レファレンス協同データベース新着事例

「すどく」の本はあるか?(「素読(そどく)」のことだった。)(香川県立図書館)

次の所蔵あり。 ・素読のすすめ 講談社現代新書  安達忠夫/著  講談社  1986.1 ・名文素読暗唱法 国語力と記憶力をつける  山内清/著  草土文化  1990.6

日本料理店のBGMに使えるような琴の曲の入ったCDは?(香川県立図書館)

「春の海」や「六段」を含むCDを検索。 例えば次のような所蔵あり。 ・御祝楽 お祝い邦楽決定版 宮内庁楽部楽友会/〔ほか〕演奏 King Record 2006.9 ・ジェイ-センス 大江戸ヒット・コンピレーション 新内勝一朗/〔ほか〕演奏 Columbia Music Entertainment 2003.12 ・日本音楽まるかじり 徳丸吉彦/監修 ビクター伝統文化振興財団 2003.5 ・Kyoto,soundscape of Japan 京都の音 花房はるえ/〔ほか〕演奏 King Record 2001.8 ・Sound of Japan 日本の音 中谷明/〔ほか〕演奏 King Record 2001.8 ・和楽器のすべて 決定版 小山貢社中/〔ほか〕演奏 King Record 2001.6 ・和風BGM 実用CD 結アンサンブル/〔ほか〕演奏 King Record 2000.7 ・日本のしらべ 花房はるえ/〔ほか〕演奏 King Record 2000.6 ・The wedding 結婚式 ビクターエンタテインメント 1999.8 ・生活・行事用音楽アルバム ビクターエンタテインメント 1997.1 ・六段・春の海 筝曲の神髄 伊野川幸次/歌・箏 ビクターエンタテインメント 1994.6 ・日本の伝統音楽 6 箏 キングレコード 1990.9

太平洋戦争中、埼玉県の上福岡にあった「参謀本部八課別班」に関する資料があるか知りたい。(埼玉県立久喜図書館)

地域資料を中心に調査したが、「参謀本部八課別班」に関する記述のある資料は見つからなかった。 下記の、質問に関連していると思われる記述のある資料を紹介した。 『福岡受信所の歴史 無線塔がそびえていたまち(上福岡市史調査報告書 第14集)』(上福岡市教育委員会 1998)  p377-378「戦時中の福岡受信所」  参謀本部という言葉はないが、「戦時中も福岡受信所は多くの回線により海外からの伝播を受信する業務を行っていた。」とあり。 『上福岡市史 通史編 下巻 近代・現代・民俗』(上福岡市教育委員会[ほか]編 上福岡市 2002)  p67-68「9 参謀本部要員の駐在」の項目あり。  「昭和17年頃(太平洋戦争開戦直後)、アメリカの国内放送傍受のための軍関係の施設が造られた」  「20局近い英語放送を200人の二世が連日傍受して、タイプした情報を本部に届けたようであった。」などの記述あり。  (注)「八課別班」との語は見あたらず。 回答プロセス:1 上福岡市史を調査する 『上福岡市史 通史編 下巻 近代・現代・民俗』(前掲) 2 自館目録を〈福岡受信所〉で検索する 『福岡受信所の歴史 無線塔がそびえていたまち(上福岡市史調査報告書 第14集)』(前掲) 『KDD社史』(林雅和[ほか]監修 KDD社史編纂委員会編纂 KDDIクリエイティブ 2001)  太平洋戦争中の記述はほとんどなし。 3 《Google ブックス》(http://books.google.co.jp/ Google)を〈参謀本部八課別班〉で検索する 『沖縄戦下の米日心理作戦』(大田昌秀著 岩波書店 2004)  p119「(五)米国内放送の傍受活動」  「米本土向けの放送とは別に、米国内の放送を日本側が傍受するため、約二〇〇名の日系二世兵士を参謀本部嘱託として徴用し、昼夜三交代で受信に当たらせた。(中略)ちなみにこれらの傍受グループは、参謀本部第八課別班と呼ばれたという。」  上福岡に関する記述はなし。  やや該当記述から外れるが、注記があり、参考文献として「秘録・謀略宣伝ビラ 太平洋戦争の“紙の爆弾”」が挙げられている。 『秘録・謀略宣伝ビラ 太平洋戦争の“紙の爆弾”』(鈴木明[ほか]編著 講談社 1977)  質問に該当する記述なし。 4 自館目録を〈参謀本部八課別班〉で検索するも該当なし。 5 自館目録を〈上福岡 & 戦〉で検索し、関連しそうな資料を調査する。 『上福岡市立図書館蔵書戦争関係図書目録』(上福岡市立図書館編 上福岡市立図書館 1988)  郷土資料の目録ではなく、戦争関係資料をテーマごとにまとめたもの。 『軍靴の音はもう聞きたくない! 戦争を知らない子どもたちのために 平和を願う戦争体験集 第2集』(上福岡市企画財政部広報広聴課編 上福岡市 1990)  関連する記述見つからず。 『元兵士が語る戦史にない戦争の話』(曽根一夫著 恒友出版 1991)  索引なし。目次を見たところ関連しそうな内容なし。 『私の戦争体験 平和のために』(上福岡市企画財政部広報広聴課編 上福岡市 1985)  関連する記述見つからず。 ウェブサイトの最終アクセス日は2017年1月28日。 事前調査事項:質問者によると、恒石重嗣(つねいし・しげつぐ)著「心理作戦の回想」(東宣出版 1978)に次の記述があったとのこと。 「これ[質問者注:米国内の中波放送をキャッチできる受信機]を上福岡(東上線)の参[謀]本[部]八課別班に運び込み、たくさんの二世たちが聞いていたが[以下略]」(p.260) 参考資料:『福岡受信所の歴史 無線塔がそびえていたまち(上福岡市史調査報告書 第14集)』(上福岡市教育委員会 1998), 参考資料:『上福岡市史 通史編 下巻 近代・現代・民俗』(上福岡市教育委員会[ほか]編 上福岡市 2002),

ガスホルダーについて知りたい。(神奈川県立川崎図書館)

以下の①~④の図書と、⑤の雑誌記事を紹介した。 ①『ガス工作物技術基準の解釈例 第1次改訂版』(原子力安全・保安院ガス安全課編、ぎょうせい、2003) ②『ガス工作物技術基準の解釈例』(資源エネルギー庁公益事業部ガス技術安全課編、ぎょうせい、2000) ③『LPガスの国家備蓄』(通商産業省資源エネルギ-庁石油部流通課 編、通商産業調査会、1992) ④『天然ガスのすべて』(日本エネルギー学会天然ガス部会編、コロナ社、2008) ⑤桐原弘.「ガスホールダーの変遷」.『日本瓦斯協会誌』. 12巻8号(1959-08)、p.22-25. 回答プロセス:「575 燃料・爆発物」の参考図書や、一般図書の書架をご案内し、質問者とともにブラウジングした。 また、<ガスホルダ>、<ガスタンク>、<ガス>、<貯蔵>などのキーワードで、CiNiiの論文を検索し、⑤の雑誌記事を紹介した。 参考資料:原子力安全・保安院ガス安全課 編 , 原子力安全保安院. ガス工作物技術基準の解釈例 第1次改訂版. ぎょうせい, 2003. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000004230759-00, 4324072191(→p.70「第15条 (構造等) ○解釈例 第37条(ガスホルダー)」やp.176-「第3章 ガスホルダー及び液化ガス用貯槽」等の項目あり。) 参考資料:資源エネルギー庁公益事業部ガス技術安全課 編 , 資源エネルギー庁公益事業部. ガス工作物技術基準の解釈例. ぎょうせい, 2000. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002970293-00, 4324063214(→①の旧版。旧版は貸出できることから紹介した。) 参考資料:資源エネルギー庁石油部流通課液化石油ガス産業室 編 , 資源エネルギー庁石油部. LPガスの国家備蓄 : LPガス安定供給基盤強化のあり方について. 通商産業調査会, 1992. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002201169-00, 4806524085(→ガスの備蓄の方式やコスト、主要設備等について、図を交えながら紹介している。) 参考資料:日本エネルギー学会天然ガス部会 編 , 日本エネルギー学会. 天然ガスのすべて : その資源開発から利用技術まで. コロナ社, 2008. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000009519925-00, 9784339066128(→p.71-「3 天然ガスの輸送と貯蔵」では、LNGの受入基地と貯蔵タンクなどについて図を交えながら言及されている。) 参考資料:桐原 弘 , 桐原 弘. ガスホールダーの変遷. 1959-08. 日本瓦斯協会誌 12(8) p.22-25 http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I9146721-00, (→古い記事だが、ガスホルダーの種類、歴史、製造法と試験検査法の変遷についてまとめられている。)

