CA1457 – 人間の学習機構を踏まえた知的サービスの可能性 / 斎藤泰則

カレントアウェアネス
No.270 2002.02.20

 

CA1457

 

人間の学習機構を踏まえた知的サービスの可能性

 

1 はじめに

 図書館サービス,特にレファレンスサービスをはじめとする利用者サービスは,文献の提供を通じて,利用者の調査研究等の知的活動を支援するサービスである。利用者は提供された文献から得られた知識をもとに,自らの知識状態を再構成し,課題解決や目的達成にあたる。貸出や閲覧サービスについても,利用者は貸出を受けた文献の利用,館内での文献の利用を通じて新たな知識を得ることになり,間接的ながらも,利用者の知識状態の更新をもたらすサービスといえる。

 ただし,現行の図書館サービスは,利用者が得ようとしている知識自体を提供するものではなく,必要な知識を含むであろう文献を提供するサービスにとどまっている。貸出,閲覧サービスは,利用者自身が文献を選択することを基本としている以上,そもそも,そのような知識レベルの提供はありえない。レファレンスサービス(特に質問回答サービス)は,利用者の質問提示,それに続くレファレンスインタビューにより,知識レベルにまで踏み込んだサービス提供の可能性を持つが,現時点では,知識レベルの提供には至っていない。

 ところで,電子図書館の進展により,検索機能は高度化し,情報流通は大いに促進され,利用者にとって文献入手の利便性は格段に高まりつつある。だが,文献とその流通がいかに電子化されようと,図書館サービスが依然として文献レベルの提供にとどまるのであれば,従来の図書館サービスと電子図書館下のサービスとの間に基本的な違いはない。

 確かに,図書館が利用者の知識レベルにまで関与すべきではないし,関与できないとの考え方もあろう。しかし,図書館が利用者の知的活動を支援し,他の情報サービス機関にはない独自性を発揮するためには,文献に含まれている知識レベルを対象とし,人間の学習機構,知識獲得の仕組みを踏まえた知識提供サービス機関として発展する必要があろう。

 以下,人間の学習機構を概観し,いかなる知識の提供が人間の知識獲得,知識状態の再構成に結びつくのかを見ていく。そのうえで,図書館サービスが知的サービスとして発展する可能性について述べる。

 

2 人間の学習機構

 人間は既有知識だけでは説明のつかない未知の概念に出会うとき,その概念について新たな知識を次々と入手し,説明可能な知識状態を作り出そうとする。このように順次蓄積された知識を使って,より説明能力の高い概念の獲得に至る推論が「帰納推論」であり,演繹推論とともに人間が用いる重要な推論である(1)

 ここで,新たな知識の提供がいかに説明能力の高い概念,知識の獲得につながるかを見ていく(2)。いま,ある人間が次のような知識D1とD2を有しているとしよう。

D1=CuddlyPet(x)← Small(x),Fluffy(x),Dog(x)
D2=CuddlyPet(x)← Fluffy(x),Cat(x)

 D1は「xが小さく,ふわふわした毛で覆われ,犬であれば,そのxはかわいいペットである」という知識を,D2は「xがふわふわした毛で覆われ,猫であれば,そのxはかわいいペットである」という知識をそれぞれ表すものとする。この既有知識に対して帰納論理における最小汎化(least generalization)(2)を適用すると,次の知識Cが得られる。

C=CuddlyPet(x)← Fluffy(x)

すなわち,「xがふわふわした毛で覆われているならば,そのxはかわいいペットである」。

 ところで,いま新たに次のような知識を獲得したとしよう。

Pet(x)← Cat(x)
Pet(x)← Dog(x)
Small(x)← Cat(x)

すなわち,順に「xが猫ならば,そのxはペットである」,「xが犬ならば,そのxはペットである」,「xが猫ならば,そのxは小さい」という知識をそれぞれ表している。既有知識とこれらの新たに獲得された知識から,次の知識Dを導くことができる。

D=CuddlyPet(x)← Small(x),Fluffy(x),Pet(x)

すなわち,「xが小さく,ふわふわとした毛で覆われ,ペットならば,そのxはかわいいペットである」。

 この知識Dは,知識Cに比べ,かわいいペットに関する概念についてより高い説明能力を与えるものである。こうして,人間は,かわいいペットについてより確実な知識状態を形成することになる。

 以上のような学習機構は,知識提供サービスを実現するうえで次のような示唆を与える。第一に,利用者が知ろうとしている概念や対象について,利用者の知識状態(既有知識)の把握が重要となること。第二に,提供すべき知識は既有知識によって決定されるということ。第三に,より説明範囲の広い概念を導くような知識の提供が,学習対象となる概念についてより説明能力の高い概念の獲得につながるということ。

