レファレンス協同データベース新着事例

「三上久右ェ門」という人物について記述のある図書を知りたい。 (桑折町、大林寺に墓石があり、地元の話では有名な人物らしいのだが)(いわき市立いわき総合図書館)

図書館情報システムで所蔵検索、及びインターネットで用語検索するも該当なし。また、『桑折町史3~9』(桑折町史編集委員会/編)[K-210.1-2-コ 以下]についても調査したが、記載を確認できなかったため桑折公民館へ電話で照会した。百姓一揆が起きた時に、「ヨモギダ ハンザエモン」なる人物に剣術を指南した人物だということが判明したが、そのことに関する資料はないとのことであった。 追加調査分 「三上久右ェ門」「桑折町」「大林寺」「ヨモギダ ハンザエモン」というキーワードに着目し、資料①『桑折町史 3民俗・旧町村沿革』(桑折町史編纂委員会 1989)を再調査。P856~857の大林寺の項目に「本寺の過去帳には寛延年間の有名な義民蓬田半左衛門、並びに半左衛門に剣術を指南したと言われる三上久右衛門の名が見える。」という記述が、P863の「義民蓬田半左衛門の墓」の項目に「吉沼の三上久右衛門に一刀流の奥義を伝授された文武両道に優れた人物で」という記述が確認できた。 また資料②『武芸流派大事典』(綿谷雪・山田忠史/編 東京コピイ出版部 1978)P792「三上流」に「三上久右衛門」の名が見られるが今回質問のあった人物かは確認できなかった。 参考資料:【資料①】『桑折町史 3民俗・旧町村沿革』[K/210.1/2/コ] http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001988013-00, 参考資料:【資料②】『武芸流派大事典』[R/789.0/ブ] http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I010180723-00, 照会先:桑折公民館

日本にある大使館のすべての住所が載っている本はありますか?(いわき市立いわき総合図書館)

資料①『官公庁便覧 平成29年版』(日本加除出版 2016)のP150~P158に「在本邦大使館」の一覧(住所及び電話番号)が掲載されている。 凡例に「在本邦大使館は国の機関とは直接には何ら関係ありませんが、読者の便を考え、参考資料として一覧表を外務省・在外公館の次に掲載しました。」と記載されている。 参考資料:【資料①】『官公庁便覧 平成29年版』[R/317.2/カ/17] http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I071311917-00, 9784817843180

日本発着のコンテナ貨物量を、航路別にまとめたデータはないか。(日本海事センター海事図書館)

①に「航路別に見たコンテナ貨物」という項目があり、輸出・輸入ともに航路別の貨物量がパーセンテージで示されている。 当館には平成11年までしか所蔵がないが、以後は平成15年から5年ごとに調査が行われており、国土交通省ホームページから調査結果を閲覧することができる。 (ホームページ掲載確認日はいずれも2018/10/15) 平成15年版 http://www.mlit.go.jp/kowan/data/15kontena.pdf 平成20年版 http://www.mlit.go.jp/common/000035759.pdf 平成25年版 http://www.mlit.go.jp/common/000037607.pdf 最新版は国土交通省HP(ホーム>オープンデータ>統計情報>港湾関係統計データ)から閲覧可能 http://www.mlit.go.jp/statistics/details/port_list.html 参考資料:①「全国輸出入コンテナ貨物流動調査報告書」運輸省港湾局(SM.9/G14),

大塚に磐城平藩安藤家の下屋敷があったらしいが、どの辺りか知りたい。(いわき市立いわき総合図書館)

資料①『大塚町遺跡第6地点』(武蔵文化財研究所 お茶の水女子大学 2010)のP101に「大塚町遺跡の範囲は、大塚一丁目の大半及び二丁目の南半分にあたり、この区域は一部を除き、近世に安藤家の下屋敷であった。」との記述と位置図が掲載されている。 追加調査分 資料②『大塚町遺跡第5地点』(武蔵文化財研究所 跡見学園 2008)のP55にも同様の記述と位置図が掲載されている。 資料③『古地図・現代図で歩く明治大正東京散歩』(人文社 2003)のP79(4-A~B)の⑪に「陸軍弾薬庫。幕末、陸奥磐城平藩三万石安藤家の下屋敷」の記述がある。 参考資料:【資料①】『大塚町遺跡第6地点』[K/210.2/2/オ] http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010926085-00, 参考資料:【資料②】『大塚町遺跡第5地点』[K/210.2/2/オ] http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000009355248-00, 参考資料:【資料③】『古地図・現代図で歩く明治大正東京散歩』[291.3/コ] http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I005865660-00, 4795912939

以下の資料を確認したところ、雑誌『少年文学』1923(大正12)年9月刊に掲載されているブラウニング作「笛吹き爺さん」が、日本で最も古い「ハーメルンの笛吹き男」の翻訳だとわかった。(Robert Browning “The pied piper of Hamelin” の日本語訳と思われる。)掲載誌の所蔵機関を教えてほしい。 出典:鳥越信編『日本児童文学年表』1 明治書院 1975年9月刊p.278(国立国会図書館(National Diet Library))

