レファレンス協同データベース新着事例

魚のニジマスの表面のぬるぬるは何なのか。(埼玉県立久喜図書館)

『調理科学事典』(河野友美編集 医歯薬出版 1990) p423〈ぬめり〉の項「魚類などの表面にある粘質物のこと。動物性のものはたんぱく質が主体である」とあり。 『岩波科学百科』(岩波書店編集部編 岩波書店 1989) p919 〈粘液〉の項 「動植物体にひろく分布する、粘液線という外分泌腺でつくられる。体表を保護したり、からだの移動をスムーズにしたり、感覚に役だてたりしていると考えられている。粘液の成分は動物によってちがうが、主成分は糖タンパク質である。」 『魚の博物事典』(末広恭雄〔著〕 講談社 1989) p573 Q ウナギなどにあるぬるぬるしたものは何ですか 「タンパク質の一種でムチンという物質です。敵につかまりにくいという点で身を守るのに役立ちます。」 備考欄に追記あり(2018/02/21)。 参考資料:『調理科学事典』(河野友美編集 医歯薬出版 1990), 参考資料:『岩波科学百科』(〈岩波書店編集部編 岩波書店 1989), 参考資料:『岩波科学百科』(〈岩波書店編集部編 岩波書店 1989), 備考:一般の方より情報提供あり(2018/02/21)。以下、提供情報。 丑田公規著「クラゲの有効活用の限界とムチンの化学」(「化学と教育 65巻 5号」p228-231 日本化学会 2017)(国会図書館所蔵)  ムチンについての記述あり。

国史大辞典の「かすがのしんぼく」の項に掲載されている挿絵の出典が知りたい。(立命館大学図書館)

出典は、『春日権現霊験記』十九巻第二段。 『春日権現霊験記』は絵巻物で、現在は皇室の御物(私有品)である。 本学所蔵資料では、以下の文献にこの絵巻物が収録されており、挿絵になった部分が確認できる。 (1)『日本絵巻物集成』第4卷 (本学書誌ID=TT41599787, NCID=BN07683031) 圖版の79ページに白黒画像があり、挿絵の部分は図の右端にあった。図の右横に「春日權現驗記 百六十五」、左横に「大和國常業の堂に神鏡の瑞光あらはる 其三」と記述がある。図の説明文は詞書の48ページに掲載されている。 (2)『春日權現驗記繪』(日本絵巻物全集 第15卷) (本学書誌ID=TT90986579, NCID=BN01933872) ・グラビア 47ページ Pl. 47 白黒画像。挿絵の部分は図の中央である。図の左下に「地頭たち盜まれた春日の神鏡を取り戾す(第十九卷第二段)」と記述がある。この図の説明文は、圖版解說の69ページに掲載されている。 ・グラビア 86ページ Pl. 120 白黒画像。第十九巻全体が掲載されており、挿絵の部分は1段目の右中央に該当する。 回答プロセス:1.『国史大辞典』の「かすがのしんぼく春日神木」の項(3巻 p.303)を確認すると、挿絵の左横に「春日神木(『春日権現霊験記』より)」と記載がある。また、本文中に「奈良春日社において、春日大明神の御神体の神鏡を賢木(榊)に斎いつけたもの。」との説明があった。 このことから、『春日権現霊験記』の「神鏡」に関する部分を重点的に探すことにした。 2.『国史大辞典』の「かすがごんげんれいき 春日権現霊験記」の項(3巻 p.297)を確認したところ、以下のことが分かった。 ・『春日権現霊験記』は二十巻と目録一巻の絵巻物である。 ・古く春日大社に秘蔵されてきたが、現在は皇室御物。 ・『日本絵巻物集成』五・六と『日本絵巻物全集』十五に、この絵巻物が収録されている。 3.『日本絵巻物集成』と『日本絵巻物全集』を本学の蔵書検索システムで検索したところ、本学に所蔵があったため、現物を確認した。 (1)『日本絵巻物集成』 『春日権現霊験記』が収録されているのは、第3巻と第4巻である。圖版目次で「神鏡」に関連する部分を探すと複数箇所あり、圖版と『国史大辞典』掲載の挿絵を見比べながら確認したところ、第4卷で挿絵に該当する部分が見つかった。 (2)『日本絵巻物全集』 第15巻が『春日權現驗記繪』であり、「神鏡」に関連する部分のグラビアを各々確認すると、挿絵に該当する部分が2箇所見つかった。 また、説明文から、この図の出典は十九巻第二段であることが分かった。 以上をふまえ、質問者へ回答した。 事前調査事項:質問者は下記資料に掲載された挿絵の原本を見たいとのことだった。 『國史大辭典』 第3巻 国史大辞典編集委員会編 吉川弘文館, 1979年刊 参考資料:『國史大辭典』 第3巻 国史大辞典編集委員会編 吉川弘文館, 1979, 464200503X(本学書誌ID=TT40033372, NCID:BN00117433) 参考資料:立命館大学蔵書検索システム http://runners.ritsumei.ac.jp/opac/opac_search.cgi, (最終アクセス日:2017年2月16日) 参考資料:『日本繪卷物集成』第3卷,第4卷 田中一松解説 雄山閣, 1929-1933, (本学書誌ID=TT41599787, NCID=BN07683031) 参考資料:『春日權現驗記繪』 野間清六編 角川書店, 1963(日本繪卷物全集 / 角川書店編集部編, 15), (本学書誌ID=TT90986579, NCID=BN01933872)

明治時代後期(明治39~40年)、東京都内を走っていた外濠線「お茶の水」から乗り、「錦3丁目の角」(神田付近?)までの移動時間を知りたい。 【質問の背景】 田山花袋『少女病』の中の一節。 主人公は、神田の錦町、正則英語学校の次の通りにある雑誌社に勤務している。 質問に該当する一節は雑誌社への通勤経路の描写。 「お茶の水から外濠線に乗換へて、錦町三丁目の角まで来て下りる」(愛知淑徳大学図書館)