情報システムのバックアップ(特に磁気テープを利用するもの)に関する書籍を紹介してほしい。(神奈川県立川崎図書館)

以下の①~③の図書と、④~⑧の雑誌記事を紹介した。 ①『IT技術者なら知っておきたいストレージの原則と技術』(EMC Education Services著、クイープ 訳、インプレスジャパン、2013) ②『情報ストレージ技術』(沼澤潤二ほか、コロナ社、2007) ③『ストレージネットワーキング技術』(喜連川優、オーム社、2005) ④JIIMAアーカイブ委員会磁気テープWG.「磁気テープを用いたアーカイブガイドラインの概要」.『月刊IM』.533号(2015-06)、p.22-24. ⑤「特集A 古くて新しい磁気テープ記録技術」.『映像情報メディア学会誌』.70巻3号(通号 806) (2016-05)、p.373-405.  ⑥坂口彰.「これから始めるストレージ統合の勘所(第3回)バックアップトラブルの防止 テープ運用は課題がいっぱい」.『日経コンピュータ』.808号 (2012-05-10)、p.96-99 . ⑦武者 敦史、清水 治.「テープアーカイブの現状と将来展望(特集 プロフェッショナルアーカイブにおけるストレージの将来)」.『O plus E 』.37巻11号(2015-11)、p.918-923. ⑧「磁気テープ、まさかの復権 国産の技術革新で「1巻35TB」へ」.『日経コンピュータ』. 839号(2013-07-25)、 p.56-63. 回答プロセス:当館の「科学技術室」で「コンピュータ・情報クラスタ」(コンピュータ関連図書をテーマ別に配架した書架)や「547 通信工学」、「548 情報工学」の書架をブラウジングしたところ、お探しの内容で、刊行年が新しいものは少なかった。 次に、CiNiiやJDreamⅢで<磁気テープ>、<バックアップ>、<ストレージ>といったキーワードで検索し、雑誌記事をあわせて紹介した。 参考資料:EMC Education Services 著 , クイープ 訳 , EMCコーポレーション , クイープ. IT技術者なら知っておきたいストレージの原則と技術. インプレスジャパン, 2013. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I024231613-00, 9784844333517(→ストレージ技術の基礎を網羅的に解説。特に「SectionⅢ バックアップ、アーカイブ、レプリケーション」では、バックアップの課題やプロセス等について、p.230-233でテープへのバックアップについて言及している。) 参考資料:沼澤潤二, 梅本益雄, 奥田治雄, 喜連川優 共著 , 沼澤, 潤二 , 梅本, 益雄 , 奥田, 治雄 , 映像情報メディア学会. 情報ストレージ技術. コロナ社, 2007. (映像情報メディア基幹技術シリーズ ; 6) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000008462243-00, 9784339012668(→映像・音声情報ストレージとしての磁気記録技術の紹介が中心。「4 情報ストレージ装置の実際」のp.99-108では、テープストレージの特徴や分類、性能向上、標準化などについて記述がある。) 参考資料:喜連川優 編著 , 喜連川, 優, 1955-. ストレージネットワーキング技術 : SNIAストレージ技術者認定プログラム準拠. オーム社, 2005. http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007820708-00, 4274201007(→刊行年は古いが、p.97-「6章 データ管理」で、バックアップの概要や考慮点や課題などを解説している。p.176-のストレージのデバイス技術の解説の中で、ハードディスク技術とともに磁気テープ技術についても解説されている。) 参考資料:JIIMAアーカイブ委員会磁気テープWG , JIIMAアーカイブ委員会磁気テープWG. 磁気テープを用いたアーカイブガイドラインの概要. 2015-06. 月刊IM = Journal of image & information management 2015(6) (533) p. 22-24 http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I027431076-00, (→JIIMAアーカイブ委員会の「磁気テープを用いたアーカイブガイドライン」の概要を解説。ガイドラインの本編は、インターネット上で閲覧可能。市場の動向、磁気テープシステムの種類、メリットなどが簡潔にまとめられている。 (最終閲覧日:2017/5/12)) 参考資料:井上 陽治 , 井上 陽治. コンピュータ用磁気記録テープ技術概論. 2016-05. (特集 古くて新しい磁気テープ記録技術) 映像情報メディア学会誌 = The journal of the Institute of Image Information and Television Engineers 70(3) (806) p. 374-376 http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I027345330-00, (→磁気テープの技術動向や将来展望などについて紹介している特集記事。1章は概論、2章では、「2-1 LTOテープドライブ技術」、「2-2 LTOテープ技術」、3章では「エンタープライズ向けテープドライブ」、4章では「NHKにおける磁気テープを活用した大規模アーカイブシステム」、5章では「将来の大容量化技術」の記事が掲載されている。) 参考資料:坂口 彰 , 坂口 彰. これから始めるストレージ統合の勘所(第3回)バックアップトラブルの防止 テープ運用は課題がいっぱい. 2012-05-10. 日経コンピュータ -(808) p. 96-99 http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I023604944-00, (→テープによるバックアップはコストが安いが、媒体特性やオペレーションを原因としたトラブルが発生しやすいことなど、ディスクストレージによるバックアップと比較しながら解説。連載記事の第1回(806号)、第2回(807号)では、ストレージ統合やバックアップ統合で陥りがちな落とし穴、RAIDの冗長化技術の落とし穴、バックアップ統合の有効性と費用対効果などについて取り上げている。) 参考資料:武者 敦史 , 清水 治 , 武者 敦史 , 清水 治. テープアーカイブの現状と将来展望. 2015-11. (特集 プロフェッショナルアーカイブにおけるストレージの将来) O plus E : Optics・Electronics 37(11) (432) p. 918-923 http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I026822748-00, (→テープストレージのコスト優位性、信頼性、テープ高容量化に向けた技術などについて解説。同じ特集には、データセンターにおけるコールドストレージの概要や、半導体メモリ、光ディスクに関する記事も掲載されている。) 参考資料:中田 敦 , 中田 敦. 特集 磁気テープ、まさかの復権 : 国産の技術革新で「1巻35TB」へ. 2013-07-25. 日経コンピュータ(839) p. 56-63 http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I024688604-00, (→磁気テープの生産量が回復していることを受け、磁気テープの最新動向を解説。「磁性体」の世代交代による磁気テープの大容量化、I/O速度の高速化、テープドライブの制御技術の進化、ファイルシステムによる利便性向上などに言及している。)