『少年世界』及び『少年文学』の1923(大正12)年9月号の所蔵機関について調査しました。 ご指定の資料は、当館では所蔵していません。 (以下、【 】内は当館請求記号) (調査方法) まず、『少年世界』について調査しました。国立国会図書館検索・申込オンラインサービス(https://ndlonline.ndl.go.jp/)でタイトルを「少年世界」、資料種別を「雑誌」として検索しました。お探しのタイトル名と一致する4件のうち、発行期間に「1923(大正12)年9月」を含む以下の資料の当該巻号について、所蔵調査をしましたが、当館では所蔵がありませんでした。 ・少年世界. 博文館, 1895-1933【Z32-B239】 なお、『少年世界 複刻版』【Z32-1084】は、収録期間が1895(明治28)年1月~1903(明治36)年12月であり、お探しの巻号は含まれていません。 次に、『少年世界』【Z32-B239】の書誌事項で、『少年文学』が『少年世界』の合併前誌であり、当館では図書として分類し所蔵していることを確認しました。国立国会図書館検索・申込オンラインサービスでタイトルを「少年文学」、出版者を「博文館」、資料種別を「図書」として検索しましたが、1923(大正12)年9月に発行された資料は、当館では所蔵がありませんでした。 また、典拠文献として挙げられている鳥越信編「日本児童文学史年表 1」(猪熊葉子[等]編集『講座日本児童文学 別巻1』明治書院, 1975)【KG411-22】を確認したところ、1923(大正12)年9月には、「少年文学」のほか、「少年世界」の記載もありました。このことから、ここで紹介されている「少年文学」は「少年世界」の合併前誌ではなく、別雑誌の可能性があると考え、国立国会図書館検索・申込オンラインサービスでタイトルを「少年文学」、資料種別を「雑誌」として検索しましたが、当該発行年月を含む資料は、当館には所蔵がありませんでした。 (所蔵機関調査) 他の所蔵機関について、児童雑誌を多く所蔵する以下(1)~(3)の機関のデータベースで『少年世界』及び『少年文学』の1923(大正12)年9月号を検索したところ、(1)の大阪府立中央図書館国際児童文学館に以下の所蔵がありました。利用方法等詳細については、所蔵館に直接お問い合わせください。 ・『少年世界』(博文館, 1923.9(29(9)) ・『少年文学』(イデア書院, 1923.9.1.) また、以下(2)と(3)のデータベース検索では、お探しの資料は見当たりませんでした。 (1)大阪府立中央図書館国際児童文学館蔵書検索  https://www.library.pref.osaka.jp/licsjd-opac/WOpacMnuTopInitAction.do (大阪府立中央図書館の所蔵は調査済みとのことでしたが、大阪府立中央図書館と大阪府立中央図書館国際児童文学館はデータベースが異なるため、念のため、大阪府立中央図書館国際児童文学館のデータベースも調査対象としました。) (2)函館貴重児童雑誌及び児童雑誌附録データベース  http://www.h-bungaku.or.jp/hakodate_jido_zasshi/index.html (3)白百合女子大学図書館蔵書検索  https://opac.shirayuri.ac.jp/opac/opac_search/ (データベースの最終アクセス日:2018年8月2日) 事前調査事項:雑誌のタイトル変遷があり、『少年世界』及び『少年文学』を調査対象とした。国立国会図書館、CiNii Books、日本近代文学館、三康図書館、神奈川文学館、大阪府立中央図書館、東京都立図書館の所蔵を確認したが、いずれも欠号だった。 備考:資料情報課(レファレンス)

松本清張関係の新聞記事について、記載されている「年月日」「面数」を調査していただきたくお願いいたします。...

当館所蔵の資料を調査したところ、ご照会の記事が見つかりましたので、以下に書誌事項と掲載箇所をお知らせします。 当館請求記号:YB-680 タイトル:デイリースポーツ [東京] 形態:マイクロフィルム 掲載日・掲載箇所・記事見出し: 1992(平成4)年8月6日・19面「松本清張死去 肝がんで82歳 最後まで筆おかず」 1992(平成4)年8月6日・19面「三好徹・黒岩重吾・結城昌治・半村良・室伏哲郎・江上波夫」の談話があります。 事前調査事項:松本清張さん死去 社会派推理小説生みの親 反権力貫く  82歳 最後まで筆置かず デイリースポーツ 1992年(平成4年) 8月6日(木曜日) 芸能面 【松本清張索引辞典P360】 三好徹/黒岩重吾/結城昌治/陳舜臣/橋本忍/室伏哲郎/江上波夫/若尾文子 松本清張さん死去/談話 デイリースポーツ 平成4年8月6日 【松本清張書誌研究文献目録P248】 備考:新聞(レファレンス)

国立国会図書館所蔵資料『迎陽記』(写本)[請求記号:わ210.4-48]のうち、迎陽記第一 應永八年九月十六日の掲載頁をお知らせください。 活字本では『史料纂集 古記録編 [160] 迎陽記 第1』八木書店, 2011.3 [請求記号:GB22-J77]p.194に当たります。(国立国会図書館(National Diet Library))

お尋ねの『迎陽記』(当館請求記号:わ210.4-48/原本代替請求記号:YD-古-3846)について回答します。以下、【】内は当館請求記号です。 お尋ねの箇所は当館所蔵資料【わ210.4-48】にはありませんでした。 この資料は全13冊のうち、第一、二冊は年号勘文、第三~六冊は改元記、第七~十三冊は迎陽文集とも呼ばれる本資料の記者・東坊城秀長が起草した文章をまとめたものです。『迎陽記 第2 (史料纂集. 古記録編)』【GB271-L61】の解題によると、「迎陽記」の記事は(1)日次記(2)改元記(3)文集(4)別記・逸文 に大別されるといい、今回お尋ねの箇所はこのうちの(1)にありますが、当館所蔵資料は(2)と(3)を併せたものと考えられます。 なお、質問本文中でお示しいただいた『史料纂集 古記録編 [160]  迎陽記  第1』【GB22-J77】は、宮内庁書陵部蔵柳原本迎陽記(函架番号:柳・33)をお尋ねの箇所の底本としています。「書陵部所蔵資料目録・画像公開システム」にて、同資料は画像が公開されており、その166,167コマに今回お尋ねの記事がありました。 URL:https://shoryobu.kunaicho.go.jp/Toshoryo/Detail/1000438340000 最終アクセス日:2018年8月10日 事前調査事項:史料纂集 古記録編 [160] 迎陽記 第1 八木書店, 2011.3 p.194 備考:古典籍(レファレンス)

『教訓乗合舩 5巻』について、 「一 六十六部の話」の最後は文章の途中で終わっているが、続きがあるのかどうか知りたい。(国立国会図書館(National Diet Library))