外濠線とは、明治37年東京電気鉄道(明治39年、合併して東京鉄道に)が敷設した路面電車のことである。 時刻表の所在は確認できなかったが、停留所間の距離と路面電車の速度は判明した。 詳細は回答プロセスを参照。 回答プロセス:1.作品から調べる 1-1 レファレンス資料で概要を確認する <分類:910(日本文学)><キーワード:田山花袋,少女病> 【★1】『日本文学年表』  p.288 「少女病」1907(明治40)年5月『太陽』初出。 以下、『少女病』に関する記述なし 『東京記録文学事典』(槌田満文編,柏書房,1994.5 2102/TS26) 『日本文芸鑑賞事典 第3巻 明治37〜42年』(石本隆一 [ほか] 編纂,ぎょうせい,1987 91026/N771/3) 『日本近代文学大事典』(日本近代文学館編,講談社,1977 9103/N774/2A) 1-2 研究書から調べる 1-2-1 本学OPACから探す <キーワード:少女病> 以下、「外濠線」に関する記述なし 『鉄道愛 日本篇』(小池滋編集解説,晶文社,2005.6 908/KO31/1) 『私小説の生き方』(秋山駿,富岡幸一郎編,アーツアンドクラフツ,2009.6 91368/A38) 『田山花袋集 明治文学全集67』(田山花袋著,筑摩書房,1968.3 9186/ME25/67B)  → 田山花袋に関する研究論文一覧が掲載。外濠線に関する掲載無し。 2.鉄道「外濠線」について調べる 2-1 レファレンス資料で概要を確認する 【★2】JapanKnowledge <キーワード:外濠線>  「そとぼり‐せん【外濠線・外堀線】」(『日本国語大辞典』)  東京、皇居の外濠に沿って走っていた路面電車。明治37年(1904)東京電気鉄道が敷設し、  御茶ノ水から土橋までの線路が最初。外濠。 2-2 本学OPACから探す <キーワード:路面電車,都電,市電,東京電気鉄道 など> 【★3】『電気局三十年史』  p.28 東京電気鉄道の記述あり。明治37年12月8日に土橋-御茶ノ水橋間2哩66鎖の運転開通。  巻末附図 「合同直前三会社別路線図(明治39年4月現在)」   → 東京電気鉄道(外濠線)の路線図と御茶ノ水-錦三丁目間の掲載を確認 【★4】『東京市電気局十年略史 ; 創業二十年史』  『創業二十年史』 折込図版「電車運転系統及停留所一覧図」(昭和6年4月1日現在)   → 御茶ノ水-錦三丁目間の各停留所名を確認 【★5】『日本の路面電車 2廃止路線・東日本編』  路線の変遷を確認できるが、時刻に関する記述はなし  p.76 「東京電気鉄道(東京鉄道)」  p.77~78 「東京鉄道(東京市電気局)」    → 主要停留場のみ表記した路線図(明治44年市営化当日の停留場名)  p.79 「東京市電気局(東京都交通局)」 【★6】『路面電車の技術と歩み』  p.63 「当初は時速でたったの8哩(マイル)であった。1哩は1609.344mであるから、      メートル法に直すと時速約12.8kmとなる。」  p.67 「※1)例えば明治36年2月9日内務大臣より特許を得た大阪市の命令書には      第11条に「進行ノ速度ハ1時間8哩ヲ超過セシムルコトヲ得ズ」となっている。」 以下、「外濠線」に関する記述なし 『都電が走った街今昔:激変の東京--定点対比30年』 (林順信著,JTB 日本交通公社出版事業局,1996.12 291/H481)→ 昭和時代の都電(路面電車)の解説 『地図で歩く路面電車の街:全国現役廃止路面電車路線図付』 (今尾恵介著,けやき出版,1998.6 686/ I46) 『鉄道の百科事典』(鉄道の百科事典編集委員会編,丸善出版,2012.1 686/TE861) 『路面電車ルネッサンス』(宇都宮浄人著,新潮社,2003.9 686/U96) 『東京都電の時代』(吉川文夫著,大正出版,1997.5 686/Y89) 『なつかしの路面電車視録』(吉川文夫他著,大正出版,2002.2 686/Y89-1) 『都電系統案内:ありし日の全41系統』(諸河久著,ネコ・パブリッシング,2001.5 68691361/MO76) 2-3 一般書架をブラウジング <分類:686(鉄道)> 【★7】『東京の鉄道発達史』  p.170 「東京に主要私鉄と都電の系譜」 東京都交通局(都電)に至るまでの系譜   東京電気鉄道(外濠線) 明治37.12.08開業 → 東京鉄道(東鉄)明治39.09.11   東京電車鉄道(東電)、東京市街鉄道(街鉄)と合併 → 東京市電気局(市電)明治44.08.01買収   → 東京都交通局(都電)昭和18.07.01改組 【★8】『鉄道ルート形成史』  p.274 明治37年に、東京電気鉄道(外濠線)が土橋(新橋北口)-お茶の水間を開業   明治39年9月に、東電、街鉄、外濠線の3社が合併して東京鉄道(東鉄)になる 3.路面図、当時の地図を確認する 3-1 本学OPACから探す <キーワード:鉄道,地図,路面図,路線図,明治,東京 など> 【★9】『明治の東京:江戸から東京へ:古地図で見る黎明期の東京』  p.78-79 「明治四十三年 東京名家名物入 電車案内双六」   図の路線は、東京鉄道株式会社時代のもの。御茶ノ水-錦三丁目間の停留所名を確認 【★10】『日本鉄道旅行地図帳 5 東京』  p.18-19 「昭和37(1962)年都電全図」   昭和37年の路線図だが、廃線になった路線も掲載されているため参照する  p.42 「51錦町線」 御茶ノ水-錦三丁目間の開業日・改称日・廃止日、停留場間の距離が掲載 3-2 一般書架をブラウジング <分類:291(地理-日本)> 【★11】『東京市十五区番地界入地図:明治40年』  「東京市神田区全図」 → 御茶ノ水-錦三丁目間の停留所の位置を確認(停留所名の記載なし)   「正則英語学校」も地図上で確認できる 3-3 国立国会図書館デジタルコレクション  http://dl.ndl.go.jp/  <キーワード:外濠線> 【★12】『最新実用東京電車案内』  p.19-20(21-22コマ)    外濠線の路線図と概要  p.137-147(83-88コマ)  外濠線の各停留所付近の主要施設を確認できる  うちp.141-142(85-86コマ) 該当の停留所名を確認「錦町三丁目、スルカ台、甲賀町、お茶の水」 ※以下の手順で、外濠線全体の位置、距離を確認する  ①【★3】【★4】【★11】【★12】の図より、路線図と停留所を照らし合わて、外濠線の位置を特定。  ②①と【★10】p.18-19「昭和37(1962)年都電全図」を照らし合わせて、外濠線が「51錦町線」と確認し、   【★10】p.42「51錦町線」で御茶ノ水-錦三丁目間の停留所の距離を特定。 4.当時の時刻表を探す 4-1 本学OPACから探す <キーワード:時刻表> 【★13】『明治大正時刻表 復刻版』  汽車汽船旅行案内(庚寅新誌社刊)の復刻   [6]: 大正元年9月号  p.171 「各地電気鉄道発時並びに賃金表」 → 「東京市電気局線路及び賃金表」   「午前5時より午後12時迄運転す」 とあるが、時刻表は確認できず  [4]: 明治39年4月号,[5]: 明治40年3月号 → 路面電車の記述を確認できず 【★14】『時刻表 : 大正4年版 復刻版(田山花袋の日本一周 別冊付録)』  p.189 「各地電気鉄道発時並賃金表」 → 「東京市電気局軌道」   「運転時刻 午前5時より午後12時まで」 とあるが、時刻表は確認できず 5.