レファレンス協同データベース新着事例

0~2歳児向けの、見て楽しめる出し物(神奈川県学校図書館員研究会)

3年選択「子どもの発達と保育」の実習で、保育関連施設にて0~2歳児向けの「出しもの」を生徒が行う。幼児と一緒にゲームなどで遊ぶ、というよりは、見て楽しんでもらうようなもの。〈少ない時間ですぐできる〉〈見て楽しめる〉系の出しもの・レクが紹介されている本。 『保育で役立つ!0~5歳児の手あそび・うたあそび』阿部直美編 ナツメ社 2016 『ちょっとの用意でサクッとできるパッとかんたん!保育あそび』井上明美編著 自由現代社 2015 『ペープサート大百科 低年齢児 集会 おりがみ クイズ・ゲーム 生活習慣 行事 お話』阿部恵著 ひかりのくに 2014 *紹介されている35作品の型紙がついている。折り紙で作るタイプなどもあり。 『イラストでよくわかる0~6歳児の発達と保育』金子智栄子監修 成美堂出版 2013 *0歳児は3カ月ごと、1歳からは半年ごとの遊びがいくつかづつ紹介されている。体験型が多いが、比較的簡単ではないか。 『あそびうた大全集200 手あそび・体あそび・わらべうたがいっぱい』細田淳子編著 永岡書店 2013 *楽譜と身振りのイラストに、対象年齢や適した場面などの情報つき 『わくわくエプロンシアター』中谷真弓著 チャイルド本社 2013 *型紙付き 『0歳から遊べる だいすき!手遊び指遊び』斎藤二三子著 鈴木出版 2011 *CDつき 『PriPri中谷真弓のエプロンシアター 乳児から幼児まで!』中谷真弓著 世界文化社 2010 *型紙付き 『出し物たっぷりネタ帳』阿部恵編著 ひかりのくに 2009  *ペープサート、パネルシアター、職員劇、手遊び、マジックなど 『手あそび百科 「いつ」「どのように」使えるかがわかる!! 』植田光子編著 ひかりのくに 2006 『ベビーサインで楽しく遊ぼう 赤ちゃんとお手てで話そうプレイブック』吉中みちる・まさくに著 実業之日本社 2004 *手を使ったサインで赤ちゃんとコミュニケーションを取ろう、という内容。替え歌に手でジェスチャーをつけて遊ぶという章があり、12曲くらい載っている。 参考資料:阿部直美 編著 , 阿部, 直美. 保育で役立つ!0~5歳児の手あそび・うたあそび. ナツメ社, 2016. (ナツメ社保育シリーズ) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I027144697-00, 9784816360091 参考資料:井上 明美/編著 , イシグロ フミカ/イラスト. ちょっとの用意でサクッとできるパッとかんたん!保育あそび. 自由現代社(発売), 2015-07. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I068295311-00, 9784798220499 参考資料:阿部恵 著 , 阿部, 恵. ペープサート大百科 : 低年齢児 集会 おりがみ クイズ・ゲーム 生活習慣 行事 お話. ひかりのくに, 2014. (ひかりのくに保育ブックス) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I025846322-00, 9784564608544 参考資料:金子智栄子 監修 , 金子, 智栄子, 1955-. イラストでよくわかる0~6歳児の発達と保育. 成美堂出版, 2013. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I024711083-00, 9784415315225 参考資料:細田淳子 編著 , 細田, 淳子, 1954-. あそびうた大全集200 : 手あそび・体あそび・わらべうたがいっぱい : 簡易ピアノ伴奏つき. 永岡書店, 2013. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I024241548-00, 9784522430958 参考資料:中谷真弓 著 , 中谷, 真弓, 1944-. わくわくエプロンシアター. チャイルド本社, 2013. (potブックス) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I024670860-00, 9784805402153 参考資料:斎藤二三子 著 , 斎藤, 二三子. だいすき!手遊び指遊び : 0歳から遊べる. 鈴木出版, 2011. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011111047-00, 9784790272281 参考資料:中谷真弓 著 , 中谷, 真弓, 1944-. Pripri中谷真弓のエプロンシアター : 乳児から幼児まで!. 世界文化社, 2010. (Pripriブックス) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010918081-00, 9784418108015 参考資料:阿部恵 編著 , 阿部, 恵. 出し物たっぷりネタ帳. ひかりのくに, 2009. (ハッピー保育books ; 4) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010586802-00, 9784564607523 参考資料:植田光子 編著 , 植田, 光子. 手あそび百科 : 「いつ」「どのように」使えるかがわかる!! : 場面・年齢に応じて遊べる充実122曲. ひかりのくに, 2006. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000008128562-00, 4564603833 参考資料:吉中みちる・まさくに 著 , 吉中, みちる. ベビーサインで楽しく遊ぼう : 赤ちゃんとお手てで話そう : プレイブック. 実業之日本社, 2004. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007459679-00, 4408395625

ゴクラク鳥の載っている図鑑を探している。(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

・『日本大百科全書』20(153239764 R03/ニ)   ・『鳥 (ジュニア学研の図鑑 5)』(156465689 488/ト) 回答プロセス:ゴクラクチョウを描くために、それが載っている図鑑を探している。 一般用よりシンプルで分かりやすいので児童用の図鑑がよい、とのこと。 ①児童用の図鑑を案内するが、どの図鑑にも記載なし。 ②「ゴクラクチョウ」の他に正式名があるかもしれないと考え、『日本大百科全書』を調べる。   ゴクラクチョウ=フウチョウと判明。  「ゴクラクチョウの語は、狭義にオオフウチョウ類だけをさす場合や、ニワシドリ類を含めて広義に使われたりすることもある」と記載。 ③『鳥 (ジュニア学研の図鑑 5)』の「ニューギニアの鳥」項目にフウチョウ科の鳥が写真で数種掲載。  同ページのコラムに「フウチョウはゴクラクチョウ(極楽鳥)ともよばれます。フウチョウのなかまは43種が知られています。」と記載されていた。

石田三成(1560-1600)の少年期のエピソードに「三献茶」というものがある。この「茶」は「抹茶」か「煎茶」か「白湯」なのか知りたい。(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