『教訓乗合舩 5巻』【当館請求記号:188-272/原本代替請求記号:YD-古-4073】について回答します。 この資料の巻1「六十六部の話」は「何とみな様にハ、いかゞ思/はるヽと、しかつべらしく、云ひけれバ」という文章で終わっています(10丁裏から11丁表。文中の「/」は改行箇所を示します)。 次の丁からは巻2「神道者田舎学者の弁」になります。 この資料は、巻1から巻5までを合わせてひとつの物語になっていますので、巻1「六十六部の話」の続きは巻2「神道者田舎学者の弁」になります。 なお、この資料の総コマ数は74コマで、各巻のマイクロフィルムコマ番号は以下のとおりです。 表紙:1 序:2-4 目録:4-5 巻1:5-16 巻2:16-29 巻3:29-45 巻4(14丁裏から15丁表欠):45-60 巻5:60-73 裏表紙:74 また、巻2-5のタイトルは以下の通りです(文字の表記は総目録による)。 巻2「神道者田舎学者の弁」 巻3「禅僧の談義」 巻4「作者の発明」(コマ番号45-55)「座頭の物語」(コマ番号55-60) 巻5「武術者の惣論」 備考:古典籍(レファレンス)

国立国会図書館で所蔵している『賣淫沿革史』([大久保]葩雪 著)と『売淫沿革史』(稲垣銀治 訳)が同一のものであるか確認をお願いします。 また、『賣淫沿革史』([大久保]葩雪 著)に「自転車お玉」に関する記載があればお教えください。(国立国会図書館(National Diet Library))

当館所蔵の下記2点の資料について、同一のものであるかどうかを調査しました。 (1)『賣淫沿革史』([大久保]葩雪 [著] 当館請求記号:111-302) (2)『売淫沿革史』(稲垣銀治 訳 当館請求記号:特54-116 デジタル化済・インターネット公開) 2点ともに目次等はないため、全体を通覧して確認しましたが、(1)と(2)の本文はほぼ同じ内容と思われます。 (1)は書写資料であるため、表記の違いや誤字などが見られますが、それらを除けば文言等に(2)と大きく異なる点はないと思われます。 以下に、(1)と(2)の相違点を掲げます。 (1)には全編にわたって、朱で訂正が入れられており、第1、2冊にはふりがなが振ってあります。 (1)は(2)の各巻頭にある訳者名表示を欠いており、標題紙、奥付もありません。また(1)には(2)に見える挿絵はありません。 (1)には「葩雪」の印記があり、著者名はここから採用したものと思われます。 「自転車お玉」の記載について、(1)には前述の通り目次等の合理的な検索手段がないため、全体を通覧しましたが、該当する記事は確認できませんでした。 事前調査事項:国立国会図書館に所蔵していることと書誌データの確認。 備考:古典籍(レファレンス)

下記の資料について、探している記事の掲載の有無と掲載されている場合にはその頁数についてお教えください。 --- http://id.ndl.go.jp/bib/000007314793 資料名:吹寄草紙 請求記号:212-80 原本代替請求記号:YD-古-4677 記事:巻10のうしろから2つ目の「男女の児死体・・・」ではじまる項(国立国会図書館(National Diet Library))

お尋ねの『吹寄草紙』(当館請求記号:212-80/原本代替請求記号:YD-古-4677)について回答します。 お尋ねの「男女の児死体…」で始まる記事は、当該資料には掲載されていませんでした。 お申し越しの巻10のうしろから2つ目の記事は「異躰流屍の事」となっており、文政8年に本所で発見された、男女が結合した状態の小児の死体に関する内容が、図とともに記述されています。 「異躰流屍の事」は『吹寄草紙』マイクロフィルム(YD-古-4677)の168コマ目に記載されています。 備考:古典籍(レファレンス)

以下の文が、『遊方名所略14巻』のどの箇所に掲載されているか、教えてください。...

ご照会と同様の記載は、巻14の3「肥前」の28丁裏に、掲載されていました。 項目「傳記」の「大友氏」の部分にあたります。 備考:古典籍(レファレンス)

以下の漢籍の国内所蔵館を探しています。 タイトル:七國新學備要、著者:李提摩太、出版:上海廣學會鉛印本, 上海商務印書館鉛印本, 刊年:清光緒十八年(1892) 貴館OPACにて検索しましたが、ヒットしませんでした。 データベースに未入力の資料があるとのことでしたので所蔵調査をお願いした次第です。(国立国会図書館(National Diet Library))

既にお調べのデータベースのほか、下記の目録等で、「七國新學備要」「李提摩太」および、李提摩太の欧文名である“Timothy Richard”をキーワードに検索しましたが、お探しの資料は見当たりませんでした。国内の所蔵機関も不明です。 『国立国会図書館漢籍目録』(国立国会図書館, 1987.3)【当館請求記号 UP111-490】 当館カード目録 なお、国外では、出版者名が少し異なりますが、同タイトルの資料を中国国家図書館(http://www.nlc.gov.cn/)が所蔵しています。書誌事項は次の通りです。 タイトル:七國新學備要 / (英國)李提摩太 発行者:廣學會 発行年:清光緒18年[1892] 事前調査事項:以下データベースにて、「七國新學備要」、「李提摩太」をタイトルや著者名などのキーワードとして検索しました。 NDL-OPAC CiNii Books 全國漢籍データベース 日本漢文文献目録データベース 早稲田大学古典籍総合データベース 東洋文庫 漢籍統合データベース 東京大学東洋文化研究所 漢籍目録データベース 日本古典籍総合目録データベース アジア経済研究所図書館OPAC 京都大学OPAC 東京外国語大学OPAC 同志社大学OPAC 専修大学OPAC 愛知大学OPAC 一橋大学OPAC 早稲田大学OPAC 慶應義塾大学OPAC 国文学研究資料館OPAC 備考:アジア(レファレンス)

「山海経箋疏」第二巻西山経の本文が漢文表記の資料を探しています。(国立国会図書館(National Diet Library))