ポジティブ・アクションという言葉の周知度を知りたい。(東京ウィメンズプラザ図書資料室)

今回の調査では20%だった。前回H21の調査は19%だった。 回答プロセス:『男女共同参画社会に関する世論調査』内閣府 平成24年 事前調査事項:ポジティブ・アクションとは、一義的に定義することは困難ですが、一般的には、社会的・構造的な差別によって不利益を被っている者に対して、一定の範囲で特別の機会を提供することなどにより、実質的な機会均等を実現することを目的として講じる暫定的な措置のことをいいます。(内閣府男女共同参画局)

JR常磐線の友部駅(茨城県友部町)と、南北朝時代の常陸平氏の家臣、友部氏の関係について知りたい。(埼玉県立久喜図書館)

関連する記述のあった下記の資料を紹介した。 1 参考図書 『日本歴史地名大系 8 茨城県の地名』(一志茂樹編集 平凡社 1982)  p328-335「友部町」の項目に「町の中央にある国鉄友部駅は常盤・水戸両線の合する交通の要所で(後略)」との記述あり。  p329「友部村」の項目に「中世は宍戸氏の支配下にあって、配下の友部氏の館が古山にあった。文禄元年(一五九二)から佐竹氏領、慶長七年(一六〇二)に秋田氏領となり、(後略)」との記述あり。 『日本地図地名事典』(三省堂編修所編 三省堂 1991)  p864「ともべ-まち 友部町」の項目に、「茨城県中部、西茨城郡。常磐線友部駅、水戸線を分岐 (中略)中世は宍戸荘、宍戸氏の居城地。」との記述あり。  p328-335「友部町」の項目に「町の中央にある国鉄友部駅は常盤・水戸両線の合する交通の要所で(後略)」との記述あり。  p329「友部村」の項目に「中世は宍戸氏の支配下にあって、配下の友部氏の館が古山にあった。文禄元年(一五九二)から佐竹氏領、慶長七年(一六〇二)に秋田氏領となり、(後略)」との記述あり。 参考資料:『日本歴史地名大系 8 茨城県の地名』(一志茂樹編集 平凡社 1982), 4-582-49008-5 参考資料:『日本地図地名事典』(三省堂編修所編 三省堂 1991), 4-385-15437-6

泉川星堂について分かる本は?(香川県立図書館)

・讃岐画家人物誌(K7202 M1 書庫E) http://kagawa.digilib.jp/sonota/komonjo/detail/DK04390.html   p.21 泉川星堂 あり。 ・讃岐雅人姓名録(K2810 A1)   p.17 泉川星堂 あり。

本庄市上仁手(旧児玉郡上仁手村)には金子姓が多いが、その由来が分かる資料はあるか知りたい。(埼玉県立久喜図書館)

上仁手村の金子姓の由来について記述のある資料は見つからなかった。参考として、一般的な金子姓の由来についての資料を提供した。 『姓氏4000歴史伝説事典』(志村有弘編 勉誠出版 2008)  p376「金子(かねこ・かなこ)」【発祥・系譜・分布】  「兼子にも通じる。桓武平氏、村山党の氏族は、武蔵国の入間郡、多摩郡それぞれに金子村があるが 、どちらが発祥の地か未詳である。俗に入間郡金子とされている。『武蔵七党系図』には、「村山頼任-頼家-家範(金子)-家忠(金子十郎)」とある。ただし『寛政系譜』には「家高某氏時家-時重-時光」とある。この末流二氏が載せられている。その子孫は入間郡、多摩郡に現在も多く居住している。(略)現在は関東地方に多い。」 『姓氏の語源 角川小辞典 14』(丹羽基二著 角川書店 1981)  p201「かねこ(金子、金古)」  「金工のことか。タタラ師の守護神、金鋳護神から起こったとの説がある。鍛冶に関係があることは間違いない。」  『姓氏家系大事典』(丹羽基二著 新人物往来社 2002)  p114「金子(かねこ)」  「金子氏は武蔵、相模、伊予等に発祥。現在は広く分布。なかでも武蔵の金子氏は最も有名である。武蔵七党の一つである桓武平氏村山党より出て、その子孫は入間郡、多摩郡に現在も多く居住している。史上有名なものは『保元物語』に出てく金子十郎家忠である。その祖は村山頼任である。」 『日本名字家系大事典』(森岡浩著 東京堂出版 2002)   p170-171「金子(かねこ)」地名姓で各地にある。  【武蔵金子氏】武蔵の金子氏は入間郡金子郷(埼玉県入間市)発祥で村山党の一族。」 『全国名字大辞典』(森岡浩編 東京堂出版 2011)  p215-216「金子(かねこ)」  「地名姓で各地にあるが、多くは武蔵金子を発祥するという。武蔵野金子氏は入間郡金子郷(埼玉県入間市)発祥で村山党の一族。家忠は保元の乱や平治の乱で活躍、さらに源平合戦では源義経に従って功をあげ、鎌倉時代には各地に所領を広げた。(中略)武蔵金子を領していた金子本家は、室町時代には関東菅僚の上杉氏に属した。(後略)」 『姓氏家系大辞典 第1巻 ア-カ』(太田亮著 角川書店 1981)  p1609-1615「金子 カネコ」  「武蔵、相模、伊予等に此の地名あり。1 桓武平氏村山黨 武蔵発祥の氏なり。されど當國には、入間郡、多摩郡共に金子村ありて、就れ此の本實なるや未詳。勿論俗には入間郡金子より起るとなせり。」 『角川日本姓氏歴史人物大辞典 10 群馬県姓氏家系大辞典』(竹内理三〔ほか〕編纂 角川書店 1994)  p418-420「金子 かねこ」あり。  「【伊勢崎市】柴町では、嘉永元年の堀口村飯玉社修造奉加帳に芝町金子新右衛門(後略)」などの金子姓が見られると記述あり。  (注)柴町・・・利根川沿いの地域。上仁手から北西の方向にあり。 回答プロセス:1 姓氏・家系辞典で「金子姓」を調査する 『姓氏4000歴史伝説事典』(志村有弘編 勉誠出版 2008) 『姓氏の語源 角川小辞典 14』(丹羽基二著 角川書店 1981) 『姓氏家系大事典』(丹羽基二著 新人物往来社 2002) 『日本名字家系大事典』(森岡浩著 東京堂出版 2002) 『全国名字大辞典』(森岡浩編 東京堂出版 2011) 『姓氏家系大辞典 第1巻 ア-カ』(太田亮著 角川書店 1981) 『角川日本姓氏歴史人物大辞典 10 群馬県姓氏家系大辞典』(竹内理三〔ほか〕編纂 角川書店 1994) 『系図綜覧 上巻』(名著刊行会 1964)関連記述なし。 2 埼玉資料人物関係資料に当たる 『本庄人物事典』(柴崎起三雄 2003)  金子姓3名いるが、「仁手」外。「牧西」「沼和田」 『埼玉人物事典』(埼玉県教育委員会編 埼玉県 1998)  金子姓11名いるが、本庄市に縁のある人物なし。 『武州本庄宿ふるさと人物史 1』(本庄市総務課秘書広報係編 本庄市 〔1989〕)  金子姓の人物なし。 3 データベースを調べる 《国会図書館レファレンス協同データベース》(http://crd.ndl.go.jp/ 国会図書館)を〈金子 & 姓〉で検索すると25件ヒットする。  「戦国時代、新居浜に勢力のあった金子氏の系譜について(愛媛県立図書館)」(http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000102  140 国会図書館)  「新居浜市史」 (新居浜市史編纂委員会編集 新居浜市役所 1962)   「金子氏は平姓、武蔵七党村山党に属し、金子の祖十郎家忠は源頼朝子義平の手勢十七騎に加わり(略)。家忠の子孫は鎌倉御家人として幕府に用さ   れ、武蔵国入間郡に繁衍した。このうち同国安住郷に住む金子氏の一派が後生新居郡新居郷に下向したのである。家系抄録記述(家忠から金子備後守   元宅まで)」 〈金子 & 児玉〉〈金子 & 本庄〉〈金子 & 埼玉〉で検索するとヒットするが入間郡の金子姓・金子村についてのレファレンスのみ。本庄、児玉関係はなし。 《国会図書館デジタルコレクション》  「金子族史料」(金子健二編 金子健二 昭和15年)   p223「一九 維新志士と金子族」あり。埼玉に関連する記述見当たらず。(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1684681)126コマ 国会図書館/図書館送信参加館内公開  ウェブサイトの最終アクセス日は2017年1月26日。 事前調査事項:質問者確認済み資料 『本庄市史 通史編』『武蔵国児玉郡誌』「金子一族史料」『埼玉苗字辞典』 参考資料:『姓氏4000歴史伝説事典』(志村有弘編 勉誠出版 2008), 978-4-585-06061-1 参考資料:『姓氏の語源 角川小辞典 14』(丹羽基二著 角川書店 1981), 参考資料:『姓氏家系大事典』(丹羽基二著 新人物往来社 2002), 4-404-02972-1 参考資料:『日本名字家系大事典』(森岡浩著 東京堂出版 2002), 4-490-10603-3 参考資料:『全国名字大辞典』(森岡浩編 東京堂出版 2011), 978-4-490-10808-8 参考資料:『姓氏家系大辞典 第1巻 ア-カ』(太田亮著 角川書店 1981), 4-04-030210-9 参考資料:『角川日本姓氏歴史人物大辞典 10 群馬県姓氏家系大辞典』(竹内理三〔ほか〕編纂 角川書店 1994), 4-04-002100-2

