CA1300 – 地方分権の流れの中で−第85回全国図書館大会から− / 児玉史子,浅石英誉

カレントアウェアネス
No.245 2000.01.20


CA1300

地方分権の流れの中で
−第85回全国図書館大会から−

1.第1分科会(公共図書館1):「図書館法」の改正をめぐって

昨年の秋田大会の同分科会で,今大会のテーマに図書館法改正を取り上げてはという意見が出されたが,法改正はここ1年の図書館界の最大関心事であり,本分科会のテーマは時宜に適ったものといえる。以下その概要を報告する。

分科会は,酒川玲子(日本図書館協会),塩見昇(大阪教育大学),糸賀雅児(慶應義塾大学),北村裕明(滋賀大学)各氏によるパネルディスカッションと,土本潤(岐阜県図書館),平松克一(茨木市立中央図書館)両氏による事例報告とで構成された。

酒川氏は生涯学習審議会図書館専門委員会の委員で,「法改正についての報告」と題し,審議の経緯,改正点である図書館協議会委員構成の大綱化,国庫補助を受ける場合の図書館長の司書資格要件規定の削除,また法改正に至らなかった第17条(無料公開の原則)を巡る電子化情報の「有料化」等の問題について,今後の課題を含めて報告した。塩見氏は「法改正と図書館の課題」として法改正は図書館事業の公共性,図書館行政の公的責任をあいまいにするものであると指摘し,第17条についても解釈の変更であり,有料化に道を拓いたと批判した。

糸賀氏は専門委員会のメンバーでもあり,今回の改正をより積極的に捉える視点からの発言を行った。糸賀氏は,インターネット利用等を「図書館資料の利用」に当たらないとして,無料化原則の対象外としたのも,費用負担の判断を個々の自治体に委ねるべきであるという基本姿勢によるものであり,改正の趣旨である「地方分権」の文脈で理解すべきであること,図書館行政の決定権を,国ではなく各自治体がもつという,地方分権実現のための妥当な方向性であると発言した。但し,その実現の仕方によっては,自治体の図書館サービスに格差が生まれる可能性があること,そのためナショナル・ミニマム達成のための国の関与の必要性,費用負担に対するガイドライン作成への図書館協会の役割が重要とも指摘した。

北村氏は「公共サービスとしての図書館」と題し,行財政改革の動きの中で公共部門と民間部門の役割の見直しに加えて,今度の「図書館法改正」には地方分権と情報化がキーワードになっていることを指摘した。その状況をふまえて公共サービスとしての図書館の機能を論じ,司書の専門性が図書館サービスの質を評価するために重要であることを,類例として本大会の会場でもある「びわ湖ホール」開設を巡る動きを紹介しながら述べた。また,経済学の立場から,市場の効率的な資源配分の前提条件として,消費者のための情報の対称性(売り手と買い手の間に情報格差が存在しない)の確保,消費者の発達保障,情報へのアクセス保障が必要で,その場として公立図書館の役割の重要性が増すであろうと指摘し,有料化問題はこの関わりで議論されるべきであるとした。

事例報告は,今回の図書館法改正で「改正」されなかった第17条の無料原則に関わる報告で,ネットワークによる情報提供を有料で行っている岐阜県図書館と,無料で行っている茨木市立中央図書館からの報告であった。岐阜県図書館は,コピーと同じと考え「有料」,茨木市立中央図書館は,レファレンスサービスの一環として位置づけ,「無料」としている。現場の実態報告であり,今後の議論のためにも貴重な報告であった。両報告の中で,ともに図書館の利用者層がビジネスマンに広がり,その要求に対応する形での蔵書構築が図書館への支持の確保につながったと報告されたことは,北村氏の指摘した公共図書館における司書の専門性と利用者の支持の関係を示す好例と思われた。

午後の討議では,図書館職員の専門性,研修の問題,日本図書館協会の役割の重要性等の指摘がなされたが,会場からの発言が少なかったのが残念であった。

専門委員会メンバーである酒川・糸賀両氏,この改正の問題点を指摘する塩見氏,図書館界を離れた経済学の立場からの北村氏の発言からなる議論は,この1年図書館界で論じられてきた,図書館資料とは何か,図書館経営はどうあるべきか等図書館の今後を考える論議にとどまらず,地方分権・住民主権の在り方,「民」と「官」の役割の見直しなど示唆に富み,聞き応えのある内容であった。テーマの重要性からしても,1分科会ではなく全体で共有すべき内容ではなかったかと思う。