逸話なので実際にあったできごとなのか分からないが、「抹茶」ではないかと思われる。 回答プロセス:Ⅰ.逸話事典・評伝をあたる。 ①『日本逸話大事典 第一巻』(人物往来社)R281/N/1   『武将感状記』からの引用の形で、三成の献茶のエピソードが紹介されている。 石田三成はある寺の童子也。秀吉一日放鷹に出で喉乾く。其の寺に至りて、誰かある茶を点じて来たれと所望あり。石田大なる茶碗に、七八分にぬるくたてゝ持ちまゐる。秀吉飲レ之舌を鳴らし、気味よし、今一服とあれば、又、たてゝ捧レ之。前よりは少し熱くして、茶碗半にたらず。秀吉飲レ之、又試に今一服とある時、石田此度は小茶碗に少し許なるほど熱くたてゝ出る。秀吉飲レ之、其の気のはたらきを感じ、住持にこひ、近侍に使レ之に才あり、次第に取り立て奉行職を授けられぬと云へり。 (「石田三成、点茶の手際から出世」) ②『石田三成』(今井 林太郎/著、吉川弘文館)289.1/I   人物叢書のシリーズ。石田三成の人物伝。①同様『武将感状記』からの引用や前後の時期の逸話も紹介している。 ③『石田三成』(桑田 忠親/著、中央公論新社)B289.1/I   上記逸話については現代語に直しかみくだいた文章で紹介している。献茶の部分については「抹茶」と記述している。 Ⅱ.上記引用文中の語について 「点じる/点てる」(古くは「立てる」… 泡立てること → 抹茶  「淹れる」「煎じる」… 煎茶 Ⅲ.茶についての文献より ① 『茶の文化史』(村井 康彦/著、岩波書店)書庫 791.2/C ② 『煎茶への招待』(小川 後楽/著、日本放送出版協会)791/S ③ 『禅と茶の文化』(古田 紹欽/著、読売新聞社)書庫 791/Z ④ 『日本茶の事典』(スタジオタッククリエイティブ)596.7/N ⑤ 『新訳 茶の本』(岡倉 覚三/著、木下 長宏/訳・解説、明石書店)791/S ⑥ 『中国喫茶文化史』(布目 潮渢/著、岩波書店)383.8/C ⑦ 『栄西 喫茶養生記』(古田 紹欽/著、講談社)383.8/K などから、茶の歴史についておおまかに述べますと、 茶はもともと眠気さましなどの薬として服用されていたそうで、中国では3世紀ごろから「団茶」という形で飲まれるようになりました。その後12世紀ごろからは「泡立てて(点てて)」飲む=「抹茶」として嗜まれるようになり、禅宗の修行において欠かせないものとされるようになります。その後16世紀までに「煎茶」の製法が確立され「抹茶」に取って代わり普及します。 一方、日本では、9世紀に遣唐使が中国より持ち帰りましたが(団茶)、当時は普及するところまではいかず、12世紀に宋に留学していた栄西が禅宗と共にふたたび茶(抹茶)を持ち帰り広めたと言われます。それで日本の禅宗でも修行の一つとして喫茶儀礼をおこなっていました。その後、他の宗派の寺でも茶を取り入れるようになります。13世紀ごろには病人に薬として茶を施すということもおこなっていました。その後茶の湯が行われるようになります(抹茶)。「煎茶」が中国より伝わるのは17世紀なかば、普及するのは18世紀です。 以上のことから、石田三成の時代に日本で普及していたのは「抹茶」であり、三成が秀吉に献じたものも「抹茶」ではないかと推測できます。

江戸時代の姫路城の古地図が見たい。(姫路城城下町の家主を探している)(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

『姫路市史 第11巻上』史料編 155874316 保存H216.4/H 『姫路の町名』155627301 集密H291.6/H 『姫路城史 下巻』153027859 集密H216.4/H 回答プロセス:最初は「姫路城の歴史について」とのご質問。 レファレンスインタビューにて、家主をお探しとのことが判明。 『姫路の町名』155627301 集密H291.6/H にて、町名より場所を確認。(姫路城から見てどの辺りの位置か) 『姫路市史 第11巻上』史料編 155874316 保存H216.4/H 文化3年(1806)の城下町絵図にて、位置関係から該当家主を見つける。※解読図あり 最初に参考でお渡しした『姫路城史 下巻』153027859 集密H216.4/H には、「酒井家の家士」が一覧であり(p302~)、該当箇所を複写して帰られました。 ※姫路市史にある付図は解読図がついているので見やすい!

日本国旗の正式な寸法(cm,mm)を知りたい。(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

cmやmm単位では定められていない。 「国旗及び国家に関する法律」(平成11年施行)によると縦の長さは横の三分の二、当分の間は縦の長さが横の十分の七でも可とされている。 回答プロセス:・『世界の国旗ビジュアル大事典』(吹浦忠正/著、学研教育出版)、『日の丸の履歴書』(吹浦忠正/著、文芸春秋)等、国旗に関する本を調べたが寸法の記載なし。 ・法律で定められていると推測して『六法全書 平成26年版1(井上正仁/編集代表、有斐閣)』を調査。 p.50「国旗及び国歌に関する法律」(平成11年8月13日施行)によると 「第一条②日章旗の制式は、別記第一のとおりとする。  別記第一(第一条関係)  日章旗の制定  一 寸法の割合及び日章の位置    縦  横の三分の二    日章 ~(略)  附則  日章旗の制定については、当分の間、別記第一の規定にかかわらず、寸法の割合について縦を横の十分の七とし、かつ、日章の中心の位置について~(略)」 と定められていた。 参考資料:六法全書,

カフェでな、お隣から聞こえてきた話は本当か知りたいねんけど教えてくれる? 阪急電車はかつて京阪電車だった。京阪電車の京都線を買い取ったため、京阪神急行電鉄と言う名だった。(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