次の資料に、お尋ねの「山海経箋疏」第二巻西山経の漢文全文表記が掲載されています(【 】は当館請求記号)。 ①『郝氏遺書』(国立国会図書館オンラインでは「〓氏遺書」と表記)郝懿行著 光緒刊 【082.6-Ka242】 資料はデジタル化されており、第3帙第13册の22コマ~58コマに西山経の漢文があります(デジタルコレクションのURL: http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2582224 )。 ②『山海經箋疏 : 18卷圖贊1卷訂訛1卷』郝懿行撰 巴蜀书社、1985年(光緒12年刊本の影印)【GE265-C8】 こちらにも西山経の漢文があります。内容は①とほとんど同じですが、別の版の影印のようです。なお、ページ番号がありません。 ③当館の所蔵資料ではありませんが、早稲田大学図書館の「古典籍総合データベース」にも「山海経箋疏」のデジタル版があります。こちらはインターネット上に公開されています。PDF版とHTML版がありますが、次のリンクがHTML版のものです。 ・「山海經箋疏. 第1-18,圖讚,訂譌」(光緒12年[1886])、第1冊31コマ~67コマ http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ru05/ru05_02981/ru05_02981_0001/ru05_02981_0001.html ・「山海經箋疏. 第1-18,圖讚,訂譌」(光緒13年[1887])、第1冊37コマ~73コマ http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ru05/ru05_03605/ru05_03605_0001/ru05_03605_0001.html ・「山海經箋疏・圖讚・訂譌・敍録」(嘉慶14年[1809])、第1冊17コマ~53コマ http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko19/bunko19_f0034/bunko19_f0034_0001/bunko19_f0034_0001.html インターネットの最終アクセス日は2018年6月12日です。 事前調査事項:静岡市立図書館に所蔵している資料に漢文表記のものはないようです。 備考:アジア(レファレンス)

国立国会図書館関西館アジア情報室所蔵『해행 총재 : 국역』(請求記号 GE127-K2)収録の任守幹『東槎日記』に「江関筆談」が掲載されているかをご教示ください。 朝鮮通信使が新井白石と筆談で対応した記録「江関筆談」の、通信使副使の任守幹による記録を探しています。(国立国会図書館(National Diet Library))

ご指定の資料を確認したところ、お尋ねの「江関筆談」の影印と現代朝鮮語訳が収録されていました。掲載箇所は以下のとおりです。 項目名 江関筆談 掲載ページ  pp. 76-82(影印)、pp.232-258(現代朝鮮語訳)   当館請求記号 GE127-K2 タイトル   해행 총재 : 국역 著者     민족 문화 추진회 出版事項   서울: 민족문화추진회, 1978 シリーズ   고전 국역 총서 ; 86 URL     http://id.ndl.go.jp/bib/a0000050022 上記資料は「韓国古典総合DB」(http://db.itkc.or.kr/)に収録されており、翻刻と現代朝鮮語訳がインターネット上で閲覧できます。URLは以下のとおりです。 (翻刻) http://db.itkc.or.kr/dir/item?itemId=GO#/dir/node?dataId=ITKC_GO_1402A_0020_010 (現代朝鮮語訳) http://db.itkc.or.kr/dir/item?itemId=BT#/dir/node?dataId=ITKC_BT_1402A_0020_010  なお、「江関筆談」が収録されている『東槎録』の写本が韓国・国立中央図書館に所蔵されており、本文の画像の閲覧も可能です。書誌事項は以下のとおりです。 タイトル/責任表示 東槎錄 / 任守幹(朝鮮) 著 版事項      筆寫本 出版事項     [刊寫地未詳]: [刊寫者未詳], [刊寫年未詳] 形態         不分卷2冊; 28.5 x 20.2 cm URL http://www.nl.go.kr/nl/search/SearchDetail.nl?category_code=ct&service=KOLIS&vdkvgwkey=1139483&colltype=DAN_OLD&place_code_info=172&place_name_info=%EB%94%94%EC%A7%80%ED%84%B8%EC%97%B4%EB%9E%8C%EC%8B%A4&manage_code=MA&shape_code=B&refLoc=null&category=&srchFlag=Y&h_kwd=%EC%9E%84%EC%88%98%EA%B0%84&lic_yn=N&mat_code=RB&topF1=title_author&kwd=%EC%9E%84%EC%88%98%EA%B0%84&dan=&yon=&disabled=&media=&web=&map=&music=&etc=&archive=&cip=&kolisNet=&korcis=# (データベースの最終アクセス日:2018年6月12日) 事前調査事項:利用者は次の資料は事前調査済みで、原文を探しています。影印でも翻刻でもよいです。 『東槎日記 江戸時代第八次(正徳元年)朝鮮通信使の記録』(任守幹 著,若松実 訳 日朝協会愛知県連合会 1993) 『大系朝鮮通信使 : 善隣と友好の記録 第4巻 (辛卯・正徳度)』(辛基秀, 仲尾宏 責任編集 明石書店 1993)→影印があるが、江関筆談は載っていなかった 当館で韓国国家電子図書館 (www.dlibrary.go.kr/)をインターネット翻訳にかけながら「東槎」「任守幹」等で探しましたが、見つけられず、画像が開けませんでした。 備考:アジア(レファレンス)

満洲の地名「ハルビン(ハルピンやハルヒンと呼ぶ場合もあり)」の由来を調べております。...

