実施される。このような活動を支えるのは情報であり,特に自由に情報に接する機会が許されていない受刑者にとって,図書館の重要性は一般人が感じている以上に高い。受刑者の図書館利用率が一般社会よりも格段に高いのは,単純に余暇が多いということよりも,情報を求める意欲が高いからであるといえよう。

 カナダには,連邦刑務所が68,州刑務所は153か所ある。2001年現在1万2,700人の受刑者たちが連邦刑務所に収容されている。このほかに2年未満の刑を宣告された者および未決の者は,1万8,670人が州刑務所,4,560人は青少年刑務所に収容されている。連邦矯正局(Correctional Service Canada)は連邦刑務所を管理し,各州の矯正局は州刑務所を含むその他の拘禁施設を管理運営する。

 

2. 刑務所図書館の全国調査

 最近カナダで刑務所図書館に関する全国調査が行われたので,本稿ではその概要を紹介したい。

 国際図書館連盟(IFLA)は,1991年に「矯正施設被拘禁者に対する図書館サービスのためのガイドライン」を作成している。米国や英国においては,図書館協会によって刑務所図書館運営基準が定められているが,カナダにおいては図書館協会や連邦矯正局がこのような基準を整備していないので,刑務所図書館の司書は,所属管区の規則か,それがなければ勤務先刑務所の規則に従って業務を行っている。

 今回の質問票は,連邦矯正局が所管する51の矯正施設にある図書館の担当者に直接送付された。矯正施設には軽警備,中警備,重警備および複合警備のすべてが含まれる。カナダでは,受刑者の危険度に応じて受刑者を分類し,外塀や個室の状態,所内での行動規制などについて異なる警備度の施設を用意し,適合した受刑者を収容している。少年施設および州刑務所は州の監督するところなので,調査の対象とされていない。

 

3. 調査結果の概要

 送付した51施設のうち,37施設(73%)から回答があった。カナダの矯正施設は米国や英国と比較して,大規模ではない。過半数の矯正施設は収容人員が100人から300人程度である。

3.1 図書館利用者と図書館管理者

 刑務所図書館の利用者は誰かという質問に対しては,当然ながら受刑者という回答が圧倒的であるが,回答のうち80%は職員も利用するといい,受刑者の家族や面会者も利用するとの回答も6%ある。

 司書の能力を持つ職員が図書の管理に当たっていると回答したのは全体の30.5%であった。また,8%は図書館情報学修士の学位を持ち,22%は図書館情報学士の学位を有している。受刑者が,刑務所図書館の管理に大きく関与していることも判明した。83%の施設で,受刑者が図書館に就業している。受刑者である図書管理者の中には,医師,弁護士,会社重役なども見られた。警備担当職員や無報酬のボランティアが図書を扱っているという回答はなかったが,これは他の国ではよく報告されている状況である。

3.2 蔵書の状況

 蔵書の規模については施設により大きな差があるが,約半数の施設は1万冊以上の蔵書を保有している。

 新聞を備えている刑務所図書館は全体の81%,同じく雑誌を購入している図書館も81%であった。ビデオやCDを備えている図書館は20%に満たないが,59%はCD-ROMの利用が可能であった。インターネットを許可している刑務所がないのは,受刑者にパソコンを使用させることによって生じる警備上の困難な問題を回避するためであろう。

 資料の選定方法について方針を定めている施設は30%である。購入がほとんどであるが,3分の1の施設では図書館間相互貸借(ILL)を活用して利用者の要求に応えている。また公共図書館の廃棄図書を受け入れているところも一か所あった。

 年間図書購入予算の平均は施設当り4,051カナダドル(約34万円)で,図書の購入予算は十分ではないとの回答がほとんどである。

 図書の内容は,大体において公共図書館と同様である。一般小説,ミステリー,ホラー,空想科学小説についで,歴史小説,恋愛小説などがあり,同性愛を扱う小説などは少ない。ノンフィクションでは歴史,法律関係図書,伝記,美術,科学,人生論,歴史などがある。83%の図書館では,カナダインディアン関係図書を整備していた。

 特に法律関係図書の整備に関しては,連邦矯正局通達720号により,主要な法律,法律関係資料(実例として権利章典,受刑者移送法,刑法,人権法,情報公開法がある)を整えることが定められているが,この要件を満たす施設は全体の62%であった。ただし,重警備施設は例外なくこれらを整備していた。

 また,どの刑務所においても受刑者からの購入希望を受け付けている。受刑者の好む図書としては,小説,新聞,報道関係雑誌が上位にあり,法律図書,一般教養雑誌,ノンフィクションがこれらに次いでいる。