本庄市上仁手(旧児玉郡上仁手村)について、村の歴史、特に幕末から明治初期の住民について書かれているものが見たい。(埼玉県立久喜図書館)

下記の資料を紹介した。 『武蔵国郡村誌 第8巻』(埼玉県編 埼玉県立図書館 1954)  p12-14「上仁手村」  地勢、人口、物産など村の概要について記載あり。 『本庄市史 資料編』(本庄市史編集室編 本庄市 1976)  「古文書資料」に「明治五年八月 仁手村高反別一村限帳」「安政元年十二月 仁手村年貢割付書」「天保十三年一月 元仁手村村諸入用控帳」「天保十四年七月 (元仁手村)卯村諸入用控帳」が所収されている。 『本庄のむかし』(柴崎起三雄著 〔柴崎起三雄〕 2010)  上仁手村、仁手村を取り上げた項はないが、少し触れている部分がある。  p197-「明治時代 進む開化政策」  「明治二年(一八六九)版籍奉還に成功すると、武士階級の特権を撤廃するために百姓町人の苗字呼称を許し、翌四年には散髪廃刀の自由を認める通達を出している。これにより各町内・村々から改名承認願書が宿役人に提出されたが、いずれも男子の戸主からのもので(略)仁手村七二名、下仁手村二一名という状況であった。」 『江戸時代本庄史』(諸井六郎著 歴史図書社 1981)  p180- 「第ニ欵 助郷人馬」  「(甲)助郷村の沿革」  p183「仁手村 六百五十三石 六百六十石」とあり。  p186「(一)文久元年七月調査助郷各村人口」に「仁手」あり。  戸数、人戸、男、女、領主の数、助郷勤石高あり 『児玉記考 前編』(中山清夫編 中山風声堂 1900) p98-110「仁手村」に「仁手、上仁手、下仁手、久々宇、田中ノ五大字ヨリ成リ」とあり、村の概要、役場職員、学校、社寺、旧家などについて記述あり。(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/763831 国会図書館)58-63コマ 国立国会図書館/インターネット公開 回答プロセス:1 地誌関係資料を調査する 『武蔵国郡村誌 第8巻』(埼玉県編 埼玉県立図書館 1954) 『新編武蔵風土記稿 [第4期]第11巻 大日本地誌大系 17』(蘆田伊人編集校訂 雄山閣 1996)  p328「上仁手村」村の概説のみ。 2 本庄市の歴史についての資料を調査する 『本庄市史 資料編』(本庄市史編集室編 本庄市 1976) 『本庄のむかし』(柴崎起三雄著 〔柴崎起三雄〕 2010)   『郷土のあゆみ 本庄の歴史』(本庄市教育委員会編 本庄市教育委員会 1957)  p78-142「第十一章 大名行列の通行したころ(江戸時代)」  p97「五代将軍綱吉の元禄七年(千六百九十四年)本庄宿の助郷村としてつぎの二十七か村が定められたのです。かっこ内はその村の石高です。(中  略)仁手村(六百六十)」 『埼玉本庄郷土史話』(小松徹三著 郷土史研究会 1971)  p237-240「3 仁手地区の沿革」地区の沿革、概要あり。  「「上野国風土記」によればこの三字は上野国那波郡(いまの佐波郡)に属していたが、利根川の洪水のため、いくたびとなく河線変更し、ついに武蔵  国児玉郡に属するようになったと記されている。」   「上野国風土記」(県立図書館未所蔵) 『江戸時代本庄史』(諸井六郎著 歴史図書社 1981)   3 《国会図書館サーチ》(http://iss.ndl.go.jp/ 国会図書館)を〈仁手〉で検索する。 《国会図書館デジタルコレクション》 『児玉記考 前編』(中山清夫編 中山風声堂 1900) 4 データベースを調べる 埼玉関係雑誌記事索引データベース(埼玉県立図書館)を〈仁手〉で検索する。 「(口絵)児玉郡仁手村諏訪神社獅子舞」(『埼玉史談(旧版)3巻5号』 埼玉郷土会 1932)  獅子舞の様子を撮影した写真のみ。 5 自館目録を全項目〈仁手〉で検索する。7件ヒット、うち埼玉県関係の資料3件を確認する。 『仁手公民館市民センターだより 第36号』(仁手公民館仁手地区市民センター(本庄) 1985)  この号のみ所蔵。関係する記述なし。 『獅子舞雑記ノート 80』(石川博司著 多摩獅子の会 2013)  p32-43「仁手の獅子舞を訪ねる」  平成25年10月20日に行われた獅子舞奉納の見学記。 『本庄の獅子舞を訪ねる』(石川博司著 多摩獅子の会 2015)  p20-31「仁手の獅子舞を訪ねる」  『獅子舞雑記ノート 80』と同様の記事。 事前調査事項:質問者確認済み資料 『日本歴史地名大系』『角川日本地名大辞典』『本庄市史 通史編』『武蔵国児玉郡誌』 参考資料:『武蔵国郡村誌 第8巻』(埼玉県編 埼玉県立図書館 1954), 参考資料:『本庄市史 資料編』(本庄市史編集室編 本庄市 1976), 参考資料:『本庄のむかし』(柴崎起三雄著 〔柴崎起三雄〕 2010), 参考資料:『江戸時代本庄史』(諸井六郎著 歴史図書社 1981),