【 】内は当館請求記号です。  お尋ねの、『大漢和辞典』「ハルビン」の項に掲載されている「蒙古語で平地の意」という記述の由来について、調査した結果を回答します。 <『大漢和辞典』にある記述の根拠>  お示しの資料①第2巻p.1006にある「哈爾賓」の解説には、典拠が示されていません。 同資料第1巻の凡例を確認したところ、p.3に「語彙には出典もしくは引用例を附載した。但し、現代の中國語と新造邦語とは、特別の場合の外は引例を省いた。」とあり、前述の「哈爾賓」の解説中に「…もと一小村であつたが、露國が東支鐵道を建設して…以来、商業・交通上の要地となつた。」とあることから、現代の中国語として取り扱われていると思われます。  なお、資料②についても確認しましたが、現代中国語の項目の出典に関する記述はありませんでした。 ・資料① 諸橋轍次著『大漢和辞典』修訂第2版(1989, 大修館書店)【KF4-E18】 ・資料② 諸橋轍次「大漢和辞典の公刊」(『読書春秋』【YA5-109】6巻6号1955.06 p.8-10) <「ハルビン」の由来> 「ハルビン」という地名の由来については、当館からの2018年4月11日回答分のレファレンス回答(レファレンス協同データベース管理番号814746)に含まれております。当該箇所を転載します。 --------------------- ご参考までに、「ハルビン」という地名の由来について調べたところ、以下のとおりでした。 資料4のp.311の「ハルビン」の項に「Harbin 満州語で、Ha(魚)erhpin(干し場)」とあります。 資料5のp.256の「哈爾濱特別市」の項に「…哈爾濱なる名稱の意義及び其の起源に就ては未だ確説なく…」とあり、a.ロシア語の大墳墓の意の転訛したもの、b.満州語の網干場または漁網を意味するもの、c.ツングース語で渡し場を意味するもの、の3説が挙げられています。 資料6のp.1546の「ハルピン市」の項に「…ハルピンという地名の由来については…」とあり、b説のほか、d.女真語のハクチョウ、e.モンゴル(蒙古)語の平地、の2説が挙げられています。 資料7のp.133の「哈尔滨市」の項に「…在满语方言中,形容词“扁”的发音为halbin,…另有人考证后认为,“哈尔滨”系女真语“阿勒锦”村,后转音为“哈尔滨”…」とあり、f.満州語方言の「平らな」という形容詞から来たもの、g.女真語での村名の転訛、の2説が挙げられています。 <資料一覧> 資料4 蟻川明男 著『世界地名語源辞典』3訂版(古今書院, 2003.3)【G64-H2】 資料5 山崎摠与 編『満洲国地名大辞典』3版(六甲書房, 1941)【292.25-Y493m-r】 (国立国会図書館デジタルコレクションhttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1878320) 資料6 竹内啓一 総編集『世界地名大事典』2(朝倉書店, 2017.11)【G64-L9】 資料7 贾文毓, 李引主编『中國地名辭源』(華夏出版社, 2005.8)【GE11-C37】(中国語資料) <主な調査済み資料> ・Jerry Norman A comprehensive Manchu-English dictionary (Harvard University Asia Center, 2013)【KJ92-B3】 ・安双成主编『漢満大辞典』(辽宁民族出版社, 2007.10.)【KJ92-C10】 ・和泉新 編『現代中国地名辞典』(学習研究社, 1981.11.)【GE11-21】 ・『最新中国地名事典』(日外アソシエーツ, 1994.5.)【GE11-E4】 ・崔乃夫主编『中华人民共和国地名大词典』(商务印书馆, 1998.1-2002.8.)【GE11-C22】 ・牛汝辰编『中国地名由来詞典』(中央民族大学出版社, 1999.6)【GE11-C23】 ・戴均良[ほか]主编『中国古今地名大词典』(上海辞书出版社, 2005.7.)【GE11-C30】 ・三省堂編修所 編『コンサイス外国地名事典』第3版(三省堂, 1998.4.)【G64-G4】 ・日外アソシエーツ株式会社 編『外国地名レファレンス事典』(日外アソシエーツ, 2006.7.)【G64-H3】 --------------------- また、当館所蔵の主要なモンゴル語辞典でも調べてみましたが、「ハルビン」の由来についての記載はありませんでした。 <主な調査済み資料> ・石田喜与司, ア・ペ・ヒオーニン 共著『蒙露日大辞典 : 最新標音』(学芸社, 1941)【829.6-I538m-M】 ・陸軍省 編纂『蒙古語大辞典』(国書刊行会, 1971)【KJ112-1】 ・王海清 編『蒙日辞典』(タカラ出版サービス, 1992.7)【KJ112-E1】 ・小沢重男 著『現代モンゴル語辞典』改訂増補版(大学書林, 1994.11)【KJ112-E2】 ・徳廣彌十郎 著『日蒙漢辞典』(ビブリオ, 1998.10)【KJ112-G2】 ・荒井伸一, バルサン・セルジャブ 著『日本語モンゴル語辞典』(モンゴル科学アカデミー北東アジア研究所, 2001.4)【KJ112-G5】 ・橋本勝, プレブジャブ・エルデネ 編著『現代日本語モンゴル語辞典』(春風社, 2001.10)【KJ112-G6】 ・compiled by Mattai Haltod ... [et al.] “Mongolian-English dictionary” (Mongolia Society, 1995, c1960.)【KJ112-P5】 ・compiled by Charles Bawden. “ Mongolian-English dictionary” (Routledge, 2010.)【KJ112-P15】 事前調査事項:〇『大漢和辞典』諸橋轍次/著<大修館書店>1990年修正版の2巻 〇『世界大百科事典』平凡社 2007年 23巻 〇『世界地名大辞典 2 アジア・オセアニア・極 2』竹内 啓一/総編集 朝倉書店 2017年 〇『世界歴史地名大事典 第2巻』コートランド・キャンビー/著 柊風舎 2017年 〇『現代モンゴル語辞典』大学書林 1983年 〇『満洲地名考』満洲事情案内所/編 2007年 〇『満洲地誌研究』田中 秀作/著 今古書院 1930年 以上の資料を調査し、他の説として、「魚網を干す」「網干し場」という意味も考えられることは確認しています。 備考:アジア(レファレンス)

中国の古代貨幣(古銭)の写真が詳しく掲載されている資料を探しています。 貴館所蔵の『中国历代货币特辑 第1輯』(書誌ID:a0000016846、請求記号:DF11-C38)、『中国历代货币特辑 第2輯』(書誌ID:a0000016847、請求記号:DF11-C38)に掲載されているかご確認をお願いいたします。 また、他に何か良い資料がありましたら、お教えいただけますでしょうか。(国立国会図書館(National Diet Library))