レファ協事例をチェック。 ・「京阪電鉄について 昭和18年10月1日 阪神急行電鉄(現阪急電鉄)と合併、昭和24年12月1日に分離した事についてのいきさつを知りたい。またその理由が記載されている資料があればあわせて教えてください。」大阪府立中央図書館 (http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000001731 ) 阪急電鉄でキーワード検索。 ・阪急電鉄とは(http://kotobank.jp/word/%E9%98%AA%E6%80%A5%E9%9B%BB%E9%89%84 ) ブリタニカ国際百科事典より 私鉄会社。 1907年箕面有馬電気軌道設立,18年阪神急行電鉄と改称。 20年神戸線,伊丹線開業。 25年梅田駅に阪急マーケット (阪急百貨店の前身) を直営する。 43年京阪電気鉄道を合併し京阪神急行電鉄と改称。 ・『世界大百科事典 23 改訂新版』平凡社 2007年 「阪急電鉄」の項目では、「1943年に阪神急行電鉄と京阪電気鉄道は合併して京阪神急行電鉄となった。1973年現会社名に改称。」とある。 「京阪電気鉄道」の項目では、「1943年阪神急行電鉄と合併して京阪神急行電鉄となったが、49年に分離して現在の京阪電気鉄道を組織。」とある。 ・京阪電気鉄道とは(http://kotobank.jp/word/%E4%BA%AC%E9%98%AA%E9%9B%BB%E6%B0%97%E9%89%84%E9%81%93 ) ブリタニカ国際百科事典より 私鉄会社。 1906年京阪電気鉄道設立。 10年京阪本線 (天満橋-五条) 営業開始。 43年阪神急行電鉄と合併して京阪神急行電鉄 (現阪急電鉄 ) となったが,49年同社から旧京阪電気鉄道の路線を分離して現社設立。 ・京阪神急行電鉄とは(http://kotobank.jp/word/%E4%BA%AC%E9%98%AA%E7%A5%9E%E6%80%A5%E8%A1%8C%E9%9B%BB%E9%89%84 ) いずれの資料も「合併して」となっている。「買収」ではなかったのか他の本も引き続き確認。 ・『京阪神急行電鉄五十年史』京阪神急行電鉄 1959年 p25 京阪神急行電鉄時代 阪急と京阪との合併 p27京阪電鉄の分離 p47阪急と京阪の合併 より抜粋 ~昭和18年10月1日。「京阪電気鉄道株式会社」を合併、社名を「京阪神急行電鉄株式会社」と改め、新たに京阪線・新京阪線・大津線を加えることとなった。~ ・『75年のあゆみ 記述編:阪急電鉄』阪急電鉄 1982年 p23~ 京阪神急行電鉄の設立 p24抜粋~昭和17年10月、当社と京阪電気鉄道に対し、鉄道省から合併に関する正式の勧奨があった。これは実質的に合併命令に等しいものであった。そのため、ただちに両社で協議に入り、昭和18年6月26日、正式に契約書に調印、7月20日に両社それぞれ臨時株主総会を開いて承認を得、同年10月1日、合併した。~ p245抜粋~昭和24年(1949)12.1 京阪電気鉄道株式会社を設立、これに営業の一部を譲渡(京阪線、京津線、石山坂本線、宇治線、交野線) ・『鉄路五十年』京阪電気鉄道 1960年 合併前の上申書や契約書などの全文を記載。 アクセス:2014.08.15

「松島や ああ松島や 松島や」は松尾芭蕉の俳句か(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

松尾芭蕉ではなく、相模(神奈川県)の田原坊の作と思われる。 『松島(嶋)図誌』(桜田周甫 文永三年)に田原坊の「松島や さて松島や 松島や」という吟が収められていたが、 風景のあまりの美しさに句を詠めなかったという松尾芭蕉の話も同時に掲載されたため、当句の詠み人=松尾芭蕉と混同して今に伝えられているのかもしれない。 なお、芭蕉は松島で「島々や千々にくだきて夏の海」という句を詠んでいる。 回答プロセス:・『芭蕉全発句』(山本健吉/〔著〕、講談社)  『芭蕉秀句』(山口誓子/著、春秋社)  索引から調べるがいずれも該当句はなし。 ・『ら・ら・ら「奥の細道」』(黛まどか/著、光文社)p.42  「松島や~が芭蕉の句だと信じている人が意外と多いのだけれど、芭蕉の名誉のためにもこれは断じて彼の句ではありません!と念を押しておきますね」 ・『おくのほそ道-解釈と研究-』(井上豊/著、古川書房)p.177 「芭蕉の作と伝えられる『松島や』の句については、木村架空の『新釈』(『新釈奥の細道』明治29年)に『俗書に伝へる松島や~の句は、桜田周甫の松島図誌に、相模の人、田原坊の吟として載せてあり、ああはさてとなって居る。『さての方大いに好し』とある」 ・『芭蕉はどんな旅をしたのか』(金森敦子/著、晶文社)p.203 「芭蕉がこのような句を吟じた事実はなく、1821年(文政四年)に出された『松島図誌』には相模の田原坊の吟とあり、「ああ」は「さて」となっているという」 ・『奥の細道行脚』(櫻井武次郎/著、岩波書店)p.73~ 「ところで、芭蕉が松島で句を作れず、 ああ松島や松島やとつぶやいたという話がある。先に掲げたように松島で芭蕉は作句している(島々や千々にくだきて夏の海)のだが、『奥の細道』には記さないので、このような話が生まれたのだろうか。復本一郎氏の教示によれば、『松嶋図誌』(文政三年)という本に、松嶋や~さてまつしまや~(相模州田原坊)の句を収め、その後に来た芭蕉が、風景のあまりの美しさに句を読めなかったという話を載せる。直接かどうかは分からないが、この記事を混同して「ああ松島や」の話が生まれたのかもしれない」 参考資料:奥の細道行脚, 参考資料:おくのほそ道-解釈と研究-, 参考資料:芭蕉はどんな旅をしたのか,

第二次世界大戦中のドイツはどのように石油を供給していたのか。(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