トロリーバス(架線で走るバス)が動く仕組みを知りたい。(埼玉県立久喜図書館)

下記の資料に関連する記述があり、紹介した。 1 図書   『日本のトロリーバス』(吉川文夫著 電気車研究会 1994)   p7 初期のトロリーバスの仕組みの記述あり。  「シーメンスが1882年(明治15)に試作したトロリーバスは、八つの小さな車輪(滑車)を架線の上に載せ、これが回転しながら集電する方式である。1900年(明治33)にパリで走ったトロリーバスは、これと似た集電装置に小形モーターを取り付けて、自走できるようにした方法である。(中略)ドレスデンのトロリーバスはシーメンス・アンド・ハルスケ社(Siemens and Halske)によって電力配給されたがMax Schiemann方式という2本のトロリーポールを車体の前後に配置し、架線の下をスライドさせる構造の集電方式であった。現在のような、トロリーポールが2本、並列にならぶ方式に比べると、+と-のトロリーポールが離れているので、短絡事故の心配が少ないのが特徴であろう。」   p29-67 「関電トンネルトロリーバス」詳細あり。   p143-156 「トロリーバスのメカニズム」の章あり。  『トロリーバスが街を変える』(森五宏著 リック 2001)   p13-28 「架線レス・タイヤトラム」、「ガイド式ゴムタイヤトラム」の解説あり。   p30-31 初期のトロリーバス「シーメンスの「エレクトロモーテ」」の解説あり。  『世界大百科事典 2005年改訂版 20(トウケ-トン)』(平凡社 2005)   p555 「トロリーバス Trolley bus 無軌条電車ともいう。車体はふつうのバスと同様であるが、路上の2本の架空線から車上のトロリーポールを用いて集電し、電動機に走行するもの」  『日本の路面電車 2 廃止路線・東日本編』(原口隆行著 日本交通公社出版事業局 2000)   p90-91 東京都交通局、p114横浜市交通局、p144-145 名古屋市交通局 仕組みに関する簡易な説明あり。 2 インターネット情報  《黒部ダム》(http://www.kurobe-dam.com/trolleybus/mechanism.html 関西電力)   「電気で走る!日本唯一のトロリーバス」の「メカと構造」に、集電装置、乗務員室、制御装置、制動装置の解説が写真付きで紹介されている。 回答プロセス:1 自館目録を〈トロリーバス〉で検索する  『日本のトロリーバス』(吉川文夫著 電気車研究会 1994)  『トロリーバスが街を変える』(森五宏著 リック 2001)  『東京都交通局 バスジャパン・ハンドブックシリーズ R56』(BJエディターズ 2005)   トロリーバスについてはp23の写真と全廃時期(1967-1968)の記述のみ。 2 参考図書を確認する  『世界大百科事典 2005年改訂版 20(トウケ-トン)』(平凡社 2005) 3 日本の法的には鉄道のため、NDC分類〈686〉の書架を調査する。  『路面電車の技術の歩み』(吉川文夫著 ランプリ出版 2003)   p54、p94、p166にトロリーバスの記述あるが、仕組みの詳細はなし。  『日本の路面電車 1 現役路線編』(原口隆行 日本交通公社出版事業局 2000)  『日本の路面電車 2 廃止路線・東日本編』(原口隆行 日本交通公社出版事業局 2000)   p90-91東京都交通局、p114横浜市交通局、144-145名古屋市交通局 いずれも直流600V  『東京都交通局60年史』(東京都交通局 1972)   「目でみる都営交通の60年」の59ページ目に「トロリーバスの登場」   p189「3 トロリーバスの建設」。電動であること以外仕組みの記載はなし。   p313「6 無軌条電車(トロリーバス)」   路面電車と比較しての特性記載あり。  『鉄道は地球を救う』(上岡直見著 日本経済評論社 1990)   該当記述なし。 4 インターネット情報を調べる  《Google》(http://www.google.co.jp/ Google)を〈トロリーバス〉で検索する。  《ウィキペディア》「トロリーバス」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%90%E3%82%B   9 ウェキメディア財団)   「1概要 2構造」の項目あり。   「5 日本のトロリーバス(現存路線)」に、関西電力 - 関電トンネルトロリーバス(黒部ダム駅 - 扇沢駅)の記述あり。  《Google》を〈関西電力 & 関電トンネルトロリーバス〉で検索する。  《黒部ダム》(http://www.kurobe-dam.com/trolleybus/mechanism.html 関西電力)  《ぽると出版》(http://www.portepub.co.jp/ ぽると出版)   バスに関する雑誌「Basrama(バスラマ)」を刊行している。   バックナンバーNo.18に、「黒部ダムに新型トロリーバス登場」の記事あり(絶版号)。 ウェブサイトの最終アクセス日は2016年05月26日。 参考資料:『日本のトロリーバス』(吉川文夫著 電気車研究会 1994), 4-88548-066-3

「あめあめふれふれ野に山に」から始まる以下の歌の作詞・作曲者・楽譜を知りたい。 一 あめあめふれふれ/野に山に/子供はせっせと苗運び/燕飛びます田んぼ道 ニ あめあめふれふれ/野に山に/大人はそろって田植えする/子犬は駆けます田んぼ道(埼玉県立久喜図書館)