 

3 知的サービスとしてのレファレンスサービスと情報リテラシー教育の可能性

 知的サービスとしての発展が期待される図書館サービスとして,先述したレファレンスサービスに加えて,情報リテラシー教育が挙げられる。

 レファレンスサービス,特に質問回答サービスは,利用者が図書館員に質問を提示することから始まる。質問は,利用者にとって不足している知識,すなわち学習すべき概念,既有知識に加えたい知識を間接的にせよ表明したものである。この質問回答サービスが知的サービスとして発展する理由は,このサービスにおいて利用者の知識状態を引き出し,利用者に提供すべき知識を決定するレファレンスインタビューという仕組みが備わっている点にある。

 このレファレンスサービスについては,インターネット環境を活用した「デジタルレファレンスサービス」の研究,実践の試みが米国を中心に進められている(3)。その一例として,米国議会図書館によるCDRS(Collaborative Digital Reference Service)プロジェクト(4)が挙げられる。しかし,このデジタルレファレンスサービスはレファレンスインタビューの仕組みを欠いているため,受理される質問は案内質問や即答質問のような比較的単純な質問に限られる傾向にある。今後のレファレンスサービスがデジタル環境で提供される頻度が高まることを考え合わせると,利用者の質問を明確にし,利用者が獲得したい知識を把握し,提供すべき知識を決定するためのインタフェースを備えることがデジタルレファレンスサービスの発展,有効性にとって極めて重要である。

情報リテラシー教育も,知的サービスとして発展する可能性を持った図書館サービスである。情報リテラシー教育は,知識獲得能力を育成するものであり,利用者が既有知識を分析し,学習すべき概念や対象を明らかにし,どのような情報源から知識を獲得すればよいか判断する,という能力を与えるものである。

 情報リテラシー教育については,米国において,重要な学部教育として大学図書館を中心に実施されている(5)。わが国においても,大学における授業改革,初等中等教育における総合的な学習の時間の導入など,教育改革が進められている今日,情報リテラシー教育の重要性が指摘されており,大学図書館や学校図書館が情報リテラシー教育にどのように関わり,いかに貢献できるかが問われている。

 情報リテラシー教育においては,学校教育における思考力の重視という教育改革の動きを受けて,批判的思考・論理的思考能力の育成という側面が重視される傾向にある。この論理的思考とは,ある前提をもとに妥当な推論を行う思考技術である。ただし,いかに論理的思考能力を習得しても,前提が誤っていたり,適切でなかったりするとき,その前提から帰結されるいかなる結論も有効ではない。適合した情報源が選択され,適切な知識が収集,獲得されないかぎり,概念や対象について有効な説明を得ることはできない。情報源の探索・収集,選択・評価の諸能力は,推論の前提となる適切な知識を獲得する能力として,極めて重要であり,論理的思考能力と並んで情報リテラシーを構成する必須の能力なのである。それゆえ,図書館が提供する情報リテラシー教育は,論理的思考によって有効な帰結を導くための前提を形成するために必要な知識獲得能力を育成するものであり,重要な知的サービスとして位置づけられるものである。

 

4 おわりに

 図書館サービスが知的サービスとして機能する場合でも,文献というメディアを基礎にしたサービスである点に変わりはない。ただ,文献に含まれている知識に焦点を当て,その知識を利用者の求める知識と結びつける機能を備える点に知的サービスの特徴がある。インターネット上の情報源の氾濫など,多様化し,錯綜する情報源のなかにあって,知識の典拠(cognitive authority)としての文献の果たす役割は,これまで以上に重要である。人間の知的活動を強力に支援するために,図書館は文献(メディア)の提供にとどまらず,知識(コンテンツ)を提供する機関として発展していくことが求められよう。

玉川大学:斎藤 泰則(さいとうやすのり)

 

(1)古川康一ほか 帰納論理プログラミング 共立出版 2001. 335p
(2)Nienhuys-Cheng, S. et al. Foundations of Inductive Logic Programming. Springer, 1997. 404p
(3)Lankes, R.D. et al. Digital Reference Service in the New Millennium: Planning, Management, and Evaluation. Neal Schuman Pub, 2000. 246p
(4)CDRS. [http://www.loc.gov/rr/digiref] (last access 2002. 1. 17)
(5)Iannuzzi, P. et al. Teaching Information Literacy Skills. Allyn & Bacon, 1999. 200p

 


斎藤泰則. 人間の学習機構を踏まえた知的サービスの可能性. カレントアウェアネス. 2002, (270), p.9-11.
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