【★6】に記載の速度の情報を確認する 5-1 CiNii Articles  https://ci.nii.ac.jp/  <キーワード:明治,路面電車> 路面電車の速度に関する記事は確認できず 5-2 NDL ONLINE  https://ndlonline.ndl.go.jp/  <キーワード:明治,軌道 / 資料種別:雑誌記事> 【★15】出村嘉史,岩本一将 "明治末期の岐阜における電気軌道建設と「市区改正」"  p.1326 「注 27) 軌道条例(1890年8月法第71号)及び軌道条例取扱心得(1901年10月内訓令17号)       …厳しい速度や車両数の制限(毎時8哩以内:12.9km/h)があった」 5-3 【★15】の情報より「軌道条例」「軌道条例取扱心得」を探す。 5-3-1 国立国会図書館デジタルコレクション  http://dl.ndl.go.jp/  <キーワード:軌道条例,軌道条例取扱心得 / 年月日指定:明治35年~明治37年> 【★16】『鉄道法規類抄. 明治37年現行』  p.386-387(203コマ)「軌道条例取扱方心得」   「第七条 車輌進行ノ速度ハ一時間八哩以内ニ於テ命令書案中ニ相當制限スルコトヲ妨ケス」 以下、「軌道条例」「軌道条例取扱心得」の該当条文無し 国立公文書館デジタルアーカイブ  https://www.digital.archives.go.jp/ 以上 <Web最終確認日:2018/02/15> 事前調査事項:『明治・大正・昭和の鉄道地図を読む』(中村建治著,イカロス出版,2013.3 68621/N37) 『明治鉄道物語』(原田勝正[著],講談社,2010.8 コウダンガク/2008) 『鉄道がつくった日本の近代』(高階秀爾[ほか]編著,成山堂書店,2014.11 68621/TA54) 『明治大正時刻表 復刻版』(新人物往来社,1998.9 68655/ME25/3A)  →外濠線で探したが、掲載を確認できなかった。 【質問者が継続する調査】 入手している文献・解釈書から外濠線がどのようなものか特定し、情報を探す。 参考資料:【★1】『日本文学年表 60年度版』(市古貞次編, 桜楓社, 1985 当館請求記号:9103/I14/'85), 参考資料:【★2】JapanKnowledge(ジャパンナレッジ)[契約DB], (百科事典・辞書・ニュース・学術サイトURL集などを検索可能) 参考資料:【★3】公営交通事業沿革史 戦前篇 1-2 (東京市 2). クレス出版, 1990. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002068503-00, (当館請求記号:6821/KO22/1-2) 参考資料:【★4】公営交通事業沿革史 戦前篇 1-1 (東京市 1). クレス出版, 1990. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002068502-00, (当館請求記号:6821/KO22/1-1) 参考資料:【★5】原口隆行 著 , 原口, 隆行, 1938-. 日本の路面電車 2. JTB, 2000. (JTBキャンブックス) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000003068126-00, 4533034594(当館請求記号:686/H32/2) 参考資料:【★6】吉川文夫 著 , 吉川, 文夫, 1932-. 路面電車の技術と歩み. グランプリ出版, 2003. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000004243449-00, 4876872503(当館請求記号:546/Y89) 参考資料:【★7】今尾恵介 著 , 今尾, 恵介, 1959-. 地図で解明!東京の鉄道発達史. JTBパブリッシング, 2016. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I027108379-00, 9784533109546(当館請求記号:6862136/I46) 参考資料:【★8】高松良晴 著 , 高松, 良晴. 鉄道ルート形成史 : もう一つの坂の上の雲. 日刊工業新聞社, 2011. (B&Tブックス) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011237612-00, 9784526067143(当館請求記号:68621/TA42) 参考資料:【★9】人文社第一編集部 解説・編 , 人文社. 明治の東京 : 江戸から東京へ 古地図で見る黎明期の東京. 人文社, 1996. (古地図ライブラリー ; 4) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002587393-00, 4795919038(当館請求記号:291/J52-1) 参考資料:【★10】今尾 恵介/監修 , 今尾‖恵介. 日本鉄道旅行地図帳 : 全線・全駅・全廃線 5号. 新潮社, 2008. (新潮「旅」ムック) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I004811953-00, 9784107900234(当館請求記号:68621/N771/5) 参考資料:【★11】東京郵便局 [作] , 人文社編集部 編 , 東京郵便局 , 人文社. 東京市十五区番地界入地図 : 明治四十年調査. 人文社, 1986. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001861529-00, (当館請求記号:291/J52-2) 参考資料:【★12】杉本, 正幸, 1887-1966 , 杉本正幸 編. 最新実用東京電車案内. 杉本正幸, 1910. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001820279-00, 参考資料:【★13】復刻版明治大正時刻表. 新人物往来社, 1998. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002746594-00, (当館請求記号:686/KI55/4,5,6) 参考資料:【★14】田山花袋の日本一周 別冊付録 (時刻表 大正4年版). 東洋書院, 2007. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000009382046-00, (当館請求記号:9156/TA98-1/へ) 参考資料:【★15】出村 嘉史 , 岩本 一将 , 出村 嘉史 , 岩本 一将. 明治末期の岐阜における電気軌道建設と「市区改正」. 2015-06. 日本建築学会計画系論文集 80(712) p. 1319-1327 http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I026419152-00, (当館請求記号:に) 参考資料:【★16】鉄道院建設部. 鉄道法規類抄 [明治37年現行]. 鉄道院建設部, 1904. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001679009-00,