ルーマニアのプロイエスティ油田を主とした輸入および国内産の合成石油が使われていた。 回答プロセス:質問者によると、ドイツは石油の乏しい国で、大戦時は軍用機燃料をどこから調達していたのか疑問だとのこと。 『世界史年表・地図』(亀井高孝ほか/編、吉川弘文館)p.80より、第二次世界大戦が1939~1945年の出来事であることを確認。 書架でドイツの歴史に関する本を探す。 ・『ドイツ史 3』(成瀬治ほか/編、山川出版社)p.233~236  「軍需景気拡大による工業原料輸入は激増」  「輸入原燃料節約のための、代用原燃料あるいは国内産原燃料の生産が大きな政治問題として浮上することになった」  「I.G.ファルベン社長カール・クラウホは1933年9月に合成石油生産についての四ヵ年計画を航空省に提出」  「ヒトラーは(1936年)8月に四ヵ年計画の覚書を作成した。覚書が参考にしたのは、(略)クラウホの作成した国内産原燃料諸計画であった」  「覚書は(略)合成石油生産体制の18ヶ月以内の完成(略)などを要求していた」 1933~1936年頃に合成石油の生産計画があったことは分かるが、第二次世界大戦時に利用されていたかは不明。 書架で石油に関する本を探す。 ・『石油戦争』(落合信彦/著、集英社)p.42、59  「油の持つ軍事的必要性に気付いたのはドイツだった。しかし(略)ドイツ本国内には油の出る可能性はゼロに等しかった。産油国といえば(略)ドイツの潜在的敵国ばかりだった」  「第一次大戦の(略)連合国側にアメリカという石油のソースがあったのに較べて、ドイツにはそれがなかった。彼らのソースは主としてルーマニアのプロエスティ油田だったが(略)」 第一次世界大戦時はルーマニアのプロエスティ油田が利用されていたか。 書架でルーマニアの歴史に関する本を探す。 ・『ルーマニアを知るための60章』(六鹿茂夫/著、明石書店)p.322  「1939年3月、ルーマニアはドイツと通商協定を締結した。(略)ルーマニアに期待したのは、石油供給基地としての役割であって(略)ルーマニア石油産業をナチスが支配する体制が整っていった。ナチスの対ルーマニア石油政策は(略)『略奪的』なものであった」 ・『石油の世紀 上』(ダニエル・ヤーギン/著、日本放送出版協会)p.558 「プロイエスティ油田は、ソ連を除くと当時ヨーロッパ最大の石油生産地帯であり、(略)ドイツはプロイエスティ油田に深く依存していた。1940年ドイツの全石油輸入量のうち58%はこの油田からのものだった」 通商協定が1939年、全石油輸入量の調査が1940年で、第二次世界大戦時もプロエスティ油田が利用されていたと思われる。 ・『石油の世紀 上』p.550~556 「石炭から合成石油を作り出そうという先駆的な試みは第一次大戦前からドイツで始まっていた。(略)外国への石油依存が危険であり、ドイツ自身の石油生産を拡大しなければならない」 「I.G.ファルベンは、ナチスの理念のもとで合成石油の生産を進めていった」 「1940年までに合成石油の生産は急増し、日産七万二〇〇〇バレルに達した。これはドイツにおける石油の全供給量の46%にのぼっていた。軍事面に限れば、合成石油の成功は一層明らかだった。航空用ガソリンの実に95%が、水素添加法によって生産されていた。合成石油がなければ、空軍が力を発揮することはできなかっただろう」 第二次世界大戦時も合成石油が利用されていたことが分かる。 以上より、当時のドイツの石油供給元はルーマニア・プロイエスティ油田からの輸入と合成石油と思われる。 参考資料:石油の世紀, 参考資料:ドイツ史, 参考資料:ルーマニアを知るための60章,

「ききなし」が紹介されている本を見たい。 以前にも借りたことがあるとのこと。(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

①『野鳥雑記』(柳田國男全集第12巻)柳田 国男/著、筑摩書房(380.8/Y/12) ②『動物民俗Ⅰ』(ものと人間の文化史)長澤 武/著、法政大学出版局(382.1/D/1) ③『ちんちん千鳥のなく声は』山口 仲美/著、大修館書店(文庫は講談社)(810.4/C) 回答プロセス:●『広辞苑』にて。 【聞き做し】②鳥のさえずりなどの節まわしを、それに似たことばで置き換えること。コノハズクの「仏法僧」、ホオジロの「一筆啓上仕り候」、ツバメの「土喰うて虫喰うて口渋い」など。 ●資料検索:書名「ききなし」 → 所蔵なし a『聞做草子』藪柑子 実/著、朝陽会(480.4) b『シリーズことばの世界 第4巻』日本口承文芸学会/編、三弥井書店(388)  → 他市所蔵館にて調査。 a 鳥獣・虫魚・天地風水と章立てて聞き做しに類する言葉を紹介・解説する。   必ずしも「聞き做し」といえるものばかりではない。 b 口承文芸(うた、ことばあそび、造語など)について。聞き做しについても若干記述あり。 c 『飛騨の鳥』『飛騨の鳥 続』川口 孫治郎/著、名著出版   飛騨の鳥について。聞き做しも紹介。 d 『小さき者の声』柳田 國男/著、角川書店   収録の「野鳥雑記」に鳥の鳴き声の聞き做しを多数紹介。 ●書誌情報を参考に、擬音語・擬声語の本、鳥類・昆虫類の生態の本を調査。

万葉集の歌の現代語訳が知りたい。 ・「あしひきの 山さくら花 ひならべて かくさきたらば いとこひめやも」(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

・『新日本古典文学大系 別巻〔5〕万葉集索引』岩波書店 2004年 より、万葉集全20巻の何巻に収められていて、何番目の歌に該当するかを確認します。 p22を見ると、「あしひきのやまさくらばな」 で始まる歌は8巻の1425番か17巻の3970番に該当することが分かりました。 ・『新日本古典文学大系 2 万葉集』岩波書店 2000年 に「あしひきの」の現代語訳収録あり。1425番の方でした。 作者は山部宿祢赤人(やまべのすくねあかひと)とのことです。 ・原文 「足比奇乃 山桜花 日並而 如是開有者 甚恋目夜裳」 ・訓読文 「あしひきの山桜花日並べてかく咲きたらばはだ恋ひめやも」 ・現代語訳 「(あしひきの)山の桜の花が、これから何日も今のように咲いているのなら、こんなにひどく心惹かれることはないだろうに。」  質問の現代語訳が載っていましたが、よく見ると、質問にあった「いとこひめやも」が「はだこひめやも」と記載されていました。解説を見ると、結句「甚恋目夜裳」は、「波太古非米夜母」(4051)にならって「はだこひめやも」と訓む説(『完訳日本の古典万葉集』)に従う。ここの「恋ふ」は、対象を目にしながらなお飽き足りなく思う意。とありました。 他の本ではどのように訓読されているのか、更に『万葉集私注 4 新訂版 巻第7.巻第8』筑摩書房 1976年 を確認すると、「いとこひめやも」と記載されていました。 この本は万葉集の8巻にあたります。 ・訓読文 「あしひきの山櫻花日竝べてかく咲きたらばいと戀ひめやも」 ・現代語訳 「山櫻の花が、幾日も幾日も、長く咲いて居るならば、かうひどくその花を恋ひ思ふであらうか。さうはすまい。」 どうやら訓読文にする際、「甚」が「いと」や「はだ」と読まれたようです。 ちなみに『新日本古典文学大系 4 万葉集』には3970番の歌が。 ・原文 「安之比奇能 夜麻左久良婆奈 比等目太尓 伎美等之見氐婆 安礼古非米夜母」 ・訓読文 「あしひきの山桜花一目だに君とし見てば我恋ひめやも」 ・現代語訳 「(あしひきの)山に咲いている桜花を、一目だけでもあなたと見られたら、こんなに恋しく思うでしょうか。」 ・『現代語訳日本の古典 2 万葉集』学研 1980年 には収録なしでした。

