CA1239 – 公共図書館の有料化に関する世論調査 / 田村英彰

カレントアウェアネス
No.234 1999.02.20


CA1239

公共図書館の有料化に関する世論調査

公共図書館サービスへの課金について,一般市民はどのように考えているのだろうか。その判断を決定する要因は何か。アメリカの世論調査を分析した研究を紹介する。

アメリカの公共図書館は,19世紀来ほとんどが税によってまかなわれている。公教育同様,サービスの効用は個々の受益者に限らず,都市貧困層のような潜在的利用者への制度的保障として,社会全体にも生ずると考えられてきた。公教育や公共図書館は,「公共の」財であった。

では図書館サービスは経済学的な意味での「公共財」といえるだろうか。これは図書館が提供するものを資料と考えるか情報と考えるかによって違いが出てくる。競合性については,一冊の本や雑誌は一度に一人の人しか読むことができないが,そこに書かれた情報は消費されてしまうのではなく,伝達されるにとどまる。排除性についても,会員制図書館でも会員だけで情報を囲い込んでおくことはできない。すなわち,図書館が情報を提供していると考える限り,図書館サービスには公共財としての面があるということが可能である。

一般に公共財は,市場よりも行政による方が十分に,公正に提供されると考えられている。しかし公共財と私的財は二分的ではなく連続的な概念であるため,行政サービスの公共性の測定が試みられてきた。学校教育については,公共財というよりむしろ私的財だが,その効用は必ずしも私的な領域にとどまらないことが明らかになっている。このような外部性のある財は,市場任せでは直接コストを担う消費者が損をするため,公共部門の関与が望ましいとされる。

公共図書館が与える効用も,社会的効用と私的効用とが混在したものである。しかしその財源については,現在アメリカの公共図書館は運営資金の93%を政府から得ている。課金は行政サービスの重要な収入源となりつつあるが,図書館ではそうはなっていない。公共図書館において利用料金を課すかどうかは,経済学的というよりは政治的な判断に属するのではないだろうか。ベストセラーの貸出料徴収を市民が住民投票ではねつけたなら,ベストセラーの貸出は公共の財として定められたといえるだろう。

この意味で,公共図書館の財源に対する世論の決定要因を知ることが重要である。さまざまな行政計画への財源に対する世論については調査が一般的に行われており,主な態度決定要因として個人的な利益と政治的社会的な見解の2つが挙げられている。図書館ではどうだろうか。

G. D'Eliaは公共図書館の財源について1,001人を対象に電話調査を行っている。アメリカでは,公共図書館への年間支出額が住民一人あたり最低$4,最高$100,平均$16であることを示した上で,「公共図書館に一人当たりどのくらいのお金をかけたらよいと思いますか」と尋ねた。この回答の平均値は$34と実際の支出額の倍であった。また図書館への税支出を望む傾向は,一定の個人的属性及び利用頻度に表れていた。

これをふまえ,1991年にイリノイ大学図書館研究センターにより実施された全国電話世論調査では,合衆国住民1,181人を対象に,「地域の公共図書館が財政危機に陥ったとき,あなたはどうするのがよいと思いますか」と問うた。選択肢ははっきりと,増税・課金・サービス削減とした。さらに,個人的利益を表す変数として,図書館の利用頻度及び個人的属性(年齢・性別・学歴・収入・居住地域等)について質問したほか,もう一つの態度決定要因として個人的利益と比較するため政治的見解を入れた(liberal(1)〜conservative(10)の10段階評価)。

その結果,47%は増税,44%は課金,9%はサービス削減を支持した。変数ごとに3つの選択肢との単純相関をとると,それぞれ,図書館の利用頻度,学歴,収入が高いほど,また都市居住者ほど増税を支持し,課金とサービス削減の支持は減る。減少の程度はサービス削減よりも課金の方が激しい。政治的見解と年齢については,財源に対する態度に関連が表れなかった。

さらに,離散型(質的)選択分析(discrete choice analysis)という多変量解析手法を用いて,変数相互の影響関係を考慮した上で,3つの選択肢との関連を調べた。その結果をまず変数ごとに概観すると,課金は利用頻度が高いほど選択されず,学歴が低いほど選択される。サービス削減は都市居住者ほど選択されず,収入が低いほど選択される。注目すべきは,子供のいる人々に増税や課金よりもサービス削減を選ぶ傾向が見られた。いずれも,個人的利益として説明できるものである。

また,変数の組み合わせで示される個人の選択の可能性を算定した。増税を選ぶ可能性がもっとも高いのは,都市居住/利用頻度高/収入高/大学院以上の男性(確率.805)。課金を選ぶ可能性がもっとも高いのは,非都市部居住/利用頻度ゼロ/収入中/高校未修了の男性(確率.726)。サービス削減を選ぶ可能性がもっとも高いのは,非都市部居住/利用頻度低/収入低/高卒の女性と予測される(ただし,確率は.357にとどまる)。

決定要因としての個人的利益について指摘される点として,都市居住者のように利用頻度が高いほど,増税を選ぶ傾向が強い。都市にはリベラルな有権者が多く,居住地域による効果は政治的見解の影響を間接的に示すかとも思われたが,そうではない。準都市居住者は非都市部居住者と同程度に保守的だが,増税への反対は非都市部と都市の中間なのである。これは,サービスの利便性の反映と考えられる。また政治的見解と増税支持に関連があれば効果は政治的見解の変数に直接表れるはずだが,表れなかった。

高学歴,高収入ほど増税支持の傾向が強いが,利用頻度,すなわち直接的利益によるものではない。もしそうなら,分析の結果,利用頻度が最大の要因として取り出されてくるだろうからである。この結果の説明としては,高学歴,高収入なほど,当人がすぐには必要でなくても有用なサービスを求める傾向がある,といった仮説が考えられる(このような需要をoption demandという)。高学歴,高収入なほどこどもや孫によい図書館サービスを求めると言えるかもしれない。

離散型(質的)選択分析の結果は決定要因として個人的利益に焦点を当てたが,個人的利益が世論の態度を完全に説明したとは言えない点も指摘される。前述のサービス削減を選択する可能性が最大のグループが示すように,利用頻度が低く居住地域が遠くても,サービス削減の支持は低い。また,もっとも増税に反対すると思われるグループ(非都市部居住/利用頻度ゼロ/収入低/高校未修了)でも,増税支持の確率は.164ある。低くはあるが,ゼロではない。明らかに,純粋な個人的利益だけでは説明できない社会的なレベルの意識が存在している。

一般の人々は,公共図書館を公共財と私的財が混在したものとして捉えているとは言えるようである。それでは,税と課金によって運用すべきなのだろうか。この調査では,料金の種類を個別に挙げて聞いていない。また財源のもう一つの選択肢として,寄付による基金の設立が考えられる。寄付は公共図書館の財源のうち2%以下ではあるが,収入源として増加しつつある。この種の調査の次の課題となろう。

多変量解析の手法を導入して各選択肢支持層の社会経済的な特徴を見ることには限定的ながら成功していると思われるが,交通需要や消費者行動に用いられる汎用の選択モデルを政治的選択に適用することの適否には疑問が残る。あくまで要因分析の一例にとどめるべきと思われる。また政治的見解を示す変数のとり方についても困難がある。論者たちが指摘するとおり,政治的見解自体ある程度個人的利益から成り立っているということができ,外部性やoption demandに対応する利益分析が必要である。

田村 英彰(たむらひであき)

Ref: Kinnucan, Mark T. et al. Public opinion toward user fees in public libraries. Library Quarterly 68(2) 183-204, 1998