おたずねの資料のうち、第2輯では商代から民国時期までの中国の貨幣について、拓本および白黒写真が掲載されています。なお、第1輯には拓本等が含まれていません。 書誌事項は次のとおりです。 ①中国钱币学会广东分会, 佛山市博物馆编『中国历代货币特辑. 第2辑』[中国钱币学会广东分会], 1984【DF11-C38】 その他、中国の古代貨幣が掲載されている資料は次のとおりです。 ②钟旭洲 编著『中華古錢藏珍』杭州出版社, 2010.7【DF11-C125】  先秦から清代までの貨幣のカラー写真を多数掲載しています。 ③中國歴代貨幣大系  時代別に貨幣の拓本を収録しています。各巻巻頭にカラー写真が数ページあります。 『先秦貨幣』上海人民出版社, 1988.4(中國歴代貨幣大系 ; 1)【XP-D-88】 『秦漢三國兩晉南北朝貨幣』上海辭書出版社, 2002.12(中國歴代貨幣大系 ; 2)【DF11-C54】 『隋唐五代十國貨幣』上海古籍出版社, 1991.4(中國歴代貨幣大系 ; 3)【XP-D-89】 『元明貨幣』上海人民出版社, 2009.12(中國歴代貨幣大系 ; 5)【DF11-C89】 『清錢幣』上海教育出版社, 2004.12(中國歴代貨幣大系 ; 6)【DF11-C71】 『清民國銀錠銀元銅元』上海书店出版社, 1998.10(中國歴代貨幣大系 ; 8)【DF11-C56】 『錢幣學與貨幣文化』上海人民出版社, 2016.12(中國歴代貨幣大系 ; 12)【DF11-C155】 ④平石国雄, 二橋瑛夫 編・共著『世界コイン図鑑 : カラー版』日本専門図書出版, 2002.4【DF3-H3】  時代別に貨幣のカラー写真と日本語の解説が掲載されています。中国の各年代の掲載ページは、古代(pp.9-15)、中世(pp.28-29)、近代(pp.137-139)です。 備考:アジア(レファレンス)

タイのククリット・プラモード氏による「サイヤム・ラット」紙の記事「十二月八日」の出典が知りたい。...

