CA1242 – 電子環境下の子どもの本 / 木藤淳子

カレントアウェアネス
No.235 1999.03.20


CA1242

電子環境下の子どもの本

タプスコット(Don Tapscott)の『デジタルチルドレン』は,デジタルメディア(特にインターネット環境における)を自由に駆使する子どもたち(ネットジェネレーション)を肯定的に論じている。この本のプロローグに,「今では誰も,図書館で調べものはしない。インターネットで,最新情報が手に入れられるから」という14歳の少女の言葉が登場する。

(今までも,調べものをする場として,図書館が子どもにとってどの程度重要であったかはともかく)無限とも思える多様な資料(情報)群,1次情報への直接アクセスの可能性,双方向性など,子どもならずとも,インターネットでの調査の魅力は,「居ながらにして」だけでないことは容易に理解できる。特に,大人の決めつける枠内での行動を余儀なくされがちな子どもたちは,自分で探索し取捨選択し真偽を判断する自由に魅力を感じていると,タプスコットは言う。また,非線形的・有機的に際限なく広がる電子世界の特徴は,線形的思考に慣れてしまった多くの大人よりも,子どもに馴染み深いとも言う。

ドレサング(Eliza T. Dresang)も,電子メディアの多層性,非線形性,非連続性,グラフィックの重視,相互作用性,ハイパーテクスト,ハイパーメディアといった特徴は,子どもに親和感のあるものであると主張する。そして,電子環境の影響は紙媒体の子どものための本にも及んでおり,1990年代に上記のような特徴を備えた作品が刊行され,子どもたちに受け入れられているというのである。以下,ドレサングの言う電子環境の影響を示す作品を何点か挙げてみよう。

フライシュマン(Paul Fleischman)の歴史小説Bull Run (1993)では,主要な各キャラクタを示すアイコンが短いテクストの塊の前に置かれている。また,裏表紙には性別,階級別などの索引があり,読者はキャラクタ別その他自分が選ぶパタンで,テクストの塊を渡り読むことができる。これは紙媒体によるハイパーテクストの経験と言える。

多くの邦訳もある作家・画家マコーレイ(David Macaulay)は,90年代になって意識的にテクストやストーリーの非線形性を追求している。Black and White (1990)やShortcut (1995)のストーリーは単一ではなく,また,ページを繰るのにしたがって展開されるわけでもない。ここでは多くの選択肢が読者に委ねられ,その積極的参加が作品に大きな意味を持つ。

ヒックマン(Janet Hickman)のJericho (1994)やカニグズバーグ(E.L. Konigsburg)のThe View from Saturday (1996)は,複数の主人公の生を非線形的・非連続的なテクストパタンにいわば織り上げている。

子どもの本においてビジュアルな要素は以前から重要であったが,これまでは絵は文字よりも簡単なものとされ,絵本は文字を読みこなせない幼児のためのもの,コミックに至っては低レベルなものとして蔑ろにされてきた(日本では事情が異なるのは言うまでもない)。しかし,視覚情報を重視する電子環境の影響下,絵だけでアフリカ人奴隷の大西洋横断の歴史を綴ったフィーリングズ(Tom Feelings)のThe Middle Passage (1995)や,文字にもグラフィックな要素を持たせて表現したシェスカ(Jon Scieszka)とスミス(Lane Smith)のThe Stinky Cheese Man and Other Fairly Stupid Tales(1992:邦訳『くさいくさいチーズぼうや&たくさんのおとぼけ話』(1995)),Yumi HeoのOne Afternoon (1994)など,従来よりも高い年齢の読者向けの優れた作品の登場によって,「絵を読む」ことの複雑さが評価されるようになってきた。また,グラフィック・ノベル(コミック本形態の叙述的なフィクション文学)というジャンルが現れ,著者の父の収容所での体験をネズミをキャラクターとして物語るスピーゲルマン(Art Spiegelman)のMaus: A Survivor's Tale (1986-1991:邦訳『マウス』(1991-1994))やアヴィ(Avi)作・フロッカ(Brian Floca)絵のミステリCity of Light, City of Dark (1993)のように,これまでとは異なる内容がコミックで描かれるようになった(ただし,日本のストーリーマンガに親しんでいる私たちは,電子環境の進展とは必ずしも関係なく,コミックに多様な内容が盛り込まれることを知っている)。

子どもの本に生じた上述のような変化は,児童文学研究はもちろん,子どもの本の選書にあたっても,新たな指標を持たねばならないことを意味する。また,子どもの能力は大人が思うよりも高く,非線形的・相互作用的・多層的な情報の処理に優れていること,子どもは物語の形成に参加するのを好むことも理解してあたる必要があるだろう。

木藤 淳子(きとうじゅんこ)

Ref: Dresang, Eliza T. Influence of the digital environment on literature for youth: radical change in the handheld book. Libr Trends 45(4) 639-663, 1997
Tapscott, Don デジタルチルドレン ソフトバンク 1998