江戸時代の小豆島に村がいくつあったか、といったことを調べたい。(香川県立図書館)

次の資料が参考になると思われる。 ・香川県の地名 日本歴史地名大系 平凡社地方資料センター/編 平凡社 1989   「行政区画変遷・石高一覧」の中のp.494-495に小豆郡の項目あり、次の情報あり。     ・「小豆島全図(慶長10(1605))」より24の村名が掲載されている。     ・「天保郷帳(1834)」より10の村名が掲載されている。     ・「地方行政区画便覧(1886)」より44の村名が掲載されている。

自分でできるカウンセリングに関する本はありますか。(大阪府立男女共同参画・青少年センター(ドーンセンター)情報ライブラリー)

ドーンセンター情報ライブラリーの下記資料を紹介した。 ・『自分でできるカウンセリング:女性のためのメンタル・トレーニング』川喜田好恵著 創元社(2010) ・『いまの自分をほめてみよう:元気が出てくる心の法則』平木典子著 大和出版(1996) ・『コーピングのやさしい教科書:折れない心がメモ1枚でできる』伊藤絵美著 宝島社(2017) ・『赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア:自分を愛する力を取り戻す〔心理教育〕の本』白川美也子著 アスク・ヒューマン・ケア(2016) ・『’S NOTEBOOK』エンパワメントかながわ∥編 エンパワメントかながわ(2013) ・『「どうせうまくいかない」が「なんだかうまくいきそう」に変わる本:認知行動療法で始める、心のストレッチ』杉山崇著 永岡書店(2017) 参考資料:川喜田好恵 著 , 川喜田, 好恵, 1948-. 自分でできるカウンセリング : 女性のためのメンタル・トレーニング. 創元社, 1995. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002415609-00, 4422111620 参考資料:平木典子 著 , 平木, 典子, 1936-. いまの自分をほめてみよう : 元気が出てくる心の法則. 大和出版, 1996. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002535012-00, 4804702032 参考資料:伊藤絵美 著 , 伊藤, 絵美. 折れない心がメモ1枚でできるコーピングのやさしい教科書. 宝島社, 2017. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I027797774-00, 9784800262783 参考資料:白川美也子 著 , 白川, 美也子. 赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア : 自分を愛する力を取り戻す〈心理教育〉の本. アスク・ヒューマン・ケア, 2016. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I027255994-00, 9784901030229 参考資料:杉山崇 著 , 杉山, 崇. 「どうせうまくいかない」が「なんだかうまくいきそう」に変わる本 : 認知行動療法で始める、心のストレッチ. 永岡書店, 2016. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I027444483-00, 9784522434383

 短歌「山裾の小松が下の赤土に乏しく立てる女郎花のはな」の著者が知りたい。(前橋市立図書館)

 島木赤彦の作品を収録した『赤彦全集』(巻次 第1巻)(p.123)に掲載あり。 回答プロセス: 下記の資料を探索したが、質問のあった短歌の掲載が無かった。   『作品名から引ける日本文学詩歌・俳人個人全集案内』   『名歌名句大事典』   『歌ことば歌枕大辞典』   『和歌大辞典』   『典拠検索新名歌辞典』   『通解名歌辞典』   『作品名から引ける日本文学詩歌・俳人個人全集案内』(巻次 第2期)   『日本名歌集成』 ※ 『名歌名句大事典』では、女郎花は秋の花としている。  質問者から寄せられた「島木赤彦ではないかと思う。」という情報により、『赤彦全集』(巻次 別巻)(各巻書名 年代順全歌集・全歌集初句索引・製作年表)を探索したところ該当があり、『赤彦全集』(巻次 第1巻)を案内した。 事前調査事項: インターネット検索を行うと与謝野晶子の作と出てくるが、晶子の著作を見ても出て来ない。島木赤彦ではないかと思う。 参考資料:日外アソシエーツ株式会社 編 , 日外アソシエーツ株式会社. 作品名から引ける日本文学詩歌・俳人個人全集案内. 日外アソシエーツ, 1992. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002165239-00, 4816911189(当館請求記号 R910//, 当館資料番号 0110610656) 参考資料:久保田淳, 長島弘明 編 , 久保田, 淳, 1933- , 長島, 弘明, 1954-. 名歌名句大事典 : 歳時 人 自然 予約版. 明治書院, 2012. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I023639566-00, 9784625404023(当館請求記号 R911.1//, 当館資料番号 0117711499) 参考資料:久保田淳, 馬場あき子 編 , 久保田, 淳, 1933- , 馬場, あき子, 1928-. 歌ことば歌枕大辞典. 角川書店, 1999. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002794491-00, 4040231007(当館請求記号 R911.1//, 当館資料番号 0115719403) 参考資料:犬養廉 [ほか]編 , 犬養, 廉, 1922-2005. 和歌大辞典. 明治書院, 1992. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002262347-00, 4625400295(当館請求記号 R911.1//, 当館資料番号 0111752291) 参考資料:中村薫 編 , 久保田淳 新訂 , 中村, 薫 , 久保田, 淳, 1933-. 典拠検索新名歌辞典. 明治書院, 2007. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000008797611-00, 9784625404016(当館請求記号 R911.1//, 当館資料番号 0117218040) 参考資料:武田祐吉, 土田知雄 著 , 武田, 祐吉, 1886-1958 , 土田, 知雄, 1909-. 通解名歌辞典. 創拓社, 1990. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002148155-00, 4871381145(当館請求記号 R911.1//, 当館資料番号 0110417482) 参考資料:日外アソシエーツ株式会社 編 , 日外アソシエーツ株式会社. 作品名から引ける日本文学詩歌・俳人個人全集案内 第2期. 日外アソシエーツ, 2005. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007829927-00, 4816919287(当館請求記号 R911//, 当館資料番号 0116991340) 参考資料:秋山虔 [ほか]編 , 秋山, 虔, 1924-2015. 日本名歌集成. 学灯社, 1988. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001956838-00, 4312000107(当館請求記号 R911.1//, 当館資料番号 0110171345) 参考資料:島木赤彦 著 , 島木, 赤彦, 1876-1926. 赤彦全集 別巻 (年代順全歌集,全歌集初句索引,製作年表). 岩波書店, 1970. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001248723-00, (当館請求記号 918.6/139/10, 当館資料番号 0111078762) 参考資料:島木赤彦 著 , 島木, 赤彦, 1876-1926. 赤彦全集 第1巻 (歌集) 2版. 岩波書店, 1969. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001248716-00, (当館請求記号 918.6/139/1, 当館資料番号 0111078671)

昔の高松の刑場について書かれた資料は?(香川県立図書館)

・日本刑罰史蹟考 重松一義/著 成文堂 1985.9   p.205-207「86 讃岐高松藩獄と御坊河原刑場」

自分で井戸を掘ろうと思うが法律による制約などはないのか?(香川県立図書館)