児玉 史子(こだまふみこ)

2.第2分科会(公共図書館2):図書館振興の課題と展望

基調講演は専修大学講師で日本図書館協会町村図書館活動推進委員会の荻原幸子氏によるもので「町村図書館設置促進のための調査研究」(文部省委嘱研究事業,通称〈Lプロジェクト〉)についての詳細な分析報告と政策提言(通称〈Lプラン〉)策定に向けての進捗状況が報告された。この中で,図書館設置や振興のためには,地域における情報の専門家,人を育てる役割を通して,町の活性化や振興にも貢献できる図書館の可能性を社会的にアピールしていくべきなどの提言が示された。

事例発表として,まず鳥取県気高町立図書館開設準備室の岸本修氏と徳島県海南町立図書館,斎藤正氏からそれぞれの県の図書館設置・振興策についての取り組みが成果と反省・検証を交えて報告された。

午後の前半は滋賀県の各図書館からの発表で,栗東町立図書館の竹島昭雄氏からは,確固たる基本理念に基づいて実施された滋賀県の図書館振興策を中心に説明報告がなされた。

続いての信楽町立図書館,杉浦幸氏の発表では,公民館図書室が町立図書館になるまでの過程について,鉄道事故の影響による苦難などを乗り越えて県の基準を満たす町立図書館を建てるまでの道のりが報告され,その労苦と図書館設置にかける職員の熱意に会場が聞き入った。

事例発表最後の八日市市立図書館,國松恵子氏の「図書館を育てる相互協力」では,オープン当初は他館からの借用に頼りがちだった同館が,予約内容を一つずつチェックして住民の要求に添った魅力ある棚作りに努めた結果,徐々に選書やレファレンスの力もついてきて,今では近隣の新設館に貸出しや研修講師などの支援もできるまでに成長した様子が報告された。

研究協議では,まず会場から滋賀県の図書館政策に対する称賛の声を皮切りに,行政側の消極姿勢,財政事情などから県下一体となった振興策が思うように進まない状況にある参加者も多い中,解決策をともに考えようという熱気ある討議となった。その中で滋賀県からは前川元館長らの例を挙げて県立図書館長の果たす役割の重要性や振興策につながる全体の気運の高まりは住民個人レベルの高まりが基礎となること,自治体が主体的に取り組む必要があることなどの助言がなされた。会場からは議会にも働きかけていきたいという声や,今後は県図書館協議会の役割が重要となるといった意見が続いた。また,財源の問題については信楽町立図書館の基金積み立ての報告に続き,イベントの収益金を基金にするなど町づくりと図書館づくりをタイアップして取り組んでいる島根県の町の例が会場から報告された。対外的・社会的アピールの方策としては地元新聞に県立図書館の執筆枠を確保して図書館を広くPRしたり,市役所への新聞記事サービスの提供など,行政に対しても頼りになる図書館をアピールしている館の例が紹介され,基調講演の提言とともに参考になったことと思われる。

一方図書館振興策を実施している県においても,市町村からは補助基準緩和の要望が出ているとの報告もあり,政策化された後の拡大・発展を実現することの難しさも感じられた。

また,会場から,地方分権の趣旨に添って今後は住民が自分たちの力で作り運営する図書館,たとえばNPOによる図書館づくりも一法であるとして,「高知こどもの図書館」の例が紹介された。NPOによる図書館については最終日の全体会でも言及されたが,住民が行政を動かして正規の公立図書館を建てさせるのが本来とする考え方もあり,今後様々な場で議論が深められていくことが望まれる。

全体会での「滋賀県を範としたい。大きな収穫であった。」という声に代表されるように,滋賀県の図書館振興策はひとつの指針を示したといえるであろう。また,発表者が口々に挙げた,「図書館は施設と資料と最後は人(利用者と資料を結びつける司書)が肝心」「県立図書館はじめ近隣先発館の後発館への助言,支援」「先発館は後発館に学ぶ姿勢を持ち,共に育っていきたい」といった言葉を他の参加者同様,国立国会図書館の立場からもあらためてかみしめたい。

図書館づくりは地方の自主性が尊重される時代に入ろうとしている。参加者が本分科会の収穫を持ち帰り各地の図書館振興に実を結ばれることを期待したい。

浅石 英誉(あさいしひでよ)

Ref:平成11年度第85回全国図書館大会滋賀大会要綱,同分科会報告要旨集