CA1103 – 収集とインフレーション / 山地康志

カレントアウェアネス
No.209 1997.01.20


CA1103

収集とインフレーション

雑誌の値上がりは,それを担当する図書館員にとって頭痛の種である。なぜ価格はそんなに上がっていくのか,それに対して対処可能な解はあるのか。ハートマンは学術図書館に焦点を絞って,図書館資料における価格上昇の問題について論じた文献をレビューしている。その中から,雑誌に関する部分を中心に見てみることにする。

彼女によれば,価格上昇の問題は単行本にも雑誌にもあるが,学術図書館にとって特に深刻なのは雑誌である。単行本の場合には,1冊ごとの売りきり,かつ後払いであるので,予算が厳しくなってきたときには購入を控えることができる一方,学術雑誌の場合は1年分前払いするので,融通がききにくく,予算を圧迫しやすいからである。しかも,Bowker Annualによれば,ここ5年ほどの雑誌の値上率は消費者物価の3倍から4倍である(1990年は例外的に1.56倍)。現在,学術誌1頁当たりのコストは実に$1.05にも上ると見積もられている。

さて,学術誌の値上がりの背景にあるのは量産される論文である。研究分野の拡大による論文数の増大が大きな影響を与えている。業績稼ぎのために,研究者が研究を小さい単位に分割して,一つの研究から何本もの論文を執筆する,という傾向も,論文数の増大に拍車をかけている。米国のみで年に100万を超える学術論文が出版されるのであるから,各種論文のための小部数高価格雑誌が多数出版されるのも理由のないことではない。

一方,研究者は高価な学術誌を多く引用し,必需品と見做しているかというと,そんなことはなく,学術誌の価格と引用頻度にはほとんど相関が無いことが示される。ただし,余りにも高価な雑誌はさすがに引用件数が減少する。

ではどうすれば良いのか。図書館側の対処法としては,以下のようなものがある。まず購読中止である。この場合,ダメージが大きいのは大学院生,助手クラスの研究者である。彼らは自身で資料を十分に購入できるほど研究費を持っていないし,十分な数の抜刷を送ってもらえるほどの人脈も持ってはいない。彼らのダメージはキャンセルの際考慮しなければならない要因である。購読中止の代償措置としては,まず相互貸借(ILL)が考えられるが,ILLは常に利用可能というわけではない。さらに,複数の図書館が購入雑誌を相互に調整し,資源の共有を図る際には,不当な取引制限協定とみなされないように注意しなければならない。著作権にも慎重な配慮が必要である。商業ドキュメント・デリバリーサービスの利用も考慮すべきだろう。

また図書館が共同で学術誌の原価を評価することの重要性も挙げられている。その評価グループに学術誌の編集者となっている教員を含み,その価格に影響力を行使していくことも有効と指摘されている。価格が高く品質の低いジャーナルの出版を避けるために,科学者グループとの対話も必要であろう。

影響力の行使について一つ問題とされるのは図書館員の姿勢であり,具体的には雑誌の価格上昇を内部の予算要求の材料として用いている点である。むしろ出版社側と交渉して価格を下げさせるべきなのに,ベクトルが反対を向いているのではないか。従来の図書館協力は価格コントロールにあまり効果なしという意見はあるが,協力の在り方自体を変えていくことで大きな価格影響力を持ちうることをハートマンは強調している。

一方,マックナイトは電子形態による対処法を考えている。研究者は通常,論文を完全には読まないので,気に入った場所だけ拾い読みできる電子ジャーナルは好都合であると思われる。特にハイパーテキストを用いれば式や図,関連論文などを元の論文から離れずに参照することができ,また必要な部分はコピーを取ることもできるので,便利であろう。ただし,著者の側では,現在のところ電子形態で出版されたものは業績とはみなし難いと思っているので,安価な電子出版が進むかどうかは今後の社会的な認知次第という面がある。

ハートマンは結論として,一つの基準を提示している。それは,学術雑誌の価格上昇は,原則的に消費者物価上昇率の2倍以下に押さえるべきだというものである。年100万本以上の論文を生産している出版技術は,合理的な価格でこれらの論文を供給する可能性を内在している筈と,彼女は主張する。

もう一つ重要な点は,政府補助金である。研究者の熱意−論文を読み・書き・出版するということへの−をあおっているのは政府補助金であると彼女は指摘する。政府補助金がより選択的になり,また補助金の成果を評価する際に出版点数にあまり重きを置かなくなれば,研究者はより少ない頻度の,より薄い学術誌で満足できるようになるとする。(この辺の問題はじっくりした議論を要すると思われるが。)

山地 康志(やまじやすし)

Ref: Hartman, Amy. Acquisitions and inflation. Collection Building 14(4) 5-11, 1995
Hamaker, Charles. The least reading for the smallest number at the highest price. American Libraries 19(10) 764-8, 1988
McKnight, Cliff. Alternative models of scholarly communication: using the electronic journal. in Karen Brookfield ed., Scholarly Communication and Serials Prices Bowker Saur, 1991. pp. 87-115
The Bowker Annual 1990-1995各年版