「シャントゥーズ」という言葉の意味を知りたい。(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

「シャントゥーズ」…フランス語「chanteurse」。女性のシャンソン歌手。 回答プロセス:・『ニッポン・シャンソンの歴史』(菊村紀彦/著、雄山閣出版)p.199「シャンソンを歌うシャントゥーズ」など、本書に「シャントゥーズ」という単語が頻出する。 シャンソン関連用語で「歌う」ことからシャンソン歌手と推測。 ・「シャンソン」と「シャントゥーズ」をキーワードに『標準音楽辞典』(音楽之友社)、『広辞苑』(新村出/編、岩波書店)など国語辞典を調べる。 シャントゥーズについての記述はなかった。 ・『日本大百科全書11』(小学館)p.421「シャンソン(シャンソンの種類)」の項目に 「7.シャンソン・レアリスト (現実的なシャンソンをレパートリーとする)女性歌手をシャントゥーズ・レアリスト、男性ならばシャントゥール・レアリストという」という記述がある。言葉の意味を考えると「シャントゥーズ」は女性名詞か。 ・『クラウン仏和辞典 第5版』(三省堂)で「シャントゥーズ」を調べるが、綴りが不明のため、まず「シャンソン」(chanson)を引く。 同237ページに「シャントゥール・シャントゥーズ」(chanteur(se))を発見。「名詞。歌手」と記述あり。 本書の「使用上の注意」によれば( )内の表記は女性形。 よって「歌手」の女性形。 ・後日『ニッポン・シャンソンの歴史』を再確認。p.2「シャンソン歌手の表現は次のように統一した。女性→シャントゥーズ」という記述がある。 参考資料:ニッポン・シャンソンの歴史, 参考資料:日本大百科全書, 参考資料:クラウン仏和辞典,

赤穂浪士の大高源吾と俳人の鬼貫は交流があったのか。(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

大高源吾が出版した句集『二つ竹』に、源吾が鬼貫宅で一泊したこと、お互いの俳号を詠み入れた交換句を作ったことが書かれており、交流はあったと思われる。 回答プロセス:・『忠臣蔵四十七義士全名鑑』(中央義士会/監修、小池書院)p.172「大高源五忠雄」の項を引く。  「俳句が得意で、子葉と号す」  「俳人」  「句集『二つ竹』を出版。当代俳壇の大家(略)鬼貫などそうそうたる俳人が句を寄せ」 ・書架で鬼貫関連の本を探す。  『上嶋鬼貫』(桜井武次郎/著、新典社)p.141に大高源吾の来訪のことが書かれていた。  元禄十四年秋、大高源吾が故郷に帰っていた知人を見舞い、その帰りに伊丹に来て鬼貫のところで一泊したこと、  その折に両人が「かく山を引ツたてて咲しをに哉」(子葉/大高源吾)、「月はなし雨にて萩はしほれたり」(鬼貫)と句を詠んだこと  『二ッの竹(二つ竹)』の中にそれが記されていること が分かる。 ・『文学碑をたずねて』(菊池靜二/編、伊丹市文化財保存協会)p.107に句の解釈あり。  源吾の句「山を一段と際立たせるようにしてその頂上に咲いているしおに―紫苑、そのように、そびえ立つ伊丹俳壇の頂点として他の草を圧しているしおに―鬼貫であるよ」  鬼貫の句「今夜は折あしく、さす月影もなく、萩は雨に打たれて、ぐったりと生気を失ってしお(子葉)れていることだ」  源吾の句『しをに』が鬼貫、鬼貫の句『しほ』が子葉(大高源吾)を指しており、鬼貫の目には源吾が長年の苦労でくたびれてみえたのかもしれない と解説されている。 以上より、大高源吾と鬼貫に交流があったことは確かだと思われる。 ※伊丹市立博物館より情報提供。 ・『伊丹市史 第6巻』(伊丹市史編纂専門委員会/編、伊丹市)p.23に大高源吾(子葉)が伊丹に来て鬼貫家を来訪した記述がある。 ・『伊丹文芸資料(伊丹資料叢書1)』(岡田利兵衛/編、伊丹市役所)P.387、432には「『俳諧二ッ竹』子葉(抄)」として『二ッの竹』の抄出や解説もある。 参考資料:上嶋鬼貫, 参考資料:文学碑をたずねて, 参考資料:忠臣蔵四十七義士全名鑑, 寄与者:伊丹市立博物館

「白雪」のお酒が将軍に献上されたと聞いたがどの将軍の時に?(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

「白雪」が将軍に献上されていたことは確認できなかったが禁裏調貢(宮内庁御用達)の御銘だったようだ。 回答プロセス:①「白雪」は伊丹市の酒造メーカーのため『伊丹酒造家史料』(伊丹市立博物館編集 伊丹市役所発行)を参照      →下巻 p836に「元文五年 伊丹酒が将軍家の御膳酒となる」とあり ②元文五年の将軍を調べるため『日本史年表・地図 第19版』(児玉幸多/編 吉川弘文館)を参照   →8代将軍 徳川吉宗と判明 ③伊丹酒ではどこの酒造家かわからないため他の資料をあたる ・『酒の町伊丹 旧岡田家住宅・酒蔵築330年記念事業』(伊丹市立博物館/編集)   →P3「「剣菱」(坂上氏=津国屋)、「男山」(山元氏=木綿屋)、「菊印」(八尾氏=紙屋)などが将軍家の御膳酒に選ばれています」とあり。   ・『伊丹 城と酒と俳諧と』(安達文昭/著 檸檬社)   →P91に「元文元年(1740)には、伊丹産の「剣菱」「男山」「菊剣菱」が、徳川将軍家の御膳酒に指定された。さらに『摂津名所図会』(1798年刊)    は、「禁裏調貢(きんりみつぎ)の御銘」として、「老松」「富士白雪(ふじのしらゆき)」(現「白雪」)「菊名酒」の有名銘柄を特筆している。禁   裏調具とは、さしずめ宮内庁御用達の意である。」とあり。

