CA1356 - 「サービス貿易に関する一般協定」と図書館サービス / 加藤眞吾

カレントアウェアネス
No.256 2000.12.20


CA1356

「サービス貿易に関する一般協定」と図書館サービス

1999年12月,世界貿易機関(WTO)のシアトル閣僚会議では,NGOの強硬な抗議の影響などにより,審議が棚上げされていた。この会議で議題となっていた「サービス貿易に関する一般協定」(GATS)に対し,カナダの図書館協会(CLA)が中心となり国際図書館連盟(IFLA)もNGOとして行動を起こしてきていた。GATSが対象とするサービスの範囲の拡大により,図書館サービスも影響を受けうるからである。

ことの経緯を説明する前に,GATSが対象とするサービスと加盟国が負うべき義務との関係を明らかにしておきたい。GATSは協定本文,付属書および特定の約束に係る表(約束表)からなる。協定に規定されている,加盟国が負うべき主な義務は,最恵国待遇,透明性,内国規制,市場アクセス,内国民待遇などである。この中で重要なのが,市場アクセスおよび内国民待遇であるので,これらを中心に説明する。

市場アクセスとは,外国企業が加盟国に進出する際に,外国人の保有株式数の規制などにより進出を制限する措置を禁ずるものである。また,内国民待遇とは,サービス提供に影響を与えるすべての措置につき,自国内の同種のサービス提供者に与える待遇よりも不利でない待遇を外国のサービス提供者に与えねばならないとするものである。これらの義務は,加盟国に与える影響が大きいため,加盟国が各自の約束表にその旨の記載をしない限り,義務は負わない。この方式を「ポジティブリスト方式」という。記載されるサービスの種類は,あくまで加盟国の裁量によるものとなっているが,WTO事務局のサービス分類表(分類表MTN. GNS/W/120)を参照するようになっている。

さて,シアトル閣僚会議に先立ち,GATSの対象範囲を拡大するため,貿易自由化を推進するOECD諮問委員会(BIAC)などから,約束表の記載方式を「ネガティブリスト方式」に改める意見が出ていた。この方式では,当該サービスについて市場アクセスおよび内国民待遇の義務を負わない旨の約束をしない限り,「すべてのサービス」がその影響を受けることになる。

これにより,図書館サービスはどうなるか。GATSでは,「すべてのサービス」のうち「政府の権限の行使」として行われるものは除外するとしている(ここでいう「権限」とは,GATSの対象範囲をなるべく広げる趣旨から,「公権力」という狭いニュアンスであると解するのが一般である)が,公共の図書館サービスがこれにあたるか否かがまず問題となる。規定があいまいなため一概には言えないものの,この除外対象にはあたらないとするのが一般の解釈であろう。さらに,WTO事務局のサービス分類表には,一分野としてすでに図書館サービスが組み込まれており,図書館サービスはGATSの対象であるとするのがGATSとその加盟国の意図であろう。これを前提とすれば,市場アクセスおよび内国民待遇については,約束表に記載していない多くの国の公共図書館にとって,ネガティブ方式への拡大は大きな問題となる。各加盟国が図書館について特別の配慮を記載しない限り,すべての加盟国の図書館はこれらの義務の影響を被ることになるのである。

こうした状況に対して,CLAとIFLAは以下のような懸念を示している。

(1)外国の営利型図書館サービス提供者に,加盟国内で事業を起こし,公共図書館を淘汰する保証を与えかねない。例えば国内の事業者が受けているものと同等かそれ以上の扱いを外国企業に対してしなければならない(内国民待遇)。GATSは「補助金」も対象としているため,外国企業が,公共図書館が得ている政府からの補助金の支給を受け取れるよう主張できかねない。

(2)自国領域内の地方政府やその機関が取る措置が,加盟各国によって合意されたあらゆる協定の対象に含まれることになるであろう。

(3)市場アクセスには,「サービスが合弁企業等の法定の事業体を通じ,サービス提供者によって提供される場合において,当該法定の事業体について特定の形態を制限し,又は,要求する措置」および「外国資本の参加の制限(外国の株式保有比率又は個別の若しくは全体の外国投資の総額の比率の上限を定めるもの)」を禁じる二つの項目がある。これらは,地方公共団体が,図書館サービスを公共の非営利セクターとして維持していくことを阻むものである。

(4)専門職基準が貿易障壁としての難題となりうる。GATSは,国内規制について,サービス分野での貿易自由化という目的を達成するためにいかに変えねばならないかを定めている。「サービスの貿易に関する理事会」は,設備,製品,技術基準,資格要件についてサービス分野の貿易に関する不必要な障壁となっているかどうか検討する小委員会を設置する権限を有している。

これらの主張に基づき,CLAとIFLAはWTOの方針に反対を表明し,自由競争の名の下に民間企業を富ませ,公共サービスを低下させることになるとしている。図書館サービスに限らず文化的機関の提供するサービスは,文化の多様性を創出し,多様な意見の活性化を図るという民主制の根幹にかかるものである点を強調している。そして,他の文化的機関との連携を強め,図書館などの文化的機関の重要性を強く主張していこうとしている。

CLAとIFLAは,自由貿易の拡大に伴う約束表の記載方法の改正,GATSの拡大に反対しつつも,それがなされてしまったならば,大雑把に定義されている公共セクターについて,特別に保護をするような考慮を求めていくとともに,図書館や文化的機関を除外するような別個の協定の締結を求めることに主張の矛先を向けるとしている。

このようなCLAとIFLAの主張に対して,米国図書館協会(ALA)も同調し,NGOとしてWTOシアトル閣僚会議に働きかけることとした。ALAは,WTO協定により公共図書館の置かれる状況が悪くなることを懸念するとともに,年次会議等でGATSの問題点について厳しい姿勢で望むことを表明するなど,図書館界にとどまらず,この問題意識の普及に努めるとした。

こうしたなかで,WTOシアトル閣僚会議は「棚上げ」という結果を迎え,ほぼ固まりつつあった閣僚宣言は「幻」となった。CLAとIFLAの見解に同調してきたALAは,一応の成功を収めたと評価しつつも,政府の貿易問題担当機関と接点を持ち,図書館サービス等の公共の文化的事業への考慮を図ることを働きかけていくとしている。IFLAに対しては,WTOの動向を監視する国際的なネットワークとコンタクトをとるようになったことに期待し,WTOに対する姿勢を変えないよう訴えている。

このように,世界の公共図書館関係団体は,GATSの対象が拡大されることへの反対表明を続け,今後のWTO交渉の行方に注目するとしている。日本においても,動向に注目していくとともに,議論を積み重ねていく必要があろう。

加藤 眞吾(かとうしんご)

Ref: CLA. From the CLA Office. 1999.6.25 ; 1999.10.28 ; 1999.11.18. [http://209.217.90.93/top/cla.htm] (last access 2000.10.19)
Whiney, Paul. The IFLA position on WTO Treaty Negotiation. IFLA J 26(1) 63-64, 2000
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