作詞・作曲者は判明しなかった。曲名は「雨ふり」で、『うたのほん 下 複刻国定教科書 国民学校期』(文部省著 ほるぷ出版 1982)に歌詞、楽譜が掲載されている。 回答プロセス:1 《国会図書館リサーチ・ナビ》で〈唱歌〉を検索する  「調べ方案内「童謡・唱歌(国際子ども図書館)」掲載の下記のウェッブサイトを検索する。 《なつかしい童謡・唱歌・わらべ歌・寮歌・民謡・歌謡》(http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/00_songs.html gonbe007)  曲名索引に「雨ふり(あめあめふるふる)」(文部省唱歌)があるが、歌いだしは「あめあめふるふる たにはたに」となっている。 2 調査・研究に役立つリンク集(https://www.lib.pref.saitama.jp/stplib_doc/reference/link_site.html)を調べる。 《童謡・唱歌索引》(http://www.lib.kunitachi.ac.jp/collection/shoka/shoka.htm 国立音楽大学図書館)を〈雨ふり〉で検索する。  「うたのほん 下」(文部省著 日本書籍 1941)のp54に掲載とあり。 3 図書を確認する。  ア 『日本教科書体系 近代編 第25巻 唱歌』(講談社 1965)を確認する。   「うたのほん 下」(文部省著作 昭和16年3月発行)の項 p428に 「雨ふり」あり。楽譜も掲載。   「一 雨 雨、ふるふる、/田に、はたに。/子どもは せっせと/苗はこび。/子犬も かけます、/たんぼみち。」   「ニ 雨 雨、ふるふる、/野に、山に。/おとなは そろって/田うゑする。/つばめは とびます、/かさの 上。」 一、二番の歌詞が質問者持参情報とは一部逆になっている。   p606 「所収教科書解題 ウタノホン・うたのほん 初等科音楽」の項に、「(第三期国定唱歌教科書) 文部省編ならびに発行の国民学校初等科音楽教科書で、上は初等科一年用、下は二年用。昭和十六年三月三十一日発行。(略)新作教材の作曲者は、下総皖一、井上武士、松島彜、橋本國彦などである。」とある。  イ 『うたのほん 下 複刻国定教科書 国民学校期』(文部省著 ほるぷ出版 1982)   p14-15 「五 雨ふり」上記資料と同じ歌詞。楽譜あり。  ウ 『これでいいのか、にっぽんのうた 文春新書 014』(文藝春秋 1998)     p15-84「第1章 近代日本の歌のあゆみ」に、「文部省唱歌」について解説あり。     p35 教科用図書の著作権は文部省に帰属しており、個人の著作権は一切認められていなかった、とあり。 2 インターネット情報を確認する  ア 《Google》(https://www.google.co.jp/ Google)を〈うたのほん〉で検索する。 《ウィキペディア》「ウタノホン」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%BF%E3%83%8E%E3%83%9B%E3%83%B3 ウィキメディア財団)   「編集委員は作曲関係に小松耕輔、松島つね、井上武士、橋本國彦、城多又兵衛、下総皖一、作詞関係に、林柳波、小林愛雄である。(略)発表当時は作者の名前が伏せられていたが、比較的新しかったので作者がはっきりわかる曲が多い。」とあるが、「雨ふり」の作者の記述はなし。  イ 《Google》を〈文部省唱歌〉で検索する。 《ウィキペディア》「文部省唱歌」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E9%83%A8%E7%9C%81%E5%94%B1%E6%AD%8C ウィキメディア財団)   「当時文部省は作詞者・作曲者に(中略)名は一切出さずまた作者本人も口外しないという契約を交わした」   「そもそも合議制で編纂されたため、個人の著作物とするのは無理がある。」  「指定教科書の時代になって著作者を明らかにしなければならなくなったが、その作業が学問的に行われたことはなく、著作者が判明しても根拠が弱いものも少なくない。このため、個々の作詞・作曲者を出さず「文部省唱歌」とだけ表記している教科書・歌集もある。」とあり。    ウ 《国会図書館デジタルコレクション》(http://dl.ndl.go.jp/ 国会図書館)を〈うたのほん〉で検索する。    「うたのほん 教師用 下」(文部省編 文部省 1941)p72-75「雨ふり」(注)歌詞・楽譜(伴奏付き)、「指導要項」、「歌ひ方」(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1439873 国会図書館)41-42コマ 国立国会図書館/インターネット公開                                 ウェブサイトの最終アクセス日は2015年7月16日。 参考資料:『日本教科書体系 近代編 第25巻 唱歌』(講談社 1965), 参考資料:『うたのほん 下 複刻国定教科書 国民学校期』(文部省著 ほるぷ出版 1982), 参考資料:『これでいいのか、にっぽんのうた 文春新書 014』(文藝春秋 1998), 4-16-660014-1 参考資料:「うたのほん 教師用 下」(文部省編 文部省 1941),

19世紀イギリス国内の金保有量の推移が知りたい。国内全体の情報が見つからなければ、イングランド銀行・アイルランド銀行等の主要な銀行の金準備量が知りたい。(埼玉県立久喜図書館)

19世紀のイギリス国内全体の金保有量の推移について記述のある資料は見つからなかった。イングランド銀行の金地金量の推移については以下の資料に記述があった。 『イギリス歴史統計』(B.R.ミッチェル編 原書房 1995)  p655-661 1720-1939までのイングランド銀行の「金地金」量あり。  1778-1844の資料として「J.H.Clapham, The Bank of England (2vols.Cambridge University Press, 1944)」  1844-1980の資料として「London Gazette所有のイングランド銀行の週刊報告書が一次資料である」とあり。 『貨幣と金融政策 貨幣数量説の歴史的検証』(平山健二郎著 東洋経済新報社 2015)  p75 「イングランド銀行の主要資産負債項目」表に、1796-1826の「地金」量あり。  出所はFeavearyer(1931), p212-214 各年とも2月28日の残高とあり。 『ポンド・スターリング イギリス貨幣史』(アルバート・エドガー・フェヴャー編 エドワード・ヴィクター・モーガン監訳 新評論 1984)  p242-244 「1790年から1826年までの各年2月28日と8月31日におけるイングランド銀行の資産・負債表」あり。注に「数値は1832年の「イングランド銀行特許状に関する委員会報告」の付録5からとられている。」とあり。  p457 付録に「1844年銀行特許法後の最初のイングランド銀行報告書 1844年9月7日に終る週 発行部 金貨および金地金 12,657,208ポンド」とあり。 《World Gold Council》(http://www.gold.org/research/historical-data-annual-time-series-world-official-gold-reserves- 1845 World Gold Council)(英文)  金保有量に関する複数のサイトで、データの出典元となっている。 ウェブサイト・データベースの最終アクセス日は2016年4月20日。 回答プロセス:1 参考図書で調べる 『世界大百科事典 7(キセ-キン)』(平凡社 2007) 『英米史辞典』(松村赳編著 富田虎男編著 研究社 2000) 2 イギリス史を調べる 『イギリスの歴史 帝国=コモンウェルスのあゆみ 世界に出会う各国=地域史 有斐  閣アルマ』(川北稔編 木畑洋一編 有斐閣 2000)   p167の参考文献より、『イギリス経済史 盛衰のプロセス 有斐閣ブックス 389』(湯沢威編 有斐閣 1996) 『イギリス史 新版世界各国史 11』(川北稔編 山川出版社 1998) 『イギリス史研究入門』(近藤和彦編 山川出版社 2010) 『オックスフォードブリテン諸島の歴史 第9巻 19世紀』鶴島博和監修 慶応義塾大学出版会 2009) 3 《NDLサーチ》(http://iss.ndl.go.jp/ 国立国会図書館)を〈19世紀 金融 統計〉で検索する。  『マクミラン新編世界歴史統計 1 ヨーロッパ歴史統計』(ブライアン・R.ミッチェル編著 東洋書林 2001) 4 《Google books》(http://books.google.co.jp/ Google)を〈19世紀 イギリス 金融〉で検索する。  『貨幣と金融政策 貨幣数量説の歴史的検証』(平山健二郎著 東洋経済新報社 2015)   p75に「イングランド銀行の主要資産負債項目」あり。銀行券、預金、公債、民間証券、地金の1796年から1826年までの2月28日の残高が分かる。  『ポンド・スターリング イギリス貨幣史』(アルバート・エドガー・フェヴャー編 エドワード・ヴィクター・モーガン監訳 新評論 1984)   1790年から1826年までの各年2月28日と8月31日におけるイングランド銀行の資産・負債表あり。 5 《Google》(http://www.google.co.jp/ Google)を〈イギリス 金保有量 推移〉で検索する。  《ゴールドの真相に迫る21~各国の金保有量と動向(金保有量推移グラフ付)~》(http://www.kanekashi.com/blog/2011/01/1501.html)   世界各国の金保有量の推移(1948年・008年)の項がある。元資料は《World Gold Council》 参考資料:『イギリス歴史統計』(B.R.ミッチェル編 原書房 1995), 4-562-02759-2 参考資料:『貨幣と金融政策 貨幣数量説の歴史的検証』(平山健二郎著 東洋経済新報社 2015), 9784492654705 参考資料:『ポンド・スターリング イギリス貨幣史』(アルバート・エドガー・フェヴャー編 エドワード・ヴィクター・モーガン監訳 新評論 1984),

「明月記」で承久2年2月13日(藤原定家と後鳥羽上皇がけんかしたという内容)と建保元年1月29日の原文または訳文が読みたい。(さいたま市立中央図書館)