御願塚古墳の歴史・名前の由来・誰が祀られているのか記載されている資料を教えてほしい。 また、震災後、いろんな団体が運動をして?修復に予算がおりたそうだが、その過程がわかるものがあればそれも教えてほしい。(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

・『角川 日本地名大辞典 兵庫28』 p604に御願塚古墳の掲載があります。 【相互貸借貸出可の資料】全て館外貸出可です。 ・『伊丹市史 第1巻』昭和46年3月 p137-198「古墳時代の伊丹」の章に御願塚古墳のことが語られています。 ・『伊丹の文化財』平成7年3月   p46-47 御願塚古墳の全景と古墳航空写真がカラー写真であり習壕復元図もあります。古墳について500文字程度の説明があります。 ・『文化財を訪ねて』平成17年2月   p81-82 『伊丹の文化財』に説明されている内容に加え墳頂部に建てられている南神社の説明があります。 ・『地域研究いたみ 第15号』昭和63年3月   p29-47 御願塚の地名とその由来について書かれています。 ・『伊丹市埋蔵文化財調査概報Ⅱ』1993年3月   1冊で26p。御願塚古墳外堤部の調査報告です。 ・『伊丹市埋蔵文化財調査概報Ⅲ』1994年3月   p23-28 御願塚古墳発掘の調査報告です。 ・『伊丹市埋蔵文化財調査報告書』1999年3月   p61-64 御願塚古墳発掘の調査報告です。 ・『御願塚古墳発掘調査報告書』2008年   1冊で126p、図版29p。御願塚古墳の発掘の調査報告です。 市教委による古墳の保全工事と周辺部の史跡公園化工事につきましては教育委員会事務局生涯学習部社会教育課のナカグロが担当しております。 問い合わせ:伊丹市役所4階 tel:072-784-8090 追記 ・『伊丹市一般会計歳入・歳出決算附属書類』、『決算に関する報告書』の平成9-12年度は金額のみあり。 ・『ニュース抄録』、『広報伊丹』に1999.07.15の御願塚竣工式記事あり。

動物の本はありますか。(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

動物の本、ありますよ! ただし、動物に関する本は何か所かの本棚に分かれています。 動物学の本棚に『先生、モモンガの風呂に入ってください!』や『ムササビに会いたい!』。分類番号は480です。 畜産業とペットの本棚に『世界屠畜紀行』や『幸せなフェレットの育て方』。分類番号は640です。 写真集の本棚に『キタキツネの贈りもの』など。分類番号は748。 分類番号が異なると、異なる本棚に配置しています。 『アニマル・セラピー』であれば心理学、『逢いたくなっちゃだめ』といった俳句とコラボした猫の写真集が文学のジャンルになっていたりします。 児童書であれば写真がメインの動物学の本も豊富です。 絵本の本棚に『おおきくなあれ -Watch me grow-』シリーズのような写真絵本もあります。 お話を詳しく伺うと、虎にまつわる言葉が載っている本が見たいとのことでした。 それでしたら、言語の本棚と参考図書のコーナーにありそうです。分類番号は800です。 東郷吉男/著、上野信太郎/著『動植物ことば辞典』東京堂出版 2006年 参考図書813.1D(件名:日本語-辞典、動物、植物)に「虎の巻」、「虎は千里を行きて千里を帰る」などの解説が載っていました。 今回のような本を探すとき、OPAC(図書検索機)に「動物」とだけ入力して検索すると検索結果が膨大になってしまいます。詳しくお話を伺えるとご案内がしやすくなります。 司書はどのように本を分類しているのか?どのように本を探し出しているのか?については『図書分類からながめる本の世界』や『図書館で調べる』といった本などが参考になるかと思います。

ミャンマーにあるミンブ県にエナマという地名は現存するんでしょうか。 出典不詳で地名の英語表記および現地表記も不明です。世界地図やビルマの地名辞典も見たんですが載っていなくて…。(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