【 】内は当館請求記号です。インターネットの最終アクセス日は2018年6月1日です。  お尋ねの、タイのオピニオン紙『サイヤム・ラット』(=サイアム・ラット)に「十二月八日」というタイトルで掲載されたとされるククリット・プラモート氏の署名記事につき、調査した結果を回答いたします。 <『サイヤム・ラット』の記事が検索できる資料について>  当館では、『サイヤム・ラット』(タイ語表記สยามรัฐ、ローマ字翻字Sayām rat)【Y745-SN-6】の記事検索が可能な資料は所蔵しておりません。また、『サイヤム・ラット』紙のウェブサイト(https://siamrath.co.th/)を確認しましたが、記事検索はできないようです。  オーストラリア国立図書館のOPAC(https://catalogue.nla.gov.au/)を「sayam rat」で検索したところ、『サイヤム・ラット』に掲載されたククリット・プラモート氏のコラムをまとめた、資料①が存在することがわかりました。収録期間は不明です。 https://catalogue.nla.gov.au/Record/1096397?lookfor=Say%C4%81mrat%20n%C4%81%205&offset=1&max=1 Cinii Booksで検索したところ、国内では、京都大学東南アジア地域研究研究所図書館が資料①を所蔵しているようです。 https://m.kulib.kyoto-u.ac.jp/webopac/BB03249117 <『サイヤム・ラット』の所蔵について>  当館では、『サイヤム・ラット』は、2004年以降のもののみ所蔵しております。 京都大学東南アジア地域研究研究所によって運営されている「東南アジア逐次刊行物総合目録データベース」(http://www.cseas.kyoto-u.ac.jp/databases/sealibdb/)によると、国内には1950年代の『サイヤム・ラット』を所蔵している機関はありません。 WorldCatで検索したところ、米国議会図書館等で1955年ごろのマイクロフィルムを所蔵しているようです。 http://www.worldcat.org/search?q=ti%3A+sayam+rat&fq=ln%3Atha&qt=advanced&dblist=638#x0%253Anews-format https://catalog.loc.gov/vwebv/search?searchCode=LCCN&searchArg=sn%2099047498&searchType=1&permalink=y <関連情報>  資料②に、昭和30年の中村明人氏のタイ訪問に際して、ククリット・プラモート氏が新聞に掲載したコラムの、一部英訳が掲載されていました。ただし、内容は中村氏及び彼の指揮した部隊への賛辞であり、『大東亜戦争その後 : 世界の遺産』【GB531-G296】に掲載されている「十二月八日」の署名記事とは異なるようです。 また、資料③に、「…一九五〇年、タイの有力高級紙「サイアム・ラット」を創刊…同紙の第五面に、ククリット主筆が二十年間にわたって書き続けたコラム「時事問題」は…」とあり、ククリット氏は『サイヤム・ラット』紙の第5面に、継続的にコラムを書いていたようです。資料①のタイトルは、このことに由来していると思われます。 『大東亜戦争その後 : 世界の遺産』【GB531-G296】p.199に参考文献として掲載されているソムバット・プーカーン『ククリット』(平10=1998)は、当館では所蔵していないほか、国内で所蔵している機関はないようです。 WorldCatによると、国外では、米国議会図書館、オーストラリア国立図書館等が所蔵しています。(資料④) http://www.worldcat.org/title/khkrit/oclc/41909392 また、タイ国立図書館にも所蔵があり、原綴りはこちらで確認できます。 http://www.library.nlt.go.th:8991/F/97XHYLFGSGTKPPLVIHCXBRJE3UUKGLE6741FK93EG7RK6UPA6R-04080?func=direct&amp=&amp=&local_base=NLT01&doc_number=000167126&pds_handle=GUEST 同じく『大東亜戦争その後 : 世界の遺産』p.199に参考文献として掲載されている、名越二荒之助『大東亜戦争を見直そう』(平3=1991, 原書房)についても、当館では所蔵していないほか、国内で所蔵している機関はないようです。ただし、1968年刊行の資料⑤については、Cinii Books及び国立国会図書館サーチで検索したところ、八戸学院図書館、東北大学附属図書館、京都府立図書館等に所蔵があります。なお、資料⑤の復刊として刊行された資料⑥には、掲載紙及び掲載日に関する情報並びに参考文献としての『サイヤム・ラット』の掲載はありませんでした。 <資料一覧> 資料① “คึกฤทธิ์ ปราโมช “สยามรัฐหน้า ๕””(訳:ククリット・プラモート『サイヤム・ラットの5ページ』)(ก้าวหน้า, 2515 [1972]-) (京都大学東南アジア地域研究研究所図書館請求記号:IV Th||0||028.1~028.13) 資料② edited by Chaiwat Khamchoo, E. Bruce Reynolds “Thai-Japanese relations in historical perspective” (Innomedia Co., Ltd. Press, 1988) pp.193-194(注p.202)【A99-ZT2-A4】 資料③ 「タイ新首相になったククリット・プラモート氏」『毎日新聞』(東京版夕刊)1975.3.20 p.2【Z99-6】【YB-6】 資料④ Sombat Phūkān.; Kukrit Pramoj, M.R. “Khưkrit”(Samnakphim Bō̜risat Phī. Wāthin Phaplikhēchan, 2541 [1998]) 資料⑤名越二荒之助『大東亜戦争を見直そう』(原書房, 1968.8)(京都府立図書館請求記号:217/N/)pp.61-63, pp.206-208 資料⑥名越二荒之助『大東亜戦争を見直そう : アジア解放の理想と花開く武士道物語』(明成社, 2007.8)【GB531-H352】pp.14-15(前書き言及部分), pp89-91(本文該当箇所), p.288(参考文献) <主な調査済み資料> ・吉川利治 著『同盟国タイと駐屯日本軍 : 「大東亜戦争」期の知られざる国際関係』(雄山閣, 2010.11)【GE561-J39】 ・加藤和英 著『タイ現代政治史 : 国王を元首とする民主主義』(弘文堂, 1995.10)【GE561-G9】 ・赤木攻 著『タイ政治ガイドブック』(国際語学社 (発売), 1994.1)【GE561-E54】 ・渋沢雅英, 斎藤志郎 編『東南アジアの日本批判 : <シンポジウム>アジア共同体を考える』(サイマル出版会, 1974)【A99-ZT2-2】 ・高橋 勝幸「タイにおける第二次大戦の記憶--自由タイ、『メナムの残照』、『王朝四代記』を中心に」『地球宇宙平和研究所所報』2号, 2007, pp.126-142. ・Michael Kelly Connors “Democracy and national identity in Thailand” (RoutledgeCurzon, 2003)【(GE561-P10)】 ・John B. Haseman “The Thai resistance movement during World War II” (Silkworm Books, 2002)【GE561-B2】 ・”คึกฤทธิ์ : ที่สุดของความเป็นไทย”(訳:『ククリット:タイの大部分』)(สำนักพิมพ์ดอกหญ้า 2000, 2554 [2011])【Y745-TS-331】 ・สายชล สัตยานุรักษ์ “คึกฤทธิ์กับประดิษฐกรรม "ความเป็นไทย"”(訳:『ククリットと「タイの伝統」の創造』) (มติชน, 2550[2007])【Y745-S346】 ・ศึกฤทธิ์ ปราโมช, สมเกียรติ อ่อนวิมล บทนำ “ฉากญี่ปุ่น”( 訳:ククリット・プラモート『日本の風景』) (นานมีบุ๊คส์พับลิเคชั่นส์, 2548 [2005])【Y745-K283】 事前調査事項:Googleで検索するとたくさんヒットするが、どれも典拠は無い。 例:https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1186520766 NDLデジタルコレクションを「ククリット・プラモート」で検索したが、該当する記事はなかった。 ほとけの司令官:駐タイ回想録 / 中村明人(日本週報社、1958)に記載はなかった。 ククリット・プラモート「チャーク・ジップン(日本印象記)」--タイ"才人宰相"の日本観(掲載誌 朝日アジアレビュー 6(3) 1975.09 p.p182~184)に12月8日のことは記載がなく、タイ語から日本語に翻訳された図書は検索できなかった。 M.R. Kukrit Pramoj, his wit and wisdom : writings, speeches, and interviews 英語の図書( https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA18630523 )があるが、本学には所蔵が無く、記載を確認できなかった。 備考:アジア(レファレンス)

国立国会図書館所蔵資料の『「満州地名の研究」岩瀬弘一郎/著 今古書院』についてお調べいただきたいことがあります。 この資料のなかに、満洲の地名であるハルピン(ハルビンや古称でハラピンやハラジンと呼ぶ場合もあるそうです)について 地名の由来やそれに関連した意味の表記と、その根拠となる情報を探しています。(国立国会図書館(National Diet Library))

