CA1027 – 宗教書の隆盛は「世紀末」現象か? / 大柴忠彦

カレントアウェアネス
No.193 1995.09.20


CA1027

宗教書の隆盛は「世紀末」現象か?

「年」を示すための単なる序数であるかにみえる西暦は,しかしながらそれ自体にキリスト教的な意味を含んでいる。たとえば,百年や千年には特別な意味が付随しており,「世紀末」という観念もまた同様である。単に序数にすぎないのならば「世紀末」はありえない。しかしながら,「世紀末」という観念が,「世紀末」に生じた出来事を「世紀末」的に解釈させ,のみならず,「世紀末」的現象さえも発生させてしまう。

西暦二千年が影を投げかけてくるにつれて,出版・取次・書店そして図書館の各界は,現代の精神的光景における変化を感じてきている−このような文言で始まるLibrary Journal誌の記事「読むことは信じること−宗教出版,至福千年に向けて」では,米国における近年顕著な宗教書・精神世界書の需要の増加について取り上げており,最近出版された,もしくは今後出版される予定のいくつもの宗教書・精神世界書が紹介されていて,そうした本の出版リストと見紛うほどだ。

そのタイトルは,ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世による神学書から,日本でも話題となったThe Celestine Prophecy(邦題:『聖なる予言』角川書店)までと幅広いが,いくつかの傾向に分けられよう。

まず,いわば「古い信仰」へのリバイバルがあり,それとあいまって,ユダヤ教やカトリシズムの教義・歴史などを扱った入門的な本の出版が相次いでいる。とりわけ,カトリック関係書で近年最も注目を集めてきたテーマのひとつはローマ教皇ヨハネ・パウロ2世であり,先程あげた教皇自身によるものから,伝記,カトリック教会の将来を見据えたもの等,様々なタイトルが刊行されている。

また,天使ブームであった昨年(“ママドル”の異名をとる女性シンガーが年末恒例の“国民的”歌番組で天使の姿をしていたように,日本でもブームであった)は,「史的イエス」の年でもあり,イエスを歴史的に検証した本がいくつか出版された。そして,今年はサタンの年であるという。

あるいはまた,宗教的な,もしくはスピリチュアルなものについて科学的に追及した本も相変わらず流行している。これはThe Tao of Physics(邦題:『タオ自然学』工作舎)に始まるいわゆるニュー・サイエンスの流れであるが,近年では物理学者のみならず,神経生物学者や神経生理学者らによる著作も出版されている。

非西洋圏の宗教に関する本の出版も,もちろん相次いでいる。その中心となっているのは,道教Taoism(The Tao of Pooh〔邦題:『タオのプーさん』平河出版社〕は相変わらずの人気である)・イスラム神秘主義Sufism・仏教Buddhismである。とりわけ,禅・仏教は断然人気があり,(ベルトルッチの映画『リトル・ブッダ』の影響もあいまってか)活況を示していて,ローマ教皇の次には,ダライ・ラマが出版界で注目されそうな気配である。

こうした現象について,宗教書・精神世界書の出版社の多くは,まだまだ続くものとみており,それも,西暦二千年が近づくにつれて拡がっていくものと信じている。図書館などもまたこのようなブームと無縁ではなく,実際,出版社はこれからの有望なマーケットと考えているように思われる。

大柴忠彦(おおしばただひこ)

Ref: Carrigan, Henry Jr. Reading is believing: religious publishing toward the Millennium. Libr J 120 (8) 36-40, 1995