次の資料を提供 ・手作り井戸に挑戦(5181 S10)   p.28「自分の土地なら勝手に掘っても良いのでしょうか?」

いわき市勿来町窪田大槻にある茨城県北茨城市関本町関本上との住所表記の飛地について,飛地になった理由,経緯について知りたい。(茨城県立図書館)

飛地になった理由,経緯につい て記載されている文献は見つからなかった。 回答プロセス:調査資料(記載がなかったもの) 『角川日本地名大辞典 8 茨城県』(「角川日本地名大辞典」編纂委員会編, 角川書店,1983) 『日本歴史地名大系 8 茨城県の地名』(平凡社,1982) 『茨城県史 近現代編』(茨城県史編集委員会/監修 茨城県,1984) 『茨城県史料 近代政治社会編4』(茨城県立歴史館/編,茨城県,1990) 『北茨城市史 上・下巻』(北茨城市史編さん委員会/編集,北茨城 市,1986~1987) 『茨城「地理・地名・地図」の謎』(小野寺淳/監修,実業之日本社,2014) 『しらなかった!驚いた!日本全国「県境」の謎』(浅井建爾/著,実業之日本 社,2007) 『「県境」のヒミツ』(秋山忠右/写真,PHP研究所,2009) 『知らなかった!「県境」「境界線」92の不思議』(浅井建爾/著,実業之日 本社,2013) 『茨城県成立史』(瀬谷義彦/著,筑波書林,1983) 『茨城の歴史 県北編』(茨城地方史研究会/編,茨城新聞社,2002) 『茨城県郷土研究』(茨城大学教育研究所/編,茨城県教職員組合,1953) 『茨城県市町村合併史』(茨城県総務部地方課/編集,茨城県地方自治研究 会,1958) 『茨城県市町村総覧』(茨城県市長会/編集,茨城県町村会,1957) 『地方政治単位の変遷 茨城県内の場合』(江原忠昭/著・刊,2005) 『入会権の研究 茨城県多賀郡関本村実態調査報告書』(茨城大学法社会学研究 会/編,茨城県文書課,1956) 『多賀郡郷土史』(塙泉領/編,宗教新聞社,1925) 『旧高旧領取調帳 関東編』(木村礎校訂,近藤出版社,1969) 『いわき市史 第3巻』(いわき市史編さん委員会/編,いわき市,1993) 『いわき市史 第5巻』(いわき市史編さん委員会/編,いわき市,1973) 参考資料:いわき市勿来地区地域史編さん委員会 編. いわき市勿来地区地域史 : 先人と未来人の絆を紡ぐ歴史を今に 1 (自然環境/原始-古代-中世-近世/民話). いわき市勿来地区地域史編さん委員会, 2012. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I023527030-00, 参考資料:北茨城市 , 北茨城市史編さん委員会 編. 北茨城市史 上巻. 北茨城市, 1988. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I002611765-00, 備考:【2018/02/09追記】 江戸時代の窪田村と常陸国3か村の境界争いの説明に,次の記述あり。 ・『いわき市勿来地区地域史 1』 p.171-172 「村境・国境の決め手となった検地帳の効力」 「現在、地図上で福島県と茨城県の境界域をみると、ほとんど稜線伝いが行政境となっているが、この地域だけが入り組んで、沢沿いに境界となっていることがわかる。これは、このときの国境裁定の結果に基づくものである。」(p.172) ・『北茨城市史 上巻』 p.413-416 第3章 近世前期の村むら-第1節 村の成立と農民支配-村境争論 「幕府は、旧検地帳ならびに古証文のとおり、東は中野より西は矢の目山まで、沢通りを両国境線と定めたのである。…(略)…検地によって確定した村切りは、後世まで変わることはなかったのである。」(p.415)

毎日新聞縮刷版1981年10月26日朝刊23頁に 「本社記者、右翼に殴られけが 赤旗祭り取材中」の見出し記事が載っているが 毎日新聞茨城版に関連記事はあるか?(茨城県立図書館)

以下の紙面に掲載されていた。 1981年(昭56)10月26日 茨城21面 「右翼,本社記者に暴行 赤旗まつりを取材 鼻骨骨折など3週間のけが」 参考資料:毎日新聞 縮刷版毎日新聞社 一括昭26.11~平10.2, (1981年(昭56)10月26日 茨城21面) 備考:クイックレファレンス

笠間藩主で肖像画が残されているものはあるのか、あるようであれば所蔵先と掲載資料等を教えてほしい。また、笠間藩主ではないが、牧野成貞の肖像画が笠間稲荷神社に所蔵されているようであるが、これがカラーで記載された資料が存在するか教えてほしい。(茨城県立図書館)

 牧野家当主の肖像としては,7代貞喜,12代貞直,13代貞寧について見つけることができましたが,いずれもモノクロです。なお,貞寧については,当館所蔵資料ではありませんので,現物での確認はしておりませんのでご了承ください。  また,成貞については肖像画が掲載されている資料を確認することができませんでした。  笠間稲荷神社に牧野成貞の肖像画があるというのは,「週刊江戸」29号からの情報でしょうか。あいにく当館には所蔵がありませんので,確認することができません。出典に笠間稲荷神社と記載があるのであれば,笠間稲荷神社にお問い合わせなさるのがよろしいかと思われます。 回答プロセス:(1) 東京大学史料編纂所 肖像情報データベース   http://wwwap.hi.u-tokyo.ac.jp/ships/shipscontroller 《最終アクセス 2017/04/06》   キーワードを「牧野」で検索すると藩主については3件ヒット。 牧野貞寧  『磐城史料図版集成』 当館所蔵なし 所蔵者:牧野子爵家       http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000738586-00       『田村郡郷土史』 当館所蔵なし 所蔵者:記載なし       http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001674727-00  7コマ目 牧野貞喜  『図説・笠間市史』p.106 《当館請求記号:イ202/カサ/》 所蔵者:西念寺       http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001958371-00         ※肖像画ではなく,牧野貞喜と推測される木像の写真です。 (2) 肖像画に関する辞典・索引類 → 記載なし ×『日本肖像大事典 下』 《当館請求記号 R281/773/3》 ×『歴史人物肖像索引 〔1〕』  《当館請求記号 R281.0/レキ/1》 ×『日本名家肖像事典』  《当館請求記号 R281/590/》 (3) 郷土関係図書 ×『牧野家史』(石倉 翠葉/著,笠間史談会) 《当館請求記号 L271/イシ/》 ×『新笠間市の歴史』 《当館請求記号 イ202/カサ/》  http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011206064-00 p.237 牧野貞喜と推測される木像の写真 所蔵者:西念寺 なお,牧野家以外の笠間藩主では,松平康重(p.163,所蔵者:京都・長安院),小笠原吉次(p.165,所蔵:犬山城),永井直勝(p.168,所蔵者:永井寺),浅野長直・浅野長重(p.215,花岳寺)の肖像(いずれもモノクロ)が掲載されています。 ○『かがやく笠間の先人たち』 《当館請求記号 R281/773/3》  http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I025461947-00  △牧野貞喜(p.36) 牧野貞喜と推測される木像の写真 所蔵者:西念寺   ×牧野貞幹(p.46) 肖像なし   ○牧野貞直(p.68) 肖像(写真のようです) 所蔵者:牧野貞幸氏 ×『下総境の生活史 図説・境の歴史』 《当館請求記号 イ202/サカ/B》  http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I010533694-00 ×『総和町史 通史編近世』 《当館請求記号 イ202/ソウ/1-2》  http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007911590-00  牧野成貞は,関宿藩主のようですので,県内の関宿藩領域であった境と総和町について町史を確認しましたが,肖像画は掲載されていませんでした。 (4) 笠間稲荷所蔵文書についての解説 ×『常陸笠間牧野家牧野家中武藤家文書目録』 《当館請求記号 イ069.6/イレ-5/3》 http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001223813-00  家に関する文書,文書の伝来等が書かれている解説を確認しましたが,肖像画についての記載はありませんでした。 事前調査事項:【質問の出典・情報】「週刊江戸」29号『綱吉と側用人』(ディアゴスティーニジャパン、2010.8)