3.3 図書の検閲

 逃走を防止し所内の安全を確保することは,施設管理者にとって重大関心事である。このため施設管理者は,逃走を計画し暴力を助長する図書は許可しないが,検閲の基準があまりに厳しくならないように注意しているのが実務上の扱いである。最も頻繁に不許可となる図書は,露骨な性的描写を含む図書および人種に関する侮辱的表現を含む図書である。

 連邦矯正局の通達では,武器製作,犯罪の手口,特定集団の抹殺をそそのかす文書,暴力や幼児を含む性的図書などは,閲覧が禁止されている。逃走を防ぐため,地図の閲覧を禁止している施設も少数ある。なお,検閲をしないと回答した施設は1施設であった。

3.4 図書館の運営について

 教育,文化,趣味活動,教養などの分野において,どの程度役立っているかを質問したところ,58%の施設は,図書館が受刑者の活動に大きく貢献していると回答し,あまり役立っていないと回答したのは34施設のうち3施設に過ぎない。

 なお,カナダ図書館協会は刑務所図書館の運営基準を定めていないが,多くの図書館関係者はその必要性を認めていない。むしろ予算の増額や図書館運営の強化のほうに関心が高い。

 

4. 調査結果のまとめ

 この調査結果によると,大多数の図書館担当者は職員を充実させ,古くなった図書を新しい図書に替えるための資金が必要だと感じている。また,米国や英国ほどではないが,異文化,多言語の図書を備える必要にも迫られている。私見であるが,図書整備の予算を獲得するためには,刑務所図書館の役割についての理解を広く外部に求め,最低基準などを定めた運営基準の策定が望まれるところである。しかしながら,本調査で図書館の担当者は,識字教育,生活指導,職業教育,読書指導などの活動によって,刑務所に蔓延する不安で退屈な雰囲気を緩和するという図書館の教育的かつ心理的な役割が理解されていないことに不満を感じている一方,カナダ図書館協会が刑務所図書館の運営基準を作ることにはさして関心を示していない。

 この調査によって,社会ではごく普通に利用されているインターネットや参考図書,教育教材などが利用できないために,受刑者は情報不足の状態におかれていることが明らかになった。受刑者にインターネットの利用を許可することは保安警備上の問題が生じてくるが,受刑者がこれから受ける利益は非常に大きい。パソコンの発達により,将来はファイアーウォールなど適切な配慮を施すことにより,刑務所図書館がインターネット利用を認めることになるであろう。

 受刑者の多くは基礎学力とパソコン操作能力が十分ではない。この状態で再び社会に戻ることになれば社会に適応できない恐れがある。

 最近の判決(ソービ対カナダ事件2002年)において,カナダ最高裁判所は,受刑者の選挙権を認める判断を示している。受刑者の権利保護の流れからみると,刑務所内において,適切な図書館サービスなど社会復帰のための援助をいっそう行う必要が増している。

 

5. おわりに

 これらの調査結果を参考にして,わが国の現状をみるとどうであろうか。

 カナダと比較して,市立図書館などの公共図書館の蔵書を利用している刑務所は非常に少ないのが現状である。日本図書館協会の調査によると,公共図書館の図書を利用しているのは,わが国にある74か所の刑務所のうち,13か所程度である。近隣公共図書館から廃棄図書を受け入れている刑務所は多いが,一般的には,刑務所管理者の間で,図書に対する関心は少ない。市原刑務所などごくわずかの例外を除き,所内に図書閲覧室はなく,完全開架式の図書室がある刑務所も女子刑務所などに限られている。職員についても司書などの専門職が配置されている施設はないのではなかろうか。一方,公共図書館の側から見た場合であっても,果たしてどれだけの数の職員が,勤務する図書館の周辺にある刑務所に収容されている受刑者に思いをめぐらすことがあるであろうか。

 刑務所図書館の充実を図り,受刑者が読書に関心を持って社会復帰できるように励ますためには,刑務所の職員の側からの要請を待つということよりも,まず,公共図書館の職員が積極的に刑務所と接触を図ってゆくことが必要なのではないだろうか。

財団法人矯正協会国際協力部:山口 昭夫(やまぐち あきお)

 

Ref.

Curry, Ann et al. Canadian federal prison libraries: a national survey. Journal of Librarianship and Information Science. 35(3), 2003, 141-152.

Kaiser, Frances E. ed. (中根憲一訳) 矯正施設被拘禁者に対する図書館サービスのガイドライン. 現代の図書館. 32(1), 1994, 50-55.

 


山口昭夫. カナダの刑務所内図書館. カレントアウェアネス. 2005, (283), p.5-7.
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