CA1196 – 学位論文の電子的提供−英国・米国の試み− / 松山美智代

カレントアウェアネス
No.226 1998.06.20

 

CA1196

学位論文の電子的提供−英国・米国の試み−

学位論文は,その資料的価値は認められているものの,通常の流通経路に乗らず,検索や入手がしづらい,いわゆる「灰色文献」とされる。その解決策の一つとなりうる学位論文の電子的蓄積とインターネット上での提供システムの開発状況を,英国,米国の動向を中心に紹介する。

英国のUTOG(the University Theses Online Group)は,英国図書館研究イノベーションセンター(BLRIC)とJISC(注)から研究資金を得て,英国の大学における博士論文の利用に関する調査を行った。UTOGとは,学位論文の電子的な蓄積と提供に伴う問題と可能性を研究するワーキンググループである。1994年に設置され,BLと15の大学の代表者で構成される。

調査は,新旧・大小にわたる8大学で1996年10月までの1年間に博士論文を完成させた全ての著者2,203人(回収率44%)とその指導教員1,740人(回収率58%),及び125の大学図書館(回収率72%)を対象とし,以下のような結果を得た。

・著者が研究過程で利用した博士論文数は,1〜5件が66%,6〜10件20%,0件8%で,その目的は内容(95%)や形式(76%)の調査である。大部分の著者が博士論文を有用と感じたものの,情報源は印刷物(47%)や電子的検索手段(28%)によるよりは,むしろ教員など人から聞いたもの(85%)が多く,情報収集の難しさを訴えるコメントが多くよせられた。一方,教員も自身の研究のために85%強が博士論文を利用しており,大学図書館の95%が自大学の博士論文を所蔵している。

・著者の71%に博士論文を出版する意図があり,現在の出版形態に著者の70%が賛成している。電子媒体への利用提供拒否は11%となっており,出版予定やスポンサーからの要求など商業的理由があげられている。博士論文は写真,地図,平面図,表,グラフが多用されており,部分的電子形態8%を含む92%の博士論文が既に電子的に作成されていた。

・供給機関として知られるBLBTS(The British Library’s British Thesis Service)は,1971年に設立され,現在97の高等教育機関からの13万を超える博士論文を所蔵し,年間増加数は約6,500〜7,000である。UTOGは英国全体の年間増加数を各大学からの回答も踏まえて,約10,000〜11,000とみている。BLBTSの1996年度の貸出は11,138件,販売(文献複写)3,192件であった。

これらの調査結果を踏まえて,1997年6月BLRIC主催のセミナーが開かれ,100人を超える高等教育関係者が参加し,学位論文の電子的提出,蓄積,オンライン総合目録の形成,及び学位論文そのものへの効果的かつコントロールされたアクセスの必要性を再確認した。UTOGは,現在,ETHOS(Electronic Thesis Online Service)と呼ばれるプロトタイプの設計に着手しており,その評価の後,最終段階として学位論文の電子的作成,蓄積,提供を可能にする規則と手続きの確立を目指している。現在,UTOGはプロトタイプを開発するための研究資金を求めており,BLの予算が厳しいおり(CA1081参照),プロジェクトの実現に向けてこれからの動向が注目される。

米国のバージニア工科大学(以下Virginia Tech)は,1997年1月から大学院生に修士論文と博士論文をインターネット上で提供できるフォーマットでの提出を義務付けた。現在,提出された500以上のETDs(Electronic Theses and Dissertations)が,ETDディジタル図書館に蓄積され,インターネット経由で利用できる(http://etd.vt.edu)。ただし,著者の申し出により,論文によっては利用が制限されることもある。著者名順一覧,新着情報やOpenText等を使用した検索機能があり,閲覧できるが,セキュリティ機能によりコピーはできない。

ETDプロジェクトの目的は,(1)研究成果の共有による大学院教育の開放と改善,(2)学生,大学が電子出版物やディジタル図書館について学び,情報発信・アクセス技術を習得する情報教育の実践,(3)図書館業務の効率化によるサービスの向上である。このプロジェクトは1984年にVirginia Tech,ミシガン大学,北米の学位論文の供給機関として知られるUMI社等が出席した会合に端を発して発展してきたものである。さらに,全国規模の複数大学横断アクセスを目指して,NDLTDプロジェクト(Networked Digital Library of Theses and Dissertations Project)が,3年間で21万ドルの米国教育省からの助成金やSURA(Southeastern Universities Research Association)の研究資金を得て,Virginia Techを中心として進められている。1997年10月現在,NDLTD参加大学は20を越えており,その中でVirginia TechはETDの提出を義務化した唯一の大学である。

ETD提出の義務化,インターネット上での提供は,新たな問題を引き起こしている。例えばアイディアの盗用が容易になるという懸念から,今後の研究課題を論文の最後に付け加える慣習を,学生にやめるように指導する化学分野の教員が出てきている。また,基本的に同一内容がインターネット上で自由にアクセスできる場合に,論文の学術雑誌への掲載を出版者が拒むことがあり,学生の出版する機会を損なうとする批判に対しては,論文の公開時期や公開範囲の選択を著者に認めることにより対応している。一方で,研究者が早く,自由に,直接,学術情報を入手できるようにするという当プロジェクトの目的は,学術雑誌購入費の高騰による大学図書館の予算圧迫の問題(CA1081参照)が背景にある。従来の情報流通事情と大学図書館,著者,教員,出版者の持つそれぞれの役割が複雑に絡み合い,出版に関するジレンマが生じている。

日本においては,奈良先端科学技術大学院大学がページイメージで(http://dlw3.aist-nara.ac.jp),北陸先端科学技術大学院大学情報科学研究科が,平成7年度以前はPSファイル(PostScript file)で,平成8年度以後はPDFファイル(Portable Document Format file)で(http://www.jaist.ac.jp/library/index-jp.html),電子図書館サービスの一環として,インターネット上で学位論文の公開を始めている。

松山 美智代(まつやまみちよ)

Ref: Roberts, Alason. Electronic theses a step nearer. Res Bull (17) 7, 1997
Report of the UTOG survey. [http://www.cranfield.ac.uk/library/utog/](最終更新1997.8.1)
Higher education community discusses electronic thesis plans. Res Bull (18) 4, 1997
Report of the UTOG Seminar. [http://www.cranfield.ac.uk/library/utog/](最終更新1997.8.1)
Nelson, Corinne. Virginia Tech sets new net policy. Libr J 122 (14) 105, 1997
Gwynne, Peter. Electronic posting of dissertations produces publishing dilemmas. [http://www.the-scientist.library.upenn.edu/yr1997/oct/gwynne_p1_971027.html](最終更新1998.1.2)

(注) JISC: The Joint Information Systems Committeeの略。イングランド,ウェールズ,スコットランドの各高等教育財政会議(Higher Education Funding Councils: HEFC)および北アイルランド教育省が合同で1993年に設置した委員会で,情報システムやネットワークに関する高等教育予算の配分に関し,各HEFC等に勧告を行う。