水戸市域の町名区割りの入った地図を探している。小学校区割りの地図はあるが,町名区割りの地図がみたい。(茨城県立図書館)

旧水戸市域:『水戸市全図』(1979)→町名区割りが赤線で示されているためわかりやすい地図です。常澄・内原地域を含みません。 旧内原町域:『内原町全図』(1983)→町名区割りはありますがが,地図と同じ色なので多少見にくいです。 旧常澄町域:『常澄村史 地誌編』→p.15に「常澄村大字境界図」があります。区分図のみで地図情報はありません。 「いばらきデジタルまっぷ」→縮尺が1万分の1,5千分の1,2500分の1であれば町名ごとに色が異なりますが,水戸市全体として見ると縮尺が大きくなってしまうため,町名区割りでは見れません。 回答プロセス:(1) 水戸市の出ている地図を確認 △『水戸市全図』→町名区割りあり。内原・常澄を含まない。 △『内原町全図』→町名区割りあり。 △『常澄村史 地誌編』→p.15「常澄村大字境界図」あり。区分図のみで地図情報はなし。 ×『ゼンリン住宅地図』→一覧できないので,違うものが良いとのこと。 ×『茨城県万能地図2000』→町名は出ているが,区割りはなし。 (2) 水戸市発行の計画等を確認 ×『3か年実施計画 2017年度~2019年度 水戸市第6次総合計画-みと魁プラン-』(資料番号:001054411309) ×『水戸市住生活基本計画』(資料番号:001054343940) ×『水戸市の概要 平成28年版』(資料番号:001054411390)→小学校区図はあるが町名図はなし。 (3) 県のデジタルまっぷ,国土地理院の地図を確認 △いばらきデジタルまっぷ→縮尺によっては町ごとに色が異なる。 ×国土地理院→町名はあるが区割りは分からず。 参考資料:水戸市全図水戸市役所企画課/編水戸市役所企画課, 参考資料:内原町全図内原町役場/編内原町役場, 参考資料:常澄村史地誌編水戸市教育委員会/編集水戸市, 参考資料:水戸市昭文社, 備考:【2018/02/09追記】 都市地図も,町名区割りごとに色分けされていた。 『水戸市 那珂市 大洗・茨城町 都市地図』(昭文社,2012)

(1) 徳川光圀が鍋島元武宛に出した書簡があるか。 (2) 生類憐みの令に反して,水戸藩で鷹狩りを行なうことを書いた内容の書簡はあるか。(茨城県立図書館)

(1) 〔徳川光圀書翰集〕が該当資料にあたります。こちらの資料は,茨城県立図書館デジタルライブラリーで公開していますので,ご確認ください。 (2) 書翰集の解説や市町村史等を確認しましたところ,書翰集37及び24が紹介されていました。 詳細は回答プロセスをご覧ください。 回答プロセス:(1) 書簡集を翻刻した資料である『水戸義公(小城・鍋島侯あて)烈公(土浦・土屋侯あて)書翰集』を確認。 p.8-11 「生類憐みの令」に反対する光圀の見解と行為について解説あり。 引用されている書簡は,書翰集37(p.31-32に翻刻あり) 「下宦事忍忍ニ在郷へ参、鳥ヲねらひ申候。 公義へしれ申候ハハ鳥盗人之張本人、籠者之第一と笑敷存候。」 → 自粛でなく,故郷で狩りに出かけている。 (2) 市町村史を確認 『水戸市史 中巻1』 p.197-199に「生類憐みの令」に関連した記載あり。 p.198 「この書簡の本文では、ようやく鷹狩の時節になったが当年の殺生はいかがなされるつもりか、と問い、こちらの仲間は以前の通り行なうつもりだ、と報じている。」…引用されている書簡は,書翰集24((1)資料:p.20-21に翻刻あり) p.198-199には,別の書簡として,(1)で取り上げられている書翰集37も紹介されている。 (3) 光圀について書かれた図書を確認 『徳川光圀』 p.946-947の注に解説あり。 「幕府の生類憐みの令にも反対であった。…(略)…。また光圀が生類憐みの令に従わず、わざと狩に出て殺生したことや、…(略)…、近年、鍋島元武宛光圀書状(茨城県立図書館所蔵)で明らかとなった。」 参考資料:水戸義公(小城・鍋島侯あて)烈公(土浦・土屋侯あて)書翰集茨城県立図書館/編集茨城県立図書館, 参考資料:水戸市史中巻1水戸市史編さん委員会/編水戸市役所, 参考資料:徳川光圀鈴木 暎一(1939~)/著吉川弘文館, 備考:当初は,「水戸藩で鷹狩りが行なわれていたので自粛するよう促す内容の書簡はあるか」との質問であったが,光圀は生類憐みの令に反対する立場をとっていたので,質問者に再確認したところ,(2)の質問になった。