【 】内は当館請求記号です。  お尋ねの、岩瀬弘一郎『満州地名の研究』(今古書院, 昭和13)【292.25-I96ウ】(資料1)掲載の満州の地名ハルピン(ハルビン、ハラピン、ハラジン)に関する記述及びその根拠となる情報について、調査した結果を回答します。 <『満州地名の研究』の記述>  資料1のp.254に、以下の記述があります。 「哈爾賓(ハールピン) 原名を哈(ハ)喇(ラ)賓と云ひ、蒙語で平地の意である。一小部落であつたが露國が東淸鐵道を敷設し、此の地に都市を建設するに當り哈爾賓に訛つたと云ふ。又露國が市街建設局を設置するに當り此の地の小部落を尋ねしにハオピンと云つたといふ。露國が此の地の命名には色々案も出た様であるが結局ハルピンとなつたと云ふ。又ハルピンは満洲語で打漁網卽ち漁網で網干場であつたからとも云はれる。」  資料2についても、p.254に同じ記述があります。 <根拠となる情報> 資料1および2のp.297に主要参考資料として8件の資料が挙げられています。 そのうち、当館に所蔵がある資料3を確認したところ、「哈爾賓」の項に「蒙古語平地也。」という記述がありました。その他、資料4及び1938年までに刊行された、資料3、4の版違い資料、また「満洲国年報(大同元年版、国務院統計處)」が指すと思われる資料5、及び資料6について確認をしましたが、上記以外には、資料1の記述の根拠となる情報は含まれていませんでした。 <資料一覧> 資料1 岩瀬弘一郎著『満州地名の研究』(今古書院, 昭和13)【292.25-I96ウ】 資料2 岩瀬弘一郎著『満州地名の研究』2版(今古書院, 1938)【292.25-I949m】 資料3 謝寿昌等編『中国古今地名大辞典』(商務印書館, 1931)【292.203-Sy921t】p.605 資料4 陸爾奎等編『辞源』(商務印書館, 1925 20版ほか)【823-R52z】丑集p.63 資料5 国務院統計処編纂『満洲国年報』第1次(満州文化協会, 1933)【GE357-31】 資料6 東北文化社年鑑編印処編『東北年鑑』民国20年(東北文化社年鑑編印処, 1931)【059.225-To387】 <主な確認済み資料> ・謝寿昌 等編『中国古今地名大辞典』(商務印書館, 民国20)【R292.2-C62ウ】 ・臧勵龢龢等編『中國古今地名大辭典』1931年刊影印(商務印書館香港分館, 1982)【GE11-C12】 ・陸爾奎等編『辞源』16版[上冊](子-巳集)(商務印書館, 民国9)【551-237】 ・陸爾奎等編『辞源』丑集(商務印書館, 1915)【224-216】 ・方宾观等编辑『辞源』(商务印书馆, 1937.6)【XP-A-2343】 ・方毅等编校『辞源』(商务印书馆, 1937.6)【XP-A-2339】 ・方毅 [等] 编校『辞源』(商务印书馆, 1935.5)【XP-A-714】 ・国務院統計処編『満洲国年報』第1次(国務院統計処, 大同2)【14.4-963】 ・国務院統計処編纂『満洲国年報』第1次(満洲文化協会, 大同2)【特239-445】 備考:アジア(レファレンス)

中国の新聞「大公報」(上海版)1937年8月1日号に「張慶餘等悲壮通電」という記事の掲載があるか調査しています。 当該日に掲載があるか、あるとしたら何面か等をご教示いただきたくお願い申し上げます。(国立国会図書館(National Diet Library))

【 】は当館請求記号です。 『大公報』【YB-AC44】を調査したところ、おたずねの記事が以下のとおり掲載されていました。 記事タイトル: 張慶餘等悲壯通電 掲載箇所: 1937年8月1日 第3版(面) 対象リールの資料貼付ID:1200700164133 事前調査事項:NDLオンラインにて調査し、①冊子体→当該日は天津版に合綴(NDL書誌ID:a0000053994)[複写不可]、②マイクロフィルム→請求記号:YB-AC44  の所蔵が関西館アジア情報室にあることがわかりました。 備考:アジア(レファレンス)

利用者より『上苑詩(黄庭堅)』について知りたいというレファレンスを受けました。...

※【 】は当館請求記号 お尋ねの黄庭堅(黄山谷)の詩『上苑詩(別名:出宮賦)』について、次の資料等で調査しましたが、詩の全文と現代語訳が掲載されているものは見当たりませんでした。 ・『中国詩詞翻訳索引 第2巻 (宋代-清代)』金沢文圃閣, 2015.3 【KK372-L13】 ・『黄庭堅全集』四川大學出版社, 2001.5 【KK163-C3】 ・関西館所蔵CD-ROM『文淵閣四庫全書電子版』(原文及全文検索版) なお、次の資料に西安碑林博物館蔵の「黄庭堅詩」が収録されています。 ①『西安碑林全集 第1函-第5函 總册卷-第58卷』「第5函 第54卷」pp.5116-5136 廣東經濟出版社, 1999.12 【GE218-C64】 あくまでも石碑からの拓本と思われ、「翠盖龍旂出建章」から始まる全文があるものの、現代語訳や解釈等がありません。この資料の解題によると、「黄庭堅詩」碑文は七言律詩二首によって構成され、その真贋については諸説があります。 ちなみに、二首目に該当する後半の「小苑平臨太液池」から始まる部分が、次にある明の文徴明(1470-1559)の作品「西苑詩」の一部と重複します。 ②『西苑詩十首』久保寺正篤, 明12.7 【特71-8】の5-6コマ目 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/852799  文徴明の『西苑詩』、あるいは『西苑詩十首』についても、次の資料等で調査しましたが、詩の現代語訳が掲載されているものは見当たりませんでした。 ・『文徴明集 : 明 (中国法書ガイド ; 50)』二玄社, 1989.9 【KC641-E49】 ・『文徵明集 上』『文徵明集 下』上海古籍出版社, 1987.10 【XP-B-4149】 ・『文徴明集 : 35卷補32卷 上』『同 下』上海古籍出版社, 1987 【KK248-C7】 ・『文徴明真蹟西苑詩』日東之華社, 昭和5 【153-82】 なお、次の資料にも、同じように黄庭堅の書道の作品として収録されていると思われますが、当該資料は当館に所蔵されておらず、また日本国内の他の図書館の所蔵情報も確認できませんでした。 ・『黄庭坚行书临习<<砥柱铭>><<上苑诗>><<庞居士寒山子诗帖>>』三秦出版社,2014.10 (ISBN: 9787551808774) 事前調査事項:『黄庭堅 名蹟集』黄 庭堅/書 二玄社(1994) 『中国詩人選集 2集 7 黄庭堅』吉川 幸次郎/編集・校閲 岩波書店(1981) 『漢詩選 12』集英社(1997) 『西安碑林の研究』塚田 康信/著(1983) 『漢詩大系 18 黄山谷』集英社(1980) 備考:アジア(レファレンス)

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