エナマという地名は防衛庁防衛研究所戦史室から出ている『戦史叢書 シッタン・明号作戦』の資料で確認できました。p290以降に記載があります。しかしながら当該資料は昭和44年発行の本であり、現存する地名なのかまでは確認できなかったため、ほかに地名が載った本を確認していますと、「エナマ」と記載のある本は見当たりませんでした。 ですが、Yenanma(イェナンマ)という地名がミャンマーのミンブ県内にあります。 『シッタン・明号作戦』資料内にあるエナマ周辺地図と照らし合わせると、ご近所のようです。 以降は推測になりますが、ミャンマーの地名で英語表記がYeから始まるものは、日本語で仮名読みに直すと、エ~と読んだり、イェ~と読むものがあります。(例:Yenangyaung→エナンジャウン、もしくはイェナンジャウンと読みます。『外国地名よみかた辞典』p464参照) もしかすると、日本語読みに直す際にこのようなことになったのかもしれません。 このYenanmaという地名は、『グランド新世界大地図 ’01』全教出版 2001年、William A.Cleveland『BRITANNICA ATLAS』ENCYCLOPEDIA BRITANNICA,INC 1998年 の2冊に載っています。このうち、『グランド新世界大地図』の方に「イェナンマ」との仮名表記があります。 インターネット検索をしていますと、2001年に報告された論文内でもこの地名が確認できました。 →財団法人日本エネルギー経済研究所HPに掲載されているミャンマーに関する論文をご確認ください。 Yenanma油田というものがあるそうです。 http://eneken.ieej.or.jp/data/old/pdf/myanmar0108.pdf 回答プロセス:【当館確認済み資料一覧】 ・東亜研究所『ビルマ地名要覧 (アジア学叢書)』2007年 ※ミンブまでは記載あり。エナマはなし。 ・東亜研究所『大東亜南方圏地名索引集 (アジア学叢書) 副書名:印度支那地図地名索引・マダガスカル島地名索引・濠洲地名索引・印度洋諸島地名索引』大空社 2007年 ・南洋事情研究会『南方地名辞典 (アジア学叢書)』大空社 2007年 ・日外アソシエーツ株式会社『外国地名レファレンス事典』日外アソシエーツ 2006年 ・三省堂編修所『コンサイス地名辞典 外国編』三省堂 1977年 ・三省堂編修所『コンサイス外国地名事典』三省堂 1998年 ・辻原康夫『世界の地名ハンドブック』三省堂 1995年 ・和泉光雄『世界の地名・その由来 アジア篇』講談社出版サービスセンター 1997年 ・渡辺光『世界地名大事典 第6巻 副書名:アジア・アフリカ Ⅰ』朝倉書店 1974年 ・渡辺光『世界地名大事典 第8巻 副書名:アジア・アフリカ Ⅲ』朝倉書店 1974年 ・日外アソシエーツ株式会社『外国地名よみかた辞典』日外アソシエーツ 2008年 ・蟻川明男『世界地名語源辞典』古今書院 2003年 ・辻原康夫『世界地名情報事典』東京書籍 2003年 ・『スタンダード・アトラス世界 副書名:地図帳』平凡社 1991年 ・『なるほど知図帳世界 2006 副書名:知れば知るほどみえてくる!!』旺文社 2006年 ・『情報世界地図 (小学館GREEN MooK) 副書名:大転換期を読み解く』小学館クリエイティブ 2009年 ・中野尊正『世界地図 (Union atlas)』国際地学協会 2001年 ・『PREMIUM ATLAS世界地図帳 副書名:グローバルな時代を読む』平凡社 2008年 ・ケンブリッジ現代社会国際研究所『現代の世界 副書名:ヴィジュアル・データ百科』原書房 2008年 ・正井泰夫『一冊でわかる日本地図・世界地図』成美堂出版 2004年 ・『世界大アトラス』小学館 1989年 ・田邉裕『世界なんでも情報館 副書名:世界192の国と地域のデータブック』ポプラ社 2001年 ・梅棹忠夫『世界大地図帳』平凡社 2003年 ・『世界大地図』小学館 2009年 ・モンゴメリー・マーティン『ジョン・タリスの世界地図 副書名:19世紀の世界』同朋舎出版 1992 ・京都大学東南アジア研究センター『事典東南アジア 副書名:風土・生態・環境』弘文堂 1997 ・『THE NEW ENCYCLOPEDIABRITANNICA VOLUME8』 ENCYCLOPEDIA ER 1989年 ・『ベルテルスマン世界地図帳 副書名:日本版』昭文社 1999年 ・『デラックス世界地図帳』昭文社 2006年 ・『地球の歩き方 ‘06~’07 ミャンマー(ビルマ)』2006年 ~インターネット検索~ (以下の全てのページの最終確認:2010.03.31) ・google mapで確認 ミンブ(英語表記:Minbu)までは確認できましたが、それ以上の詳細地図は確認できず。『地球の歩き方』によると、ミャンマーを外国人への開放地域で分けると3つに大別されるという。①許可があれば入域可②限定された地域のみ開放③全域開放 このうち、ミンブ県を含むマグェ管区は②の限定された地域のみ開放となっています。 ・googleより、エナマを検索。 site:ac.jp site:go.jp site:org.jp で絞り込み。有用な情報は得られず。個人のブログでエナマの語句を含む文章「5月上旬には、師団主力方面への敵軍の追撃。捜索連隊主力のいたエナマで戦闘。」を見つけたので、(http://yamanekobunko.blog52.fc2.com/blog-entry-122.html)文章の出典である『戦史叢書 シッタン・明号作戦』を確認。 ・英語表記ならEnama?と思いgoogle検索すると医療器具のページばかり検索結果に出てしまう。 ・調査に行き詰ったので『外国地名よみかた辞典』を読み返していると、ミャンマーの地域名(英語表記)で、Yeから始まる地名は、エ~で日本語変換されていたり、イェ~と変換されていることから(例:Yenangyaung→エナンジャウン、イェナンジャウン) エナマの英語表記はYenamaの可能性もあるとしてallintext:Yenama Burma、allintext:Yenama Myanmar、allintext:Yenama Minbuで検索すると、数件ヒットした。しかしながら信頼性に乏しい。 確認した資料を再度チェックすると、Yenanma(イェナンマ)という記述がある本があった。 ・論文データベースのCiniiでYenanmaを検索。検索結果なし。 ・Yenanmaをpdf指定でgoogle検索すると8件ヒット。財団法人日本エネルギー経済研究所の報告書?(日本語)を発見。2001年時点でミャンマーにはYenanma油田がある模様。中国語表記は耶南马らしい。 ・Yenanmaをgoogle スカーラー検索すると9件ヒット。論文にYenanmaを含むものがあるようでしたが本文までは確認できず… ・Basic Facts About Myanmar (http://www.myanmar-embassy-tokyo.net/about.htm) HP内でYenanmaを検索するもヒットなし。 ・The New Light Of Myanmar (http://myanmar.com/newspaper/nlm/index.html)より、 Yenanmaを検索。ヒットなし。

nosocomial infection の和訳を調べたいんですが。あっちにある英和辞書を何点か引いてみたんですが見当たらず…。(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

infection(感染・伝染)に関係がありそうな医学辞典を確認。 日本医学会医学用語管理委員会『日本医学会 医学用語辞典 英和 第2版』南山堂 2001年 参考図書490.3N(件名:医学-用語集) →p796 nosocomial infection(院内感染)とありました。 谷口 雅紹『ハーマン医学用語辞典 ―英日中 日英中―』メデカジャパン・ラボラトリー 2006年 参考図書490.3H(件名:医学-用語集) →収録なし ご覧いただいた英和辞典に単語が載っていなかった理由ですが、専門分野に特化した英和辞典があるためです。 『英和金融用語辞典』、『現代ビジネス英和辞典』『栄養学英和辞典』、『ベースボール英和辞典』など、一般的な英和辞典の置き場所と異なります。

アシタバの料理方法が載ってる本はありますか。種から育ててて、最近収穫できるまでになったんです。(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

