CA1456 – 電子図書館の役割と図書館情報学の構造 / 宇陀則彦

カレントアウェアネス
No.270 2002.02.20

 

CA1456

 

電子図書館の役割と図書館情報学の構造

 

1 はじめに

 「21世紀の○○」というのは20世紀の時代には近未来を語るフレーズであった。しかし,今世紀においては現実を語るフレーズである。本稿では,まず電子図書館を取り巻く状況を概観し,電子図書館の役割を通じて,改めて図書館の意味について考えたい。続いて,図書館情報学の構造モデルを提示し,21世紀の現実を生き抜く図書館情報学の姿を見る。

 

2 電子図書館をとりまく状況

  • 電子ジャーナル

     エルゼビア・サイエンス(Elsevier Science)社は1997年より Science Direct という商品名で同社が持つすべてのジャーナルを電子ジャーナルの形で提供している。エルゼビアの動きに呼応するように,アカデミック・プレス(Academic Press)やシュプリンガー・フェアラーク(Springer-Verlag)など多くの学術出版社が電子ジャーナルのサービスを開始した。また,自らの学会誌や論文誌を電子ジャーナルとして提供する学協会も増加している。さらに,電子ジャーナルの提供を出版社や学会に代わって行うアグリゲータと呼ばれる仲介業者も出てきた。これら提供サイドの動きに対して,欧米では大学図書館などがコンソーシアムを組んで価格交渉を行っている。日本でも国立大学図書館協議会がコンソーシアムを形成している。
  • 電子書籍

     電子書籍といえばこれまではCD-ROMや「電子ブック」などパッケージ系を指していたが,1995年の「電子書店パピレス」以来,インターネットからダウンロードする形態が主流になりつつある。なかでも,学習研究社,角川書店,講談社,光文社,集英社,祥伝社,新潮社,中央公論新社,徳間書店,双葉社,文藝春秋といった有力出版社が参加する電子文庫出版社会が2000年にオープンした「電子文庫パブリ」は,ネットワーク型電子書籍時代の本格的な幕開けを示すものである。さらに,「e-Novels」や「e文庫」といった作家自身による電子書籍の提供も行われている。
  • オンデマンド出版

     年間6万点以上が出版され,3ヵ月ほど後にはほとんどの売れ残りが返品され,書店から消えていく。出版点数が多過ぎるために,店頭に出ないまま返品されていくものすらあるという。その結果,出版社は返品の山を抱え,読者は欲しい本が書店にないという状況を生み出した。これは出版流通の構造的欠陥が原因といわれているが,この欠陥を補う一つの方法として,オンデマンド出版という新しい出版形態が注目を集めている。オンデマンド出版とは要求があった部数だけ印刷する仕組みである。売れる部数だけ印刷するので返品は生じず,読者も欲しい本を確実に入手できる。
  • オンライン書店

     大量の新刊本が出版される状況においては大型書店が有利である。その点,オンライン書店はスペースの制約がなく,個人書店が大型書店と対等に勝負できる新しい形態の書店である。最近の本屋はどこでも同じ品揃えで金太郎飴書店だといわれるが,オンライン書店は工夫次第で読者の要求に応じた棚を構成できる。
  • ディジタルアーカイブ

     図書館,美術館,博物館による貴重書や稀覯書の電子化が盛んに行われている。電子化することによってこれまで目にすることのなかった資料を多くの人に閲覧させることが可能になった。また,グーテンベルグプロジェクトや青空文庫をはじめとしたテキストアーカイブも充実してきた。これらディジタルアーカイブは劣化していく資料の内容を半永久的に保存することが期待されているが,その一方で,電子媒体の寿命,機器の更新,内容の保証などの問題点も指摘されている。

 

3 電子図書館の役割

 図書館はこれまで紙媒体の書籍および雑誌を書店あるいは取次ルートで購入し,利用者に提供してきた。ところが,ネットワークを中心とした電子媒体の登場によって資料の提供や流通の仕組みがこれまでとはまったく異なってきたため,利用者の情報獲得行動に変化が生じ始めた。研究者は論文を入手するのに必ずしも大学図書館を経由する必要はなくなった。一般利用者は本の入手ルートが書店や公共図書館だけではなくなり,求める本によっては書店や図書館より確実かつ迅速に入手できる。図書館の大きな機能である資料の保存と提供はもはや図書館の専売特許ではない。