『訓読明月記 第3巻』 藤原 定家/著 河出書房新社 1978 p235 建保元年1月29日の記載 『列聖全集 宸記集 上巻』  列聖全集編纂会 編 列聖全集編纂会 1917 p254 承久2年2月13日の記載あり 回答プロセス:『訓読明月記』藤原 定家/著 河出書房新社 1978 第1巻~第6巻を確認。 『訓読明月記 第3巻』 藤原 定家/著 河出書房新社 1978 p235 建保元年1月29日の記載 『訓読明月記 第4巻』 藤原 定家/著 河出書房新社 1978 承久元年はあるが2年はなし 他の出版社の明月記を確認する 『明月記』全8巻 ゆまに書房 2005 建保元年はあるようだが、承久2年はなし 『明月記研究提要』 明月記研究会/編 八木書店 2006 p20 「明月記」原本及び原本断簡一覧に承久2年はなし p137 承久2年の年表で、”この年より元仁元年まで「明月記」記事を欠く”とあり 『「明月記」をよむ 』 山中 智恵子/著 三一書房 1997 p249 承久2年(1220)2月13日の出来事の記載 ”内裏和歌会に定家が詠進した(略)述懐の歌が後鳥羽院の逆鱗に触れ、勅勘される”とあり 参考文献は検索したがヒットせず 『後鳥羽院』 丸谷 才一/著 筑摩書房 2013 p217-218 に承久2年の出来事は書いてあるが根拠となる文献はなし 『史伝後鳥羽院』 目崎 徳衛/著 吉川弘文館 2001 p116-117 に承久2年の出来事は書いてあるが根拠となる文献はなし 『保田与重郎全集』 保田 与重郎/著 講談社 1986 記載なし 『歌帝後鳥羽院』 松本 章男/著 平凡社 2009 p262-265 承久2年の歌会の記載があり p265 ”道家の「玉蘂」は3月5日条にしるす。「今暁、院は熊野御幸へ御進発(中略)夜に入り民部卿(定家)来たる。先般、和歌上の禁忌にふれて閉門、よりて、密かに夜陰に来るなり。数刻の言談をへて、深奥に帰りをはんぬ」と。定家が勅勘をこうむった事実をこの文辞が傍証している。” 『藤原定家全歌集 上』 藤原 定家/著 河出書房新社 1985 p437 ”承久2年2月13日、内裏に歌講ぜられるべきよし、もよほされしかば”とあり p438 ”定家が後鳥羽院の勘気に触れる直接原因となった歌”とあり p510 ”このため蒙った後鳥羽院からの院勘を赦れぬまま、承久の乱を迎えたと思われる”とあり 「信頼髄脳」からの引用 ほかに「順徳院御記」の文が引用されていて、そこに承久2年2月13日の条などがあるらしい 国立国会図書館デジタルコレクションで「順徳院御記」で検索 『列聖全集 宸記集 上巻』  列聖全集編纂会 編 列聖全集編纂会 1917 p254 承久2年2月13日の記載あり (2017年6月20日 情報提供があったため追記) 東京大学史料編纂所データベースで 公開されている下記データベースでの検索結果から『大日本史料』の 画像を確認した 東京大学史料編纂所  http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/ データベース http://wwwap.hi.u-tokyo.ac.jp/ships/db.html 大日本史料総合データベース 【管理番号】 020100102710 【編/冊/頁】 4編15冊396頁 【綱文和暦】 承久2年2月13日(12200020130) 1条 【綱文】 内裏和歌御会、 【区分】 大日本史料 【事項】 和歌会 【備考】 01 p.396~ https://clioimg.hi.u-tokyo.ac.jp/viewer/view/idata/850/8500/02/0415/0396?m=all&s=0396 【管理番号】 020100085958 【編/冊/頁】 4編12冊255頁 【綱文和暦】 建保1年1月29日(12130010290) 1条 【綱文】 従三位平時実薨ず、 【区分】 大日本史料 【備考】 01 p.255 https://clioimg.hi.u-tokyo.ac.jp/viewer/view/idata/850/8500/02/0412/0255?m=all&s=0255 また、国立国会図書館デジタルコレクションでも画像が公開されている 国立国会図書館デジタルコレクション  http://dl.ndl.go.jp/ 明月記 第2 藤原定家著 国書刊行会, 1912 p.246 建保元年1月29日 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991254/126 下記の論文も公開されている 後鳥羽院と定家 :「煙くらべ」の歌の真意 杉浦 一雄 千葉商大紀要 50(1), 102-118, 2012-09 http://id.nii.ac.jp/1381/00002419/

杜甫の漢詩「秋興」「登高」と、島崎藤村の「千曲川旅情の歌」との関係を知りたい。(埼玉県立久喜図書館)

「秋興」「登高」との関係についての記述は見つからなかった。 以下の資料・情報に杜甫の漢詩「春望」「登楼」と島崎藤村の「千曲川旅情の歌」についての記述があったので参考に提供した。 『鑑賞現代詩1 明治』(吉田精一著 筑摩書房 1961)  p56-57 「千曲川旅情の歌」が杜甫の詩「春望」の影響を受けているとの記述あり。 『吉田精一著作集 第6巻 島崎藤村』(吉田精一著 桜楓社 1981)  p259-260 杜甫の詩「春望」の影響を受けているとの記述あり。 『近代詩鑑賞 : 世界の名詩へのいざない』(長谷川泉著 有信堂 1961)  p68「ここに見る情調は、よく言われるようにすでに古人によってうたわれた感懐を踏まえていると見ることができよう。杜甫の「春望」や、芭蕉の「奥の細道」などの一節がそれである。」とあり。 栂瀬良平著「『千曲川旅情の歌』考」(『國文學 解釈と教材の研究 1964年12月』p163-166 學燈社 1964)  p163 「旅情が河に寄せてうたわれるのは漢詩の類型的な手法であり(中略)、謝玄暉「暫使都夜発新林至京邑贈西府同僚(原文ママ、正しくは3文字目に下が入る)」冒頭「大江流日夜、客心悲末央」は題詞の「千曲川旅情の歌」に響いているかに思えるほどである」  p163-164 「「千曲川旅情の歌」の発想契機として、杜甫「春望」、「奥の細道」平泉の章、杜甫「哀江頭」、バイロン「チャイルド=ハロルドの巡礼」等先学の考察されて来た先行文学の他に『万葉集』の荒都悲傷の歌が働いていないだろうか」  p164 「「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ」の典拠については杜甫「登楼」(中略)、李白「送友人」(中略)をふまえた句とされている」とした上で、「『日本書紀』の斉明天皇が皇孫建の王を今城に葬ったときの歌」が働いているのではないかとあり。  p165-166 上記の他、李賀、史記、謡曲等の関連性を論じているほか、李白の「登高望浮雲、彷彿如旧丘」とも関連するとあり。 《国会図書館デジタルコレクション》「日本近代詩講義」(関良一著 学灯社 1964)p71 千曲川旅情の歌について「なお、この「雲白く遊子悲しむ」は、李白の詩「送友人」の「浮雲遊子意」の句をふまえているように思われる(中略)杜甫の詩「登楼」の「錦江春色来天地玉塁浮雲変古今」をもふまえているのではなかろうか」とあり。 (http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1361320 国会図書館)41コマ 国立国会図書館/図書館送信参加館内公開 《国会図書館デジタルコレクション》『近代詩要解』(中塩清臣著 有精堂出版 1956)p45「千曲川旅情の歌」の第二節について「「奥の細道」の「平泉」の章と、唐の詩人の杜甫の「春望」ともかよう感銘を汲みとれる」とあり。(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2435900 国会図書館)28コマ 国会図書館/図書館送信参加館公開 《国会図書館デジタルコレクション》岡林淸水著「“小諸なる古城のほとり"をめぐって」(「高知大学学術研究報告. 5(40) 」p1-7 高知大学 1957.2)p3 「千曲川旅情の歌」と杜甫の「春望」、芭蕉の「奥の細道」との影響について書かれている。また島田謹二「藤村名詩鑑賞」の中でふれられているとして上田敏の「大野のたびね(露西亜の大野)」との類似について論じている。(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1786099 国会図書館)3コマ 国会図書館/図書館送信参加館公開 回答プロセス:自館資料を確認したほか、《国会図書館デジタルコレクション》〈千曲川旅情の歌〉〈藤村 & 杜甫〉〈小諸なる古城のほとり〉で検索し、該当すると思われる資料を調査した。 ウェブサイトの最終アクセス日は2016年5月12日。 参考資料:『鑑賞現代詩1 明治』(吉田精一著 筑摩書房 1961), 参考資料:『吉田精一著作集 第6巻 島崎藤村』(吉田精一著 桜楓社 1981), 4-273-00557-3 参考資料:『近代詩鑑賞 世界の名詩へのいざない』(長谷川泉著 有信堂 1961), 参考資料:『國文學 解釈と教材の研究 1964年12月』(学燈社 1964),

