CA1508 – フランスにおける公共図書館利用の停滞感 / 豊田透

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カレントアウェアネス
No.278 2003.12.20

 

CA1508

 

フランスにおける公共図書館利用の停滞感

 

 本年(2003年),Bulletin des Bibliotheques de FranceBBF)誌上で,また,書籍見本市の公開討議の場で,フランスの公共図書館の利用状況と将来の展望を巡る議論が行われている。

 最初に,ある数字が示された。フランスの市立図書館における,サービス対象人口に対する登録利用者数の割合の遷移である。1971年の5.9%から,1990年の16.0%を経て,1998年の18.4%まで数字は一貫して上昇してきたのだが,1999年に18.2%,2000年には17.7%と,このところ頭打ち,さらには下降しているのである。

 これについて,< 1 >この停滞の原因は何か,< 2 >そこから抜け出すにはどうすればよいか,というBBF誌の問いかけに対し,市立図書館の現場から回答が寄せられている。

 まず< 1 >についてであるが,おおむね予想される内容である。例えば,国民レベルでの読書行動の低下,課金制度の導入による利用者離れ(これはより料金が高いAV資料の利用はむしろ増えているという事実と矛盾する),資料購入費の逼迫による蔵書の魅力の低下,電子資料への対応の遅れ,等々である。

 実はそもそも,この数字は単に「登録利用者の割合」であって,それだけでは市立図書館活動の停滞を示すとは言えないのではないか,という,設問そのものへの問い直しもある。これはまさに,BBF誌が設問の背後に潜ませた問題提起であると思われるが,その問い直しの過程で多くの寄稿者が言及しているのは,今日では,フランスの図書館界で”UNIB”と呼ばれる利用者層の数がむしろ重要ではないか,という点である。これは”Usagers non inscrits des bibliotheques(登録をしない図書館利用者)”の略である。かつて市民による公共図書館の利用状況を適切に示す数値のひとつは登録利用者数,それはつまり,本を借りる人の数であったが,公共図書館のあり方が多様になった結果,UNIBの存在が以前に増してクローズアップされているのである。UNIBの数を正確に計ることは困難であり(特に「サービス対象市民」に占める割合を求めるには),ここでは7.5%という数字が上がっているものの,もっと高い調査結果も存在する。

 というわけで,この18%前後という数字自体がすべてを語るわけではないことは,寄稿者の誰もが承知している。しかし同時に,そう言う誰もが一様に「停滞感」「閉塞感」そのものを認めている。それは,UNIBの数を考慮すべしと言う一方でそれを以てしても十分でないとも考えており,市立図書館が自らの活動評価基準を見失っている,という結果にもなっている。

 したがって,< 2 >についての回答はあまり歯切れがよくない。抜け出す方策というよりは,その前提となる正確な現状分析がまず提案されている。

 登録者数減少の原因のひとつとして複数の寄稿者から挙げられ,かつ,今後の公共図書館活動への示唆となる点がある。それは学校図書館との競合である。従来,市立図書館利用者の大きな部分を占めてきた児童および若年層であるが,コレージュ(中学校),リセ(高校)の図書館が充実し,貸出図書館として,さらには特にAV資料の利用場所として,中高生の利用が市立図書館からシフトしているのである。もちろん大学図書館も同じ傾向が見られる。こうした,同じ地域で同じサービスをしている機関がある場合はそれらも含めた利用動向の分析,今後の指針作りが求められる。

 また,実際の方策として,図書館運営への市民の参加を提案する寄稿者もいる。

 結局,もはや公共図書館内部のみの調査・分析では不十分な時代になっている,という認識があり,したがって公共図書館という壁を越え,専門家による大規模で徹底的なアンケート調査が必要である,ということになる。当然それは各公共図書館レベルでは実施不可能であり,国レベルの調査が求められる。

 この「公共図書館の壁の外へ」というのは,今回の議論のキーワードのひとつである。それは,競合相手――他種の図書館であったり,読書以外の娯楽であったりする――を知ることであると同時に,顕在的・潜在的サービス対象である市民を,公共図書館の旧来の視点だけで捉えない,ということでもある。

 

 書籍見本市で同じテーマで行われた討論会は,国立高等情報科学図書館学校(ENSSIB)の主催で実施されたものである。ここではさらに踏み込んだ議論となったようである。特に,パネリストの一人,文化通信省公共図書館部のグロニエ(Thierry Grognier)氏から,「競合相手」を知り「顧客」を知る,すなわち,マーケティングの考え方の提案があった際には,少なくとも当日の参加者には図書館人として「顧客」という用語を用いることに抵抗がある者もおり,この発言を巡って議論が白熱した。討論会を主導した,今回の一連の議論の仕掛け人であるBBF編集長ベルトラン(Anne-Marie Bertrand)氏も,この点について,「図書館人は無料サービス,無私の奉仕をする立場であるが,その相手は市民である。市民を知るには,企業が(顧客としての)市民を知ろうとするのと同じ方法で知ろうとしなければならない」と主張した。

 

 具体的なアクション・プランの例示がされているわけではないが,今回投じられた一石に対し,今後公共図書館界がどのように対応していくのか注目される。

関西館総務課:豊田 透(とよだとおる)

Ref.

Debat: La frequentation des bibliotheques municipales.Bulletin des Bibliotheques de France.48(1),2003,84-101.

Debat: La frequentation des bibliotheques municipales.Bulletin des Bibliotheques de France.48(2),2003,66-80.

Nillus,C.Client ou usager? Livres Hebdo,(508),2003,84-85.

 


豊田透. フランスにおける公共図書館利用の停滞感. カレントアウェアネス. 2003, (278), p.4-5.
http://current.ndl.go.jp/ca1508