こちらの本に載っていました。 ・『美味しい山菜ハンドブック』文一総合出版 2011年 657.8O(件名:山菜) ・『山野草を食べる本:食べられる山野草132種・きのこ30種,採取時期・生育地・特徴・料理法がひと目でわかる』講談社 1990年 657.8Y(件名:有用植物、野草、料理-野菜) ・『山菜』山と渓谷社 2006年 657.8S(件名:山菜-図鑑) ※図書館内で閲覧のみの本 ・『日本の山菜』学研 2009年 参考図書657.8N(件名:山菜-図鑑) 回答プロセス:①『若杉友子の野草料理教室』などに載っているかもと思ったのでタイトル:野草料理で検索したが、貸出中。『よく効く明日葉』も貸出中。 ②レシピ本のコーナーで野菜料理の本を見てみるも、載っていない。 ③657.8山菜 の書架をみると、『美味しい山菜ハンドブック』や『山野草を食べる本』、『山菜』にアシタバの調理法が掲載されていた。 貸出不可だが『日本の山菜』にも掲載あり。 ④596野草 の書架で『道草料理入門』を確認したが調理法まで載っている本はなかった。 ⑤有川浩『植物図鑑』(※小説)にも道草レシピ収録だが、貸出中でアシタバが載っていたか確認できず。

駄六川についての本はありますか。 詳しく聞くと…→由来などわかる本はありますか。(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

・『ビタミンブック伊丹』伊丹郷町商業会 2003年  p98に由来に関する記載がありましたが出典は不明です。 以下抜粋 「伊丹の名産の清酒にちなんだ由緒ある名前だったのです、これが。伊丹の清酒を馬で江戸に運んで成功した山中新六が目をつけたのが、樽。甕や壺では重いし、割れやすい。木の樽だったら割れにくいし、馬も楽。この樽1個の容量は4斗(1升瓶40本)で、2個の樽を馬の背に振り分けにした1セットを1駄と呼んだそうです。そして、駄六川は、1駄の荷を背負った馬が6頭渡ると、落ちてしまう橋が架かっていたからとか、あるいは旧地名で湊町と呼ばれる所から猪名川までの間を水路として利用されていたときに6駄(12樽)の川幅だった、とか言われています。」 ・『いたみティ わがまち伊丹のグラフ情報誌 vol.44 2000.7月』伊丹経済同友会 p3抜粋「江戸時代、酒樽二個で一駄(いちだ)といったが、その酒樽十二個、いわゆる六駄を積んだ船が行き来したことから名付けられた「駄六川」。」 ・『伊丹昭和史』近代文藝社 1990年 p289抜粋「伊丹の江戸積酒は、当初から船便に頼ったのではない。往古は四斗樽を二つ馬の背に掛け、陸送されたのである。これを“駄送り”といったが、後世、酒荷の単位が酒樽二個で“一駄”と呼ばれたのも、このことに起因するようだ。とすれば、「駄六川」の名称はその名残を連想させる。つまり、「酒樽十二個(六駄)をつんだ舟が下る川」の意だったのではあるまいか。」 一番古い出版の『伊丹昭和史』では著者の想像で由来が書かれていますが、その後に出版された『いたみティ』、『ビタミンブック伊丹』では確定事項として扱われています。いずれの資料にも参考文献等は明記されていませんでした。 確認済資料 ※いずれも由来の記載なし ・『伊丹市史 第7巻』伊丹市 1973年 ※索引 ・伊丹市の公式HP( http://www.city.itami.lg.jp/)※最終確認 2013年5月21日 ・『兵庫県大百科事典 下巻 た-わ』神戸新聞出版センター 1983年 ・『伊丹市みどりの基本計画 生き物と共生し、水と緑が潤うまち=伊丹』伊丹市道路公園部 公園緑地課 1999年 ・『伊丹の自然』伊丹市立博物館 ・『河川・湖沼名よみかた辞典 新訂版』日外アソシエーツ 2004年 ・『河川大事典』日外アソシエーツ 1991年 照会先:伊丹市立博物館

周囲とうまくコミュニケーションしたいのですが、そんな本ありますか?(伊丹市立図書館 本館「ことば蔵」)

あります! ただ、このテーマはとっても人気があり、貸出中で本棚にないことが多いです。 本棚にあれば手にとって確認できるのですが…。 (質問者と一緒に分類336.4と361.4の本棚確認) ないですね…。 貸出中の本も含めてまとめて確認できる方法を以下にご紹介します。 当館HP( http://www.itami-library.jp/ )の図書検索ページかOPAC(図書検索機)を使用します。 HPより図書検索の下の詳細検索を選んでください。 ひとまず、検索項目:書名に「コミュニケーション」と入力します。 全館所蔵検索すると、『図解相手の気持ちをきちんと〈聞く〉技術 会話が続く、上手なコミュニケーションができる!』や『働くための「話す・聞く」コミュニケーション力って何?』という本がありました。 ただ、検索結果は366件もあり、『テクニカルコミュニケーションへの招待』や『死活と手筋の急所』なんていう本も含まれています。 読みたい本と違うものもありますし、なんといっても366件の書名全部を見ていくのは面倒です。 これをもう少し絞り込んだ結果にしたいと思います。 先ほどの『図解相手の気持ちをきちんと〈聞く〉技術 会話が続く、上手なコミュニケーションができる!』の資料詳細ページを見ると、一般件名が、「コミュニケーション 人間関係」となっています。 また、『働くための「話す・聞く」コミュニケーションって何?』では一般件名は「コミュニケーション 人間関係 話しかた」となっています。 この一般件名というのは本のテーマを表す分類用語です。コミュニケーションというキーワードが本のタイトルなどに入っていなくても、コミュニケーションの本だとわかるようにする用語です。図書館語みたいなものです。 詳細検索ページに戻って、検索項目:キーワードを選び、検索値に「コミュニケーション 人間関係 話しかた」と単語を入力します。この際、検索値に入力する単語は一つずつにしてください。論理式は「AND」を選びます。全館所蔵検索すると結果は66件。『たった一言伝え方を変えるだけで、仕事の9割はうまくいく』という本が結果に出てきました。 再度、詳細検索ページより、検索項目:キーワードを選択、検索値に「コミュニケーション 人間関係」、論理式は「AND」を選択して検索すると172件になりました。今回の検索結果には『初対面で相手の心を開く!46のルール』という本も出てきました。 本の検索はキーワード、件名、分類から検索できるとスムーズです。 ただし検索する時期によって、キーワード類が更新・新規追加など変更されていることもあります。 国立国会図書館など、伊丹の図書館よりも詳しい件名を使っているところもありますので、別の図書館で検索される場合はご注意ください。 備考:・学生さん、社会人さんより同様の問い合わせ多数。 ・当館HPのURLは2017.02.01以降より変更になっています。 新URL http://www.city.itami.lg.jp/SOSIKI/EDSHOGAI/EDLIB/index.html

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