音楽教育の手法であるリトミックについての本は?(香川県立図書館)

書名や件名にリトミックを含むものを検索。 例えば次のような所蔵あり。 ・基礎からわかるリトミック!リトミック! 石丸 由理/著 ひかりのくに 2017.4 ・0~5歳児のリトミックあそび 幼児のゲーム&あそび 芸術教育研究所/編 黎明書房 2007.5 ・リズム&ゲームにどっぷり!リトミック77選 “体を楽器”にした音楽表現 神原雅之/編著 明治図書出版 2006.10 ・音楽基礎研究文献集 第10巻 低学年に於けるリトミックの実際 江崎公子/編集 大空社 1990.2 760.8 ・子どものリトミック うごきのためのピアノ曲集 アド・グリーン保育実技選書 石丸由理/編著 アド・グリーン企画出版 1985.3 ・ゴサイジ ノ リトミック 池本幸枝/著 ドレミ楽譜出版社 1980.5 ・ピアノ即興奏法(カデンツ応用) 天野式幼児リトミック指導用 天野蝶/編著 共同音楽出版社 1979.12

アガサ・クリスティの「ナイル殺人事件」が読みたい。(市川市中央図書館)

「ナイル殺人事件」は1978年に日本で映画が公開された時の邦題。 映画及び原作となった小説の原題は『Death on the Nile』。 原作小説の日本でのタイトルは『ナイルに死す』。 市川市立図書館では加島祥造/訳(早川書房 1979及び2003)、佐藤耕士/訳(早川書房 2008)の『ナイルに死す』を所蔵している。

篳篥(ひちりき)の演奏法を知りたい。(市川市中央図書館)

篳篥とは雅楽などで使われる管楽器。 『はじめての雅楽』(笹本武志/著 東京堂出版 2003)を紹介。

「教育勅語」の全文が載っている資料はあるか。(市川市中央図書館)

『開戦の詔書』(自由国民社 2005)、『現代史資料 続8』(佐藤秀夫/編 みすず書房 2004)などに掲載されている。

小学生(2年生と4・5年生)にも分かる善光寺(長野市)に関する本があれば教えてほしい。 昔話、逸話、歴史、人物など善光寺を知るきっかけになったり親しみを持てる内容であればテーマは問わない。(県立長野図書館)

全体が難しくても、比較的易しい部分があるものを含めて以下を紹介。  ○『善光寺物語』下平正樹/文 柳沢京子 第一法規 1991年 【N181/152】  ○『よくわかる善光寺参り』チクマ秀版社/編・発行 2000年 【N181/195】  ○『善光寺散策案内』オフィスエム/編・発行 2003年 【N181/205】  ○『信州善光寺案内 2刷』 しなのき書房 2009年 【N181/241a】  ○『伝説の寺、善光寺』小林一郎・小林玲子/著 光竜堂 2009年 【N181/242】  ○『こんなにもある善光寺のなぞ』田中博文/著 一草舎 2009年 【N181/243】  ○『善光寺縁起ものがたり』坂内直頼/著 小林一郎/訳 2009年 【N181/244】    以上は主に、歴史、信仰、境内や周辺の案内を記載したもの。  ○『門前町伝説案内』小林一郎/著 龍鳳書房 2003年 【N388/234】    直接善光寺に関連しないものもあるが、近隣の伝説が多く収録されている。  ○『善光寺の匠と技』相原文哉/著 銀河書房 1987年  【N521/100】    造営を中心に歴史を伝える図書。図を多用。   ○『社寺建築を読み解く』相原文哉/著 ほおずき書籍 2012年 【N521/215】    神社建築が中心だが、ところどころに善光寺に関する記載がある(巻末に索引あり)。    ○『現代口語訳信濃古典読み物叢書 第7巻 善光寺縁起』信州大学教育学部附属中学校創立記念事業編集委員会/編 信濃教育出版部 1990年 【N908/2/7】  ○『同上 第13巻 信濃道中記=続膝栗毛』同上 1994年 【N908/2/13】    古典の現代語訳。5年生であれば理解できると思われる。  ○『まんが信州の歴史 第2巻』山田ゴロ/作画 信濃毎日新聞社 1993年 【215/マ/2】    第2巻に「善光寺信仰と人々」が含まれる。  ○『下伊那の民話』永藤凱緒/著 信濃教育会出版部 1983年 【N388/66】  ○『元善光寺ものがたり』飯田中央農業組織広報課/ぶん 北島新平/え 飯田中央農業協同組合 1987年 【N388/187】    飯田市の元善光寺(座光寺)に関する民話を集録したもの。      以下は2年生でも理解できると思われる。  ○『善光寺お血脈のご印』岡野和/絵・脚本 岡野和の紙芝居刊行会 2015年 【N181/295】    落語「お血脈」をもとにした落語の紙芝居。幼児からを対象としている。  ○『信州の民話伝説集成 北信編』高橋忠治/編著 一草舎 2005年 【N388/250/1】    善光寺関連は4つ収録。『善光寺平の民話』(信濃教育会出版部 1975年)とほとんど重複する話だが、2から3ページ程度にまとめられているので、低学年向きと思われる。 なお、「信州地域史料アーカイブ」内に現代語訳されたものも含む「善光寺関連」コンテンツがある。 このうち「善光寺の民話」は児童向けと思われる。 (https://trc-adeac.trc.co.jp/Html/Home/2000515100/topg/zcontents/zcontents.html) 回答プロセス:「善光寺」をキーワードとして検索したものや児童図書の内容を確認。 事前調査事項:以下は確認済み ○『善光寺と長野を歩く』 カシヨ出版センター 2003年 ○『まんが ぜんこうじさん』 善光寺事務局 2006年 ○『善光寺さん 信仰の「ふるさと」への旅』 信濃毎日新聞社 2001年 ○『信濃の民話4 善光寺平の民話』 信濃教育会 1975年

ページ