CA1312 – 南アフリカ共和国の児童書の状況 / 山崎美和

カレントアウェアネス
No.247 2000.03.20


CA1312

南アフリカ共和国の児童書の状況

アフリカ諸国にはインクや紙,印刷機器も容易には手に入らない国々がある中で,南アフリカ共和国は,それらの国々と比較すると児童書の出版点数が多い国であり,毎年約200タイトルの児童書が新刊書として出版されている。また,他のアフリカ諸国と比較して児童文学作品は良質であり,挿し絵も素晴らしく,印刷や装丁もしっかりしていると言われている。しかしその一方で,経済的貧困や多数言語の使用等が児童書出版の普及にとって障害となっている。

児童書出版の問題点

出版社にとって,児童書の出版は利益のあがらない事業である。なぜなら,ほとんどの国民が児童書を購入しないからである。特に,多くの黒人家庭では,日々の生活が苦しく児童書を購入するだけの経済的余裕はない。このため,家庭で「本を読む」ということは一般的ではないし,読書を楽しむためや読書の習慣を養うために作られた図書はほとんどない。子どものために出版される図書は,学校で使用される副読本や教科書であり,出版社の収入を支えているのも,この分野である。書店を通じて家庭に売られているのは,5%にも達していない。「もし,学校向けの市場がなければ,南アフリカ共和国における出版産業は成り立たないだろう」とまで言われている。

国民の言語に対する考え方も,児童書出版の障害となっている。南アフリカ共和国には,公用語が11言語あり,子どもたちは母国語で教育をうけるべきだという認識がある。しかし,その一方で,子どもを持つ親達は,子どもたちが仕事を得るためには,英語が必要であると考えている。また,中流階級の黒人家庭では,コミュニケーションの手段として英語を使用し,子どもたちは英語で教育をうけている。日常生活でも英語が使われ,部族語に追いつく勢いである。親達が子どもたちに本を買うとき,英語で書かれた本のみを買う。このような状況下では,英語以外の言語で書かれた図書は売れず,出版社は売れない図書は出版しない,書店もそのような図書は扱わないという悪循環を生みだしている。この循環の中では,英語以外の言語を使用する黒人作家は育たず,必然的にその作品は少なくならざるを得ない。実際,大部分の児童書は,白人の作家によって書かれている。出版される児童書の半数は英語,残りの半数はアフリカーンズ語で,他の言語の出版物としては,年に数点絵本が出されるだけである。

今後に向けて

経済的貧困や英語重視など児童書を取り巻く環境は恵まれているとは言えないが,良質の本を求めている子どもたちや児童書の出版に熱意を持っている出版社は存在する。「マスメディアは番組で子どもの本を紹介することによって,読書の習慣を啓発することが求められている。出版界は教育省と共に,国内における移動図書館のシステムが整備され,あらゆる地域で図書館サービスが受けられるよう働きかけていってはどうか。また,移動図書館では図書を貸し出すだけでなく,ストーリーテリングを子どもたちや親達に行うべきである。学校では,時間割の中に読書の時間を盛り込む必要がある。」とビブリア(Vivlia)社のネムクラ(Albert Nemukula)氏は言っている。子どもたちに良質の図書を届けるためには,マスコミ・出版界・教育現場が一体となった政策が必要であろう。

山崎 美和(やまざきみわ)

Ref: Heale, Jay. Children's book publishing in South Africa: the good news and the bad. Focus Int Comp Librariansh 29 (2) 78-82, 1998
Newukula, Albert. Publishing for children in Africa: the South Africa experience. Focus Int Comp Librariansh 29(2) 83-86, 1998
さくまゆみこ アフリカの児童文学の状況 日本児童文学 3223-27,1986
さくまゆみこ アフリカ 独自の文化を子どもに伝える(特集 変動する世界と児童文学――各地域の子どもの現在・児童文学の現在) 日本児童文学 4256-59,1996