2008年前後に真壁伝承館建設に先立ち実施された真壁陣屋跡地発掘調査が実施されているが、これの公式な報告書(桜川市 または桜川市教育委員会 またはそれに準ずる組織が発行または編集に入っているもの)は存在しているか。(茨城県立図書館)

桜川市教育委員会生涯学習課に確認したところ,桜川市教育委員会では試掘の報告書を発行しておらず,本調査の報告書については,現在作成中とのことです。 調査の詳細については,回答プロセスをご覧ください。 回答プロセス:(1) いばらきデジタルまっぷにて,遺跡地図を確認。(住所:茨城県桜川市真壁町真壁198) 遺跡名:真壁陣屋跡  備考:H21試掘調査(2009) →試掘なので報告書はない可能性もあり。 http://www2.wagmap.jp/ibaraki/top/select.asp?dtp=34 [最終アクセス:2017/05/16] (2) OPACにて報告書を検索(検索語:真壁+調査報告) ・桜川市教育委員会発行「史跡真壁城跡発掘調査報告」のシリーズあり。   →「真壁陣屋跡」はなし。  ・検索結果をみると,試掘の報告書は1点もなし。 (3) インターネットを検索(検索語:真壁陣屋跡+調査報告) ・「江戸遺跡研究会会報 No.123」(2010.7,江戸遺跡研究会)に桜川教育委員会の越田真太郎氏が発表した「真壁陣屋跡の調査」掲載あり。 「江戸遺跡研究会会報 No.123」 http://edo.jpn.org/cyber/2010/edk123.pdf [最終アクセス:2017/05/16] (4) 桜川市教育委員会生涯学習課に電話にて確認 ・試掘では報告書を作成していない。 ・H21の試掘の後,本調査を実施したが,報告書は現在作成中のため,公刊されているものはない。

足のむくみの症状を調べたい。薬(アムロジン)の副作用による場合もあるらしいので,副作用についても調べたい。(茨城県立図書館)

(1) むくみについての図書・雑誌については,参考資料をご覧ください。  また,『家庭の医学』等の図書でも概要的なことは説明されています。こちらは「むくみ」という言葉でも検索できます。こちらは,何種類か図書がありますので,請求記号R598.3の書棚をご覧ください。 (2) 薬の副作用についても,参考資料をご覧ください。薬品名で検索できます。 回答プロセス:(1) webを検索(検索語:きょうの健康+むくみ) →NHKのきょうの健康のページに4/24(月)放送「ほうっておくと危ない!むくみ「リンパ浮腫」」→雑誌2017年4月号に記事あり。 (2) 当館所蔵データベースを検索(検索語:むくみ,浮腫) (3) 概要的なものであれば家庭向け医学書→請求記号:R598.3を案内 「むくみ」でも検索可能。 (4) 薬の副作用についての図書を検索(検索語:薬+副作用+分類49)→約200件あり→該当しそうなものをピックアップ 事前調査事項:NHKの「きょうの健康」でも取り上げていた。 参考資料:きょうの健康日本放送出版協会 2017年04月号, 参考資料:むくみの診かた松尾 汎/編集文光堂, 参考資料:イラストでわかるリンパ浮腫廣田 彰男/監修法研, 参考資料:リンパ浮腫小川 佳宏/著保健同人社, 参考資料:よくわかるリンパ浮腫のすべて光嶋 勲(1952~)/編著永井書店, 参考資料:今日の治療薬2012浦部 晶夫(1946~)/編集南江堂, 参考資料:メディクイックブック2015年版第1部金原出版, 参考資料:ナースのためのくすりの事典2014守安 洋子/著へるす出版, 備考:クイックレファレンス

茨城県の、とりわけ大子町で落人、落ち武者の伝説や客観的な歴史があれば知りたい。茨城県大子町には古分屋敷という地域に平家の落人が落ち延びたとの伝承もあるようだが、主な合戦のあった南北朝、戦国にかけての事例や、幕末期、天狗の乱で落ち延びた人々に関する記録があるかという点が知りたい。(茨城県立図書館)

古分屋敷について書かれているものはありましたが,落ち武者伝説を書いているものは見つかりませんでした。 (1) 『茨城県大子町西金の歴史考』(小野瀬 茂/著,〔小野瀬茂〕,2008)   http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I062966403-00 p.13-15 「西金に落ちのびた人達」の項で,p.13で「原書となるべきものに曖昧な点がある」と注釈がありますが,(2)の『家系本末鈔』に取り上げられている小諸・川合・後藤(2人)・細谷・西野・西ヶ谷の7氏を取り上げています。 p.15 「古分屋敷に残る,平家の落人の伝説も,こうした多くの背景があって,今に伝わっているのだと思います。」との記載あり。 (2) 『家系本末鈔』(佐川礼勝 著,佐川元之介,1900)   http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001894585-00 (国立国会図書館インターネット公開) 178-179コマ目が(1)で取り上げられている7氏の部分です。 (3) 『大子町史 通史編 上巻』(大子町史編さん委員会 編,大子町,1988)   http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001939514-00  p.203-292 佐竹氏,白川結城氏,山入氏等中世の大子の動きが記述されています。 p.645-679 「天狗諸生の争乱」に天狗側・諸生側の動きが記述されています。 (4) 『大子町史 資料編 上巻 (原始・古代・中世・近世)』(大子町,1984)   http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001723890-00  上記通史編上巻に対応する資料編です。「騒動」の項目に「天狗諸生」に関する資料がまとめられています。 (5) 『「元治甲子之変」天狗諸生之乱参加者氏名事蹟抄』(大子町史料 別冊6)(大子町史編さん委員会 編,大子町,1985)   http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001739745-00 天狗・諸生双方の参加者氏名と,その事績等をまとめた資料です。 回答プロセス:回答のとおり。 以下はその他確認資料。 ×『奥久慈膝くりげ』(石井良一 著,奥久慈郷土史刊行会,1953)   http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I063065363-00 p.172 「湯沢温泉」の項に「古分屋敷」が出てくるが,漆と弘法山についての記述で,落ち武者伝説についての記述ではない。 ×『大子の歴史散歩 南部編』(大子郷土史の会 編著,筑波書林,1992)   http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002204435-00 p.89-91 古分屋敷では,「古分屋敷の石仏」と「弘法堂と歌碑」の項があるが,落ち武者伝説については記述なし。 ×『大子の伝説』(石井良一 著,里仁堂書店,1983)   http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I062376141-00 ×『ほない歴史通信 第34号』(遊史の会,2005)  「漆掻き-男体山麓の古分屋敷を訪ねて」(菊池信也著)…漆掻きに関する記述のみ。 ×『ほない歴史通信 第44号』(遊史の会,2007)  「落武者の隠れ里、平畑は石工の里か」(飯村尋道著)…平家の落武者ではなく,応仁の乱の落武者鈴木監物についての記述だった。 ×『大子史林 第1~6号』 ×『大子町史研究 第1~14号』 ×『郷土の史実』 ×『茨城のむかし話』 ×『茨城の史跡と伝説』 ×『常陸の伝説』 ×『茨城県の民話と伝説』 ×『茨城の伝説』 ×『茨城の伝説』(日本の伝説37) ×『奥久慈の秘話 〔正〕・続・最終話』 ×『茨城の伝説』(001052203716) ×『平家伝説と隠れ里』(001001419884) 参考資料:大子町史通史編 上巻大子町史編さん委員会/編大子町, 参考資料:大子町史資料編 上巻大子町史編さん委員会/編大子町, 参考資料:大子町史料別冊6大子町史編さん委員会/編集大子町,