 現在はまだ電子ジャーナルや電子書籍が一般には浸透しておらず,よく知っている一部の人が利用するだけだが,環境は日々進歩し,整備されつつある。図書館サイドが何も手を打たなければ,ある日,「最近,利用者が減ったね」とつぶやくことになりかねない。何も手を打たなくても現状を維持できる可能性もあるが,将来予測は最悪の事態を想定するというのが鉄則である。ライブラリアンは,時代変化に応じて新しい情報提供の手段を開発するという研究色の強い職業のはずである。日々の業務も大切だが,研究を怠ってはならない。

 電子図書館はライブラリアンにとって,将来の図書館像を研究するための環境実験シミュレータである。情報流通と提供の役割分担が変わりつつある今,次の図書館の役割を模索するうえで電子図書館による実験は有効な手段である。ただし,実験は現在の業務とは切り離して考えるべきである。なぜなら電子図書館機能は現在の図書館機能とはまったく異なるからだ。電子図書館を考えるにあたっては,組織の枠組みから役割や機能を定義するという視点を捨て,役割と機能から新しい組織を定義するぐらいのことは必要だろう。雑誌を提供する機能が出版社や学会に移ってもかまわないし,図書館が出版機能を持ってもよい。結果として,現在の図書館の枠組みがすべて変わったとしても,どの時代にも「図書館的」役割を担う職業と組織は必ず存在するはずである。

 

4 図書館情報学の構造

 すべての学問が新しい世界を描き出すことをめざしているならば,図書館情報学のやることは一つである。次世代の図書館像を描き出すことだ。将来像として,社会の中で図書館がどう位置づけられるのかを描き出すことが最終目標である。社会的組織という視点なくして図書館はありえない。

 将来像を考えるにあたって,図書館情報学という学問領域を次の7層から構成されていると定義してみる。

 

図書館情報学の7層モデル
7層(社会):社会的役割
6層(経営):マネジメント,将来計画
5層(サービス):レファレンス,ILL,貸出
4層(組織化):分類,目録,検索,メタデータ
3層(資料):書籍,雑誌,ネットワーク情報
2層(技術):コンピュータ,ネットワーク
1層(言葉):言語学,記号学,概念分析

 

 上位の層は下位の層を前提としている。最上位の「社会」は,下のすべての層が成り立って初めて成り立つ。5層の「サービス」は,3層の「資料」が4層において「組織化」されてはじめて有効に機能する。4層の分類,目録,検索は,1層の概念分析や同義語,多義性など「言葉」の体系の上に成り立つ。2層のコンピュータ,ネットワークも,1層の0と1という記号処理の上に成り立っている。各層を論じる場合は,下位の層すべてを前提とする必要があるとともに,上位の層すべてに適用できなければならない。

 このモデルは現在の図書館情報学を前提としているが,将来的には,このモデルを無意味にすることを目標にしたい。

 

5 おわりに

 1994年に世界中で大規模な電子図書館プロジェクトが開始されて以来8年が経った。電子図書館というのはしょせん流行りものであって,我々とは関係のないものだ,思ったとおりだった,という悪い意味での安心感が定着しつつあるように感じる。そうした安心感は,図書館サービスの新しい可能性から目を背けるとともに,世間に図書館を注目させるという千載一遇のチャンスを潰すことにつながる。国立国会図書館のWebページの説明を読むと,電子図書館に対してやや消極的な姿勢を感じるが,関西館は注目を集める重要な存在だ。国立国会図書館の大いなる挑戦に心よりのエールを送る。

図書館情報大学:宇陀 則彦(うだのりひこ)

 


宇陀則彦. 電子図書館の役割と図書館情報学の構造. カレントアウェアネス. 2002, (270), p.7-9.
http://current.ndl.go.jp/ca1456