安政5年(1858年)に朝廷から幕末の戊午の密勅が水戸藩に下され、幕府から返納を迫られた際、高橋多一郎や金子孫二郎ら攘夷派の士民が長岡宿に集結(長岡屯集)、義民の人名として奥谷村百姓 安島嘉七郎の名が出ているものがあれば書名、頁数など知りたい。(茨城県立図書館)

(1) 『茨城町史 通史編』(茨城町史編さん委員会 編,茨城町,1995)   http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002397552-00 (国会,東京都立所蔵あり) p.478「安政の大獄と水戸藩」の節中「水戸藩士民の対応」,及び,p.481「長岡屯集と桜田門外の変」の節中「長岡屯集」に安島嘉七郎の名前が出てきます。いずれも出典は東京大学史料編纂所所蔵「勤王殉国事蹟」となっています。 (2) 「勤王殉国事蹟」はインターネットで公開されています。 東京大学史料編纂所→データベース検索→所蔵史料目録データベースで検索してください。23~60が茨城県です。 東京大学史料編纂所 https://www.hi.u-tokyo.ac.jp/ 『水戸市史 中巻(4)』,『水戸藩史料 上』,『桜田義挙録』の長岡屯集に関する部分も確認しましたが,安島嘉七郎の名前が出てくる資料はありませんでした。 回答プロセス:回答のとおり。 「勤王殉国事蹟」 茨城県関係は,2冊:1人目(茨城県),4~5冊:新治県,23~60冊:茨城県 その他確認資料 ×『水戸市史 中巻(4)』 p.1050-1076 「長岡屯集」 ×『水戸藩史料 上』 p.657-745 長岡屯集に関する部分 ×『桜田義挙録』 長岡屯集に関する部分 参考資料:茨城町史通史編茨城町史編さん委員会(茨城県)/編茨城町,

笠原水道の位置等を確認したい。光圀時代の絵図に描かれていないか,当時の絵図や,実際に通っていた所を探している。(茨城県立図書館)

下記の参考資料をご覧ください。 ・『笠原水道確認調査報告書』   p.3-4「史跡笠原水道指定図」ほか地域ごとの地図等もあり。   絵図はなし。 ・『水戸の水道史 第1巻』   巻頭図版及び付録に絵図あり。   第3~4章に笠原水道に関する記述あり。 ・『常陽藝文 1994年11月号』   p.1「笠原水道絵図」,p.3「笠原水道の暗渠埋設路及び遺構所在地」あり。 また,最新の報告書では次の資料もあります。 『水戸市埋蔵文化財調査報告第36集 笠原水道-第6次・10次・11次発掘調査報告書-』(水戸市教育委員会編,水戸市教育委員会,2010) 回答プロセス:(1) 笠原水道に書かれている図書を確認 ○『笠原水道確認調査報告書』 △『常陽藝文』 p.1「笠原水道絵図」,p.3「笠原水道の暗渠埋設路及び遺構所在地」あり。 →『笠原水道確認調査報告書』の埋設地地図が大きいので,そちらでいいとのこと。絵図はすでにご覧になっていた。 △『水戸の水道史 第1巻』 △『水戸市史 中巻(1)』p.374-402「笠原水道」 p.385「下水道配管」 (2) 当館所蔵絵図を確認 ×「正保城絵図 水戸城」 → 千波湖の南側は詳細に描かれていない。 資料番号:001052597208 ×デジタルライブラリー掲載の絵図 → 上記同様,千波湖の南側は図示されていない。 ×「〔水戸地図〕」 資料番号:001051354890 (3) 笠原水道に関する新しい報告書を案内。 参考資料:笠原水道確認調査報告書水戸市教育委員会/編水戸市教育委員会, 参考資料:常陽藝文常陽藝文センター 1994年11月01日号, (p.1-10 藝文風土記:水戸城下を潤した上水道) 参考資料:水戸の水道史第1巻水戸市水道部水道史編さん委員会/編水戸市水道部, 参考資料:水戸市史中巻1水戸市史編さん委員会/編水戸市役所, 参考資料:笠原水道水戸市教育委員会/編集水戸市教育委員会,

1 廃藩置県前の茨城県域にあった藩が支配していた領域がわかる地図を知りたい。 2 廃藩置県前後に定められた県の境界がわかる地図を知りたい。(茨城県立図書館)

1 廃藩置県前の茨城県域にあった藩が支配していた領域がわかる地図 ・『茨城県史料 維新編』 巻末に「徳川幕府末世ニ於ケル茨城県管内情勢一覧図」があります。 2 廃藩置県前後に定められた県の境界がわかる地図 ・『角川日本地名大辞典 8 (茨城県)』 裏見返しに「茨城県行政区画変遷要図」があります。上記1で紹介した「徳川幕府末世ニ於ケル茨城県管内情勢一覧図」を元に区域を示しています。 なお,国立国会図書館レファレンス協同データベースに掲載の事例もご覧ください。 「廃藩置県前の茨城県内にどのような藩があったか知りたい」 http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000026696 参考資料:茨城県史料維新編茨城県史編さん幕末維新史部会/編茨城県, 参考資料:角川日本地名大辞典8「角川日本地名大辞典」編纂委員会/編角川書店, 参考資料:徳川幕府末世ニ於ケル茨城県管内情勢一覧図作者不明〔製作者不明〕, 備考:1,2の引用元となっている「徳川幕府末世ニ於ケル茨城県管内情勢一覧図」は,茨城県立図書館所蔵。

ページ